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レッドサイレンスー④◆


 騒動は大した進展もなく、あれからジャスミンは家にこもりきり、当然働ける状態ではなく、今朝は怒り狂った両親がギルドに乗り込んできたとジュハンセがぼやいた。久々の面倒事に、疲れ切ったため息が漏れる。

 鑑定所のバートンは、「ドラウトが入りたての頃を思い出すな」と苦笑した。


「最近はどこのギルドでもクエストの取り合いだ。アンプリファイドには昔なじみのツテがあるが、ここ数年で設立されたギルドはクエストを手に入れるのにも一苦労だろう」


 ジュハンセは鑑定カウンターにもたれかかり、バートンの机のクッキーをつまみ食いする。


「ギルドとは慣習の世界だ。依頼者たちは多少値が張っても、納期や品質の保証された大手ギルドに依頼する。冒険者(クエスター)たちは中抜きに文句を言いながらも、確実に仕事を得られる大手ギルドに集まる。我々だって好きでピンハネしてるわけじゃない。数々の連合、組合に支払う会費、ギルド環境の整備から商会のオヤジに贈る酒まで、業界での地位を保つための出費はいくらあっても足りない」


 最後の一枚を口に入れたジュハンセに、バートンは「おい、全部食う奴があるかよ」と呆れた。


「お待ちしてましたわ、クリスティアル様!」


 ロビーにサディーレイの声が響く。


「やぁサディーレイ、やらかしたんだって?」


 続けて耳に飛び込んだ来客の声に、ジュハンセは「ご無沙汰しております、クリスティアル局長」とにこやかに姿勢を正した。


「おー、ジュハンセ、この前の集会はなんで来なかった」

「決まった話かと思いまして」

「つまらん男だな、意見が欲しくて呼んだんじゃないぞ」

「ええ、ええ、次は必ず」


 モール商会のバッジをつけた男は、脱いだ上着をサディーレイに預けて我が物顔でロビーを進む。秘書の若い女も「チーフ、温かいワインをいただける?」と毛皮のコートをサディーレイに渡した。小枝のように細いヒールは、老朽化したロビーの床板を突き破りそうな鋭さだ。


「それで局長、今回は難儀してますのよ。相手がどこのギルド所属かも分からず……」


 顔色を伺いながらついてくるサディーレイに、男は歩みを止めることもなく「いいよいいよ、それよりこの前話した冷幻石(れいげんせき)の案件だが──」と、ロビー中に聞こえる声量で続ける。そのまま、当然のように応接室へ向かっていった。


 大股で歩く男の後ろ姿が遠のいたところで、ジュハンセは「つまりだ」と指を立てる。


「こういった面倒な根回しをするよりも、余所のギルドからクエストを奪った方が早いと考える人間は少なからずいる。今回の相手もそうなんだろう」


 バートンは、「クララ工房のクッキー、高かったのに……」と空になった皿を見つめてうなだれた。



 *



 地下の訓練場で、ラビアが「作戦会議よ」と手を叩いた。

 作戦会議とは、という顔のエラと、ひとまず話を合わせてくれ、という顔のペイルブルーの視線が交わる。


「そうだ、自己紹介がまだだったわね」


 張りのある声は、訓練場の石壁に跳ね返って澄み渡るようによく響いた。

 

 紫の巻き毛に大きなカチューシャが印象的な、ジュハンセ班のラビア。狩猟の経験があり、以前はニューセントラルの料理屋に獣や鳥の肉を卸すギルドにいたという。肉料理の美味しいお店が知りたければ聞いてね、とラビアは可愛らしくウインクした。


 隣は同じくジュハンセ班のペイルブルー。その名の通り、薄氷のような青色の髪を後ろで一つに束ねた無表情な男。自己紹介は名前だけで終わったが、今回の騒動での立ち振る舞いを見るに、元憲兵である過去を隠す気はない様子だ。今でも憲兵とのパイプがあるような素振りも見せており、エラにとっては警戒すべき要素をもった人物である。


「サディーレイ班のエラです。旅をしています」


 ラビアは「え、旅人なの?」とエラの手を握り返しながら言う。


「じゃあ、ここもすぐ辞めちゃうの?」

「あまり長くはいないかもね」

「ええ~、なんか寂しい」


 エラは微笑みを返し、握手をほどいたその瞬間に、魔術を探知する魔法《揺れる朔(ヌラ・セレーネ)》を発動する。

 何かを疑ったわけではない。目にゴミが入れば瞬きをするように、彼女にとってほとんど生理反射に近い防衛反応だった。


 放出した魔力の跳ね返りに、違和感を覚える。

 魔力の伝播(でんぱ)は音に似た性質を持ち、探知の原理はやまびこに例えられた。自分の声ではないやまびこが不自然なタイミングで返ってくるのは、見えない何かと交錯した揺るぎない証拠である。


