第58☆
「ふへぇ~…………」
僕の腕の中で気持ち良さそうに喉を鳴らすマキ。
少々落ち着いた僕は、マキの頭を撫でる。
12☆Worldをログアウトした後、フラフラになりながらマキ達の家に向かった僕は、リビングにいたマキを抱きしめた。
爆破によって傷付いた心を癒すために。
そして現在に至るのだが……
……うん。
間違いなくただの変態だ。
下心は無いが、女子小学生を抱きしめているからな。
社会的に抹殺されてしかるべき人間だ。
ホント、申し訳なく思う。ツライ事があったら身近な人に抱きついてしまうなんてクセ、早く治したいのだが……
「いやー、サク兄のボーナスタイムがこんなに頻繁に来るなんて。12☆Worldは死にやすくて、死ぬ感覚もリアルだから、こんな事もあるかなー?って思っていたけど、まさか狙い通りになろうとは……」
「ふざけんなーーーーーー!!」
女子小学生の方に下心があった。
僕は抱きしめていたマキを放り投げる。
「あーうー」
と飛んでったマキはなんか捻りを加えた動きで回転して、華麗に着地した。
どこのスケート選手だ。
「じゃあ、お前はアレか? 僕がツライ目に合う事を想定して12☆Worldをプレゼントしてきたのか!?」
怒りが収まらない僕。
ブンブンとマキの肩を持ち、ゆする。
「いや、期待していたってだけだよ。それに、まさか安全な東の方でこんなに死ぬなんて予想してなかったし。予定では、西のボスとかにいじめられて、泣いているサク兄ぃを慰めるはずで……」
「そんな予定を立ててんじゃねーよ!」
じゃあ、なに? 西の方に行っていたら、もっとヒドイ目にあっていたのか? 餓死に刺殺に転落死に爆死……それよりヒドイってどんな事だよ。辞める決意して正解だわ。
「痛みがリアル過ぎて、火傷したんだからな!」
もう苦情の言葉しか出てこない。
イライラしながら、ソファに座り直すと、マキが不思議そうな目をしている。
「……なんだよ」
不機嫌であると、顔と口調で分かりやすくマキに伝える。
しかしマキはソレを全く意にした様子もなく、ツカツカと歩いてきて、僕の右腕を取った。
「……ホントだ。いくつか赤い点々が出来てる」
しげしげと僕の腕を眺めながら、マキが呟いた。
「ねぇ? コレどうしたの?」
マキが不思議そうに聞いて来た。
コイツ、トボケやがって。トップクラスのプレイヤーなら、初期エリアの近くのボスの情報くらい知っているだろ。
「ファイヤー・シープってボスにやられたんだよ。燃える抜け毛が僕の腕に刺さって爆発したんだ。多分その痛みが激しすぎて、体が本当に火傷したと勘違いしたんだろうな。よく聞く話ではあるけど、自分が成るなんて考えもしなかったよ」
そう言って、僕はマキが持っていない方の腕を見る。
そこには、小指の先ほどの大きさの赤い点々がいくつかあった。ヒリヒリと痛む。日焼けしたような痛みだ。
コレは、VR機という物が開発されて、真っ先に危惧された問題であり、実際に起こった問題である。
リアルな感覚を突きつめる事による。思い込みでの自傷行為だ。
一応、VR機を付けると、脳波から体に送られる信号は遮断されてはいる。
遮断しないと、例えば走ろうとしたら、そのままベッドの上でバタバタと手とか足とか動かして、新手の悪魔映画のような光景が繰り広げられるからだ。
ただ、完全なシャットダウンは出来ない。
完全に遮断してしまうと、呼吸やら心拍などの生命維持のための動きにも影響が出てしまう。
だから、VR機を付けていても、ある程度、脳波と体はリンクしている。
VR機で体感した事が、体に出るのだ。
とくに、最高峰の再現度を誇るプレエク3は、販売された当初から、色々な事例がニュースになっている。
簡単なモノで言えば、超高級フランス料理フルコースをVRの世界で再現したモノを食べると、起きてプレエク3を外したら、顔中がよだれでベトベトになったなんて話もある。
そして、ファンタジーゲームでよくあったのが、僕が今直面した問題。
VR機による思い込みでの軽いケガだ。
初期のVR機を利用したゲーム内では、モンスターに噛まれたら、その部分から軽い出血をしたり、鈍器のようなモノで殴られたら、青あざが出来たりなどした人が少なからずいたらしい……脳に直接イメージを伝えるVR機は、それだけ体にも影響が出やすくなってしまうのだ。
プレエク3は、ある程度の安全装置は付けられているし、命にかかわるようなイメージは再現度を落として再生するように決められているはずなのだが……
12☆Worldは明らかに守ってないよな。
ファイヤー・シープの炎はマジで熱かったぞ!
