第79☆
「魂って、どこにあると思う? 頭の中? 心臓? それとも、体全部? だとしたら、今、私たちが動かしている、この仮想現実には、魂といえるモノは何一つ無いってことになるのかしら……草原を駆け抜けた風の感触。ダンジョンの奥底に眠る宝を見つけた時の感動。それは、おそらく現実で感じる事と同じくらい……いいえ、それ以上に私たちの魂を揺さぶるはずだわ。……だから、あたしは思うの。魂は、体にあるんじゃない。感じる事が出来る場所。つまりスポーツ男子高校生にあるのよ!」
長ったらしいセリフを言い終えるやいなや、カンダの上半身が消え、僕の目の前に現れた。
「げっ!」
カンダは僕の頭をその両腕でがっちり固定すると、その唇をまっすぐ僕に向けて進行させてくる。
「てなわけで、魂、いっただっきまーす」
いきなりすぎて、完全に体の動きが止まってしまっている僕は、カンダの口撃をよけれない。
(いただかれる!)
グングンと近づいてくるカンダの唇。
ぷるんとした桜色の唇。
その唇のまえに、鉛色の刃が現れた。
「……死ね」
マキだ。
マキのクナイが、カンダの顔を二つに切り裂こう迫る。
しかし、マキのクナイは空を切った。
カンダはマキのクナイを避けて上半身を元の場所に戻している。
……マキの攻撃を避けたのか。
「あーあ。あと少しだったのに……人のペロペロを邪魔すると、邪竜暗黒丸に蹴られて死ぬって習わなかったの?」
カンダがあきれたようにマキに向かって言う。
「知らないわよ。そんな言葉。それよりもさ……」
マキはカンダの言葉にあきれたように肩を落とす。
「私の許可無くサク兄ィに触れると、切り刻まれるって習わなかったの?」
その言葉が言い終わるか終わらないかの間に、マキがカンダの後ろに現れる。
速い!
同時に、マキのクナイがカンダを切り刻む。
まるで、回転するミキサーの刃を見ているようだ。
一秒ほどだろうか。
マキの乱れ切りが終わる。
「……終わり?」
……カンダが、マキの後ろにいた。
首を傾げている。
避けたのか。
カンダって、僕と同じくらいの強さって話じゃなかったけ?
マキの攻撃を二回連続で避けるなんて、強すぎないか?
「ニボシでトップクラスに強いって聞いたけど、大したこと無いのね。ちょっとかすり傷がついた程度だし……もしかして、シュウくんやカツヤくんもあなたと同じくらいの強さなのかしら?」
カンダが、何か期待した目でマキに聞く。
「……あんな雑魚が私と同じ強さの訳ないでしょ。あいつらは私よりも弱いわよ。それに、終わりってんなら……」
マキはちらりとカンダの頬についた傷を確認する。
「もう、終わっている」
マキが言い終えると同時に、カンダの体が、ガクリと崩れる。
「……え? なに、これ。寒い、痛い……」
ガクガクとふるえながら、両手で体を支え始めるカンダ。
顔色が悪い。
「クナイにね、マッドメガネのマスター『病的な化粧』を塗っておいたの……さっきの髭おやじは簡単に殺しちゃったしね。私のサク兄ぃを傷つけた罪はしっかりと償ってもらわないと……かすり傷だけ付けるように手加減するのも大変だったわ」
……拷問するために手加減したのか。
怖いよ。この子怖いよ。
「……寒い……痛い……痛い……熱い……ペロペロ……したい……」
ぶつぶつとカンダがつぶやく声が、聞こえてるくる。
苦しいはずなのに、結論がペロペロなあたり、流石だ。
怖い。この変態も怖いよ。
というか、強化されている聴覚のせいだと思うけど……女性が苦しんでいる声って、あまり聞きたい物じゃないな。
もう終わりにした方がいいと思う。
マキは怖い顔でカンダを見ている。
あんな顔も見たくないしな。
僕はマキに声をかける。
「……おーい。もう許してあげたほうが良くないか?僕は大丈夫だしさー」
「えーまだ足りないよー。それに、コイツ謝ってないしー」
マキが、こっちを向いて、不満気に、返答する。
「いいから。僕は、お前が人に暴力を振るのを見たくないんだよ」
僕の言葉に、マキは考えるような仕草をして、そして顔をほころばせた。
「もぉーしょうがないなー」
ニコニコと笑顔なマキ。
……なにがうれしいのか、さっぱり分からないのだが。
このとき、僕とマキは、お互いを見ていた。
