レッドサイレンスー⑮
四人は港町の教会墓地を訪れた。
教会の周囲は草が生い茂り、文字の削れて読めない石碑が転がっている。罪人であり犠牲者であり仲間だった少女は、様々な思いを抱えたまま空に還ってしまった。
「多分、ここら辺だ」
四人は傾いた十字架の前で足を止めた。
彼女とのこれといった思い出話もなく、静寂の中、風に乗った枯れ葉が波のように流れていった。それぞれが胸の内で考えをまとめ、飲み込むのにはちょうど良い沈黙だった。
「そういやあんた、やっぱり旅に出ちゃうの?」
「もう少しこの街にいるよ。副長にもそうしろと言われた」
「副長が?」
「フラウが心配だからって」
英雄のペンダント回収時に、魔物の攻撃で魔力を失ったフラウ。
エラが”一ヶ月で治る”と助言し、今は自宅で休ませているが、シークはまだ信じていなかった。
「ああ、そういえばフラウさん、最近見てないな。怪我か?」
「魔物に魔力を吸い取られたんですって」
「うへー。なんじゃそりゃ」
「で、それもあんたの仕業なんじゃないかって疑われてるのね。いい加減エラが可哀想になってきたわ……」
四人のまばらな笑い声が、墓地に響き渡った。
何か食べて帰ろう、というイニェンの提案で街に向かう途中、雪の粒がエラの手に舞い降りる。
「おお。ついに降ってきたな」
「今日は一段と寒いものねえ」
四人は早く温まろうと、適当な料理屋に入り一息ついた。
ロブが「俺が出すから好きなもん食え」と笑う。
初めは憲兵への通報もなし、占有印も付け忘れ相手の安否も分からないなど、捜査は最悪のスタートを切ったものの、いざ実態が明らかになれば、マリアーナら三人を相手に生きて帰っただけでも大したものだと周囲は同情した。
イニェンとエルバが「ありがとー」と口を揃えると、「なんで元凶その1とその2に奢らにゃならねえんだ」と返した。今回、他ギルドに乗り込んだイニェン、攻撃を食らわせる一歩手前だったエルバ、そして一緒にいたロブの三人は始末書を書いたばかりである。
料理を待つかたわら、イニェンは棚の新聞に手を伸ばした。
「へー、王女様目覚めたんだって」
エラはごくりと水を飲み込み、激しく咳き込んで口を拭う。
イニェンは「ほら」と新聞を広げた。
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王国の奇跡! エアリス王女、覚醒か?
先日報じた、エーデルニア王国エアリス王女襲撃事件について、続報だ。
長らく意識不明とされていた王女が、近く公の場に姿を見せるとの噂が寄せられた。
王国側はいまだ沈黙を貫いており、公国政府関係者の中では「情報統制を敷くための裏工作ではないか」との見方も出ている。
なお、容疑者とされる『光の魔導士』の行方について有力な情報は得られていない。
王女の覚醒が、真相解明の手掛かりとなるか──。
本紙は引き続き、この事件の真相を追う。
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「これ、嘘ばっかで有名なゴシップ紙じゃん」
「でも王女様が襲われたのは本当でしょ?」
「どうせ傭兵ギルドあたりが噂ばらまいてんだろ。皆を不安にさせたいのさ」
エラを除く三人は、ああでもないこうでもないと好き勝手に言い合った。ただ一人、自身の正体を改めて思い出した旅人だけが、口をつぐんだまま窓の外を見た。
やはり、仕留めきれなかったか。
蘇生は十中八九、ラプトルの力だろう。あの男の治癒魔法は侮れるものではない。もっとも、王宮脱出において一番の障害となり得た彼を足止めできただけでも、十分の成果だったが。
そして、記事が事実なら。
この国まで噂が流れているということは、王女が目覚めてそれなりの日数が経っているはずだ。
光の魔法の真実が知れたなら、王国は沈黙などしない。
考えたくはないが、一家の誰かが捕まったか。
あるいはすでに、騎士が動き始めたか。
「エラ……エラ!」
「ん?」
振り返ると、イニェンが皿を指している。
「料理きたよ。積もりそうだから、さっさと食べて帰りましょ」
湯気の立つ皿から、煮込んだ魚とハーブの香りが漂った。ロブはパンにかぶりつき、エルバはスープを慎重に冷ましている。
エラの脳裏には、そう遠くない未来に訪れるであろう、彼らとの別れの光景がぼんやりと浮かんだ。
雪は音もなく港町を覆い始め、公国にも厳しい冬が訪れようとしていた。
『レッドサイレンス』 fin




