レッドサイレンスー⑭
「ピッチ主任、ご苦労だった」
副長のシークと、補佐のドラウトが歩み寄る。
その傍にはサディーレイ、ジュハンセ、それにモール商会の秘書ジュディの姿も。
「どうしてここが……」
呆気にとられるピッチに、サディーレイは無言の微笑みを返した。
アンプリファイドの『鉄の女』。
ここぞという時、彼女は必ずそこにいる。
そして、静かにすべてを知っている。
ピッチは肩をすくめ、管理者として場を上手く収められなかったことを謝罪した。
「気に病まれなくていい。彼らをコントロールするのは不可能だ」
ジュハンセが本心からのフォローを入れる。
ドラウトは視界の端に、かつての仲間が罪人として扱われる光景を収めた。
彼らがクエストを奪っていた相手はジャスミンだけではなかった。たまたま居合わせた野良の冒険者に対しても同様の手口を繰り返しており、憲兵は以前から警戒していたのだ。
マリアーナは唇を噛み、モヤを振り払うように顔を背けた。
アルゴンは歯を食いしばったまま肩を落とし、エンハルトは抵抗もせず両手を差し出した。
騒動の始まりから、アンプリファイドの幹部たちは様々な調査を進めていた。
総務課は、ジャスミンが紛失したクエスト依頼書の依頼主とコンタクトを取った。そこからレッドサイレンスの名が浮かび上がり、モール商会による調査から、とある果物屋の二階が拠点であることを割り出した。偶然にもサディーレイがよく訪れていた果物屋で、その建物の大家とも顔見知りだったことから、情報提供には快く応じてくれた。
サディーレイがレッドサイレンス支部に仕掛けた《精霊の糸》で大まかな事態を把握し、憲兵に通報後、幹部らは現場に急行。貴重な証人である敵対勢力を守るべく、介入した。
ドラウトの話を聞き終えた面々は、複雑な表情を浮かべる。
《精霊の糸》の存在については伏せられた。この魔法は、ギルド幹部のみが知るサディーレイの特殊能力である。そのせいで、分析的な気質のペイルブルーだけは”なぜ現場にいなかった幹部らがここまで状況を把握しているのか”、少し納得がいかなかった。
ジャスミンの遺体は憲兵が回収し、ピッチは彼女の自宅で両親の帰りを待つことにした。「あとは憲兵に任せては」とジュハンセが気遣うが、髪飾りを片手に首を振った。
「いいや、私が行く。どのみち、調停員として憲兵に付き添わなきゃならない」
ラビアとペイルブルーの二人も名乗りを上げ、三人はその場を後にする。
イニェンは、そおっと立ち去ろうとしたルースターの首根っこを掴んだ。
なぜか後を追って来た彼が、廃材の陰に隠れて戦況を伺っていたことなどお見通しだ。
「こいつがレッドサイレンスの責任者です!」
「やめろ、俺は本当に知らなかったんだよ!」
ドラウトは、「うちの奴らがすまなかった」とルースターに向かい合う。
「副長補佐のルーベル・ドラウトだ。気持ちは分かるがひとまず来てくれ」
「ああ? おたくのいざこざだろうがよ」
「……カルロは元気か?」
レッドサイレンスのマスターの名前を出されたルースターは、「喜んでついて行くぜ」と態度を一転させる。ふとサディーレイの顔を見て「あんた今朝の……?」と口を開きかけるが、鉄の女の刺すような視線と唇に当てた指で瞬時に黙り込んだ。
「さて。これで一件落着、とはいきませんからね?」
サディーレイは、イニェン、ロブ、エルバの三人に視線を送った。
討伐事故で騒がしい時に、他ギルドと喧嘩沙汰を起こしかけたなど言語道断。冷静さを欠き、格上のマリアーナたちに無謀にも挑んだ三人の冒険者は冷や汗を浮かべて縮こまる。
すかさずジュディが「チーフ、エルバ君は悪くないの」と割り込んだ。
