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レッドサイレンスー⑨


 時はさかのぼり、秋も終わりのニューセイブ。

 弓使いのアルゴンは小さく呟いた。


「悪いことをしたな」


 武闘家のマリアーナは「お互いの為でしょ」と言いながらパンを頬張り、騎士のエンハルトは黙って薬茶を飲む。


 そもそも三人で出撃する予定だったが、サディーレイの鶴の一声で、直前になってあの少女がメンバーに組み込まれた。彼女にもそろそろ乙級クエストを経験させたい。理由は単純だった。「先輩がきちんとリードするように」と鉄の女が言えば逆らえるはずもなく、溜まった鬱憤は攻撃的な言葉となって三人の間を行き交った。


「私は反対だったのよ」

「そもそもお前の装備が壊れなければ」

「撤退は君の判断だろう?」


 無意味な言葉の応酬は、賑わう料理屋の雑音の一部になるだけだった。


「ない……ない! クエスト依頼表、宿屋に忘れてきちまった!」


 食事を終え、帰還前に馬に水を飲ませていたアルゴンは、荷物袋をかき回しながらうろたえた。三人はこのままニューセントラルに戻り、クエストのリタイアを申請する手はずだった。


「馬鹿、戻るわよ!」


 青ざめたマリアーナの掛け声で、三人は来た道を全速力で引き返した。


 撤退は決して悪ではない。

 リタイア後に装備を整えて再出撃してもよい、もしくは別のメンバーで編成を組み直す手もある。失敗をリカバリーする手段はいくらでもあるが、依頼表がなければ何も始まらない。


「お連れ様は朝方出て行かれましたが」


 宿屋の受付は淡々と言う。

 部屋に書類が置いてあったか尋ねても、受付は肩をすくめる。そして、もう宿泊客でない者に用はないと言わんばかりに、面倒そうにカウンターの奥に消えた。

 エンハルトは頭を抱える。


「イニェンを探そう」

「見つかるわけないでしょ!?」

「一人で討伐に行くとは考えづらい、近くをうろついているはずだ」


 このままでは、”勇気ある撤退”ではなく”ただの脱走兵”になってしまう。

 路上で揉める三人に、とある男が声を掛けた。


「お三方、何かお困り事でも?」


 いっせいに振り返った三人の前で、男は「ああいや、何か言い争ってたからさ」と軽い調子で歩み寄る。


「俺、すぐそこのレッドサイレンスってギルドのもんだけど」


 エンハルトは手を振り、「今はそれどころじゃない、勧誘は他を当たってくれ」と冷たく返す。

 そりゃ残念、と背を向けた男を、マリアーナは引き留めた。


「頼みがあるの。半日だけ、私たちの馬を預かってくれないかしら?」


 手短に事情を話すと、男はポケットに手を入れたまま「こんな道端じゃなんだから、とりあえずうちに来いよ」と歩き出す。アルゴンとエンハルトは渋るが、マリアーナは「しょうがないじゃない、街であの子を探すなら馬を誰かに見ててもらわないと」と急かした。


 『レッドサイレンス』。

 冒険者(クエスター)歴の長い三人でも、そのギルドの名は初耳だった。「まだ一年も経ってねえからな」と男の言う通り、ギルドの床や天井は真新しく、ロビーに掲げられた金のギルド紋は鈍い光を放っている。新進気鋭のギルドらしく、広々としたバーカウンターには若者の好みそうなメニューが並び、壁には流行りの踊り子のポスターが飾られていた。

 布の旗一枚のアンプリファイドとは違うな、とアルゴンが呟く。


 声をかけた男の名をルースターといった。ざわつくロビーを見たルースターは、「ケビン、何かあったのか」と掲示板前の仲間を呼び止める。


「余所もんがうちのメンバーを引き抜こうとしててさ。デリックが追い返したよ」

「ほぉ。そんだけ俺らも有名になってきたってことか!」

「さあな。……その人たちは?」


 ルースターが説明すると、ケビンは「マジかよ、アンプリファイド?」と目を見開く。


「有名なギルドなんか? 人探ししてるから、馬を置かせてくれってさ」


 相変わらず不勉強なルースターにケビンは呆れ、「どうしてこんな田舎に」と三人を見る。

 マリアーナたちは目を見合わせ、こうなってしまったからには素直に白状しようと頷き合った。


 話を聞き終えたルースターが、「最低だなぁお前ら」とからかう。ケビンはふと、「そう言えばさっきの子、ハイドレンジアの角がどうとか言ってたような……」と先刻の騒ぎを思い返した。

 すかさずマリアーナが身を乗り出す。


「どんな奴だった!?」

「背はちっこくて、二つ結びの金髪の子だ」


 三人は「イニェンだ!」と口を揃えた。


 やはり彼女はハイドレンジアの討伐を諦めていない。

 しかし回復薬や魔石など、戦闘に必要な道具は三人の手元にある。イニェンの持ち物といえば、自身の武器と、討伐占有印を刻むための簡易的な呪文札のみ。一人ではどう考えても太刀打ちできる状況ではなく、ケビンの話を聞くに仲間集めも失敗に終わったようだが、それでも。


