表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/19

王都脱出ー⑦


 王宮を脱したシルーシェは、グリムに教えられた通り、城壁沿いの水路を進む。

 やがて、木々の生い茂る川原に出た。

 川の流れで削られた大小の岩石が散らばり、足場は悪い。

 不安定な石を踏んで転びかけたのでとっさに踏ん張ると、せっかく閉じた傷口がはじけて生温い血をたらした。


 遠くから、(ひづめ)と小石のぶつかる音が近づいてきた。

 振り返らずとも確信する。

 稲妻がシルーシェの脇をかすめ、着弾地点から土と石が巻き上がる。

 シルーシェはそれが目に入らぬよう顔を覆い、次々と打ち込まれる雷の魔法を杖ではじいて応戦する。


 世話係であり、相談相手であり、良き友人だった。

 落ちるように馬を降りたフレイゾンは、歪んだ顔で荒い息を吐く。

 ギルバートはまず真っ先に、この男を狙っただろう。

 それを逃れてここまで辿り着いたとは、何という執念か。


「ようやく……話ができそうだ」


 肩からわき腹にかけて、ひどい傷を負っている。

 この日のために下ろしたであろう特別仕様の制服は、赤黒い血が染みていた。


「でも、残念だ……ずっと話をしたかったが、お前に話すことは、もう、何も、無い」


 息も絶え絶えに、痛みを怒りで誤魔化すように言葉をつなぐ。

 フレイゾンは、何かを言いかけたシルーシェの足元に、ムチのようにしなる電撃を叩き込んで黙らせた。


「喋るな。何も、言うな──」


 吐き出す声は、魔物の呻きのようだった。


 もし。

 もしこの場で、彼がシルーシェの言葉を聞いていたなら。

 二人の未来は、少しだけ違ったかもしれない。


 フレイゾンは血に濡れた短剣を両手に構え、腰を落とす。

 シルーシェは髪飾りを抜いて投げ捨て、杖を握り直す。

 これが終われば。

 帰って温かい湯でも浴びて。

 フレイゾンはウイスキーを、シルーシェはダークベリーのパイをつまみながら、他愛のない話をするのだ。


 二人はその幻想を振り払い、最後の希望を心の奥深くに閉じ込めた。




 *




 噴水が心地よい水音を奏でる、とある学校の中庭。

 女子生徒たちは和気あいあいと談笑する。


「今日、お姉さんの発表会なんでしょう?」

「学校の制服で行ったのかしら? 私たちも有名人ね!」


 メイザが「残念、魔道着を着て行ったわ」と答えると、少女たちは肩を落とす。


「でも、魔道着姿も見てみたいわ」

「メイザちゃんのお姉さんって、その、ちょっと……素敵よね」


 少女たちは顔を赤くする。

 メイザは、王宮の方角の空をじっと見つめていた。

 そしてほぼ計画通りのタイミングで、遠くに一筋の炎が昇っていくのを見た。


 それは、父ギルバートがシルーシェを逃がし、自身も王宮から脱出したことを知らせる合図。


「私……行かなきゃ」


 メイザはとうに覚悟を決めていた。

 それでも、鼻の奥がつんと熱くなる。

 頬をつたう涙に気づかれぬよう、顔をそむけて立ち上がる。


「もう帰っちゃうの?」

「今日はやけに大荷物ね。新しいお稽古ごと?」

「じゃあね、メイザちゃん!」

「明日はお姉さまのお話、たくさん聞かせてね」


 笑顔の友人たちに、メイザはいつも通りの別れを告げた。

 炎は晴天を泳ぐように漂い、どこまでも高く舞い上がる。




 *




「何でしょうね? あれは」


 とある魔導士が、遠い空を指さして首をかしげた。


「隕石?」

「隕石、ですかな」

「隕石は落ちるものでは?」

「落ちる隕石があるなら、戻る隕石もあるのでしょう」

「では……隕石ですな」


 疲労困憊(ひろうこんぱい)の魔導士たちは、地面に横たわったまま空を眺める。


「まったく……まだ訓練の途中だぞ!」


 アントニーがたきつけるも、指一本動かせない魔導士たちは「もう無理です」「死んでしまいます、マスター」と口々に言った。

 杖を下ろしたアントニーは、天高く昇る赤い印を見つめる。


 ──よくやった、シルーシェ。


 吐息のような呟きは、誰の耳にも入らない。


「……ということで、俺はしばらく戻らない。ギルドの指揮はジエンバに任せた。彼の言葉は俺の言葉だと思って、皆言うことを聞くように」


 集められたメンバーたちは、大荷物を背負うギルドマスターを取り囲んだ。


「久々に顔を出したかと思えば、急に旅に出るだなんて!」

「寂しいですよ……」

「もう訓練を嫌だなんて言いませんから、行かないでくださいよ~!」


