第75☆
「……すげぇな」
僕は、目の前の光景に息を飲む。
……いや、飲みたくない。
出来れば空気を吸いたくないし、可能ならば見たくも無い。
ロストルームの森を進んでいくと、徐々に木々が減り、キノコが多くなっていった。
小石のようなサイズのキノコから、大木と呼んでもいいようなサイズのキノコまで、様々なキノコがギラギラとした原色で咲いていた。
……色が鮮やか過ぎて花みたいだから咲いたとしたが、キノコって咲くのか?
生えるのか。
……まぁ、どっちでもいいか。
とにかく、そんな森を進んでいくと、キノコから出る胞子の量を増していき、今、僕の周りは色鮮やかな霧、いや胞子に覆われている状態である。
「……花粉症じゃないけど、くしゃみが出そうだ。」
試しに、近くに生えているキノコを一本採取してみる
【パララマヒダケ(松)】
胞子を吸い込んだモノをしびれさせ、その体に寄生するキノコ。
こえええー。
このあたりのキノコを全部採取してみたが、毒とか混乱とか、状態異常が違うだけで全て似たような効果だった。
「これが迷いのキノコの森か」
確かに、迷うな、コレ。というか死ぬな。
視界は胞子でさえぎられているし、胞子を吸い込んだら、凶悪な状態異常か。
まぁ、僕はそんな中を普通に行動出来ているわけだけど。
僕は、胸元で光る青色の宝石を見る。
その宝石の光が僕の周りを覆い、薄い膜のように成っていて、胞子の侵入を拒んでいた。
カーボ・コート。
エアリス様の効果によって、炎の威力を抑える効果があるらしいが、どうやら、その遮断する効果が、この胞子にも効いているようである。
膜を良く見てみると、虹色に光っている。シャボン玉の中にいるみたいだ。
今考えると、フレイの炎の翼に思った僕の感想も、変ではあった。
いくらフレイが自分のマスターで自爆する程度の使い手でも、炎で剣を溶かす事は出来ていたのだ。
その炎に対する感想が、暖房器具って。
多分エアリス様の遮断膜が思っているより強力なのだろう。
「トールと互角か……」
確かに、これだけ強力な防具を持っていたら、僕の周りを覆っているのが水だったら、勝てたかもしれないと思う僕。
「……今度戦う時が来たら、やってみるかな」
まぁ、プレイヤー同士が戦う時なんて、来ない方が良いに決まっているのだが。
キノコを採取しつつ奥へと進んでいくと、遠くで緑に光っている場所を見つけた。
「……あそこがルーズの言っていた場所かな?」
ズンズンと歩みを進めていくと、キノコが生えていない、広場のような場所に出た。
大きな、苔の生した岩があり、そして中央に、緑に輝く火の玉のようなモノがある。
「……うえ」
僕は思いっきり顔をしかめた。
おぞましい。
とはこの事かと思った。
僕の右横をムービング・コックローチは移動していたのだが、その行進は、広場の中央にある緑の火玉に向かって進んでいる。
行進。
そう。まるで、訓練された兵士のように、機械的に、ひたすらにかがり火に向かって進んでいく黒い兵隊は、何事も無いかのように、火球に飛び込んでいく。
緑の炎。
とはいっても、ソレはファンタジーとかで良くある、熱くない炎なんかでは無く、しっかりと燃焼作用を持っている炎のようで、少なくてもフレイの炎よりも熱さを感じる。
そんな火球の中に飛び込んだ黒い兵士たちは、体をバラバラに焼かれながら消えていった。
「うっ……」
その光景から反射的に目をそらした僕は、口に手を当てた。
コレがルーズの言っていた光景か?
確かに、僕の目の前で行われている光景は、あまりに淡々としている。
まるで、当然のように、命が散っていく。
それが、おぞましい。
いくらその命は、嫌悪感を抱く害虫でも。
一寸の虫にも五分の魂……だったか?
本来は、小さい相手でも侮ってはいけないという意味だが、今はこの言葉をそのままの意味で考えたい。
虫にも命が、魂があるだろう。
ソレが、燃料のように、当たり前に消費されていく。
けど、この光景は、ゲームなのか。
機械的に作られた、人工知能による行動。
しかし……ぐるぐると、僕の頭に様々な考えが浮かんでは新しいモノが書きこまれていく。
そう言えば、マキにNPCについて聞いたな。
あの、トラノモンの寅は、全てのプレイヤーに対してあのような求婚紛いのような事をするのか気になったのが始まりだったか。
答えはNOだった。
女性でも、求婚される人、されない人がいて、あのトラノモンに入るイベントも、無い人とある人がいるとのこと。
なんでも、この世界のNPCは、現実と同じようにAIが与えられていて、この世界を現実だと思い込んで生活しているそうだ。
ゲームなどのイベントに関わりやすいようにある程度の方向性を持たせた思考にはしているそうだが、基本的に、全てのキャラクターが、自分で判断して行動しているらしい。
以前、アスクさんが樹の上で震えていて、降ろした時に、僕以外の人から見たら、再度アスクさんが樹の上で震えているのが見えているのか、なんて疑問に思った事があったが、そんな事は無いそうだ。
それぞれのNPCが、個々の考えのもと、しっかりとこの世界で生活している。
じゃあ、イベントとか、12億を手に入れるためのクエストなんかはしっかりと機能するのかと思うけど、そこら辺は色々対策しているそうだ。
苦情とかないのかと心配になるが、元々そういうゲームであると案内はあるし、そこが逆にリアルだと称賛の声もあるとか。
まぁ、皆同じ事ができないなんて、不公平だ!
なんて声ももちろんあるのだが。
……思考が逸れた。
とにかく、この世界の生き物も、思考としては生きているのだと思う。
いや、さすがに、ムービング・コックローチにまで、高性能なAIは搭載されていないかもしれない。
では、コレは知能ですらなく、ただの決められた行動。アルゴリズム的な行為なのか。
なんか、難しいぞ、コレ。
気付くと、片膝を着いていた。
立てない程に、なにかを消費している気がした。
「……美しいじゃろう」
と、後ろから声が聞こえてきた。
振りかえると、緑色の、クラシックなお姫様のような格好をした少女がいた。
ゴスロリと言われるタイプの服装だろうか。
髪の色も新緑のように美しい緑で、肌は小麦色に焼けていた。
目はクリクリとしていて、鼻筋も通っている。
その綺麗すぎる見た目から、すぐにNPCだと分かった。
「感動で立てぬか? こんな美しい光景に出会えるのは、めったにあるものではないからのう」
僕は何を言っているのだろうと、思った。




