Love Call
過去に個人サイトで掲載していた(7年ほど前のモノ)を、色々と書き直して再アップしました。(少し前には、携帯用のサイトで展示後、撤去)もともと二次創作物で書いていたものでした。
「ねえねえ、せっかくだからゲームしない? 罰ゲーム付きの」
暇に気持ちを浸蝕されていた私が嬉々として机を挟んで向かい合う友人たちへそう提案すると、同じように暇を持て余していた友人たちは揚々と受け入れてくれた。罰ゲーム内容はいたって簡単なものにしてOKもらった。さっそく二人をその罰ゲームの餌食にするために気合を入れる。
しかし、やる気と結果は簡単に結びつくことはなく、この罰ゲームを思いついた数十分前の自分へ軽くどころではなく、かなりの殺意を覚える事となった。
「う……うそでしょ…………」
呆然と私は未だに手の中に居座るトランプのジョーカーを見つめていた。
放課後のちょっとした友人たちとの憩いの時間。何をどう間違えてこんな事になったのか、できる事なら数分前に戻り、ハイテンションでこのゲームを企画した私の後頭部をはっ倒してやりたい。
「じゃぁ、罰ゲームは典子、あんたがやってね」
そう言ってくるのは、この罰ゲーム付きのババ抜き大賛成と一番にOKくれた友人その一。
「そうそう。参加は強制じゃなかったんだから、ゲームに参加した以上、ちゃんと最後までやってもらわないとね~」
笑顔でそう続けるのは、最初にこの罰ゲームから難を逃れた友人その二。
「っく」
苦々しい顔で笑顔を向けてくる二人へと目を向ければ、早くしてこいと言わんばかりに手を振っている。
犬や猫じゃないんだから、しっしって手を振るのはやめてほしい。
「ねぇ、これって本当にやらないと……」
「しつこい」
あきらめきれずに、食い下がるも返ってきた言葉は容赦なくぶった切りの一言。
私は数秒も間を置かずに、むしろ言葉をさえぎってまで言われたことでようやく諦め、うしっ! と気合を入れてベランダへと向かう。
この学校のベランダは、隣接するクラスとの隔たりを作ることなく廊下のように突き当りまで真っ直ぐ伸びているため、左右へと首を回せば、人がいるかどうかすぐわかる。
それだけでも、まだありがたい事なんだろうな……自習の時はこの解放感が嫌でしょうがなかったんだけどね。
「ちゃんと大声でねぇ」
「小声でやったらテイク2だからねぇ」
「わかったよもぅ!」
手すりへと手をかけ、左右を確認し人がいないことを確認していると、背後から声をかけられ、苛立ち紛れに返事をする。
放課後の校庭には、部活動に勤しむ生徒の姿がちらほら見える。私はその姿を眺め、今後の学校生活もどうか円滑に過ごせますようにと、誰に願うでもなく祈ってみた。
てゆ~か、何で自分たちのクラスが校庭に面しているんだよ……校舎裏だったらまだ、ダメージは少なかったはずだ。……いやむしろ無いに等しかったに違いない。恨むよ。こんな設計をしてくれた創設者。
「早くしてよ~、そうやって長引かせれば長引かせるだけ、典子がプレッシャーやら何やらに追い込まれるだけなんだよ」
「うぐぅ」
その言葉に、私は喉を唸らせる。確かにそうだ、こうやって間を開けている間にも私は色々と考えてどんどんやり難くなっていることを身もって感じている。
よし、もう何も考えない。考えないぞ! たった一言じゃないか。それさえ叫べばいいんだ。
そう鼓舞して、私は肺一杯に空気を吸い込んだ。
「二年E組木川典子は、同じく二年E組の戸部重幸君が大っっっ好きです!!」
溜めこんだ息を吐き出す勢いで叫び、校庭で部活動をしている生徒がまばらにこちらを振り仰いできた視線を避けるため、慌てて校庭からの死角へと移動してしゃがみこむ。
その私の後ろからゲラゲラと友人二人の笑い声が届く。
「そっかそっか~、典子の好きな人ってば、戸部だったんだ」
「ち、ちがっ」
「いやぁ、知らなかったわ~。今度からはちゃんと応援するよ」
「だから……っ」
羞恥やらなんやらで顔が赤く染まる。ちくしょ~、知っててあんな風にからかってきてるとは思っても、どうしても反応してしまう。
今回の罰ゲームは「一番嫌いな人物を名指しで好きと言う」ものだった。
なので今私が叫んだのは、好きではなく嫌いな人物。
最初は嫌いな人への告白ではなく、ちゃんと好きな人へだったんだけど、生憎と私含め友人三人は好きな人どころか気になる人すらいないという、ちょっと枯れてるんじゃないだろうかと思われる高校女子だったのだ。
好きな人はいないけど嫌いな人はいるから、ならいっそのことそれを混ぜての罰ゲームにしようじゃないかという話なり、私の赤っ恥大告白劇が出来上がったのだ。
「もう、いいでしょう! ちゃんと罰ゲー」
「へぇ、木川さんて俺の事好きだったんだ」
不意に隣から声がかけられると同時にぎゅっと包み込まれる。
その聞き覚えのある声と、背後から抱きしめられてるような圧迫感にひゅっと息が詰まった。
「あ……ええ、と……その」
ふわりとシトラス系の香りがする。これまた嗅ぎなれた香りに既に私は冷や汗だらだら。
後ろを振り向いたらいけない。これはやばい。絶対、やばい。
くすりと耳元で笑う気配に、ぞわりと背筋が粟立つ。
「こんな熱烈な告白初めて、凄く嬉しいよ」
「や~……それは、それは……ど、も」
私はそっと、背後から拘束されている体を自由にしようと身じろぎするがまったく意味をなさず、更に束縛は強くなった。
どうしよう、どうしよう。まさか本人ご登場なんて、まったくもって予想だにしていなかったよ!