「あいつなら一人でも行きかねないぞ」


 アルゴンの一言を皮切りに、三人はハイドレンジアの住処へ急いだ。

 彼女を説得し、力づくでも依頼表を取り返さなければならなかった。成り行きを面白そうに聞いていたルースターは、「俺が森を案内してやろう」と三人に付き添った。


 人里離れた渓谷で彼らが目にしたのは、ただの肉塊と化したハイドレンジアだった。

 周囲の木々は焦げ、土はすえた臭いを放っている。炎の魔法を使った形跡が見て取れた。アルゴンが近くの木を指さし「先取(さきどり)だ!」と叫ぶ。

 薄暗い森の中で怪しい光を放つのは、まごうことなきアンプリファイドのギルド紋章だ。


「ありえない、イニェンが……」

「彼女は魔法を使えない、何者かが手を貸したんだ」


 エンハルトはハイドレンジアの頭に手を添え、丁寧に剥ぎ取られた角を見て渋い顔をした。

 予想外の展開に、妙な空気が流れる。


「てかさぁ」


 沈黙を破ったのはルースターだ。

 岩の上にあぐらをかき、三人の視線を集めたまま言葉を続ける。


「アンプリファイド、だっけ? お前ら帰れんの?」


 何が言いたいの、とマリアーナが睨む。


「お前らこれじゃあ、ただの裏切り者じゃん」


 拳を振りかぶったマリアーナの一撃を受け流し、ルースターは「おいおい、馬がどうなってもいいのか?」と低くすごむ。


「俺がお前らだったら、もうギルドには顔も出せねぇな。レッドサイレンスなら即破門だ。ま、有名な大手ギルドさんならこんな失態も許してもらえるのか」


 アルゴンはハイドレンジアにもたれかかり、俯いた。

 巨体の腹の辺りはまだ温かく、討伐から時間は経っていないように見える。イニェンが運よく仲間を見つけられたのだとしても、ここまで短時間で討伐を終えられるものか。

 本当はレッドサイレンスが裏で通じていて、イニェンに手を貸す代わりに依頼を横取りしたのではないか? そんなエンハルトの指摘を、ルースターは「こんなん倒せるような魔導士、うちにはいねぇよ」と鼻で笑う。


「で、帰れねぇって言うならさ。うちのメンバーになっちゃえよ」

「……は?」

「歓迎するぜ。こんなクエスト任されるってことは、お前ら腕は良いんだろ?」


 マリアーナはまんざらでもなさそうに、拳を収めて考え込む。ハイドレンジアの毛皮に顔を埋めたアルゴンは、「帰ったところで何もいいことはない」と諦めたように吐き捨てた。


 出発を見送ってくれた仲間たちの歓声は、じきに冷えた落胆へと変わるだろう。

 乙級クエストを任せられるまで積み上げた信頼も地位も、波にさらわれた砂の城のようにあっけなく崩れ去る。


 大木に刻まれた討伐占有印が、まるで彼女の勝利宣言のように、三人の前に突き付けられていた。




 *




 ルースターは、石拾いや草むしりのクエスト依頼書をめくりながら盛大なため息を吐いた。「話が違うじゃねーかよぉ」と睨みつけると、目の前の三人組は黙って視線を逸らす。


 彼らの話では、ニューセントラルは仕事で溢れており、黙っていても人と金の集まる夢のような街のはずだった。

 それなのに──仮拠点である裏通りの果物屋の二階を、いまだに抜け出せないでいるこの現状は何なのか。このままでは今晩の宿泊代も稼げず、今日からはベッドも暖炉もないこの箱の中で寝泊まりする羽目になる。マスターの命令でニューセントラル支部の設立に取り掛かったものの、現実は理想と程遠かった。


「ルースター、もうニューセイブに帰ろうぜ」

「んなダセェことできるかよ」

「待ってたってろくな依頼が来やしねえ」

「だから、こいつらを連れて来たんだろうが!」


 ルースターは、アルゴン、マリアーナ、エンハルトを指さし怒鳴った。隣の部屋から「あんたたち、うるさいよ!」と大家の声が飛んでくる。

 机に足を乗せたルースターの兄レオンは、煙草をふかしながらアルゴンに尋ねた。


「君ら、コネとか無いのかよ」

「何だそれ」

「依頼主と食事行ったり、なじみの店に営業かけたり。普通はあるだろ」

「興味無いな、冒険者は素材を集めるのが仕事だ」

「ほら……結局、魔物を狩るのが上手なだけだ。連れて来た意味がない」


 アルゴンは眉をぴくりと動かすが、何も言い返せない。


 元アンプリファイドという看板の力は偉大だった。あの日、アンプリファイドを裏切りレッドサイレンスに加入した三人を待っていたのは、マスター直々の歓迎の言葉である。

 その好待遇は報酬面にも現れた。三人には高ランク帯のクエストが優先的に回され、新入りながら精鋭メンバー級の扱いを受けた。下手すればアンプリファイドにいた頃より稼げる日すらあった。クエスト紹介料と称して報酬から多数の雑費を差し引くアンプリファイドと違い、レッドサイレンスは、そのほとんどを冒険者に還元しているのも魅力的である。


 正直、新天地は居心地が良かった。


 三人はもう、この街に近づきたくもなかったが、マスターの指示には逆らえない。

 アンプリファイドで経験を積んだ三人の協力があれば、ニューセントラル支部の立ち上げも上手くいくはずだ。マスターはそう信じ、強い期待を寄せている。成功すれば幹部へ昇格、そのまま支部を任され、大手を振ってニューセントラルを歩けるようになる日が来るかもしれない。


「あの子、来たわよ」


 仮拠点を出た三人は、姿を現した少女を見て声をひそめる。

 待ち合わせ場所である船の解体場には、骨だけになった難破船の残骸が無造作に積まれていた。マリアーナは腐った木材の上に腰かけ、波の音に耳を傾ける。


「ちょっと話があってさ」


 鋭い目をする元同僚に、ジャスミンは今にも泣きそうな表情で身をすくめた。



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