第67☆
くるくるくると、コントロールを失った凧のように、回転しながら飛んでいくマキ。
人の動きと思うには、ソレは非常に滑稽で、おぞましいモノだった。
「ッ………!!」
地面を蹴り、マキの元へ駆け出す僕。
(マキが……あんな動きで……人は……)
速く早くと焦る僕とマキの間に、何か、大きなモノが現れて、僕の進路を遮った。
が、
「邪魔だああボケェええ!!!」
「ドモオオォォォ!?」
邪魔だったので蹴り飛ばす。
蹴った後で、その何かが、【憤土の牛】だったことに気付いたが、どうでもいい。
今大切なのは、一刻も早く、マキの安否を確認することだ。
「マキ!」
僕はジャンプして、吹き飛んだマキを抱きしめると地面に着地する。
「マキ!? マ……キ……?」
マキの様子を見て絶句する僕。
マキは、ボロボロだった。
右腕は90度に、人間が曲がらない方向に折れていて、額は血で溢れている。
いや、血は、額だけでなく、全身から噴き出している。胸からも、足からも、鼻からも、目からも耳からも……
なにより、恐ろしかったのは、抱きしめているマキの体から、おおよそ人の生きているエネルギーのようなモノを一切感じなかった事だ。
ただ、人形を抱きしめたような。
生きて、いないような。
「うあわ!? え……う? アァ……!?」
パニックになる僕。
よく分からない。
落ちつけ。
落ちつくには……素数だ!
いや違う!
素数とか、訳分からないモノ数えなくていいから、まず落ち着け。
まず。
まず、そうだ。
コレは……そう。ゲームだ。
現実じゃない。だから、ここまで取り乱す……
「かはぁ!」
と気管に入ったのか、マキの口から血が噴き出す。
血が、僕の顔にかかる。
「マキ!?」
いやいやいや。
もう、コレはゲームとか関係ない。
アホか! リアルにしか見えない。
現実に、マキが苦しんでいるとしか思えない。
僕はマキのために出来る事を考える、馬鹿な頭をフル回転させる。
(考えろ考えろ考えろ……何をすべきか……まず、まずは、マキのケガを治すべきだ。……けど、ポーション程度じゃ治りそうもないし、なにより、ポーションは飲まないと……そうだ!)
僕は、アイテムボックスを操作する。
そう。確かあったはずなのだ。ケガで苦しむマキを癒せる可能性のあるモノ。
「……あった! 【万能の霊薬】! これならマキのケガも……」
さっそく、僕は抱きかかえているマキに【万能の霊薬】の振りかけようとして
「必要ありませんよ。お兄様」
と、いつの間にか僕の横に立っていたマキに腕を掴まれて止められた。
「何すんだ! 離せマキ! 早くしないと、マキが……って、え?」
ん?
いや、ちょっと待て。
僕は、再度、僕の腕を持っている人物の顔を見る。
そこにはサクラ色のツインテールをなびかせているマキがいた。
へ?
「……え? マキ?……は? マキ……へ?」
良く分からない現象にかたまっていると、立っている方のマキが、僕の後ろの方を指している。
「……見てください。アレがミカ様の10のマスターの一つです」
まだ良く状況を掴めていない僕は、とりあえず、その立っている方のマキが指差した方向を見てみた。
そこに広がってる光景を見て、僕はさらに固まる。
「マキが……沢山?」
数十メートル程先に倒れている【憤土の牛】の周りをマキ達が囲っていた。何人くらいだろう…ひーふーみー……10人くらいか?
「お兄様が、【憤土の牛】を蹴り飛ばしてくださったおかげで、結界を張る隙が出来ました」
【憤土の牛】の周りにいたマキ達が、持っているクナイを地面に刺す。
クナイから光の線が伸び、円形の陣が出来る。
「百花桜乱」
陣内を空気が回っていく。
その空気の回転の中に、マキ達が大量の、ソレは、クナイの軍隊とも言うべき量のクナイを投げ込む
クナイ達は空気の奔流に流されながら、陣内の敵を、【憤土の牛】をズタズタに引き裂いて行く。
「ドモオオオオオオオオオ!!」
隙間なく、逃げ出す隙も無く、ただひたすらに身を切り分けられていく【憤土の牛】。
針金のような毛を身に纏っていても、クナイの弾幕に何の意味もなさない。
クナイが飛ぶ音。
【憤土の牛】に刺さる音。
【憤土の牛】の絶叫のみが、僕の耳に残っていく。
数分……体感では10分程度の時間であったが、実際はもっと短かっただろうと思う。
その数分後、マキ達がクナイを投げ終わった時に陣内に残っていたのは、毛皮の代わりに、クナイを生やした【憤土の牛】だった。
「ドモオオオオォォォォ……」
ドサァ……と【憤土の牛】が地面に倒れ込む。
その振動は、僕の所にまで届いた。
「モオォォォ…………」
どこか、悲しそうな、悔しそうな、そんな感情を感じさせる声を出しながら、光の粒子となって、【憤土の牛】は消えていった。
そしてその光の粒子が消えた後、そこにはマキが立っていた。
気付けば、クナイを投げていたマキ達は消えている。
立っていたマキが、僕達に近づいてくる。
「お疲れさまでした。ミカ様」
僕の横に立っていたマキが、跪く。