「何があろうとエルバ君はお咎めなしよ!」
「ジュディさん、私たちにも規律が……」
「憲兵もアタシが動かしたのよ? 局長は私が説得するから、ね?」
秘書のジュディは当然のようにエルバの腕に絡みつき、ロブが何か言いたげな顔で凝視した。サディーレイは目頭をつねり、「ジュディさんがそうおっしゃるなら」と渋々頷く。
「解散だ解散。あー疲れた」
シークはそう言うと、軽く指を鳴らして術を解いた。エラに向かって「お前の話は俺が聞く」と言い残し、「副長、せめて憲兵が撤収するまでは……」というドラウトの言葉を無視して去っていった。
リンゴを抱えたまま、エラは乾いた笑いを浮かべる。
シークの偶像破壊が発動した瞬間は肝が冷えたが、自身の髪色を変える術が封じられなかったのは幸運だった。
*
『大陸の市場』の異名を持つ商業国家、ビンセント公国。
その心臓部、海上交易の最重要拠点、ニューセントラル市。
剣よりも天秤がものを言うこの街では、時に仲間の死よりも、顧客の信頼のほうが重く扱われる。アンプリファイドの者たちに、裏切者の死を嘆いている暇はない。
「無茶な冒険は事故の元! 今日も一日ご安全に!」
ロビーで声を張るピッチは、出撃前のラビアとペイルブルーに視線を送った。
二人はこれから、ジャスミンが”紛失した”ことになっているクエストにリトライする。実態は、ジャスミンがアンプリファイドの鑑定を通さず納品し、依頼主から直接報酬を受け取っていたものだ。
未鑑定では品質が保証できず、保安課は依頼主の元を駆けずり回って納品物を回収した。報酬は全額返金し、再度正しい手順で収集された素材を無償で提供することとなった。
「主任、悠々草を納品したブルック商店からクレームが……」
「討伐事故関連か?」
「そうです。『以前ジャスミンという者が納品に来たが、品質が調合基準に満たない』と」
「素材課に行って、うちに在庫があるか確認だ。商店には私が行く」
ピッチはメガホンを下ろし、慌ただしくロビーを去った。
一方総務課ではマティアスが、中央ギルド連合との協議に追われていた。
ニューセントラル全体のギルドの信頼に関わる事件の再発防止策を──というのは建前で、すべては揉み消しのための裏工作である。『安心、安全、健全』とは汚れがないことではなく、汚れを表に出さないことだ。
アンプリファイドに入ってからというもの、都合のいい事実の書き方が上手くなった。定年後は劇作家にでもなろうかな、とマティアスはため息を吐き、山のような書類と対峙した。
執務室ではサディーレイが、報告書一枚一枚に目を通す。
事件以前から、依頼書を紛失した顧客には報告を上げていた。しかし、どの客も「もう大丈夫」「その件はなかったことに」とうやむやにするばかりで、事態の発覚は遅れた。おそらく納品の段階で、ジャスミンが口止めを行っていたのだろう。報酬金を値引きする代わりに、ギルド側から連絡があっても口外しないよう持ちかけていたと見られた。
商売の街ではたびたび聞く話だ。
依頼主たちも裏の事情を察して、素材が安価で手に入るならと取引に応じる。仮に露見したとしても、罰せられるのはギルド側だ。依頼主である彼らは知らぬ存ぜぬを貫けばよい。
長年の付き合いがある得意先であれば、こうした事態にはならなかっただろう。乙級冒険者だったマリアーナたちはその点も見極め、関係の浅い顧客ばかりを選んで接触していた。周到で、図太い手口だった。
「はぁ……」
サディーレイは書類を置き、水晶に映る自身の顔に手をそえる。
盗聴の術により、イニェンとルースターのやり取りを聞き出せたのは計画通りだった。ただ、術を仕掛け終えて支部を出たあと、「今のおばさん、化粧濃かったな」という雑談まで聞こえたのは余計だった。
