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王都脱出ー⑥◆


 ”女学生”と聞いて貴族たちは、小さなステッキを握った初心(うぶ)な少女を想像していた。


「なんと凛々しい」

「本当に学生か……?」


 そう囁き合うのも無理はない。

 祭壇に立つのは、王女エアリスよりも、付き従う祭司の男よりも背の高い女だ。

 成人用の杖を手に堂々と佇んでいる。

 (おごそ)かな空気の庭に、エアリスの声が響いた。


「エーデルニア王国第二王女、エアリス・ワイトマリー・エデルは、国王の命を受け、この魔術評会を執り行います」


 客人たちは息を潜め、今か今かと光の魔法の披露を待つ。

 その中の一人が、国王のそばに座る女を見て首を傾げた。


 目鼻立ちの整った、息を呑むほど可憐な女だ。

 一人の客人が扇で口元を隠し、「侯爵の娘でも捕まえたのだろう」と下卑た笑みを浮かべる。


「国王の女好きは有名だよ」

「エアリス様も(めかけ)との子であられるしな」

「こら、聞こえたらどうする」


 人々の視線は祭壇へと吸い寄せられる。

 祭司は魔導書の空白のページを開き、頷いた。

 シルーシェは打ち合わせ通り、エアリスと向かい合う。


「シルーシェ・メイホープ・リントブルム。今から己の手により生じる現象が、魔道三原則にのっとった、嘘偽りのない光の魔法であることを約束しなさい」


 シルーシェは、祭司の言葉に「はい、約束します」と答えた。

 練習では毎回ここで、エアリスが笑ってしまったのだが、今日の王女は真剣な眼差しでシルーシェを見つめ返した。

 前を向いたシルーシェは、ゆっくりと息を吸う。


「光の魔法は奇跡です。枯れた大地に緑を芽吹かせ、不治の病を治し、魔物はこの手をひと振りすれば、光に灼かれて消え去るでしょう」

 

 人々は希望に満ちた目で、その言葉に聞き入った。


 王室の魔導士たちはやや懐疑的な目を向ける。

 ある者は興味深そうに。

 ある者は警戒の顔つきで。

 またある者は、過去の自分の姿を重ねて懐かしむ。

 フレイゾンは、シルーシェがほんの一瞬、国王の隣に座る美女と目を合わせたのが気になった。


 ただ一人エアリスだけは、予定にない彼女のセリフに困惑する。

 ──違う。何を言っているの、シルーシェ?

 光の魔法とはそんな夢物語ではなく、ただひたすらに絶大で、神力のごとく壮大な、万人が恐れおののきひれ伏す破壊の魔法であるはずなのに。


 シルーシェは天高く杖を持ち上げ、白い太陽に向かって誓うように言った。


「この力は、私が私のためだけに使います」


 その瞬間はまるで紙芝居をめくったかのように、いともたやすく次の場面に移ったのだった。

 杖は燃える刃をまとい、呆然とする王女めがけて振り下ろされる。すんでのところでラプトルが防御魔法を発動するも、シルーシェはそれを力で押し切りエアリスの胸を切りつけた。










