表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

魔物に滅ぼされた村、リベリアー①



 庭を片づけていたアリンタは、その旅人を見て驚いた。

 服はボロボロ、顔は傷だらけ。

 美しいブロンドは、納屋に積まれた牧草のように絡まっている。


「あなたも魔物に襲われたのね!?」


 アリンタは駆け寄って、女の身体を支えた。

 旅人は「休める場所、ない……?」とかすれた声で言う。


「あ、あるわよ。宿屋だから、お金は頂きたいんだけど……」

「もちろん」


 そう答えた直後、旅人の身体が崩れ落ちた。


「ええっ!? だ、誰か運ぶの手伝って!」


 アリンタの声に、村人がぽつぽつと集まってくる。

 今はそれどころじゃないが、アリンタが言うなら仕方ない、といった顔で。

 そうして、旅人は宿へと運ばれた。





 そこは王都の外れにある、野花の美しい小さな村。

 古ぼけた宿屋の一室で、旅人はすぐに目を覚ました。


「あ、起きた!」


 気づいたアリンタは、畳んだ服を置いて立ち上がる。


「ここがどこだか分かる?」

「……村に着いたところまでは覚えてる」

「もう、びっくりしたんだから」


 アリンタはベッドに近づき、杖を手に取る。

 旅人はとっさに「治癒魔法はかけないで」と言った。


「そう? 私、結構得意だけど」


 アリンタは、渋々杖を置く。

 旅人は自分の服装を見て眉をひそめた。

 気を失っている間、アリンタが着替えさせたのだ。服があまりにも汚れていたので、そのまま寝かせるわけにはいかなかった。


 初めは、とても女性的な顔立ちの男だと思った。

 上を脱がせばすぐに予想が裏切られた。胸にきつく巻かれた布は、まるで自分の性別を隠しているようだった。

 濡らした布で、旅人の身体を拭く。

 こびりついた血が溶け、布はすぐに茶色く染まった。


「アリンター! 鍋はどれを持ってくんだー?」


 階下から呼ぶ声がした。

 アリンタは「あとで私が選ぶから、置いといて!」と叫び返す。

 ほどなく、ドカドカと階段を上がる足音と共に、青年が扉を開けた。


「ディル……女の子の部屋に勝手に入らないで」

「うわ、ごめん。てかお客さん?」

「この人も魔物の被害者よ」

「それは災難だったな」


 ディルはドア枠にもたれ、「旅人さんも運がないね」と苦笑する。


「俺たちはもうすぐ、この村を捨てるんだ」


 アリンタが「ちょっと……」と苦い顔をするが、ディルは構わず続ける。


「魔物がすぐそこまで迫ってるんだ」

「マルシュおじさんたちが討伐してくれるわ!」

「無理だって」


 アリンタは、言い返すのも無駄だと悟って背を向けた。

 黙々と、旅人に包帯を巻く。


「だから宿泊代は一泊分でいいよ、旅人さん」


 そう言い残し、ディルは去った。

 部屋には、シャキ、シャキと包帯を切る音だけが残る。

 治療を終えたアリンタは、憂鬱な息を吐いた。


「まだ……何とかなるはずだわ」

「大変そうだね」

「ごめんなさいね。この宿も片づけてる最中で、食事も果物くらいしか出せないわ」


 鍛えられた腹筋が、ぐぅ、と鳴った。

 旅人はそれを咳払いで誤魔化す。


「力になりたいけど、私はずっとここにはいられない。心苦しいよ」


 アリンタはくすりと笑い、肩をすくめる。


「こんなにボロボロの人に、魔物と戦えなんて言わないわ」


 そして「マルシュおじさんなら大丈夫」と、自分に言い聞かせるように呟いた。





 翌朝。

 荷車に縄をかけていた村人が、「マルシュたちが戻ったぞ!」と叫んだ。

 人々は仕事を放り出し、続々と広場に集まる。


「おじさんっ!」

「アリンタ……村は大丈夫だったか」

「おじさんこそ、その傷……!」


 マルシュは支えられながら戻ってきた。

 仲間の一人が「マルシュはやられちまったが、魔物の群れを川まで押し返したぞ!」と拳を握る。


「本当か!」

「それなら、王都からの援軍が間に合うかも……!」


 沈んでいた村人の顔に、わずかな希望が戻る。


 ディルは腕を組み、宿屋の庭で腕立てする旅人を見つめていた。

 こいつが宿の金を盗まないよう見張っておく、というのは建前で、本音は広場の集団に顔を見せたくないだけだ。


「……行かなくていいのか」


