第63☆
《スターフルを倒した。3B獲得。スターフルは【スターフルーツ】を落とした》
「……でね、でね。ユッキーが書いた絵がね、市のコンクールで金賞をとってさ……」
マキが僕の腕の中で、たわいのない世間話を、若干興奮気味に話してくる。
僕達は今、ホワイト・ラプトルのほわちゃんに乗って、子守の森を進んでいる最中だ。
ホワイト・ラプトルなんて、いかにも速そうな名前のくせに、ゲーム内の僕の半分くらい、現実の僕の全速力くらいのスピードでしか走らなくて、若干ガッカリだったが、今はそんな事はどうでもいい。
子守の森の名前にふさわしい、当たり一面緑の木々に覆われていて、おそらく、こんな状況でなければ、森林浴でも楽しんでいたであろう心地よさを感じる大森林の雄大な自然さえも、僕には霞んで見える。
「嫉妬でもしたのかな? 同じクラスの女子が……」
心ここにあらずの心境で、マキの話を聞く僕。
《ホシリンゴを倒した。5B獲得。》
いや、しっかりと話を聞きたいのだ。
マキの友達、ユキちゃんの話だしさ。
けどね。
《スターフルたちを倒した。11B獲得。スターフルは【スターフルーツ】を落とした。ホシリンゴは【リンゴ】を落とした》
「で私ムカついちゃってさー、あんまりヒドイから、何してんの!?っておこ……」
「お前が何してんの!??」
もう我慢の限界だった。
「え? 何してんのって、何が?」
きょとんとした顔で僕を見るマキ。
「何って、 お前、今自分が何しているか分かっているよな?」
問い詰める僕。
「え? 白馬ならぬ、白恐竜に乗った王子様に抱きしめられてイチャイチャデート中じゃ……?」
「ちっがうわ! 全然違うわ!! なんで……」
「なんでお前が全部モンスターを倒しているんだよ!!」
叫ぶ僕。
そう。この女子小学生。
ペラペラと他愛の無い会話をしながら、目に見えないスピードでクナイを投げて、敵を瞬殺していたのである。
もう、そのクナイが、速すぎて、さらに言うなら、投げるタイミングも早すぎて、
《モンスターが現れた!》
なんて表示をされる前に、倒してしまうから、僕ははっきりとモンスターを見てさえいない。
くそ! 西の島に行くからって、警戒してフルーツポーションとか大量に作ったのに、全然意味が無いじゃないか!
売れるのかな? ただ美味いだけのポーション。
普通のポーションと同じ値段なら売れるかもな。
とか思いつつ、僕のマキに対する抗議は続く。
「お前、色々教えるって言っていたよな? 何も教わっていないんですけど? ずっと、恐竜の背中に乗って、ただ虐殺されたモンスター達から何かしらを貰っているだけなんですけど?」
「もう、そんなに教えて欲しかったのから、始めっから言ってくれればいいのにぃ……んー……」
と言いながら口をタコのようにすぼめた妹的存在のみぞおちに手刀をめり込ませる。
「こっはぁ……! くっ……! はぁ、はぁ…… こ、この胸の高鳴り。コレが恋?」
「横隔膜によるダメージで発生した呼吸困難による心拍数の増大を恋だとしたら、格闘家は恋心満載だな」
呆れる僕。
お腹を押さえていたマキは、回復したのか、会話を続ける。
「けどさ、真面目な話。今のサク兄ぃのレベルだと、ここら辺で出てくるモンスターと戦っても良い経験に成らないんだよね」
と、マキ。
「いや、お前何言ってるんだ? 昨日、東の島のボスにボロカスにやられて、お前にあっさり首を切られるくらいの強さしかないんだぞ?」
ちょっと思い出したらムカついたので、マキの頬を抓る。
「いひゃい! いひゃい! やぁから、首を切っひゃ、わひゃしひゃ、ひゃいきょうクラヒュのプレイヒャーやし、ひひゃしのボヒュも、多分クエヒュショモンヒュヒャーだって!」
ひゃいひゃい言っていて、何言っているのか良く分からない。
このままでは会話が成り立たないので、頬を抓るのを止めてあげる僕。なんて優しい!