 アントニーはその輪の中から、サブマスターのジエンバに視線を送る。「本当に行ってしまうんだな」と腕を組む男に、手短に仕事の話をして荷物を抱え直した。


「君にならこのギルドを任せられる。いつかまた、会おう」


 アントニーはジエンバと拳を合わせ、広間に飾られたギルドの紋章を目に焼き付けた。




 *




 授業を終えたオペラは、目の前の少女の手を取った。


「先生とは今日でお別れなの」

「……そう。次はいつ来るの?」

「もう来ないのよ」


 少女は、きぃっと頬を膨らませる。


「やだ! 先生は明日も明後日もおうちに来るの!」

「こら、何を騒いでいるの」


 階段から、少女の母親が顔を覗かせる。

 少女は駆け寄って訴えた。


「先生が、ルカとはもう会いたくないって……」


 母親は困り顔で、「先生はよその国のお姫様に奉公(ほうこう)に行かれるの」と言い聞かせた。気難しい一人娘は手を振りほどき、自室へ駆け込む。


「……私も残念です。いずれは、あの子の専属になっていただくつもりでしたが」

「ごめんなさい、奥様」


 オペラは机を片づけ、立ち上がる。

 建物の一階では、歳もさまざまの縫子(ぬいこ)たちが針と布を手に働いている。

 オペラは、この衣装屋の娘に外国語を教えていた。


「今日はご令妹(れいまい)の魔術評会だそうね」

「ええ。でもクリーモフ家とのお約束ですから、私はこちらに参りました」


 オペラは胸に手をあてる。

 夫人は鼻を高くし、縫子のコサージュを「良い出来ね」と褒めた。

 ふと、遠くで地鳴りのような音がしたので顔を上げる。


 店を出ると、王宮の上に真っ赤なリボンが舞い上がっていた。


「あれは……炎?」


 夫人が目を細める。

 オペラも空を見上げ、少し切ない笑みを浮かべた。


「それでは」


 トランクを抱え、深々と頭を下げる。

 そして、街の人波へ身をゆだねた。


 その背を追う、小さな影があった。

 追いついたルカはオペラのスカートを掴み、息を切らす。


「私も連れて行って!」

「ルカ……?」

「私、歌手になりたいのに、パパもママもダメって言うの……っ!」


 オペラは驚きつつも、鞄を置いて膝を曲げる。


「だから連れて行って……」


 オペラは、うつむくルカの頬を両手で包んだ。

 目を合わせ、優しく問いかける。


「綺麗なお洋服を着て、歌いたいと思わない?」


 ルカは、口をぽかんと開けた。


「その歌にぴったりのお洋服を想像してみて。あなたは、それを手に入れるチャンスを持っているの。世界に一着だけの特別なドレスを着て歌うなんて、素敵よね」


 少女の顔が、少しずつ明るくなる。

 オペラは、ルカが胸につけたレースに指をそえた。


「これ、頂けないかしら?」


 それは母親に言われ嫌々編んだ、小さなドイリーだ。

 ところどころ糸が絡まる不格好な作品を、ルカが不思議そうに差し出せば、オペラは「私が最初のお客さんね」と、それを自身の髪に飾った。




 *




 リントブルム家の庭で合図を確認したカミーリアは、暖炉に飾られた家族の絵を、そっと壁から下ろす。

 

 不自然なほど片付いた居間で、母は絵画を火にくべた。

 火は染み込む水のように画布を焦がす。

 閉じ込められた時間が、煙と共に消える。

 最後に花瓶の水をかけ、カミーリアは最低限の荷物を持って馬小屋に向かった。


 家族で唯一魔力を持たない母が、この魔導士の国から一人で抜け出すのは不可能だった。

 この後、王宮を脱出した父ギルバートと合流し南へ逃げ、砂漠の国『フーエン』へと向かう手筈(てはず)である。


 メイザは学問の国『グラン・カリヨン』へ。

 アントニーはドラゴンと雪の国『ジエルベルーテ』へ。

 オペラは船に乗り、遠い島国の『コンドライト』へ。


 家族は、光の魔法を封印する方法を探すために──

 エーデルニア王国に別れを告げる。




 *





 ひゅう、ひゅう、と喉が鳴る。

 木枯らしのような呼吸の合間に、血の混じった唾を吐き捨てた。


 杖がなければ、立っていられなかった。

 シルーシェの目は血走り、すでに治癒魔法を唱える力もなく、失神寸前の痛みに歯を食いしばりながら、目的地であるビンセント公国への一歩を踏み出す。

 もう、振り返る必要はなかった。


 うつ伏せに倒れたフレイゾンに、晩秋の冷たい風が吹きつける。

 頭上のトンビは、これが現実なのだと語りかけるように鳴き、炎がゆらめくワイトマリシアの青空を、あてもなく飛んだ。






『王都脱出』 fin


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