第56☆
「ココです。この2本の大きな柱の先に、封印されし魔物 ファイヤーシープがいます」
カンナさんと一緒に、ボスが封印されているという場所まで来た僕。
カンナさんが示す先には、木で出来た大きな柱が2本並んでいた。
柱には、何やら複雑な文字が書かれていて、そして微かに震えている。
封印が動かされているのだろう。中にいる魔物によって。
柱の向こう側は至って普通の光景で、凶悪な魔物がいるようには見えないのだが。
「この中にいる魔物ってどんな奴なの?」
情報収集のためにカンナさんに話を聞く。
よく考えると、このゲームを始めて、初めて遭遇するモンスターだ。
ってか、初めて戦うモンスターがボスか。
まぁ、モンスターが出るエリアじゃない所で戦うボスだし、そんなに強い奴ではないと思うけど。
「そうですね……私も話しか聞いたことは無いですが……ファイヤーシープはその名の通り、炎を出すことができるとか。炎を作って、草原を燃やす、もやしているそうです」
燃やす、かぁ。
まんまだな。火とかいかにも序盤のボスって感じだし、草原を燃やしているって、僕の目の前の草原は、生き生きと新緑の輝きを放っている。燃やされているとはほど遠い。
草原を焼きつくせないほど、弱いのだろう。抜け毛だし。
「……あ、そうだ。サクさん。コレを」
カンナさんは、ごそごそと村長から返してもらった黄色ポーチから、黒く輝く布を取り出した。
「コビット村の特産の不燃布を、エリアス様のお力を使って、耐火に特化させて作った外套[カーボ・コート]です。解呪の模様が書かれていて、結界の中には、コレを着ないと入れません。村の人も、エアリス様のお力を借りていたから、なんとか生きているんです。どうかお使いください」
カンナさんから、黒い布を受け取る。
キラキラと輝いていて、まるで夜空を見ているようだ。
そして、何よりも、その布を留める所に使われている石は蒼色だった。
……完璧ではないか! ってかこの色って
「これって、あの群青色の岩……エアリス様?」
「はい! エアリスの御身の一部によって、耐火力を高めているんです。ただ、コレを着ていても、ファイヤーシープの炎は非常に強力です。お気を付け下さい」
「そっか。ありがとう。ありがたく使わせてもらうよ。じゃあ、とりあえず戦ってみるから、カンナさんは村に戻っていてよ」
ありがたく頂く僕。多分、エアリス様に会いに行けない今ではこの外套は非常に貴重なモノなのかもしれないが、スマン。遠慮できない。
この外套の魅力が凄すぎる。
黒に蒼。 僕の好みにドストライクだ! 燃えてきた!!
僕はカーボ・コートを羽織り、黄金の竹槍を構える。
「え? そんな……恩人を残していけませんよ。私はここで待っています」
「いや、こんな道で女の子1人は危ないし……」
「待っています」
きりっと力強い眼差しで僕を見つめるカンナさん。
その目は期待と信頼に満ちている。
ってこれヤバいな。
男の帰りを健気に待つ少女。僕の好みにドストライクだ! 萌えてきた!!
しかもカンナさん、NPCだからめっちゃ整ったカワイイ顔している。
そんな顔した人から見上げられて、見つめられると、男としてたまらない。
期待に応えたくなるではないか!
コレが運営の罠か。中々に姑息なマネを……だが嫌いではない。
「……わかった。必ず帰ってくるから、ここで待ってて」
僕は、ポンとカンナさんの頭に手を置く。
「はい! お待ちしています」
ニパッと顔を笑顔に変えるカンナさん。一瞬花が咲いたように見えた。
いや、マジでいい加減にしろ運営。僕をどうする気だ? なんだ? 萌えるぞ? とことんまで萌えるぞ? 萌やしつくすぞ?