「んにゃ、別に疲れてないよ。あんた等でトドメをさせなかった時のために、一応スタンバッテいたけど、必要無かったみたいだね。思ったより、サク兄ィの蹴りが効いていたみたい。サク兄ィの護衛、ご苦労だったね。ヤヨイ」
歩いて来たマキが、僕の横にいたマキに声をかける。
「私などのために、もったいなきお言葉……何もしておりませんのに」
ヤヨイと呼ばれたマキは首を振る。
「何もなくてよかったんだよ。いくらゲームでも、幻でも、大切な人が傷付くのは、見たくないし」
「さようでございますか……それでは、私はこれで。……またいつでもおよび下さい」
そう言って、僕の横にいたマキは消えていった。
「さて、ヤヨイはいいとして……問題はアンタよ! フミツキ! いい加減サク兄ィから離れなさい!」
陣内から歩いてきたマキが、僕の腕の中にいるマキに怒鳴る。
すると、僕の腕の中にいたマキが、瀕死のはずのマキが動き出した。
「えー……せっかくあの、サク様に、抱きしめていただいていたのに……」
折れていない左手で目をこすりながら、起き上がるマキ。
まるで、心地よい睡眠の邪魔されたかのような言い方だ。
「アンタもサク兄の護衛でしょうが! 何でわざと攻撃喰らってサク兄ィに心配させてんのよ!」
「えへへへ……皮が裂け、骨は砕かれて、内臓がグチャグチャに潰れていって、気持ちよかったなー。ソレに、サク兄様に優しく抱きしめられながら、必死な様相で名前を呼ばれて……」
えへえへと恍惚の表情を浮かべる腕の中のマキ。
「ッ……このド変態! 消えろ!!」
ガツンと、歩いてきた方のマキが、僕の腕の中のマキを殴ると、「気持ちいいー」と言いながら、腕の中のマキが消えた。
(……何コレ)
色々ありすぎて、すでに頭の容量がパンクしている。
僕は軽い混乱状態なっていると、歩いていた方のマキが腕組みをしている。
何か考えているようだ。
その様子を観察していると、突如、歩いてきた方のマキが僕に抱きついてきて、言った。
「うえーん。サク兄ィを牛さんの攻撃から守って、痛いよー。優しくしてー」
「わけ分からんわぁ!!!!」
マキを放り投げる。
もう、今までの展開全て分からない!
「くだらん事してないで、ササッと状況を説明しろ! 12文字以内で!」
「いや、それは無理でしょ」
クルリと一回転して着地したマキは平然と言う。
「もぉ……ちょっとした冗談なのに。テ・レ・屋・さ・ん」
「……遺書は書いたか?」
右手に【翁】左手に皮のムチを装備して、立ち上がる僕。
「ちょっちょっと!? ゴメンゴメン。ホントゴメン! 今洒落にならないから。【桜分身】使って、けっこう疲れてるし、サク兄ィの攻撃ヤバいレベルだから!」
手をバタバタさせながら慌てるマキ。
武器は戻さず、マキに話すように促す僕。
「で、あの沢山いたお前は一体何だったんだ? それと、牛に攻撃されたはずのお前が、何でピンピンとしているんだ?」
「んー……まぁ、簡単に言うと、分身の術だね」
マキは自分の人さしを掴んだ。
ニンッ!とか言い出しそうである。
「私も、ユニークスターを持ってるって話をしたと思うけど、ソレを元に発展させたのが、私の【桜分身】でね。自分の髪の毛とSPを消費して、12体まで分身を作る事が出来るのさ」
エッヘンと胸を張るマキ。
「……じゃあ、僕の目の前で、【憤土の牛】に飛ばされたのは……」
「私の分身のフミツキだね。念のために、サク兄ィの護衛として、付けていたんだよ」
とマキ。
「じゃあ、お前はケガとかしていないんだな」
「うん。【憤土の牛】に喰らった攻撃は一発も無いよ」
そうか、そうか……
僕はマキに背を向ける。
いや、まぁその。違う、えーとコレは、目に、髪の毛が……な?
髪の毛を取る為に、目をゴシゴシしていると、マキが僕の前に回り込んできた。
「……もしかして、泣いてるの? ……私を心配して?」
キャーキャー騒ぐマキの脳天に、拳骨を喰らわす。
「痛い! もう! 照れなくてもいいじゃん!」
涙目になりながら、頭を押さえるマキ。
「照れてねーし! 泣いてもねーし! 勘違いすんじゃねーよ! バーカバーカ!」
自分の心に素直になって事実を伝える僕。
ホント、勘違いすんな。
「んー……まぁいいか。フミツキにとはいえ、私のために必死になってくれているサク兄ィを見れただけでも幸せだよ」
にっこりと笑うマキ。
……だから違うって。
そして、マキはお腹を押さえながら、話を続ける。
「……だからかな? さっきから、お腹が、きゅっとするんだよね……体の中からヘンな音もするし、サク兄ィの事も良く見えないし……コレが恋?」
僕は、そのマキの症状と、先ほどのマキのセリフから、診断を下す。
「……それ、多分、お腹すいているんじゃないのか?」
「だよねー」
SPを消費してバタンと倒れたマキを支えてやった僕の手には、いつの間にか、玉が握られていた。
《【牛の守玉】を手に入れた。アナタは26番目に、このアイテムをゲットしました》
と画面には表示されている。
26番目。
まぁ、どうでもいい。
今大切なのは、一刻も早く、この餓死しかけているマキに、食料を食べさせる事だろう。
僕はアイテムボックスから、ジュースを取りだすと、マキに飲ませてあげたのだった。