揚げモノとかしている時に出る、跳ねた油を永遠とかけられた気分だった。
そりゃ体が勘違いするわ!
「……サク兄ぃ? その、ファイヤー・シープってボスについて、くわしく聞かせてくれる?」
マキが、僕の腕を持ったまま、真剣な顔をして聞いてきた。
「……ああ、別にいいけど」
かいつまんで、さっきあった出来事を話す僕。
知っているだろうに、マキは終始真面目に聞いていた。
「ってなわけで、僕は死に戻りして、腕に赤い痕を残す事になったんだよ」
話し終えた僕。マキはうーんと唸ってる。
「とりあえず、萌え萌えうるさくて、サク兄ぃがキモかったのは置いておくとして……」
「うるせーよ!!」
正直、燃えと萌えをかけたくて、使い過ぎた感はあるが、指摘されると傷付く。
「羊が、そのファイヤー・シープが、炎を使って来たのに、間違いは無いんだよね」
「んん?……ああ、そうだが?」
なんか、当たり前のことを聞いてきたマキ。
ファイヤー・シープなんだ。炎を使うに決まっているだろ。
「おっかしいなー……羊は土のはずなんだけど。やっぱり、マッドメガネの言う通り、東と西では違う……? 微レ存? まぁ、それはさておき」
マキはブツブツとつぶやいていた独り言を止めて僕を見る。
「……アーク村ってどこにあるの?」
「……はぁ?」
何聞いてんだ? コイツ。
トップクラスのプレイヤーだろ?
ゲーム内の村がドコにあるかくらい知っているだろ。
「いやいや、βテストではフィールドの半分も解禁されていなかったからね。アーク村なんて初めて聞いたからね」
いや、それでも、ゲーマーなんだから、最新の情報くらい仕入れているだろうに。
あきれつつも、答える僕。
「フルーツリーの森を越えて、なんだっけ? 境界の岩壁だったかな? ソレを越えて、マリンの森の先の、黒い濁流を進んだ場所にアーク村はあるけど」
「うわー。知らない単語ばっかだぞ、っと」
マキが、なんか苦笑いをしている。どうしたんだ?
「ってかお前大丈夫か? トップクラスのプレイヤーなんだろ? 情報収集くらいちゃんとしろよ」
一応応援してるんだぞ。お兄ちゃんは。
僕はもう12☆Worldはしないけどな。
「情報収集をちゃんとしているのに、初耳なんだよ」
マキはため息を吐きつつ、続ける。
「まぁ、サク兄ぃなら、全国大会でも普通に決勝に行くレベルの陸上選手なら、ありうる話ではあるけどさー……まさかトップクラスのマッパーよりも先に進んでいるなんてさー……けっこう高い金出していたのに」
うなだれているマキ。
「マッパーてなんだ?」
聞きなれない単語が出てきたのは僕の方だ。
マッパー……まさか!
