第32☆
「おはようございます」
と、一つにまとめた三つ編みをふわりとさせて元気に朝の挨拶をするメガネの女の子。
マキの同級生。竹中 由姫だ。
学校がある日は、毎朝家に来て、マキと一緒に登校してくれている。
いつも通り、チャイムだけ鳴らしたら、玄関の扉を開けてリビングまで来ている。
「ユキちゃんか、おはよう」
「お、おはようございます」
「おはー。ユッキーも何か食べる?」
「大丈夫。今日は食べて来たから」
「そっかー」
いつもの朝の会話だ。
「毎朝ありがとね」
僕の隣に座ったユキちゃんの頭を撫でる。
マキの髪に比べて、ユリちゃんの髪はつやつやしている。
指の間に通る髪の毛が気持ちいい。
「あうぅ……そ、そんな。私が好きで来ているんですから」
と、うつむきつつ答えるユキちゃん。
ユキちゃんは頭を撫でられるのが好きなのだ。
ユキちゃんは、マキにとって貴重な”友達”。大切にしないと。
「そういえば、昨日の事はどうなった?」
僕はユキちゃんの頭を撫でつつ、マキに聞く。
昨日の事とは、もちろんマキのデートの件だ。
「ああ、あの後すぐに会長にメールして、デートイベントの中止を伝えて貰ったよ。さっきログインしてみたけど、大して混乱も起きてなかったし」
まぁ、デートイベントの計画を発表して数時間だったし、とマキ。
「ん? さっきって、お前、朝からゲームしてるのか?」
僕の説教モードのスイッチが入る。
「ちょちょ、しょうが無いじゃん。12☆Worldは基本的にプレイ時間が制限されているんだから。あんまり、レベルとかに影響されないゲームでも、一応技の熟練度とかあるんだしさ。SPの最大値が減る系の技は、こういったときに使ってレベル上げしないと」
食事を終え、様々な液体で汚された食器を片づけるマキ。
「ふーん。なるほどな。というか、SPの最大値が減る技とかあるのか」
12☆Worldにハマりかけている僕はそれ以上の追及が出来ない。
だって、そんな技スター見つけたら自分もしそうだし。
「サクお兄ちゃんも、12☆Worldをされているんですか?」
と、頭を撫でられているユキちゃん。
……ええ。まだ撫でていますが何か?
というか、以前。
ユキちゃんが小学校6年生になった時、もう、頭を撫でるのは失礼かな?と思ったので、止めたんだけど、そしたらユキちゃんが、
『もう、頭を撫でてくれないんですか?』
と悲しそうな顔をして聞いてきたので、今でも撫でているのだ。
女の子の悲しそうな顔は反則だ。
もう、ユキちゃんの悲しそうな顔を見たくないので、ユキちゃんが近くにいる時はなるべく頭を撫でるようにしている。
母子家庭らしいし、色々あるのだろう。
「うん。昨日マキに貰ってね。そういえばユキちゃんもゲームとかするの?」
真面目な委員長って感じの子だ。ゲームとしないで塾とか通っていそう。
一応エスカレーター制の私立の学校だから、一度入ってしまえば受験の必要はないんだけどな。
「い!? え、あ、わ私は、その……」
と顔を伏せて、叱られた犬のようになってしまったユキちゃん。
ん? 何かマズイ事聞いたかな?
「まぁまぁ、それよりさ」
マキが食器を自動食洗機にかけて僕の前の席に座る。
「ユッキー、サク兄ぃにお願い事があるんじゃなかったけ?」
とマキ。
「ちょっちょ! マキちゃん!」
顔を真っ赤にしながら慌てたように手を振るユキちゃん。
「照れていないで、はっきり言わないと分からないよー。サク兄ぃは鈍チンだから」
とマキ。
誰が鈍チンじゃ!!
「ん? ユキちゃん。何かお願い事でもあるのか?」
首をかしげつつ、ユキちゃんの顔を覗き込む僕。
「え……その……」
言い淀むユキちゃん。
「んー? どうした? 何でも言っていいよ? 僕に出来る事なら何でもするよ?」
ユキちゃんにはお世話になっているからな。
何か困っているなら協力したい。
「その……ですね」
とユキちゃんが何か言いかけた所で、
「あ! そろそろ時間だよ!」
とマキ。パタパタと駆けだして、ランドセルを背負う。
「あ、じゃあ失礼します」
ペコリと頭を下げるユキちゃん。
「え? いいのか?」
内気なユキちゃんがせっかく何か言いかけたのだ。
話を聞かなくて良かったのか?
「しょうがないじゃん。朝の忙しい時間にチンタラしているユッキーが悪い」
「ううう。だってー」
「一応ユッキーもライバルだからね! 次は自分から話を振りなよ!」
とマキ。
なんだ?
「じゃあ、行ってます!」
と元気に駆け出すマキと、ユキちゃん。
「いってらっしゃーい」
と送り出す僕。
「って、僕もそろそろ行かないと!」
僕も慌てて食事を口に運んで、出かける。
学校でも、おそらく12☆Worldの話題でもちきりなのだろう。




