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レッドサイレンスー①


 素材屋ギルド『アンプリファイド』の大広間は、ストーブの周りに集まる冒険者(クエスター)たちで今日も賑やかだった。

 ギルドの安全担当リリ・ピッチは、メガホンを持ってロビーを練り歩く。


「依頼書の紛失が増えています! うっかりミスを無くしましょう!」


 声を上げながら、冒険者たちに魔力回復用のキャンディを配って回った。

 ドアの鈴が鳴るたび、乾いた風がロビーに流れ込んだ。バーカウンターでは温かなスパスティーを求める人々が、硬貨を握って注文の順番を待っている。


「おーおー、人気だな」


 クエスト掲示板の前は、ひときわ背の高い新人冒険者を中心に女たちが集団をなす。

 英雄のペンダント回収の噂は瞬く間に広まり、誰もが自分のパーティに引き込もうと争奪戦を繰り広げた。


「エラちゃん、一緒にドルフィン渓谷に行かない?」

「エラは馬に乗れないからそんなに遠くはだめよ」

「クラムの洞窟なら歩いて行けるわ。一緒にどう?」


 数週間前、イニェンが突然連れてきた謎の新人は、目まぐるしく変わる会話の相手にも戸惑う様子は見せない。一人一人と律儀にやり取りする様子を、「あんなの無視すりゃいいのにな」と、遠巻きに見る誰かが言う。


「乙級のワルキューレを倒したらしい」

「ドラウトとフラウが付き添ったんだろ?」

「とどめはあいつだって噂だ」


 もう新人とは言えないなと、その内の一人が笑った。

 エーデルニアのワイトマリシア出身、炎の魔法に長けた、十七歳の女魔導士。

 またの名を炎のオズワート。ワルキューレをたった一撃の炎魔法で葬り去った彼女を、誰かがこう呼び始めた。


「ね、エラちゃん、クラムの洞窟までついて来てくれない? 私一人じゃ不安なの……」


 冒険者のジャスミンは小さく首を傾げ、両手で依頼書を胸に抱え込む。大げさに身を寄せ上目遣いする彼女は、エラが「そうなの? じゃあ」と答えれば、「きゃー! やったやった、行きましょ!」と声を一段高くした。


 炎の魔導士の腕に抱き着いて連れ立つ彼女に、集団は白けた視線を送る。軽やかなベルの音と共に二人の姿がなくなると、女たちは無言で目を見合わせ、心の声が通じ合ったかのように一笑した。


「私一人じゃ不安ナノ……」

「ぷっ。似てる似てる」

「あの靴、エリザベータ・ミューの新作じゃない? ほんとブランド物大好きよね」

「ママに買ってもらってるんでしょう」


 集団は散り散りになり、ロビーにはいつも通りの朝がやってくる。ただ一人、冒険者のロブは「俺が渡したクエスト……」といつまでも出口を見つめていた。


「洞窟に棲むケイブスケルトンの討伐、ジャスミンちゃんが欲しがったからあげたんだ。てっきり俺を誘ってくれるのかと……」


 友人のエルバは慰めるように肩を叩くが、どうせ見え見えの下心を彼女にも勘づかれたのだろうと苦笑いする。


「せっかく早起きして手に入れたのに……」


 エルバは自分で淹れたコーヒーを飲みながら、「昔はもっと簡単に稼げるクエストがあったけどなぁ」と一息つく。


「クエストが減ったよな。俺の知り合いのギルドなんか、掲示板がまっさらなんて日もあるらしい」

「ここは仕事があるだけまだマシか」

「そういうこった」


 二人は名残惜しそうにストーブから離れ、少しでも割の良いクエストを手に入れんと掲示板へ向かって行った。



 *



 作戦課オフィサーのジュハンセは、二人の手合わせを見て満足げに頷いた。隣では同じく作戦課でチーフを務める、サディーレイもその様子を見守る。


「ペイルブルー、ラビア、上出来だ」


 ペイルブルーという男の模擬刀が、ラビアという女の喉元に突き立てられたところでジュハンセが手を叩く。始終ペイルブルーが圧倒する展開にラビアは納得がいかないのか、「もう一回!」と本日三度目のセリフを吐いた。


