第76☆
目を細めて、緑の火球を見つめる少女。
僕も改めて火球を見る。
確かに、ムービング・コックローチが飛び込むたびに、火球が小刻みに膨張して、その光は神秘的で、美しい物ではあったが。
「この光景は、この時期にしか見れん。貴重な物じゃ。地を這う虫どもの、命がけの行為。子孫繁栄のためとはいえ、自らその命を投げ出すとは、何とも気高いとは思わぬか?」
「子孫繁栄?」
「なんじゃ、知らんかったのか? わざわざこんな危険な所まで来るくらいじゃから、こやつらを研究しとる者かと思うたが。まぁ、よい」
「こやつらは、ムービング・コックローチと言ってのう。ここから北に進んだマリンの森という所から、道沿いに大移動してくるんじゃがな。なぜそんなことをするかというと、マリンの森にこやつらの敵となるようなモノがおらんからじゃ」
「敵がいない?」
どうゆうことだろう?
首をかしげる僕。
「ああ、そうじゃ。敵がおらん。マリンの森は、魔力が異様に高くてのう。その魔力で育った木々どもは、それぞれ何かしらの存在に高い抵抗力を持っておる。それこそ、近づいただけで、気分が悪くなるくらいのな」
確かに、マリンの森では、コックローチ以外の生き物は見ていないなと思う僕。
カンナさんはいたけど……無理していたのかな?
気分が悪くなっても頑張っていたのか。
そう言えば、ファイヤー・シープに攻撃されて、村の人達が大けがをしたから、桜の蜜が必要って話をしていたけど、そんな危険な事をするなら、前もって準備しておくはずだ。
それなのに、準備が足りなかったのは、それだけマリンの森に近づくのに抵抗があったってことなのか。
「そんなマリンの森に住み着くことが出来たのは、こやつらくらいじゃ。じゃから、こやつらには上にも下にも敵がおらん」
「……敵がいないのなら、移動しなくていいんじゃ?」
敵がいないのは分かった。
けど、敵がいないなら、そのままそこで暮していればいいんじゃないかな?
そんな疑問を、呆れたような顔で聞く少女。
「……ああ、そう言えばいくら不死身の冒険者であっても、人間ではあったのう。絶対的な強者である事がどのような事であるかわからんか。敵がおらんという事はのう、つまり、こ奴らはあそこで際限なく繁栄するという事じゃ。キリがなく、増え続けるという事じゃ。そうなると、どうなると思う?」
「え……」
どうなるんだろう。
「敵が同族になるのじゃ。つまり、同じ種族同士、家族同士が殺し合うようになる。マリンの森の魔力は膨大で、木々は数え切れぬほど生えておるが、それでも限りがある。やつらがいかに雑食でもな。その限りをめぐって、争うようになるのじゃ」
少女は、まるで体験した事のように語る。
その迫力に、ちょっとたじろいでしまい、僕は少女から目をそらす。
そらしてみると、先ほどまであった苔むした岩が無い事に気が付いた。
あれ?ドコいったんだ。
「……聞いておるのか?」
「はい! 聞いています!」
ビクッ!と背筋をまっすぐする僕。
「よろしい。……まぁ、とにかく、そうやって、同族同士の殺し合いを防ぐために、寿命が近づいた者から率先してこのロストルームの森に赴き、体を燃やして次世代の糧にしておるのだ」
「次世代の糧……」
「うむ。あの緑の炎は、生き物を魔力に変える働きがあってのう。行進が終わって雨季になると、川の水に溶け、このロストルームの森と、マリンの森に、恵みをもたらしてくれるのじゃ。争いを起こさぬために、自らを犠牲にして、その身を次世代の恵みとする。これほど気高き行いは、そう出来る物ではない。じゃからあの緑の炎はあそこまで美しく輝くのじゃ」
そう言われて、僕は再度あの緑の炎を見る。
確かに、そう言われて見てみると、最初に感じたおぞましさは感じなくなった。
けど、心酔するほどの美しさではないように思える。
感じ方か。
この少女と、僕との感じ方。
ソレが決定的に違うのだ。
なぜが違うのか。ソレはよく分からなかったが。
さらにいうと、おそらくルーズとも違う。
あのクソ猫は、この場所の事を悲しそうに語っていた。
とても、この光景に対して美しいなんて好感は持っていないだろう。
しかし、少女は違う。
この死の行進を見て美しいと感じているのだ。
おそらく、あの少女はこのムービング・コックローチの行動に対して、何かしら思う”過去”が設定されているのではないかと思う。
ソレがどんな”過去”かは分からないが。
ただ、その”過去”によって、同じNPCであるはずのルーズと少女で、感想が異なっている。