「全裸でプレイする……っ!!」
「違うわーーーー!!」
マキが僕の顎に拳を入れる。珍しいマキのツッコミだ。
「真っ裸じゃなくて、マッパー! 敵キャラとかには目もくれず、フィールドマップを調べる人たちの事だよ!」
顎を抑えつつ聞く僕。けっこう痛い。
「私たちは、ずっと西の方をメインに探索しているから、手の付けていない東の方は、マッパーの人を雇って情報だけでも集めてたんだよ」
「そんなマッパーの人が知らないような情報をペラペラと……確かに、マッパーの人でも移動系のマスターは使えないけどさ……」
はぁ、とため息をつくマキ。
「……なんか、その話を聞くと、僕めちゃくちゃ進んでいる奴に聞こえるけど」
「そう言っているの!」
怒られた。てか
「おかしくないか? ほとんど素人の僕が、トップクラスのなんだ、マッパーだっけ?そんな人より進んでいるなんて、ありえないだろ。廃人なんて四六時中ゲームしてるんだし。」
「まぁ、おかしいけどさ。けどありえない話じゃないんだよ」
「ほら、12☆WorldってSPのせいで基本的に長時間出来ないゲームじゃん。だから学生と大人に差が出にくいんだよ」
まぁ、SPの最大値が一分1パーセントの割合で減っていくからな。
実質的なプレイ時間は100分だ。
SPが切れたら、死に戻りして、配給所で食料を受けるかログアウトして自然回復するか確かに、長時間プレイするにはキツイ縛りがあるが……それでもおかしいだろ。
「だって、アーク村まで、多分まっすぐ走れば2時間くらいで着くぞ? ちょっと食料買い込んでいけば誰でも行けるだろ」
「いや、ソレがおかしいから」
なんか呆れられた顔してる。なんだよ。
「もう……参考までに言っておくと、トップクラスの素材採取系のプレイヤー、ハングガールがフルーツリーの森に着いたってブログにアップしていたけど。それが昨日の話。ちなみに私たちが依頼しているマッパーの人は私たちが貸した乗りモノのおかげで、今日、フルーツリーの森に着いたらしいよ」
「昨日!?」
おっそ! 僕はゲームを始めて2時間で着いたぞ?
「お前、それ騙されているんじゃないか? 12億かかってるんだし、あんまり信用しない方が……」
「サク兄ぃは自分の凄さを認識してよ」
マキは頭を抱えている。
「まぁ、サク兄ぃがマスターを使ってるって事が分かっただけでもいいかな? 期待はしていたけど……ここまでとは、さすがに……」
うんうん唸るマキ。大丈夫か?
「けど、これで日曜日も大丈夫かな? ダメだったらアイツら抹殺でもしようと思っていたし……」
「マキさーん!?」
なんか不穏当な独り言が聞こえたが。マキの頭を叩き、現実に戻してあげる。
「はっ!? ああ、ゴメンゴメン。なんだっけ? そうか、暗殺の話だったね」
「違う!」
そんなデンジャーな会話を妹的存在とするか! 誰を殺すつもりか知らないが……
「冗談冗談。ま、サク兄ぃが意外と実力者って分かったし、明日は面白い事になりそうだね」
マキがにっこりと笑う。
明日?
「明日、東の島で一緒に12☆Worldで遊ぶ約束してたよねー。楽しみだなー。私の華麗なるクナイ捌きを見せてあげるよ」
シュバッ! と腕を振るうマキ。
いや、うん。楽しみにしてくれるのは大変ありがたいのだが、
「ああ、その約束なら……もう12☆Worldで遊びたくないし、無しにして欲しいんだが……」
「あぁ!?」
マキがひりっと睨む。
……恐い。超恐い。顔が整っているからマジで恐い。
個人的に、美人とか、イケメンほど、キレたら恐いと思うんだ。
いや、でも僕はお兄ちゃんだ。妹の睨みに屈したりはしない。
「火傷するなんて危険なゲーム。出来るわけないだろ。お前が睨もうが何しようが、僕はもう12☆Worldで遊ぶ気なんて……」
「……分かった」
そう言うとマキはカードを操作して、浮遊型の警備ロボを呼びだす。
「……何をする気だ?」
「いや、抹殺しようかと」
警備ロボが、僕の目の前で止まる。
「催涙スプレーでもを浴びせるつもりか? そんな事しても、僕は遊んだり……」
ブインと警備ロボが光ったかと思うと、そこにはホログラムで画像が再生されていた。
「おま……コレ……」
そこに映ってた映像を見て、思わず声が漏れる。
「女子小学生に抱きつく男子高校生かー……ギリギリだよねー」
僕が一昨日、マキに抱きついた画像だった。
「……社会的な抹殺と、楽しくゲームで遊ぶの。どっちにする?」
にやりと笑うその笑みは、どこか彼女の姉、サキの面影を感じた。
くそ!女ってやっぱり恐い!!
こうして、僕は12☆Worldを続ける事になったのだった。
3日目終了