やはり、知れば知るほど良いということもない。
「カルマが溜まってきたわね……」
大至急、パワースポットで守護霊と交信し魂をヒーリングせねば。サディーレイは水晶をひと撫でし、早く仕事を終わらせようと気合を入れた。
応接室では、レッドサイレンスの四人組とドラウトが向かい合っていた。
問題の発端はアンプリファイドと言えど、マリアーナたちはレッドサイレンスのメンバーだった。憲兵による調査も終了し、本件はアンプリファイド側が被害者という結論で──少々裏で手を回しはしたが、そう決着がついた。
今後この街でレッドサイレンスの商売を許すのは、アンプリファイドの威信にも関わる。そこでドラウトは、彼らに中央ギルド連合への加入を提案した。お互いがこの街で共存するには、『連合所属のギルド同士穏便に済ませた』という建前が必要だ。
「なるほどね。連合に入らなきゃ潰すぞって?」
「不本意だが」
「お前さんたちは相変わらず偉そ──いてててっ!」
兄のレオンはルースターのわき腹をつねり、「そうさせていただきます」と答える。
「ま、お互い頑張りましょうや」
差し出されたドラウトの手を、ルースターは渋々握り返した。
鑑定所のバートンは、次々と舞い込む鑑定依頼にすっかりくたびれていた。
今回の事件の噂はまたたくまに広まり、関係のない顧客からも『以前納品された素材をもう一度鑑定してくれ』と便乗するような依頼が寄せられている。アンプリファイドへの疑念が広がる今、内心では舌打ちしながらも断るわけにはいかない。
「どうだ調子は」
ジュハンセが、クッキー缶を持って労いに来た。
「おお、クララ工房のクッキー!」
「レッドサイレンスの奴らが手土産に持ってきたんだ」
バートンは「センスがいいじゃねえか」と手を揉みながら、さっそくひとつ口に放り込む。
ジュハンセは、疲れ切った顔でロビーを見渡した。
「今回の件でよく分かったよ。ありふれた素材でも、客はちゃんと質を見ている。どこでも買える物なのに、わざわざ金を払ってうちに依頼する。それだけの理由がまだアンプリファイドにはあるってことだ」
伸び悩む売り上げに焦るのも大事だ。だが、新しい何かを始めるにしても、山に登って石を拾うという素材集めのキホンを忘れてはいけない。ジュハンセはしみじみと、このギルドが積み上げてきたものを思い返した。
事件の余波で、ロビーはいつにも増して騒々しい。
クエストの出撃条件が一時的に引き上げられ、受付には事前確認をする冒険者たちが列をなしていた。
「レニーさぁん。俺このクエスト行ってもいいの?」
「丙級のアーマードヘイズは……丁級のクリア率80%以上じゃなきゃダメ」
「そっちで調べてくんね?」
「もー! そんくらい自分で把握しといてよぉ!?」
受付嬢のレニータインは、カウンター内をせわしなく駆け回る。また別の者が「レニーちゃ~ん、このクエストってさー」と声をかければ、そちらを見もせず浮遊の魔法で依頼書を奪い取った。すでに彼女の頭上には、何枚もの書類が無造作に浮かんでいた。
イニェン、ロブ、エルバの三人は、副長シークの執務室に呼ばれた新入りの戻りを今か今かと待っていた。
エラがロビーに姿を現すと、揃って小さく息を吐く。
「大丈夫だった?」
「うん」
「何聞かれた? 怒られた?」
エラは「大丈夫だって」と肩をすくめた。
身長二メートルを超すシークと閉ざされた部屋で向き合うなど、内容が何であれ恐ろしいものだ。イニェンは「あんたも被害者なのに、今回は災難だったわね」と、いつも通りのエラを見て胸を撫で下ろす。
「じゃ、行くか」
ロブは腰を上げ、エルバは無言で外套を羽織った。




