第39☆
アメリカ。
言わずと知れた経済大国。
ここに、1人の男性がいた。
彼はゲームが好きだった。
日に20時間はゲームをし、学校にも行かずただひたすらゲームをする日がほとんどだった。
ある日。
彼に転機が訪れる。
彼が10歳の時だ。
きっかけとなったのは、100年以上も前に日本で発売されたゲームだった。
そのゲームは世界中で発売されて、大ブームになっていたそうだ。
彼は、父のコレクションからそのゲームを手に取り始めたのだが、すぐに熱中し始めた。
魅力的なキャラクター。
王道のストーリー。
それより何より、彼を夢中にさせたのがそのゲームのバグの多さだった。
あるアイテムを連続で選びつつければレベルがMaxになる。
データ上の幻の仲間を作り出せる。
そんなバグの数々が、彼を虜にし、彼はいつしかゲームのバグを見つけることに人生を賭けるようになった。
彼が発見した、世界で初のVRMMO【Jihad・Online】におけるアイテムの無限増殖法や、12☆Worldの前身とも言える、【Star・God・Beast】での自動レベルアップの方法など、企業が雇ったゲームテスターや、AI達が見つけられなかった有益なバグを次々と見つけては使いこなしていく彼を人々はいつしか
インセクト トレーナー(益蟲使い)
と、そう呼んだ。
バグを見つけられる者は、優秀なテスターである。
当初から12億をかけたマネーゲームにする予定であった12☆Worldのスタッフは、彼をβ版のテストプレイヤーに召集した。
バグ一つを発見するごとに10万円の報酬付きである。
彼は喜んで参加した。
ゲームバランスを崩すようなバグは、100名の人間のテスターと、万を超えるAI達によってしらみつぶしに消していた上でのβ版であったが、それでも見つかるのがバグというモノである。
せめて、正式なサービス開始の前には、クエストクリアや、レベルアップに関するバグは全て潰しておきたいと有名なバグハンターであるインセクト・トレーナーをテスターとして呼んだのだが、それは大成功だった。
彼は次々とバグを見つけていった。
モンスターの特定の部位を初期の武器で攻撃することで経験値が32倍に増えるバグ。
右手首のある個所で攻撃を受けるとHPが減らないバグ。
食べれないモノを食べ続けることでSPが異常に増加するバグ。
あるアイテムをモンスターの口に入れると、モンスターの血液が沸騰して、一撃でモンスターを殺すバグ。
女装して近づくと、死んでしまうクエストモンスターなど、様々なバグをノゲイラは見つけた。
そんな彼は、全てのゲームで、必ずあるバグを見つけようとする。
それは、レベルUPに関するバグだ。
彼がインセクト・トレイナーと呼ばれるまでバグ探しに熱中するきっかけとなったゲームの、初めて目にした彼を虜にしたバグだ。
もちろん、この12☆Worldでも、彼はレベル関係のバグを熱心に探した。
何度もアイテムを出しては戻してを繰り返した後にモンスターを倒したり、モンスターの体を使ってモンスターを倒してみたり、撫でたり、一か所だけ攻撃してみたり、撫でたり、全裸で攻撃してみたり、撫でたり。
色々な方法で彼はレベルを操るバグを探した。
そして見つけた。
それがこんな事になるなんて。
どうやったのか、誰も知らない。
彼がこのバグを見つけ、運営にメールで報告した後。
運営スタッフがそのバグの危険性を重視し、すぐにサーバーを停止して修正したからだ。
噂では、そのバグは、言語をいじって生み出されたバグだそうだ。
VR機内では自動翻訳装置が付いているので、話す言葉が全て相手の国の言葉に聞こえるようになるのだが、彼はそれでバグを起こそうとした。
どうやったのか、正確にはノゲイラと運営スタッフしか分からないのだが、とにかく彼は、そのバグで槍スターのレベルをMaxの120まで上げて、新たな力を、強大な力を得た。
しかし、力を得るのには代償が付きものである。
バグハンター。
バグを操りしインセクトトレイナーも例外ではなかった。
彼は、力を得た代わりに、失った。
言葉を。
ある言葉を除き。
コレは呪いの言葉。
力を、バグを求めたモノが堕ちる言葉。
慈愛の声も、嘆きの慟哭も、歓喜の歓声さえも、全てがこの言葉に変わる。
「ウホ!! 良いケツ!! や ら な い か !?」
「うぉおおおおおお!!??」
その言葉と同時に、黒い鎧を着た武者が西洋風の槍を突き出す。
僕は、その槍を右に体をひねりながら何とか避ける。
『コレが世界で一番有名なバグハンター。通称インセクトトレイナーと呼ばれる、サク兄ぃを襲っている鎧武者の悲しい物語だよ』
「その話のどこに悲しい要素があるんだ!」
と、いきなり変態鎧武者に襲われたので、助けを求めたマキが解説していた話を僕は全速力で逃げながら聞いていた。
何から逃げていたって?