僕の心に、やる気の炎がメラメラと燃えた。燃えて、萌えた。
うっし!と心で気合いの雄たけびを上げて、そのまま、燃えた心で僕は2本の柱の間をくぐる。
入った瞬間、ボスが現れるかと思ったが、そんな事は無く、平和な草原が続いているだけだった。
「えーっと、ボスと戦う場所だよな?」
鳥の声と、虫の鳴き声が聞こえる平穏な草原だ。凶悪な魔物の気配なんて欠片も感じない。
なんか気が抜けてしまう。
「……んー、あっちに何かいる?」
なんとなく大きな存在感を感じた僕は、そちらへ足を進めた。
サクサクと、まだ若い草の感触を足で感じながら進んだ先には、岩の上で寝ている赤色の羊がいた。
普通の羊だ。大きさと、見た目は。ただ、その毛の部分が赤くて、燃えていなければ、だが。
50メートルほど離れた距離にいたが、僕は、一応警戒して、ヤリを構える。
コイツが、ファイヤーシープだろう
「……メェ?」
凶悪ってイメージとほど遠い炎の羊は、僕に気付いたのか、起き上がった。
「お、なんだ? やるのか?」
僕は強気になってヤリを前に突きだして威嚇した。
正直負ける気がしない。カワイイ赤色の羊さんだ。
「メェ~……」
フルフルと体を震えさせて、伸びをする羊。周りに、炎の……火花……いや、羊だから抜け毛か。それをまき散らした。
カワイイなぁ。
なんて僕はほのぼのしていた。
しかし、そのほのぼのは、一瞬で消えた。
だって、一瞬で燃えたのだ。
フルフルと寝起きのストレッチをしている羊の周り、半径3メートル程が一瞬で灼熱の地獄と化した。
何メートルか分からないような高さの火柱が、僕の目の前で上がっている。
「……はい?」
熱で、肌がチリチリとこの距離からでも痛む。何度だよこの炎。
「メェ~……ラン!」
そんな灼熱の業火から、赤色の羊が飛び出してきた。
速さは、そこまでじゃない。
見たこと無いけど、たぶん普通の羊と同じくらいのスピードで僕に迫ってくる赤い羊。
見た目はカワイイが、迫ってくるのは、僕の目の前で繰り広げられている地獄を作りだした張本人だ。
「ひっ!」
喉から、恐怖の言葉を漏らした僕は、そのまま黄金の竹槍を炎の羊に向けて突きだす。
僕の意を汲んだ黄金の竹槍は、目にも止まらぬ速さで赤色の羊に伸びた。
「メェエエエ!?」
竹槍に押されて、赤色の羊は物凄い速さで吹き飛んでいった。
炎で、ドコまで飛んで行ったか見えないが、数百メートルは距離を広げたはずだ。
「ビビったー。なんだよこの炎」
息をつく僕。
少しは勢いが弱くなってきたが、まだ高さ十数メートルの火柱が僕の前で上がっている。
「序盤のボスにしては強すぎだろ……しかもどうやって火を付けたかもわかんねーし」
本当に、気付いたら燃えていたのだ。
一瞬の業火。見る人が見たら、炎に対してトラウマになるんじゃなかろうか。
口から炎を出した、なんて様子もなかったし、どうやって燃やしたのか分からない。
あの時羊がしていたのは、フルフルと毛をまき散らしながらのストレッチで……
「……毛? そう言えば、村長さん、抜け毛にトラウマがあって……」
そんな僕の考えを、僕の右手がさえぎった。
……なんか、重度の中二病みたいだな。正確には、僕の右手にある黄金の竹槍が、振動してさえぎったのだ。
「……なんだ? どうした?」
先ほど意思があると判明した黄金の竹槍は、しかし僕の疑問に振動で答えてはくれなかった。
「……!?」
ただ、黄金の竹槍は、一瞬で短くなり、自身の先端を見せることで、僕に状況の深刻さ、赤色の羊の恐怖を教えてくれた。
壊れない特性を持っているはずの、レベル100に相当する強力な武器である【黄金の竹槍(翁)】の先端は、デロデロに、まるで溶けたべっこうあめのようになっていたのだ。
「おまっ……! 大丈夫か!?」
ふるふると強く震える黄金の竹槍。
『大丈夫!』とでも言いたげだ。
よかった。武器といっても意思があると判明すると、少し愛着がわく。
壊れたりしたら悲しい。
けど、”翁”なんだよなぁ……おじいちゃんかぁ。
ふるふると、杖を持って震えるおじいちゃんを想像する僕。
なんだかな、月姫とかなら、擬人化で萌えれたんだが……
って、こんなどうでもいい事考えている場合じゃない。
本当に、場合じゃない。
僕は、前を見る。
なんだろう。どういうことだろう。
本当に、訳が分からない。
僕の目の前で起きている事が理解できない。
「燃えて……いたよな?」
燃えていた。メラメラと。草原が。草が。
巨大な火柱によって、焼き尽くされていた。
はずだ。
なのに、火柱が収まった草原に広がるのは、キラキラと輝く、生命力に満ち溢れた新緑の草花。
火災の跡など、ひとかけらも無い。
「メェ~~……ラーー……」
その、美しい草原の数百メートル先で、赤色の羊が、ストレッチを始めていた。




