第57☆
さて、僕はこの状況をどのように理解したらいいのだろうか?
昔のフランス人の名言を借りるなら、
[あ、ありのままに今起こったことを話すぜ! 『僕の目の前で火柱が上がっていたと思ったら、何も燃えていなかった』
何を言っているかわからねーと……]
って所か。
じりっと、1歩だけ後ろに下がる僕。
催眠術……とかならいいけど、ソレは違うんだろうな。
さらに2歩、後ろに下がる。
[翁]が溶けている事は確実だし、熱いと感じたのは事実だ。
催眠術、なんて、すでにゲームの中は催眠術にかかっているようなモノだし、ソレをゲームで実装していたら、さすがに訳が分からないだろう。
「メェ~……ラァ~……」
羊の声が聞こえる。
背を仰け反らせ、ストレッチの続きをしている……のではない。
「ラァ!!」
僕が横に飛び出すと同時に、元いた場所が紅蓮の炎に包まれる。
吐いたのだ。炎を、口から、あの羊が。
「あっぶな! そして、熱っつ!!」
ギリギリで炎をかわした僕に、熱気が掛かる。
この熱さ、やっぱり炎が幻覚なんてオチではなさそうだ。
……いや、本当にややこしいけど。ゲームはすでに幻覚ですけど。
「ってうわぁ!!」
また横に跳ぶ僕。
炎の羊からの第2波だ。草花がパチパチと燃えている。
(くそ……! 落ち着け。別に避けれない攻撃じゃない)
「メェ~……ラァア! ラアア! ラァアア!!」
雄たけびと同時に、口から灼熱の炎を吐きだしまくる羊。
「おおおおおおお!?」
全力で横に走って、僕は炎を避けて行く。
先ほどの火柱ほどではないが、僕の体を余裕で包み込むくらいの大きさの炎が向かってくる。
超恐い。
「ってか絶対コレ、メ○じゃねーだろ! こんなのメラ○―マだろ!」
周囲の色を紅く染める羊の猛攻にツッコミを入れる僕
ツッコミつつ、避けつつ、ちらりと、炎の、中で燃えている草に目をやる。
(やっぱり、燃えて……黒くなっているよな)
音が出て、黒く炭化して、現実よりもリアルが売りのこのゲームは、物が燃えるという現象もしっかりと再現している。
(じゃあ、黒焦げになった地面を再現していないだけでしたー、なんてオチでもなさそうだ)
と、いうことは。
一つの仮説が先ほどから僕の頭をよぎっている。
(確かめるしかないか)
僕は地面に黄金の竹槍の柄の部分を突き刺し、大きく×の字を書いた。
そこだけ地面がえぐれる。
「ってうわぁ!!」
書いた瞬間、羊の炎が飛んでくる。
跳びのき、慌てて炎を避ける僕。
(よし、あとは)
僕は起き上がると、そのまま草原を走った。
大きく、大きく、羊を中心に円を書くように。若草達を踏みしめて、走る。
そんな僕に、羊は炎を吐き続ける。
「恐い恐い恐い恐い!!」
背後に強烈な熱を感じながら、僕は走る。
スピードを調整しながら、早すぎず、遅すぎず、だ。
そして、そんな恐怖と闘いながら走っている僕の目の前に、僕が元いた場所の光景が映り込んでくる。
スピードを調整したおかげで、羊の周りを一周した頃には、元いた場所の炎が消えていた。
消えていて、変わりに真新しい、キラキラと輝く草花が咲いている。
(やっぱりか……)
僕は、地面に書かれた×の字を見る。
×の字に書かれた、えぐれて土が見えていたはずの地面は、しっかりと草花が咲いていた。
生えていなかったはずの場所に、咲いていた。新しい命が。
僕は、カンナさんの言葉を思い出す。
『草原を燃やす、もやしているそうです』
2回、燃やすと言っていたのは気になっていたが、多分こういう事なのだろう。
もえるという言葉には、燃えるともう一つ、萌えるという言葉がある。
カンナさん萌えー、なんて思っていた僕だが、萌えるの本来の意味くらい知っている。
