レッドサイレンスー⑪◆
「毎度あり~」
カラン、とドアの鐘が鳴り、買い出しを終えたエラは一息つく。
品物が汚れないよう、持たされた布で丁寧に包み直した。ロッテンの言う通り、ちょうどコーヒー一杯分余ったお釣りをどうしようか思い悩む。
──そうだ。これは自分に使うのではなく、彼に果物でも買って帰るのがいいだろう。
道行く婦人におすすめの果物屋を聞いた。念のため、外套のフードは深く被る。
「それならあのお店ね。あまり目立たない場所にあるけど、いつも新鮮なのよ」
店の名前と道を案内されたエラは、「ありがとうございます」と手を振り歩き出す。
お尋ね者が自ら人に話しかけるなど──。
おかしなことだが、気分は良い。
エラは品物を抱え直し、教えられた道を曲がる。
本格的な冬を前に、港に響くラッパの音もめっきりと少なくなった。晩秋の賑やかな港も良かったが、船がただ静かに浮かんでいるのを見るのも悪くない。それに寒ければ、人々は肩をすぼめてうつむいて歩く。自然と他人に無関心になる季節は、今のエラには都合がよい。
乾いた潮風が背中を押す。
妙な悪寒は、服の隙間から入り込む冷気のせいか、それとも。
*
ジャスミンを引きずり出すべく自宅を訪れたピッチたち。
父親は鬼の形相でドアを開けるなり、「何度言えば気が済むんだ!」と荒々しく言った。
「憲兵を呼ぶぞ!」
詰め寄られたピッチは、間に入ろうとしたペイルブルーを制して一歩前に出た。大柄な父親の威圧にも動じず、凛と目を合わせる。
「構いませんが、こちらは中央ギルド連合の安全規程により、憲兵の介入を拒否することができます」
「は……介入を拒否?」
「ジャスミンと面会させてもらいます」
父親は怒りと困惑が半々の表情で、「娘はギルドに行ったが……?」と言い返した。
ジャスミンは今朝家を出た。
ここ数日は何をしてもふさぎ込んでいたが、「ギルドの皆に心配をかけているから謝ってくる」と今日は笑顔だった。両親もその様子に、胸を撫で下ろしたばかりだったのだ。
ジャスミンの父は三人を家に入れた。そんなに疑うなら、娘がここにはいないことを目で見て確かめていけ、と。
「──ありがとうございました」
確認はすぐに終わった。
両親も半ばやけになったのか、風呂場やトイレまで進んで見せてくれた。
「娘はギルドにいないということか?」
「まだ分かりません、すれ違った可能性もありますし……」
父親は震える手でコートを羽織り、「探しに行く」と短く言った。
背後にいた母親が、おずおずと切り出す。
「あの子、少し前から様子が変で……。何も言わずにふらっと出て行ったり、編み物が大好きだったのに道具も毛糸も売っちゃって、お休みの日はぼーっとしているの」
ピッチは目を閉じ険しい顔をする。
次の瞬間、カッと目を開いてメガホンを掲げた。
「ジャスミンを探すよ、二人とも!」
ラビアとペイルブルーは頷く。
両親はジャスミンがよく行くカフェなど、心当たりのある場所を探すと言って出て行った。
ピッチたちもまずはギルドへ戻った。
やはりジャスミンは一度も顔を見せておらず、三人はすぐに街へ繰り出す。
捜索にはペイルブルーの魔法が役に立った。
「《慈愛の指標》」
髪飾りを手にしたペイルブルーが呪文を唱えると、ラビアが「あんた魔法使えたの!?」と驚く。
「人探しの魔法だ」
「……何も起こらないけど?」
「近くにはいないんだろう」
人通りの多い場所へ移動し、再度魔法を発動する。
髪飾りがかすかに光り、手のひらで震えた。
「わ、動いた!」
「つまり、この髪飾りが反応する場所を探せばいいということかな?」
「そういうことです」
ジャスミンが幼い頃から気に入っていた羽根の髪飾りは、こうなることを見越して母親から借りてきたものだ。ダサいから嫌だ、と言ってジャスミンが捨てたものを、母はこっそり拾って大事に持っていた。
対象との接触期間が長ければ長い物ほど、魔法の精度も上がる。「これさぁ、悪用できちゃうじゃん」と、ラビアの悪い癖が出た。
「なんでこんな魔法知ってんのよー?」
「仕事で覚えさせられたんだ」
ペイルブルーは、また立ち止まって発動する。
今度は反応が弱まってしまった。「こっちじゃないみたいだ」と方向を変え、また進んでを繰り返す。
反応は徐々に、確実に強くなっていく。
「ピッチ主任、キャンディを……」
ペイルブルーは、青い顔で膝に手をつき息を上げた。
「え? キャンディ?」
「魔力が戻るやつを……」
「あ、ああ! はいどうぞ」
「ありがとうございます……」
ピッチが渡した魔力回復キャンディを、バリバリと噛み砕く。
「結構、魔力を使う感じかな?」
「とんでもなく疲れます……」
珍しくくたびれた様子の男を二人は励ました。
ラビアは「よし、キャンディを食べまくりながら頑張りなさい!」と背中を叩き、ピッチも「いくらでも食べな! 気合いでいこう!」と駆け出した。
=魔法解説=
【ヴィンクルム】
その意味は『慈愛の指標』。
対象となる「物」が持ち主の居場所に近いほど、光や振動で反応を示す探索魔法である。
発動には、以下の条件を全て満たす必要がある。
・持ち主が生きている
・十年以上身につけている
・身につけるのをやめてから、十年以内である
・持ち主以外で、物と持ち主を結び付けられる人がいる
・持ち主が、物を愛している