背後から抱きすくめる人は、自身への告白と受け取った事ではっきりきっぱり、あの戸部重幸本人だという事がわかる。
まぁ、それ以前に声とかでわかっちゃいたんだけど、感情が追い付かなくてね……。
「あの、戸部君」
「重幸」
「と」
「し・げ・ゆ・き」
「……重幸君、そろそろ離れてくれると嬉しいな」
色々と突っ込みたいことがあるけど、とりあえず自由になることが先だ。私は、嫌々ながらも、彼の要求に応じ呼び方を変え、拘束を解いてくれるように話しかけた。
数秒だけ嫌がる様子を見せたけど、戸部君は私を腕の中から解放してくれた。ほっと詰めた息が漏れる。それから私はゆっくりと戸部君と向かい合う。
色素の薄い柔らかそうな茶色の髪の毛に、屋外で部活してるはずなのに尚も白い肌。
男性にしては、長いまつげが妙に艶を含ませ女性と見紛うほどの美しい容貌。
そんな女性も羨む美貌の持ち主である戸部君は、私に合わせてしゃがみ込んで、笑顔を浮かべて私を見つめている。
ていうか、彼は糸目のせいか常に微笑んでるように見えるのだ。だから、私はこの彼の顔があまり好きではない。何か底知れぬ何かを上手く隠しているような気がして触れ合いたくないのだ。むしろこれで隠していないという方が激しくおかしいと思うんだ。
だからね、たとえ中性的な綺麗な顔だったとしても中身が分からないことには恐ろしくて恐ろしくて近寄りたくもないんだよ。
だから、さっきの罰ゲームは嫌いというよりは寧ろ個人的には怖い人だったんだけど……どうしよう、罰ゲームでのチョイス間違えたかもしれない、いや、大いに失敗しただろう自分。
さぁ、どうする。ここは敵前逃亡が妥当か? いやいや、美術部に所属しているとは言いつつも、週に二回ほどしか部活参加しない幽霊部員に、テニス部エースである彼が本気で走って追いかけてきたら逃げられるか? 無理だよね! てか、美術部本気で活動してても無理だよね!! ならば、ここは既に答えは出ているも同然だ。
よし、土下座しよう。束縛から逃れた私がすべきことはこれだ。
私は、目の前で微笑む戸部君に向かって、正座して綺麗に頭を下げた。
見るがいい! 書道で鍛えたこの綺麗な土下座を!!
あ、ちなみにこの書道は部活ではなく、小学生の頃に通っていた書道教室のこと。
「あれは友人と遊んでいたババ抜きの罰ゲームでした! すみませんでした!!」
「罰ゲームだったんだ?」
「はい!」
「でも、告白は告白だよね?」
「はい! ……はい?」
戸部君の言葉に、私は反射的に返事をしてからあれ? と首を傾げる。確かに、告白は告白だ、戸部君の言っている事はおかしくはない、ただ、その告白の内容に問題があるだけで……そこまで考えて、私はザッと血の気が引いていく。
ど、どうしよう。あの告白の意味正直に答える? 嫌いな人を言ってるんです。と……怖いと思っている対象目の前にして言える? 言えないよ、チキンハートを持つ私には!!