「ウホ! 良いケツ! や ら な い か?」
このようなセリフを言いながら追ってくる武者からである。
連続で繰り出される突きを何とかかわす僕。
見えないスピードでは無い。
けど恐い。
『だって、ゲームを愛するモノが、ゲームのシステムによって、ゲイのような言葉しか吐けない呪いを受けたんだよ? ゲームを愛するが故の事故。ああ』
嘆くような声を出す妹的存在。
嘆きたいのはこっちだ! 鎧武者の変態に襲われているんだぞ!?
『けど、そこはさすがのインセクトトレイナー。バグ使いだね。彼はそんな苦境にも負けず、むしろそのバグを利用した面白いキャラクター名を、自分のアバターに付けたんだよ』
『その名も【ノゲイラ】 僕は ノー ゲイ ら! なんちゃって』
ケラケラ笑う妹的存在。
ああ。
殴りたい。
『で、運営も何とかノゲイラのバグを修正しようとしたんだけど、方法が分からなくてね。データーを消すって話もあったんだけど、せっかくだし、面白いからってこのままいこうってなったらしいよ』
「そんな解説はいいから助けてくれぇーー!!」
槍を引き戻した武者は、また僕に槍を突き出してくる。
僕はそれをほとんど転がりながらかわしていく。
場所は、先ほどと同じ広場。
石畳の上で転がるのは中々ツライ。
『むっ! せっかく人がその武者に関する情報を教えてあげているのに!! 知らない!!』
プイッ! って音が聞こえてきそうだ。
このギリギリ状態でめんどくさいな!!
「ゴメンゴメン悪かった! 謝るから助けてくれ!!」
鎧武者がウホウホ言いながら迫ってくるのは中々の恐怖だ。
僕も必死である。
『うーん。私も愛する近所のお兄様から助けを求められたら、すぐにでも馳せ参じたい所ではあるけどさ』
武者が足を狙って突いてきた槍をジャンプでかわす僕。
階段で攻撃を避けつづけるのは難しい。
移動しなくては。
平坦な所へ。
階段を下りる僕。
「なんだ!? 何かあるのか!?」
話で聞いている限り、この鎧武者はかなりの上級者のようだ。
マトモに戦って僕が勝てると思えない。
ってか戦いたくない。
『いや、実はさ……』
『危ないミカちぃ……ぐはぁ!!』
『シュウウウゥウウ!!!!』
『チクショウ!! 俺はアイツの事好きじゃない! むしろ嫌いだ!! それでも……! それでも……!! うおおおおおおおお!!』
『シュウ!? シュウ!? しっかりして!!』
『動揺するなぁ! 構えろぉ!! ぐおお!?』
……なんか、マキの回線の後ろから、身を呈して強敵の攻撃からヒロインを守った少年と、その惨事に叫び、奮起する仲間達のような音が聞こえてきたが。
「……お前、マジで何してるの?」
『え? 突然現れた【憤土の牛】と絶賛バトル中♪』
「”♪”じゃねーよ! それめちゃくちゃ強いボスなんじゃねーか!?」
思わず叫ぶ僕。
『えー? そんなに強いボスじゃないよ。”牛”だからクエストボスの中でも下から2番目くらいの強さだし。βテストの時とか1人で倒してたしね。けど、さすがにレベル10台で6人パーティーだと中々キツイね。あ、私がサク兄ぃとの会話のために正座して動けないから5人か』
「なんで正座してんだ! 普段はそんな事しないだろうが!」
なんかケラケラしているマキを叱る僕。
マキがマキの仲間達を困らせているのを黙っている気はない。
そんな状況だって知ったら、すぐに会話を止めたのに。
「僕の事はいいから、仲間を助けてやれ! いいな!」
僕は階段を下り終える。
(マキの手助けは望めない、か。相手は上級者といっても、まだゲームが始まって2日目。突いてくる動きは見えているし、そんなに差は無いのか?)
