蝉とアスファルト
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長い時を地中で過ごしている間に、土の上にアスファルトを敷かれてしまった蝉の幼虫は……藻掻けど藻掻けど、外へと出られないまま死んでいくらしい。
羽化することも無く、その目で空を見ることも無く。
まだ子どもの頃、そんな話をテレビかなんかで見て。
「かわいそう」って……隣にいたアカリが、小さく呟いたんだった。
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ミンミンなのかジワジワなのか、シャンシャンなのか……数多の種類が混ざりすぎて、ただの不協和音と化している蝉の大合唱の下を二人で歩く。
真夏の日差しを存分に吸い込んだ真っ黒なアスファルトの熱気は、目玉焼きでも焼けるんじゃないかと思うほどだ。
「あっつい……もう、アイスなんて買いに出るんじゃなかった」
アカリは麦わら帽子を目深に被って、首からかけたタオルで汗を拭いながらぶつくさ文句を言っている。
……アカリが言ったんだろ、アイス買いにコンビニ行こうよって。
あんなに嬉しそうに、昔から大好物のおっきなチョコアイス選んでたくせに。
全く。もうすぐ十代も終わりだって言うのに、変わんないよな。
アカリが一歩進む度に、爽やかな青いストライプ模様の、リネンのワンピースがふわっと揺れる。
これまではズボンが多かったのに、急にどうしたんだよ。
髪も伸ばしてさ。それに茶髪になってる。
……まあ、可愛いけど。
そんな風に考えていたら、アカリがこっちをじーっと見ていた。
「ぼーっとしちゃってどしたの? 熱中症?」
からかうみたいに笑って、俺の二の腕に触れてきた。
こんなに熱いのに、細くて冷たい指先。
日焼け止めを欠かしていないからか白くて……やわらかかった。
……恥ずかしくて、その手を振りほどいてしまった。
服も、髪も、似合ってるの一言すら言えなくて。
ただただ、溶けかけのアイスが入ったレジ袋を揺らしてその場を誤魔化した。
アカリはそれにもぶつくさ文句を言って……そして、楽しそうにけらけら笑った。
小さな頃からの幼なじみ。
小中高とずーっと一緒。
何でも話せる間柄。
……それを手放すのが、どうしても怖かった。
今のままで居られたらいいんだ。
もし振られたらどうするんだ。
大体、俺より相応しい人なんていっぱいいるだろ。
アカリの幸せが一番だろ。
そうして、土の中で過ごす蝉の幼虫のように。
何度も何度も、何十年も、言い訳して。
今じゃない、まだ大丈夫と目を背けて。
羽化する勇気もないくせに、諦めることも怠って。
でももしかしたら、なんて。
……気持ちだけ、期待だけ、ぶくぶくと太らせた。
だから。
だから、こんなことになるんだ。
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耳をつんざくほど騒がしい、パイプオルガンの音色。
これまた騒がしい聖歌隊の歌声。
煌びやかな装飾が施された、高い天井の下……アカリは、父親と腕を組んで歩いてきた。
あちこちから、シャッターを切る音が聞こえる。
真っ白なウエディングドレスに身を包んだアカリはゆっくりと父親から離れて……白いタキシードを着た、長身の男の手を取った。
「来てくれてありがとう! スーツ意外と似合うじゃん!」
披露宴の会場で、アカリはいつもと同じようにからかうように笑った。
……アカリこそ、ドレス、似合ってるよ。
そんなことを口に出したら、アカリは目を丸くした。
面と向かって褒めたことなんて、一度も無かったんだから当たり前だ。
「ありがと」
照れくさそうに笑ったアカリは、そのまま……次のテーブルへ移っていった。
綺麗だった、幸せそうだった。
あんなに、アカリの幸せが一番だなんてほざいてたくせに……いざその時が来たら、俺は少しも幸せじゃ無かった。
そんな自分がまた、腹立たしくて反吐が出た。
あの日、真夏の青空の下……そのワンピース似合ってる、なんて。
茶色に染めた髪も、麦わら帽子から覗く笑顔も、可愛いよなんて。
たった一言伝えられてたら、違ったんだろうか。
ああでも、もう遅いんだな。
涙すら出なかった。
だって……本当に何にも。
涙が出せるようなこと一つすら、怯えてばかりでやらなかったんだから。
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土の中で大きく大きく育った蝉の幼虫の上には、真っ黒で分厚いアスファルトが敷かれた。
どこまで掘っても、藻掻いても、一生外へは出られなくなった。
固い殻を破る日も、光を見る日も、羽を開いて空を飛ぶ日も、この先には無い。
それでも幼虫は生き続けている。
蓄えた養分で。思い出で。
ただただ、暗い土の中を掘り続ける。
そうして、多分何年も経って。
ふらりと入ったコンビニで、おっきなチョコアイスを見ても、君の笑顔を思い出さなかったそのとき。
俺の中の幼虫はやっと、力尽きて死ぬんだろう。