アルゴリズム的な、死刑工場か。
尊い自己犠牲の死か。
僕はどっちだろうか。どっちに見えるだろうか。
「……さて、そう言えば自己紹介がまだだったのう」
そんな思考は、少女の声でさえぎられた。
「ワシの名前は カトルじゃ。この森に住んでおる。お主の名は?」
「サクです」
ニコリと笑顔を浮かべた少女に、僕も笑顔で答える。
「サクか……見た所、ここに来るにはレベルが低いように思えるが、どうやって来たのじゃ?」
「え? ええっと……、瞬間移動で飛ばさて……」
ざっくりといきさつを話す僕。
ここってレベル制限なんてあったのか。
敵キャラもいないし、普通に歩いて来れたけど。
なんか森に入る前に、制限があったかもしれないな。
「そうか、だからそのレベルか……じゃあ、帰りはどうするのじゃ?」
少女が首をかしげる。
「え? 普通に歩いて帰りますけど」
「SPは足りるのか?」
「あ」
僕は自分のSPを確認する。
確かにあまり残っていない。
森さえ出れば、ログアウトすればいいのだが、足りるだろうか。
「街まで送ろうか?」
「へ?」
突然の少女の申し出にびっくりする僕。
「え、まぁ送ってくれるのなら、ありがたいですけど、どうやって?」
こんな場所に住んでいるくらいだから、何かしらの移動手段があるのだろうか。
「うむ。少し下がっていろ」
少女に言われて下がる僕。
すると、少女のまわりに、緑色の光が輝きだした。
それに合わせて、少女の体も変質していく。
メキメキと背中から翼が生え、体を硬質な鱗が覆い、口は裂け、鉈のような牙が生える。
腕は丸太のように太く成り、尻尾は大蛇のようにうねっている。
数分もたたぬうちに、少女は大きな緑色のドラゴンとなった。
ああ、苔むした岩って、もしかしてこのドラゴンが丸まっていた姿だったのかもしれないと思う僕。
デケー
「……ほう、この姿を見て逃げ出さないとは、中々に天晴れじゃな。気にいった」
いや、逃げ出す以前に、思考が付いて来ないのだ。
いきなり家よりも大きな生物が目の前に現れると、思考がどうでもいい事を考えるんだなとか思う僕。
「せっかくここまで来たのじゃ、何かしら土産でも渡してやろうかの」
そういうと、カトルは自らのヒゲを引きちぎった。
ブチン!と切れた音に顔をしかめる僕。
「いっ!?」
「ホレ。くれてやる」
手にヒゲを乗せられた。
このヒゲだけで、まるで僕の皮のムチのような大きさである。
「……あ、ありがとうございます」
恐る恐るの僕。
ブチンって音が、めちゃくちゃ痛そうだったのだが。
「ふん。その程度のモノでかしこまるな。すぐに生えるしのう」
腕を組んで、フンス!と鼻息を鳴らすカトル。
……目に涙のようなモノが浮かんでいるのは気のせいだろう。
「ではありがたく頂きますね」
ヒゲをアイテムボックスにしまう僕。
「ふむ。まぁ、もしその土産にどうしても報いたい気持ちがあるというのならば、酒でも持ってくるのじゃな」
とカトル。
ああ、もしかして、酒が欲しくて、このヒゲを渡したのか。
「そうじゃな、酒をくれたら、戦ってやってもいいのう」
「え!?」
「なんじゃその返事は? この世界で2頭しかおらん最強の竜種じゃぞ? 光栄じゃろう」
何そのお礼。
いらない。超いらない。
こんな化け物と戦いたい奴なんているのだろうか……
いるか。
ゲームだしな。
ルーズが言っていた事を思いだす。
「……まぁ、もう少し強くなって、お酒を見つけたら持ってきますね」
「うむ! 楽しみにしておるぞ」
目を細くしたドラゴンは、嬉しそうだった。
……多分、持ってくる事はないだろうな。
「さて、では街まで送ろうかの、もっと近こうよれ」
と手招きするカトル。
「はい」
背中にでも乗せてくれるのだろうと思い、近づく僕。
この時、僕はある事を失念していた。
ある、絶対的な世界の法則だ。
「しかし、冒険者とは便利じゃのう。死ねば街に帰れるとは」
カトルは大きく口を開く。
「……え?」
グチャンと液体がつぶれた音が聞こえた。
目の前が紅くなり、世界が転がっているように思えた。
違う。
多分回っているのは僕の目玉だ。
視界に、ちぎれた僕のふくらはぎが入ってくる。
気付けば、僕は広場にいた。
ああ、送るってこういう事ね。
ふふ。
ふふふ。
僕は目線操作してログアウトする。
命を失う事は日常か……
ルーズの言葉は、確かに実感していた。
5日目終了☆
次からは第一章最終日
第一章。
第一章さえ終われば……