「どうだ? 俺のチームでも特に腕利きの二人だ」

「……良い動きね」

「そうだろう。ラビアは元狩猟ギルド、ペイルブルーは公国軍の歩哨(ほしょう)だったのをスカウトしてきたんだ」


 ジュハンセは、ここ数年横ばい状態の売り上げに頭を悩ませていた。

 魔法・魔術の技の向上に伴い魔物狩りの敷居が下がると、人々が一般的な素材に高い報酬を払う必要はなくなった。素材屋が重宝されたのも今は昔、とあるギルドでは、独り身の男女にクエストを紹介する出会いの場を設けたり、クエストに可愛らしい女性冒険者を同行させるサービスを始める始末。歴の長さでブランド力のあるアンプリファイドも、何か手を打たねばとジュハンセは意気込んでいた。


「『光の魔導士』の噂は知ってるか?」

「ええ、もちろん」

「そんな奴が実在するのかすら疑わしいが、人々が不安がっているのは事実だ。俺は、これから身辺警護の需要が高まると見ている」


 静かに語るジュハンセの横で、起き上がったラビアが「もう一回!」と剣を構える。


「エーデルニア王国の貴族の間では、護衛の者を連れているのがステータスだそうだ。ビンセント公国でもそれが流行るかもしれんぞ?」

「警備なら専門のギルドがあるでしょう」

「用心棒の集団と違い、我々には狩猟や採集の知識がある。警護だけでなく、雇い主が欲しがる薬草やアクセサリーだって調達することができる。そこで傭兵ギルドと差をつけるんだ」


 剣の転がる音と共に、ラビアは「だめだぁ……」と大の字になった。

 一通り稽古を終えた二人は訓練場を後にした。残されたジュハンセは始終浮かない顔のサディーレイに、「あー、えっと、あまり良い案じゃなかったかな?」と言葉を選びながら尋ねた。

 はっと瞬きした彼女は、白髪交じりの頭を抱える。


「ごめんなさい。余裕がなくて」


 ジュハンセが、「この前のハイドレンジアの件、まだ引きずっているのか」と聞けばゆっくり頷いた。


「冒険者の失踪は、適性を見極められなかった私の責任よ。それでちょっと自信がなくなってるの……」

「おいおい、君がそんなに弱気だと調子が狂う」


 サディーレイは「今の私は何か言える立場にないわ」と弱々しく言う。


「どうしたんだ。鉄の女、サディーレイが」

「焦ってよく分からない魔導士を会員にしてしまって、副長には呆れられたし……」

「ワルキューレの討伐は上手くいったんだろう? 君の判断は間違ってなかったさ」


 真っ赤なリップを噛んだサディーレイは、吹っ切れたように顔を上げた。


「悪い流れがきてる。精霊の(エール)が足りないわ」


 そう言って、明日パワースポットでお祈りをする、仕事運が上がる水晶を探す、と呟きながら自分の世界に入ってしまう。


 彼女は腕も人望もある。ただ、この癖さえなければ……。

 目頭をつねるジュハンセは、騒がしい足音と共に舞い戻って来た部下の二人に気づいて顔を上げた。


「オフィサー、何やら問題が」


 ペイルブルーは階段の先を指さし、隣のラビアが「ロビーで赤ちゃんみたいに泣いてる子がいます」と付け加える。



 *



「ひっ、ひぐっ……怖かったぁっ……」


 ギルドロビーは騒然とし、人だかりの中央には真っ赤な顔で泣きはらすジャスミンがいた。ただ事ではない雰囲気に、無関係な者たちも仕事の手を止め目を向ける。

 背中をさすってなだめる友人たちは肩をすくめ、「急に泣き出したと思えば、ずっとこの調子で……」と途方に暮れる。

 サディーレイは、背後で立ち尽くすエラに「説明して」と歩み寄った。


「クラムの洞窟までケイブスケルトンの討伐に行きましたが、同じ素材を狙っていたと思われる集団と交戦し──」


 エラの言葉を遮って、一同が「交戦!?」と口々に聞き返す。


「怪我は?」


 ジュハンセの問いにエラが「ありません」と返せば、次はサディーレイが「討伐占有印は? 通報は? 相手の所属ギルドは聞いた?」とたたみかける。新入りは聞き慣れない単語に視線を泳がせ、延々とむせび泣くジャスミンを横目に、どこからも助け舟は出ないことを悟って正直に答えたのだった。


「何もしていません」


 サディーレイは頭を抱え「まずい」と一言。


「レニー、憲兵隊とモール商会に連絡して」


 レニータインは「討伐事故の書類、討伐事故の書類……」とカウンター内をリスのように走り回り、ペイルブルーは「手伝う。昔憲兵にいた」とペンを手に取る。ラビアは「あたしモール商会まで行ってくる」と、クエスト依頼表を持って飛び出した。


 憲兵隊。その一言に、エラの鼓動は浜辺に打ち上げられた魚のように激しく跳ねた。




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