 何も言わず立っているディルがさすがに不気味だったのか、旅人が声をかける。


「あいつら諦めが悪いんだよ。俺はさっさと安全な王都に逃げたいんだ」

「一人で逃げるって手もある」

「はんっ。ずっと一人の旅人は、簡単に言うな」


 旅人は「そうかもね」と一言、次は逆立ちを始める。


「……じっとしてたほうがいいんじゃないか?」

「日課なんだ」

「……お前、凄いな」


 旅人は足を地に戻すと、おもむろに逆立ちのコツを語り出した。

 ディルは、「いや、そうじゃなくてさ……」と言葉を濁す。

 慌ただしい足音が近づいてきた。

 切羽詰まった様子のアリンタが、「旅人さんっ! 治癒魔法使える!?」と声を張る。


 頷いた旅人を、半ば引きずるように広場まで連れて行った。

 中央では、先ほどまで歩いていたマルシュが横たわり、仲間が必死に名前を呼んでいる。


「傷が深すぎて、私の魔力じゃ……」


 旅人は「これは大変だ」と膝をつき、淡い光で傷を包む。マルシュの顔からみるみる苦痛が消え、彼は自分に何が起きたのかをすぐに理解したようだった。


「……ありがとう」

「おじさん! よかった……っ」

「見ない顔だな」

「彼女は宿屋のお客さんよ」

「はは、こんな村にも、まだ……」


 そして、緊張の糸が途切れたように目を閉じた。


 その晩、村人たちは村長の家に集まった。

 ついに村を離れるか。

 それとも、王都からの援軍を信じて待つか。

 何度も繰り返されてきた議論は、前日まで白熱し対立していた。



 旅人は宿を抜け出し、村を見下ろす丘に座る。

 闇夜の今日は、星がよく見える。

 夜も火が(とも)る王都と違い、星空はやけに近く感じられる。

 今にも振ってきそうだ。髪をなびかせながら、そんなことを思う。


「旅人さん、今日はありがとう」


 梨を持ったアリンタが、その背中に声をかけた。

 ひとつ差し出し、自分も隣に腰を下ろす。


「何を見てるの?」

「魔物はどの辺にいるのかと思って」

「まさか……私たちを助けてくれるの?」


 旅人は梨をかじり、遠くを見たまま微笑んだ。


「この村を出た後のことを考えてた。魔物がいるなら迂回しないと」


 アリンタははっとして、顔を赤くする。


「そっか、そうよね……ごめんなさい。勝手に期待しちゃった」

「いや。期待させる言い方だった」


 アリンタは梨を手に、ぽつりぽつりと村の話を始めた。

 リベリア村はかねてより、魔物の脅威に晒されてきた。

 それでも昔は、良質な素材が獲れる狩り場として冒険者たちで賑わっていた。宿屋を営むアリンタの両親は、毎日毎日、それはもう忙しかったとあの頃を懐かしむ。


 価値のある魔物が狩り尽くされて残ったのは、素材にもならない害獣か、冒険者ですら手を出せなかった凶悪な魔物だけ。

 冒険者に頼ることに慣れ、剣を振ることを忘れた村人たちには、もはや手の打ちようがなくなった。

 村唯一の剣士であるマルシュも歳には勝てず、後継ぎもいない。

 村人たちは数ヶ月前に、村の放棄を決断した。


 王国軍にも助けを求めたが、返事はない。

 今回も魔物を食い止めはしたが、ほんの時間稼ぎにしかならないだろう。


「私、治癒魔法しか使えないの。炎とか雷とか、強い魔法が使えればよかったのに……」


 アリンタは膝を抱える。


「それに治癒だって……今日は、何もできなかった」

「あの傷はしょうがない」

「……旅人さんって、いくつなの?」


 旅人は少し考え、「十七だよ」と素直に答える。

 アリンタは仰天し、梨が喉に詰まりかけて咳き込んだ。


「大丈夫?」

「お、同い年……!?」

「そうなんだ」

「全然、見えないんだけど……」

「よく言われる」


 旅人は笑い、星降る夜空に梨の芯を放り投げた。


 その頃ディルは、眠る父の傍らで静かにうなだれていた。

 英雄の息子と(はや)し立てられたのは、幼い頃の遠い記憶だ。マルシュの妹の娘──ディルの従妹(いとこ)にあたるアリンタが魔法の才能を開花させると、村人たちは、ディルもいつかはと期待を寄せた。

 だが、その願いが現実になることはなかった。


 その日のリベリア村には、夜更けまで絶え間なく荷造りの音が響いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