萌えるの本来の意味は、草木が芽を出す事だ。
『草原を燃やす、萌やしているそうです』
つまり、カンナさんの言葉は、こうなるのだろう。
そして、このことと、地面に新しい草花が咲いている事から、炎の羊の能力が【炎で燃やし、草花を新しく芽吹かせる】能力、燃やして萌やす能力である事が推測できる。
この推測から、ある事が分かる。
(絶対勝てないじゃん)
いや、考えてもみてほしい。
燃やして、萌やす能力なんて簡単にまとめてみたが、要はこの羊は、お羊様は、生命を作る能力を持っているわけだ。
生命を作る能力なんて、主人公か、ラスボス以上の最強のキャラが持つ能力だろ。
何者であろうと到達できない、神の領域の能力だ。
ゲームだし、生命を作る能力なんて大げさな事言うなよ、なんて声もするが、大切な事を忘れている。
一つは、羊の炎の、燃やす能力だけでも、僕の現状最強の武器である、【黄金の竹槍(翁)】を溶かすほど強力であるということ、そしてもう一つは……
「メェエエエエエ………!!」
突如、羊の方から、気合いのこもった鳴き声が聞こえた。
その声と同時に、羊の体から火柱が上がり、羊の周囲にキラキラと火の子が、いや、羊の体の炎だから、炎の抜け毛が、舞い上がる。
「……なるほどね」
あきらめにも似たため息が、僕の口から洩れる。
正直、羊の能力が、燃やして萌やす能力だとアタリを付けていた時から、嫌な予感はしていた。
羊の周りを大きくグルグルと回っていた時から、思っていたんだ。
この草原に生えているのは、新しい草花しかないって。
成長出来た植物がいないって。
キラキラと舞っていた炎の羊の毛が、徐々にその高度を落としていく。
そういえば、もう一つ考察が残っていたな。
初めに羊が起こした巨大な火柱。あの技の正体。
まぁ、その正体は今から見れそうであるが。
輝いていた炎の毛、炎の抜け毛が、地面に着地する。
瞬間、地面は紅に溶け、空へ向けて膨張した。
灼熱の柱は、抜け毛の着地と共にその数を増し、隣の柱と融合して、巨大な炎の壁を作りだす。
柱は壁となり、そして壁は合わさることで要塞を生み出した。
羊を守るように、そして外敵を倒すように作られた灼熱の要塞は、炎の壁の厚さを、メラメラと増やしていき、僕を排除しようと、いや、この草原にある全てのモノを消滅させようと、広がり始めた。
猛スピードで。
「ふざけるなよぉおおおおおおお!!」
全力で、限界の力で走る僕。
炎の壁が迫って来たのだ。
逃げる、逃げる。
つまり、単純に、あの抜け毛が着弾すると、爆発を起こすようだ。
そして、大量の抜け毛による広範囲、全範囲の攻撃。
この攻撃は、おそらく結界内全てを燃やしつくすだろう。
だって、草原の草が全部新しいんだもん。
多分村長さんは、この抜け毛の全範囲攻撃でトラウマが出来たのだろう。
てか僕もこれトラウマになるぞ。恐すぎる。
炎の壁は、僕を飲み込もうと進んでくる。
かなり速い。
「くそ、こんなところにいられるか、僕は逃げるぞ! 僕には帰りを待っている人がいるんだぁあああああ!!」
目線操作でステータス画面を開いてログアウトを選択するが、[ボスとの戦闘中は離脱できません]と表示されるだけだった。
チクショウ!
地面を蹴る足の、指の先まで全身に力を込めて、駆け抜ける僕。
(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬッ!!)
まさに、必死の気持ちで走っていた僕の目の前に、入って来た入り口が見えた。
助かった!と安堵した僕の目にカンナさんが映る。
両手を胸の前で合わせて、目に涙を浮かべている、カンナさんが、映る。
その瞬間、立ち止まる僕。
(……なんで逃げている?)