だから、気づかなかった。
カンダの姿が消えているのを。
「隙あり」
背後からの声と同時に、僕の首に何か絡まる。
鼻に、甘い香り。
熱を感じて、横を向く。
そこには、カンダの顔。
「うぉ!?」
迫る唇を、ギリギリの所で、僕の手が押さえた。
「……手でいいか」
しかし、押さえた僕の手を、逆に捕まえ、カンダはペロリとなめた。
ひいぃ。
あまりのおぞましさに、僕の体が震える。
「うおぉおおおおおおおおお……」
空から、そんな叫びが聞こえ、同時に僕の体が吹き飛んだ。
「なんだぁ!?」
ゴロゴロと転がる僕。うつ伏せ状態で止まった。
見てみると、僕が元いた場所は土煙を上げている。
「もぉおおおおおおおお!」
土煙の中から、声が聞こえてくる。
牛のような叫び声を上げているのは、顔を真っ赤にしているマキだった。
「舐めたぁ! 私のサク兄ぃを舐めたぁ! 舐めたマネして! 絶対許さない!」
ガンガンと地面を踏みつけるマキ。
相当お怒りのようだ。
というか、さっきの攻撃はマキか。
「落ち着け! マ……ミカ! それより、なんでカンダは動けているんだ?」
病気のような症状が出るんじゃなかったっけ。
その割には元気そうだったが。
「教えてあげようか?」
僕の上から声。
同時に、パサリと、柔らかい髪の感触。
「死ねぇえええええええ!」
マキが僕の上の空間にクナイを投げる。
それさえ瞬間移動で避け、カンダはまた先ほどの場所に戻って立っていた。
どう見ても元気そうだ。
「危ないなぁ……ペロペロを楽しむ為には、先にその子を倒した方がいいようね」
カンダは、マキを見ながら言った。
「やってみろクソババァアア!」
「落ち着け、ミカ」
マキが荒ぶっている。どう見ても冷静じゃない。
それに、今までの戦いを見ている感じ、我を失った状態で勝てる相手でもなさそうだ。
このままじゃ危ない。
マキが落ち着くまで時間を稼ぐ必要があるな。
「なぁ、カンダさん! あんた、何で元気なんだ? 病気みたいな症状はどうしたんだ?」
とりあえず、会話をする。
さっき、教えてくれるって言っていたし。
「え? そうね……私、下の名前をミサトって言うんだけど、ミサトお姉ちゃんって呼んでくれたら、教えてあげてもいいわよ」
「………………………………ミサトお姉ちゃん」
「はぁーい何かなー?」
うれしそうに、子供に話しかけるような声でカンダが答える。
……なんだこれ?
「ババァ……ババァアアア!!」
ガンガンガンとマキが地面を蹴る。
というか、抉っている。
よけいに、マキの怒りに油を注いでしまったような気がする。
なんだろうな……本当に、マトモな人っていないのかな?
チラリとヤクシと団長さんの方を見てみると、ヤクシが団長さんに、何か液体を垂らしている。
「……クッシュ……視神経……歯……」
「ひぃい……うげぁ……」
ヤクシが楽しそうに笑いながら液体を垂らすたびに、団長さんがうめき声を上げている。
……見なかったことにしよう。
その間に、マキとカンダのにらみ合いが続いていた。
「歯周病で汚れた唾液でサク兄ぃを舐めやがってぇ……口臭と加齢臭がするんだよこのババァ!」
「乳臭いガキが何言ってんのよ。あんたの臭いなんて、ロリコンキモオタにしか喜ばれないでしょ?」
「違いますー。A10とかいうアイドルグループのリュウとかいう人が私のファンだって言ってましたー。ブログにも書いてましたー」
「芸能人のブログとか、ほとんど本人は書いてないからね。というか、サクくんの事を好きそうな言動の割には、そんなアイドルに好かれていることを自慢するなんて、本当はそのアイドルの事が好きなの?」
「ちっがうわババァ!ロリコンキモオタ以外にも好かれている例を出しただけじゃボケェ!!」
「まぁ、小学生を好きな時点でロリコンだし、ゲームに夢中な時点でオタクっぽいけどね」
「ガッ……!」
ガンガンガンとさらに強く地面を踏みつけるマキ。
負けたな。
小学生の割に頭が切れる方だけど、流石におそらく大学生くらいの年齢の人には勝てないか。
というか、口喧嘩の内容が汚すぎて、どん引なんだけど。
二人とも見た目は美少女と美人なのに、残念すぎる。
「はぁー……とりあえず、カンダさん。なんで病気の症状が出てないか教えてくれないか?」