「うー……痛い。もう!そんなに、自分の強さが分からないんなら、教えてあげるから、まずサク兄ぃのステータスを見せてよ!」
とマキ。
まぁ、別にいいけどと思い、目線操作で、ステータス画面を表示する僕。
そう言えば、パーティを組むと、メンバー同士のステータス情報を共有出来るそうだ。
出来るだけで、見せない事も可能らしい。
別に、僕は隠すつもりもないし、マキも見れるように共有する。
プレイヤー名 サク
レベル 33
HP 434/434
MP 132/132
SP 620/620 max780
頭 なし
体 布の服
右腕 なし
左腕 なし
腰 麻のベルト
脚部 布のズボン
足 韋駄天B-1212
アクセサリー カーボ・コート
武器 皮のムチ
黄金の竹槍【翁】
【装備スター】
職業 旅人 Lv24
職業 錬金術師 Lv28
職業 武道家 Lv3
職業 何も持たざる者 Lv☆
走り Lv37
ジャンプ Lv18
格闘術 Lv3
聴覚UP Lv22
視覚UP Lv21
触覚UP Lv41
武器 ムチ Lv10
暴食 Lv☆
【控えスター】
調薬 Lv23
調理 Lv21
調木Lv18
嗅覚UP Lv13
味覚UP Lv16
まぁ、こんなものだよな。
敵と戦うつもりで調整したスターだ。
蹴りのダメージ判定を得るために獲得した格闘術と、武道家のレベルも低いし……
触覚UPが異様に高いのが気になるが、まぁ、あれだけ切られて燃やされていたら、これぐらいのレベルになるだろと思っていると、マキがただでさえ大きな目をさらに大きくしていた。
「……なんだよ」
その目に若干イラつきを覚えながら、問いかける。
「……ある程度予想はしてたけど、そのレベルで、このあたりの雑魚と戦いたいなんて思ってるなんて……なんか腹たつなぁ……」
ブツブツとつぶやくマキ。
「……しかも私よりレベルが高い……よし!」
ポンっと手を打つマキ。
「サク兄ぃ、敵と戦いたいんだよね? これから、ちょうどいい敵と戦える所に、案内するよ」
そう言うと、するりと僕の腕の中から離れたマキは、ほわちゃんの手綱を握る。
急に走る方向と変えたほわちゃんは、森の所々に置いてある柵を越えて、森の奥へと進んでいく。
「え? うわた!? な、なんだよ急に……? 」
ほわちゃんの方向転換に体のバランスを崩す僕。
なんとか持ち直す。
「あ、せっかくだから、スターを敵と戦うように調整してあげる」
と、マキは僕のホログラム画面を片指で操作し始める。
「え? いや、調整っていっても、他に何するつもり……?」
闘いに必要そうなスターを全て入れてあるはずだ。
と思っていると、森の雰囲気がおかしくなっていることに気づく。
今までの平和な森から、急に、禍々しい空間へと変わってきている。
マリンの森の半分くらいの禍々しさだ。
どこに向かっているんだとマキに問いただそうとした瞬間。
僕の体が宙に浮いてるのに気付く。
ほわちゃんが急停止したことに気付く。
慣性の法則の偉大さに、気付く。
「え……?」
そのまま、僕の視界に地面が広がっているの見て……
「ぐへぇ!?」
顔面から思いっきり地面にぶつかった。
「い……ったくはないけど、なんだよ急に! いきなり止まるな! 踏ん張りが効かなくて、落ちたじゃないか!」
100メートルのノーロープバンジーの経験がある僕にとって、ほわちゃんの背中から落ちても大したダメージじゃないが、ビックリはした。
抗議をしようとマキの方を見ると、マキは僕の後ろを指差している。
「ほら、気をつけないと……来たよ?」
なんだよと思いながら振り返った僕の10メートル程後ろにいたのは、黒光する筋骨隆々の男性……では無い。
肉体は男性だ。
男性の男性たる部分がないだけの、その点を除けば、理想的な男性の肉体で、男性である僕からしたら、男性として憧れてしまうような男性の肉体ではあるが……男性男性言い過ぎて訳分からなくなった。
要は、肉体は人間の男性のモノだが、顔の部分が違った。
まず顔の数が違う。そして、形が違う。
肉体から3つの顔が生えていて、その口からは鋭い牙が生えている。
耳は獲物の断末魔を正確に聞こうと頭からひょっこりと生えていて、全て僕の方を向いている。
鼻をひくひくとさせながら、僕の匂いをかぎ取っているこの生き物は、この顔は……
「子守の森の裏ボス。アビス・ケルベロス。2足歩行の黒いケルベロスだよ。頑張れ!」
「頑張れるかぁあああああ!!」
全力で叫ぶ僕。
何!?
え!?
なんなの!?
コイツアホなの!??
いや、アホだと思っていたけどさ!
「ほら、戦いたいって言っていたじゃん。相手も待っているよ?」
「順番ってあるだろぉおおがぁあああ!!」
無理だろバーカ!
どう考えてもヤバい奴じゃん!
黒い筋肉から、私ヤバいですよ? マジで! ただの筋肉じゃないよーって感じの、どす黒いオーラみたいなのが見えているんですけどぉ?
絶対瞬殺なんですけどぉ??
今なら、あのファイヤー・シープが可愛く見える。
ってかファイヤー・シープは見た目は可愛かったからな。
こんな、私、地獄の使者です!よろしく!みたいな姿じゃなかった。
逃げだそうと思っても、すでに僕とケルベロスの周りには光の線が引かれていて、明らかにここ戦う場所だからねー。逃げられないからねー。と宣言されていた。
ちなみにマキは線の外にいます。
「グルォオオオオオオオオ!!」
三つの口から雄たけびが発せられる。
「ひぃいいい!?」
思わず耳を塞ぐ僕。
恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い!!!
うずくまっていると、駆け出したアビス・ケルベロスが、僕の目の前に現れた。
「うおわぃい!?」
アビス・ケルベロスの放った鋭いローキックをジャンプスターで高く飛んで逃げる。
「ひえい!?」
ジャンプした僕が見たのは、避けた場所の近くにあった木が、アビス・ケルベロスの蹴りで、切り倒されている光景だった。
……ウソだろ?
そんな現実ではありえない光景を見た僕の目が次に見たのは、アビス・ケルベロスの三つの顔の一つがしっかりと僕の方を向いていて、牙の生えた大きな口を広げているところだった。
……それだけは。
僕は願い、その未来を回避する術を模索するも、空中では身動きが取れず、恐怖で思考もまとまらない。
アビス・ケルベロスの口から黒い炎が放たれる。
僕の視界は黒の光に覆われて、僕の体は地面へと落ちた。




