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非能者の支配を生き抜いてー⑥◆


 日に日に濃くなるウィンチェスの隈を見て、これはいかんと思い立ったエンフィール。

 痒みも痛みと同じ立派な防衛反応の一つである。大きな痛みを薄く引き伸ばし、延々と味わわされているようなものだ。

 エンフィールの提案は、再び肩に同じ傷を作って一から治療をやり直そうというもの。セーライズよりかは治癒魔法の上手な自分であれば、不快な痒みも出ないだろうという算段だ。


 これまた連れてこられたニコレットは、リーダスの横でそわそわしている。エアリスの給仕となった身でも第二王子の命には逆らえず、「面白いものを見せてやるぞ」と口角を上げるリーダスの表情に、不安を煽られるばかりだった。


「《悠久の悪夢(メンタステイン)》」


 ウィンチェスの肩に手をそえたエンフィールが唱えると、手のひらが淡い光を帯びた。背後でマスケットを構える王子は、「なんだその呪文は」といぶかしげな顔をする。


「痛みを遮断する魔術です」

「はぁ~……辛いことからすぐに逃げる、臆病者の魔法使いらしいな」


 術を掛け終えた肩には一切の感覚がなくなった。

 銃口はまっすぐにウィンチェスを捕らえ、嬉々とするリーダスの指が引き金に触れた。

 愛しの部下のためならばと”傷つけ役”を名乗り出た王子は「これで治るといいな」と微笑み、迷いなく彼の”右脚”を撃ち抜いた。


「いってええっ……!」


 ニコレットは悲鳴を上げ、「ウィンチェス様っ!」と目に涙を浮かべる。エンフィールは即座に脚を治癒し、腹を抱えて笑う王子に「殿下! いい加減になさってください!」と呆れた声を張り上げた。

 傷は塞がれど、芝に飛び散った血にニコレットは恐れおののいた。


 なぜ、彼らは抵抗しないのだろうか。

 セレニカが『騎士はこの王宮で、この王国で一番魔力の強い方々』と教えてくれた。その気になれば非能者の王族など力でねじ伏せられるだろうに、支配される側を選ぶ理由が分からない。


「お前は持ち場に戻れ」


 銃を構えた王子にすごまれたニコレットは、王宮内を走ってはならない規則を守りつつも、逃げるようにその場を去った。






 療養棟に戻ると、朝のお清めを終えた先輩メイドたちが休憩を取っているところだった。

 朝から仕事を抜け出したことをニコレットが謝ると、「リーダス殿下のお呼び出しですもの、そちらも立派なお勤めですわ」とアナスタシアは気遣った。


 休憩と言えど、下げた皿の食べ残しをつまんでいた炊事場のメイドたちとはわけが違う。

 ここにはメイドのためのメイドがおり、ニコレットたちにお茶と軽食を用意する。村の教会よりも広い雅やかな一室で、「どうぞおかけください」と椅子を引かれたニコレットは、中庭での出来事とは別世界の光景に理解という行為を手放した。


 アナスタシアの他に、もう二人の専属メイドがいた。「改めてご挨拶しましょう」とアナスタシアが両手を合わせ、順番に自己紹介が始まる。


「アナスタシアです、エルノア女学院で経営を学びました。宝石屋を継ぐための修行としてここにおります」

「私はオリビア。アングレアから参りました。家が、本宮(こちら)に献上するお酒を扱ってますので──」

「ヴィクトリアです。父がセント・リリアの領主ですから、私も王室とは以前から──」


 使用人とは思えぬ華々しい経歴に、ニコレットは眩暈を覚える。最後に巡ってきた自分の番では、弱々しい声で山奥の暮らしを語った。

 いたたまれなさに縮こまっていると、アナスタシアが「まぁ、素晴らしい」と声を弾ませた。


「殿下が嫁がれるビンセント公国への、畜産業の輸出強化を見据えられての任命でしょう」

「それに、近年の食糧不足は王国の課題でもありますわ」

「私も学ばせていただきます」


 才色兼備の女たちは、「いえ、そんな……」とまごつくニコレットに温かな眼差しを送った。

 生まれて初めて口にしたダークベリーのパイは、王女の好物でもあるという。陽の射し込む窓辺の円卓で、王都の情勢や趣味の楽器の練習方法について語るメイドたちを前に、ニコレットはただ愛想笑いを浮かべ続けた。


 会話がひと段落つくと、時計を見たオリビアが「参りましょうか」と立ち上がる。次は何が始まるのかと不安げなニコレットに、アナスタシアは「勉強会よ」とささやいた。


「勉強?」

「今日は、歴史のハール先生がいらっしゃいます」

「ついていけるでしょうか……」

「殿下にお仕えする身として、私どもも賢くあらねばなりませんわ」


 いそいそと支度を進めるアナスタシアに、ニコレットはそれとなく中庭での出来事を話した。

 王子が銃でウィンチェスの脚を──そこまで言いかけた瞬間、アナスタシアが「お勉強、一緒に頑張りましょうか」と話を遮った。まるで最初から何も聞いていなかったような自然さに、彼女に手を添えられた背中がぞくりと(あわ)立った。


=魔法解説=


【メンタステイン】

 その意味は『悠久(ゆうきゅう)悪夢(あくむ)』。

 対象の触覚を遮断する。

 剣を握る感覚、地面を踏む感覚、風、温度──あらゆる感覚を奪われた者は、現実の中で現実を失う。

 痛みを取り除く護身用の魔法と誤解されがちだが、れっきとした攻撃魔法である。


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