「ウホォ!!」
武者が槍と共に落ちてくる。
それを左にかわす。
(こんな変態と戦いたくはないけど、このまま追いかけられるのも気持ち悪い。戦う!)
ムチを構えようとして、僕は動きを止める。
(……どこをどう叩けばいいんだ?)
ノゲイラという武者は全身鎧で覆われている。
鉄を皮のムチで叩いた所で、ダメージが入ると思えない。
そういえば、戦場でムチはほとんど使われないって話を昨日していたな。
ノゲイラが、僕を突きたそうにこちらを見ている。
ってか突いてきた!!
「おお!?」
僕は今度は右側に槍を避ける。
マズイ。 不利だ。 ってか無理だ。
僕は自身の形成の悪さを感じ、全速力で駆けだした。
無理な事からは逃げましょう。
それが一番。
広場の外へ。
僕は逃げる。
「良いケツゥ!!」
ガシャガシャと鎧を鳴らしながら武者が追ってくる。
けど、鎧は鉄の塊だ。
僕が全力で逃げだすとすぐに武者の姿は見えなくなった。
「逃げ切れた?」
意外とあっけない追跡者に、ため息とあきれが同時に口から出て行く。
一応そのまま5分ほど街中を走りまわった。
今僕がいる場所は、街の北西。
比較的安い住居が並ぶ住宅街だ。
レンガでできた家や店が所狭しと並んでいる。
外にでて食事をしている人もいて、ちょっとしたヨーロッパ観光の気分だ。
こんな、変態に襲われている状況でなければ、だが。
そこの大きな通り、飲食店などが並んでいる場所で、僕は止まって呼吸とステータス画面を開いてスターを整える。
するとマキから回線がつながってきた。
『ど、ど、どうしたのサク兄ぃ! はぁはぁ言って! つかれたの? つかれたの?』
それはどっちの……?
と言おうと思って止める。
突かれたのか、疲れたのか、それはどうでもいいことだ。
『……もしかして、掘られたのね!?』
「それは違う!!」
妹的存在から発せられたどうでもよくない言葉を否定する。
『ノゲイラの太くてたくましい槍がサク兄ぃを貫く……ゴクリ』
「いい加減にしろ! 脳みそ腐ってんのか!?」
僕はけっこう本気で怒っている。
妹的存在にホモの妄想をされる気分の悪さは言葉に出来ない。
「この息が切れているのは、走って逃げたからだよ! 相手は鎧だからな。もう姿は見えない。逃げ切れたみたいだよ。 陸上部を舐めんな! ってわけだな。それより、そっちはどうなったんだ?」
少し胸を張る僕。
上級者を引き離して逃走を成功させたのだ。
あっけく感じたが気分はいい。
『私達はまだ戦っているけどさ……。陸上を舐めるな、ね。けどサク兄ぃ』
『ゲーマーも舐めない方がいいよ?』
チャラっと音が聞こえたかと思うと、僕の周囲に大量の鎖が現れた。