「アルマ!!」


 ステージに転がり込んだラプトルが、怒りをぶちまけるようにフレイゾンの名を叫んだ。


 ほんの数秒、動けなかった。

 現実を受け入れるのを拒んだフレイゾンの脳が、一気に覚醒する。

 エアリスに蘇生魔法をかけるラプトルでは、これ以上の防御が間に合わない。

 すぐに。今すぐに加勢せねば。


 フレイゾンは短剣を抜き電撃を放つ。

 シルーシェは──光の魔導士は、諦めたように身をひるがえし逃走を開始した。


「捕らえよ!」


 第一王子ライナスの命令と共に、付き従う騎士が石畳を蹴って飛び出す。

 騎士が生み出す鎖を切り裂きながら光の魔導士は逃げるが、第二王子リーダスの騎士も加勢し鎖の雨は激しさを増す。

 ついにそのうちの一本が、彼女の足をとらえた。

 やがて召喚の勢いは、光の魔導士が鎖を断つ速度を上回った。


 鎖は音を立てて締まり、がんじがらめにしていく。

 もはや足を切り落とさねば抜けられないだろう。


 今だ。

 フレイゾンは、雷の矢を鎖の中心へ叩き込む。

 当たれば即死のその一撃は──ある者が創り出した炎の盾で防がれた。


「私が相手だ」


 声の主は、国王の隣にいたはずのあの美女だ。

 女にまとわりつく黒い霧は、フレイゾンが「幻影(エヌマ)だ!」と叫ぶと同時に蒸発した。

 魔導士の最上級の正装である、深緑色のマントルがはためく。


「ギルバート、貴様……!」


 避難の足を止めた国王は、鬼の形相(ぎょうそう)で振り返った。

 兵士たちが一斉に前へ出る。

 王宮の肖像画より老いてはいるが、面影は確かに残っている。

 王国軍の兵士たちは「あれが、火焔(かえん)の……!」とたじろいだ。


「陛下、私は忠告しましたぞ。美しい女には気をつけなされと」

「覚えていろよギルバート、貴様も、貴様の子供たちも必ず……!」


 幻影を解き真の姿を現したギルバートは、娘を追う騎士たちに炎の(うず)を浴びせた。


 死ぬ。フレイゾンの本能が叫んだ。

 これは、光の魔導士を追う片手間で対処できる相手ではない。

 炎の壁がフレイゾンの行く手を阻み、熱波に視界が揺らぐ。

 その隙をついた光の魔導士は、鎖の呪縛から抜け出した。


 ギルバートは降り注ぐ千の鎖を睨みつけ、杖で一度地面を叩いた。


「《楚々たる火神の御衣フラン・プリムテザード》」


 何層にも連なる業火で、鎖は溶け切り魔力を失う。

 国王の元騎士長、ギルバート・リントブルム。

 またの名を『火焔のリントブルム』。

 男は全盛期に勝るとも劣らぬ貫禄で、大魔導士の証である金の水晶の杖を構えた。







 シルーシェは走った。

 逃げ場を探し、王宮へと飛び込む。

 すれ違う使用人たちが悲鳴を上げた。

 中庭の騒動はすでに知れ渡っており、力なき者はただその場にうずくまって神に祈った。


 シルーシェは、焼け焦げたローブを脱ぎ捨てた。

 編み込んだ髪はいたるところがゆるみ、ほどけ、つや出しで塗り込まれた種油(たねあぶら)と汗が混じってひどく不快だ。

 避けきれなかった鎖が直撃した左腿に治癒魔法をかけながら、研究室に置いてある旅の荷物を取りに走る。


 極度の緊張で、前も後ろも分からない。

 幼い頃に童話で読んだ、『知らない国のお城に迷い込んだお姫様』を思い出した。

 歩き慣れたはずの廊下は、どこまでも続く一本道。

 進めど進めど赤い絨毯からは逃れられない。


「リントブルム様!」


 その声に、シルーシェは振り返る。

 怒号と悲鳴、逃げまどう足音の中、それは確かに聞こえた。


「グリム!」


 声の主の名を呼べば、使用人のグリムは「わたくしの名前、覚えて……」と感極まる。


「こちらです!」


 グリムはシルーシェの手を取り駆ける。

 なぜ助けるのか。彼女の問いに、グリムは肩で息をしながら答える。


「光の魔法のこと、教えてください! 命をかけても知りたいの……!」


 城全体を、爆発音が揺らした。

 術と術のぶつかるけたたましい金切り音が、漆喰(しっくい)の壁を反響する。

 父ギルバートが対面しているであろう激しい戦いを思うと、もう足を止めてすべてを諦めたくなった。