「あああああ、あの。ですね」
「うん」
「あの告白は……」
「うん」
「…………」
言えない。言えないよ。怖すぎて顔あげられないよ。ひたすら地面に額を付けて、戸部君が去るのを待つ私。チキンハートの私ができる精一杯の事はこれくらいだ。
「典子ちゃん」
「はい!」
「告白されたら、返事するのが礼儀だと俺思うんだよね」
「そうですね!」
その言葉に、私は少しばかり救いの光が見えてきた気がした。
そうだよ、返事! これで振ってもらえばいいじゃないか。戸部君と私はあまり接点がないし、私の顔は凡庸に比べ、戸部君は女神さまの様な麗しき人。彼を好きだとアタックしている女性はたくさんいる。億が一にも私への返事には振るという選択しかないよね! なぁんだ、何もビビらなくてよかったじゃぁん。
ほっとして、ごめんなさいを聞くために戸部君へと目を向けると……何やら、めっさ素敵な笑顔でいらっしゃる。今まで見たこともない笑顔だ。
「俺もね、典子ちゃん好きだよ」
「……は?」
何? 今なんて言われたの?
予想外の返事に私の気持ちが拒否反応を起こしている。いやいや、無いよ。きっと聞き間違いだよ。
ついでに、いつの間に下の名前で呼ばれるようになったの? これも聞き間違いよね?
そう思い直している私の気持ちを、戸部君は続ける言葉で粉砕してくれた。
「両想いだったなんて、本当にうれしいな」
「億が一の奇跡を無駄に消費してしまったぁぁぁぁぁぁぁ」
心の底から出てきた叫び。私は、流せるものなら血の涙を流していたに違いない。彼の返事に、脱力のあまり勢いよく地面へとくずおれた。
「奇跡って、嬉しいよ、そんな風に思ってくれて」
「無駄という言葉はスルーですか!」
何この戸部君ワールド! ついて行けないよ。いい加減助けてよ友人たち!!
「いねぇぇぇ」
振り向いた先には、私のカバンを残してがらんとした教室。いつの間にか一緒に遊んでいた友人二人は消え失せていた。
「彼女たちなら、俺が来た時に帰ったよ」
逃げ足早すぎだろ!!
「気を使わせちゃったかな」
それはない! むしろ私を生贄にして逃げたに違いない。友人二人も戸部君に苦手意識があったからね、同じ穴のムジナ、いや違うか、類ともだからね!
「典子ちゃん」
「はい、なんでしょう!」
「そんなに緊張しないでよ、俺も緊張してくるよ」
にっこりと柔らかく微笑んで、私の手を握ってくる戸部君。どの辺が緊張してるんですかね?
「それにクラスメイトなのに、敬語なんて使わないで。むしろ彼女にそうやって距離を置かれると淋しいな」
「彼女!?」
そうでしょう? と、首を傾げ戸部君はいう。
いや、まぁ……確かに、さっきの流れで行けばそうなっちゃうんだろうなぁ……けど、私、あなたの彼女にはなりたくないです。
その精一杯の反抗込めての敬語だったのに。
「ねぇ、普通にしゃべって」
「は――うん」
ハイと返事をしようとしたら、いつも笑顔で細められている目が僅かに開かれた! 怖いよ!! 怖すぎだよ!!
その私の心境を知ってか知らずか……もう、どうでもいいや。戸部君は私の手を取って立ち上がる。
「そろそろ帰ろうよ。丁度片山との話も済んで、部日誌も書き終えて帰宅するところだったんだ」
「あ、そうなんだぁ」
片山とは、確か隣のクラスにいるテニス部の部長だったかな?
……ああ、そうか。その辺で私のこの失敗につながるわけだ。彼は、私たちが馬鹿ゲームを繰り広げている間、お隣で真面目に部活動に取り組んでいたわけですね、そんでたまたま私の告白を聞いちゃったわけですね、ははぁ。謎は解けた!!
解けても解決してないんだけどね!!!
ひとりそんなボケ突っ込みを脳内で繰り広げつつ、戸部君の手に導かれて私も一緒に立ち上がり、教室へと向かう。
カバンを持って、扉へと向かう間もずっと戸部君の手は私の手を握ったままだ。
「こうして二人で帰れるなんて、夢みたいだよ」
私は地獄への片道切符をつかんだ気分だよ……。とは口が裂けても言えない。
教室の戸締りを確認して、二人そろって学校を後にする。校門を抜けるまでの辛抱だと思っていたら、まさかのお家までのエスコート。なにこれ。
そして、母とご対面してくれて挨拶なんかしちゃったりもして……なんなのコレ。
そしてそして、気が付いたら携帯電話とかメールのアドレス交換しちゃってて?
真っ白に燃え尽きてベッドへと潜ったところで我に返った。
「なにがどうしてこうなった!?」
此処まで読んでくださいましてありがとうございました。