話題を戻そう。
マキは涙目になっているし、空気を変えないといけない。
「もぉ、ミサトお姉ちゃんって言って」
「ババァアアアア!」
「落ち着け」
話が進まない。
「で、ミサトお姉ちゃんは、なんで『病的な化粧』が効かなかったんだ?」
「それは、そのマスターって病気になる液体をかけるか体内に取り込むことで発動するマスターなんでしょ?だから、単純に、その液体を瞬間移動させて体外に出したのよ」
ああ、なるほど。
「……と、いうことは、拷問できないって事ね」
いつの間にか、マキが復活している。
……ていうか、なんだ、その邪悪と呼ぶにふさわしい笑みは。
「くっくっくっく……あっはっはっは……だったら、もういいわ。手加減とかまどろっこしいことは止めて、全力で……殺す!」
マキがカンダに向かって突進する。
その両手には、大量のクナイ。
どうやって持っているんだろう。
まるでチアリーダーが持っているポンポンみたいになっている。
「死ねぇええ!」
マキがその大量のクナイをカンダに向かって投げる。
しかしカンダは、そのクナイを見ても平然としながら、手を振るう。
すると、カンダの周りに、大量の金属の輪っかが現れた。
「『瞬間の円盤』」
輪っかがマキの方に向かっていき、クナイとぶつかり合う。
いや、ぶつかる前に、マキのクナイが消えた。
「『瞬間の円盤』。この輪っかの上下にある物体を瞬間移動させる。ところで……知っているかしら? 戦争の最前手って、敵を殺すことじゃないの。最前手はね……」
「……ミカ! 上だ!」
僕は叫ぶ。
マキの上には、大量のクナイが現れていた。
「敵を味方につけることよ」
「くっ!」
マキは突如現れた自分のクナイをバックステップしながら避けていく。
けど、マキをねらっているのはクナイだけじゃない。
カンダの輪っかもマキに迫る。
「な……めんなぁ!」
マキがカンダの輪っかに向かって振りかぶりながらクナイを投げる。
「バッカ!なにしてんだ!」
僕は思わず叫ぶ。
今さっき、マキのクナイはカンダに利用されたばかりだ。
マキのクナイがカンダの円盤に近づいていく。
また、クナイを瞬間移動して、反撃されてしまうだろう。
しかし、マキのクナイはカンダの円盤にぶつかり、はじきとばした。
「……へぇ」
「アンタの円盤って、上下にある物体を移動させるんでしょ? つまり、正確に円盤の真横をつけば、クナイを移動することは出来ない」
そういえば、カンダの円盤は、やや斜めになって飛んでいた。
輪投げもそうだが、ああいった輪っかは向かっていく方に傾きながら飛んでいくので気にしていなかったが、なるほど、面を傾けることで、物体を瞬間移動させやすくしていたのか。
そして、マキは輪っかの真横をつくために、クナイを振りかぶって投げたということか。
「それに……これは防げないでしょ?」
マキの周りがピンクに揺らめき始める。
「桜色の炎、『桜炎華』この炎は、敵と認証したモノを焼き、味方は強化する。つまり瞬間移動で利用することはできない」
ピンクの色の炎が花びらの形に変わっていく。
花びらがマキの手の動きに合わせて周囲を踊り始める。
「燃えろ! お……!?」
突如、マキの体がぐらりと揺れた。
「……クナイを全部返したって言っていたかしら?」
マキのおなかをよく見てみると、クナイが一本刺さっている。
残していたのか?
全部を返さず、時間差で攻撃するために。
そんなこともできるのか?
「な……めんじゃ……」
マキが反撃のために右手をカンダの方に向ける。
が。
「もちろん『瞬間の円盤』も残しているわ」
向けたと同時に、側面から来た『瞬間の円盤』によってマキの右手が消える。
周囲を舞っていた『桜炎華』も消えてしまった。
「女の子の手を手に入れてもな……」
細長い指をした手を持ちながら、残念そうな声をだすカンダ。
「早くサクくんをペロペロしたいし、お昼の試合の席の確保もしたいし、さっさと倒しちゃうね」
カンダが腕を振ると、マキの周りに『瞬間の円盤』が現れた。
さっき投げてきた量よりも明らかに多い。
「『瞬間の円盤』1453枚。かわせるかしら?」
輪っかの大群が、マキに襲いかかる。