 しかしグリムの手を握り返し、考えるのをやめた。


「グリム、研究室に寄りたい」

「そんな時間は……っ」


 グリムが戸惑う。

 それでも強く訴えると、歯を食いしばって頷いた。


「……こっちが近道です!」


 角を曲がり、階段を駆け上がる。

 ここの真下に、と研究室の方向を示した瞬間、シルーシェは躊躇なく吹き抜けを飛び降りた。


「リントブルム様っ!?」


 グリムは手すりへ飛びつき、覗き込む。

 受け身を取って立ち上がった彼女を見て、ほっと胸をなでおろした。


 研究室はいつも通り、少し埃臭い。

 床に散らかる紙の上に、無造作に置かれた古いトランクがあった。

 中から手早く荷物を取り出し、部屋を去ろうと立ち上がった瞬間──。

 シルーシェは、机に向かって一心不乱にペンを動かす一人の学生の幻を見る。


 その学生は、何も考えていなかった。

 病の人を治したいとも。

 飢える人を救いたいとも。

 金を生み出し豊かになりたいとも思ってはいなかった。

 ひとつ、己の限界を知るためだけに、光の魔法に挑んだ少女の姿がそこにある。


 ──さようなら。君はよく頑張った。


 胸の中でそう告げ、シルーシェはつま先を部屋の外に向けた。


「厨房の裏から水路をたどれば、城を抜け出せます」


 二人は騒乱の王宮を駆け抜ける。

 ついにその脱出口へ辿り着くと、シルーシェは革製の荷物袋をたすき掛けし、グリムを抱きしめた。どんな感謝の言葉も、この恩を表現するにはあまりにも軽薄で口にはできなかった。


「光の魔法は、奇跡の力じゃない。枯れた小麦を元には戻せないし、石を金には換えられない。好きな人の心を知ることも、死んだ人を生き返らせることもできない」


 グリムは目に涙をため、「そうだと思った」と喉を詰まらせる。


「おかしいの。皆して、光の魔法さえあればすべて上手くいくと言って……」

「そう思うのも無理はない」

「そんな神様みたいなことをやろうだなんて、皆どうかしてるの……」


 シルーシェは、グリムの身体をそっと離す。


「そこで何をしているの!」


 背後から鋭い声がした。

 グリムの肩が、跳ね上がる。


「そこのあなた、グリムから離れなさい……!」


 一人の使用人が、青い顔をして駆けてくる。


「行って!!」


 祈りのような絶叫が、光の魔導士の背を叩いた。

 シルーシェは恩人の手を離し、一心不乱に駆け出す。



 *



「あの魔導士に逃げ道を教えたの!? これがバレたらあなたも、あなたの家族も……!」


 メイド長は、娘ほど年の離れたグリムに詰め寄った。

 過去、幼い娘を亡くしたメイド長は、グリムを本当の娘のように可愛がっていた。本当の母から愛情を受けられなかったグリムもまた、目の前の壮年の女性を肉親のように(した)っていた。


「メイド長、お願いがあります。私は、逃げる光の魔導士を止めに入って殺されたことにしてください。そして妹に……あなたはきっと立派な魔導士になれると、伝えてください」


 グリムは両手を胸の前で重ね、二、三歩後ずさる。


「グリム、やめ──」


 おののくメイド長の前で、両手に力を込め、炎の魔法で自身の胸を撃ち抜いた。

 皮を破り、骨を砕き、肉の弾ける音と共に、グリムは背中から真後ろに倒れ絶命した。



=魔法解説=


【フラン・プリムテザード】

 その意味は『楚々(そそ)たる火神(かじん)御衣(おおんぞ)』。

 幾重もの火の層を形成し、触れた魔法を分解する防御魔法。

 その起源は古く、魔導書や文献が残っていない。

 今では扱いやすい防御魔法がいくらでもあるため、わざわざこれを学ぼうとする者もいない。



【エヌマ】

 その意味は『幻像(げんぞう)』。

 髪も目も、肌の色も、骨格さえも変えられる世界三大魔法の一つである。

 人間以外の姿にはなれないが、大昔、鹿になった魔導士が恋人の猟師に射られたという、悲しい言い伝えが残っている。


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