「でも、乙級クエストをクリアできる人がそう簡単に辞めさせてもらえるかしら?」

「あれは運が良かっただけ」

「運だけで倒せる相手じゃないわ」


 ラビアと談笑する数秒の間に、エラは放出と感知を繰り返し、その障害物が髪の毛のように細い形状をした術であるのを掴んだ。

 《精霊(せいれい)(いと)》、盗聴の魔術だ。

 結論はすぐに出た。



 王宮を出入りしていた頃、ある騎士の男が教えてくれたことがある。

 この城には不思議な魔術が張り巡らされており、どこにいようと会話は筒抜けなのだ、と。


 そんなのを部外者の自分に話していいのかとエラは案じたが、「君に変な事を口走られては困るからな」と、男はこちらを見もせず言った。ひとつに縛った長い黒髪は、歩くたび馬の尻尾のように左へ右へと軽快に揺れた。


「俺たち魔導士は信頼されてないのさ」


 男は独り言のように呟いて、《精霊の糸》の探知法から無力化の手順に至るまでを、どこか得意気に教えてくれた。しかし下手に試すなよ、と最後に釘を刺す。


「これにはひと手間加えなきゃ、探知している事を逆に気づかれる」

「気づかれずに探知するには?」

「それは、どうぞご自分で検証なさってください。光の魔導士どの」


 からかうような敬称には、まだ出会ったばかりの男なりの距離感が滲んでいた。


 結局その後言われた通り、手あたり次第探知を繰り返すエラを見かねた別の騎士が、正しい探知方法を教えてくれた。「誰の《揺れる朔(ヌラ・セレーネ)》かと思えば、あなたが噂の子ね」と、その人は吹き抜けの階段から現れた。


 美しい人だった。王子ライナスの騎士だと名乗るその人を前に、エラは左胸に手をあて目上の”女性”を敬う仕草とともに姿勢を低くする。


「お目にかかれて光栄です。騎士とは男性しかなれぬものかと」

「私は男だから、間違っていないわ」


 エラは唾と一緒に気まずさを飲み込み、「それはとんだご無礼を……」と冷や汗を浮かべる。

 いつもの事だと、さして気にしていない様子の彼は「その探知は誰かに教えてもらったの?」と話題を変える。


「いえ……私が勝手に思い立ったものでございます」

「そう。あまり乱用しないように」


 魔導士は、エラが揺れる朔(ヌラ・セレーネ)を発動するたび、王宮警備官が気づかないよう密かに自分が細工をしていたと語る。ただあまりにも上達しないので、こうして発生源を探し回っていたところだと。

 彼は後に王子ライナスの元を離れ、王女エアリスの騎士長に、つまりはエラの面倒を見る立場になるのだが、それはまた先の話である。


 在りし日の平和な情景は、ラビアの「さ、座って座って」という声に遮られ、ふっと霧散した。


「よし、ここに蝋燭を置いて……」

「何をするんだ」

「置くだけよ。この方が秘密の会議っぽいでしょ?」


 三人は広い訓練場の隅で輪になり、中央ではラビアの用意した蝋燭の火が揺れる。


 この二人は知っているのだろうか。

 ギルドロビーにも、幹部の執務室にも盗聴の痕跡など無かったが、この訓練場にだけ狙いすましたかのように術が張られているのだ。

 誰かが状況を整え、二人はその指示でここにいる。

 そして今この瞬間も、別の場所で誰かがこの会話を聞いている。



=魔法解説=


精霊(せいれい)(いと)

 空間に透明な魔力糸を張り、振動を拾い上げる魔術。

 術者は離れた場所から会話や物音を感知できる。

 エーデルニア王国では、王宮全体にこの術が張り巡らされている。王族と一部の警備官のみが知る極秘事項とされているが、実際には騎士たちもその存在を把握しており、あえて気づかぬふりをすることが暗黙の了解となっている。



【ヌラ・セレーネ】

 その意味は『()れる(ついたち)』。

 目に見えない術を探し出す力を持つ。(ついたち)とは「新月」を指す。

 月の見えない夜も、そこには月があるのかもしれない。

 とある魔導士の妄想が、この魔法の発明へと繋がった。


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