くるりと振りかえって、炎の壁を見る。
高くそびえる炎の要塞は、この場で立ち止り続けていれば、あと10秒もせずに僕の体を焼き尽くすだろう。
高くそびえる。
けど、よく見れば、その高さはせいぜい数十メートルだ。
「……翁、行けるか?」
僕の問いかけに、黄金の竹槍は、力強くブルッ!と震えて答えた。
僕の決意を汲んでくれたのか、ドロドロに溶けていた穂先も元に戻っている。
情けない。
自分を叱責する。
女性を待たせている男が、逃げて良い訳が無い。
泣いている女性の前で、情けない姿を見せてしまって、言い訳も無い。
「僕は逃げない」
男は、女性の笑顔のために、命を賭けるべきだ。
男は、女性のために戦うべきだ。
帰りを待っている人がいるなら、なおさらだ。
僕は、地面に[黄金の竹槍(翁)]を突き刺す。
「伸びろ!!」
痛いほどの衝撃を受けて、僕の体は上昇する。
上へ行く。超えるために。炎の壁を。恐怖を。
超えれるはずだ。僕なら。100メートルの岩壁さえ飛び越えた僕なら。
翁の力で上昇した僕は、炎の壁を越えた。
大きく。壁の上にいったのだ。
しかし。
物事には、大抵。
どのような場合にも、大抵。
当然の様に当てはまる事ではあるが、[上には上がいる]という言葉がある。
炎の壁の上にいった僕にも、ソレは当然と、当てはまった。
眼前に広がる光景に、言葉もない。
ソレは、ちょうど炎の壁を死角として、地上にいる僕からは全く見えなかったのだが、炎の壁がなぜ発生したのかを考えれば、当然としてソコにあるべきモノではあった。
天高くまで蔓延る、大量の抜け毛達だ。
毛がドコまで飛ぶか。
毛を糸とするなら、こんな話を聞いた事がある。
蜘蛛ついて、だ。
蜘蛛は、巣立ちなどの時、糸を広げて、糸を風に乗せて移動するそうだ。
その行動範囲は異様に広く、例えば、日本で新種の蜘蛛が見つかっても、アジア全ての蜘蛛を調べないと、新種かどうか分からないと言われるほどだそうだ。
で、そこまで長距離を移動するのだから、もちろん高く蜘蛛は飛ぶそうで。
高度4000メートルの高さで飛んでいる蜘蛛が発見された事もあるらしい。
雲よりも高い場所にいる蜘蛛。
なんてザラにある事のようだ。
さて、話を戻そう。思考を戻そう。
で、この天高く蔓延る大量の抜け毛達はドコまで続いているのか。
糸にのって飛ぶ蜘蛛が高度4000メートル。
それよりもこの壁が、高いのか、低いのか分からないが、1000メートルは超えていそうだ。
うん。
「この壁は超えられない」
壁の先が見えず、抜け毛はすぐそこにまで迫っていた。あきらめの言葉しか出てこない。
せめてもの抵抗に、カンナさんがくれた[カーボ・コート]の中に隠れてみるが、ソレは無駄な徒労だった。
抜け毛の壁に突っ込んだ僕の体に、炎の抜け毛が突き刺さる。
内部に浸食した炎の抜け毛は、その体に貯め込んだエネルギーを一気に解放した。
焼ける、というより消滅と言い換えていい破壊行為が、僕の全身で行われる。
腕が消え、足が消え、燃えるを越えた、急激な燃焼、爆発が、僕の意識を刈り取っていく。
最後に、花火の音を聞いたかと思うと、僕は、プレイヤーストーンの前にいた。
爆発して死んだのだ。
「…………………………帰ろう」
僕は目線操作でログアウトを選択する。
そして、決意した。
「もう二度とやんないぞ! こんなゲーム!!」
一日で味わった壮絶な2回の死は、ぼくの心にトラウマを植え込んだ。
主人公のカッコいいセリフ<<<死亡フラグのセリフ
ルーズ「優先度がおかしいニャー」




