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非能者の支配を生き抜いてー③


 支給されたメイド服は、ニコレットには小さすぎた。

 胸元のボタンを無理やり閉めていると、「さっさとしな、晩餐に間に合わないよ!」と扉の向こうから声が飛ぶ。

 どうせエプロンを着るのだ、ボタン一つくらい開けたままでも構わないか。適当に着替えを終えたニコレットが顔を出すと、年配のメイドは眉を吊り上げた。


「帽子が逆!」


 髪の毛ごとひっつかむ勢いでメイドキャップを被せ直す。


「まったく、光の魔導士のせいで使用人が大勢辞めたんだから、ちょっとは動ける子じゃないと──」


 新入りを引き連れ、廊下を早足に進みながらぶつぶつと小言を漏らした。

 厨房では大勢の女たちが、かまどを、流し場を、食器棚をせわしなく行き来している。「皿でも拭いてな」と布を投げ渡され慌てて先輩たちの輪に混ざれば、久々の新人に周囲は好奇の目を向けた。


「どこから来たの?」

「どうしてここに来たの?」


 ニコレットは村で起きたことを言っていいものか迷った。ここではウィンチェスは雲の上の存在で、自分のような身分が話しかけられるような相手ではなかったのだ。


「実は、その……ウィンチェス様に想いを寄せておりまして、ぜひ王宮で働かせて頂けないかと思いまして」


 使用人たちは顔を見合わせ、唇を小刻みに震わせる。

 あんたも馬鹿ねぇ、と誰かが言った。


「ウィンチェス様の奥様は中央第二商会の娘さんよ。知ってる? すごくお金持ちで美人なお嫁さん」


 ニコレットは「すみません、田舎者で」と頭をかく。

 しばし固まった後「結婚なさってるの!?」と表情を一変させた。


「うるさいわよ、新入り!」

「す、すみませんっ」


 そばで聞き耳を立てていた他のメイドたちも、笑いを堪えきれずにクスクスと肩を揺らす。


「本宮の王子様に仕えるエリート中のエリートが、独り身なわけないでしょう」

「あなたよっぽど純粋なのね」


 二人の使用人が、ニコレットの体重よりも重いジャガイモの木箱を力を合わせて運んでいる。ニコレットは手伝おうと駆け寄るも「触らないで」とたしなめられ、またも「すみません……っ」とか細い声で厨房を右往左往した。


「もう皿はいい。皮むきお願い」


 ナイフを渡されたニコレットは、イモの山の前で「この量をですか?」と目を丸くした。


「そう。ここでは一番たくさんイモの皮をむいた者が、素敵なメイドとしてウィンチェス様に認めてもらえるのよ」


 またも笑いが起きる中、ニコレットは「頑張ります!」と袖をまくる。


「いい子なのね」

「これから楽ができそうだわ」


 囁き合う使用人たちの中で、ただ一人「手伝うわ」と隣に腰を下ろした少女がいた。


「私、セレニカ」


 それだけ言うとさっそくイモを一つ手に取り、目にも止まらぬ速さでナイフを動かす。

 ニコレットも彼女の手元を盗み見ながら、必死に追いつこうとした。冷たい水で指先は真っ赤にかじかみ、ナイフを握るのさえおぼつかない。セレニカはそんな彼女に気づくも「じきに慣れるから」と、黙々と手を動かし続ける。


「よし、炎の魔法で温めながら──」


 しかしニコレットのその一言を聞いた瞬間、セレニカの手が止まった。


「だめ、魔法を使わないで」


 気迫に押されたニコレットは、「は、はい」と頷くことしかできなかった。

 ズキズキと痛む指先をこすり、故郷をふと思い出す。山の雪解け水に比べればなんてことないはずだったが、鉄のバケツに溜まったそれは今までに触れたどんな水より冷たく、体の芯まで凍ってしまいそうだった。


 その日、職務を終え案内された寝床はセレニカの相部屋だった。


「ウィンチェス様には美人でお金持ちの奥様がいらっしゃる……」


 始終そうやって落ち込んでいたニコレットも、セレニカと同じ部屋だと分かれば元気を取り戻した。「あなたと一緒で嬉しい!」と窮屈なメイド服を脱ぎ捨てる。


「服は廊下に出しておいて」


 言われるがままドアを少し開け、服を放り出したニコレットは、部屋の表札に『セレニカ・ウィートリィ/グリム・オズワート』の文字を見つける。


「そう、私のフルネームはセレニカ・ウィートリィ」


 では、グリム・オズワートは?

 セレニカは髪を梳かしながら「……その子は故郷に帰ったの」と静かに答える。


「へぇ。こんなに素敵なお城、私ならずっといたいわ」


 立派な寝具と美しい装飾のランタンに、ニコレットは胸を高鳴らせる。一日中厨房にいては実感が湧かなかったが、自分は本当にこの国一番のお城の使用人になったのだと、今すぐ村の仲間に自慢したいほどだ。


「表札は変えてもらわなきゃね」


 セレニカは指先に炎を生み、ベッド脇の蝋燭に火をともした。「あなたも魔法が使えたのね」とニコレットは驚く。

 セレニカは木のバケツに湯を溜め、髪を洗い始めた。

 ニコレットも彼女を真似て、顔についたかまどの煤を落とす。


「今は冬だから、浴場が使えるのは一ヶ月に一回。皆こうして部屋で体を綺麗にするの」


 魔法が使えない者は厨房の湯を汲んで持ち帰るか、術持ちの仲間に頼んで湯を生み出してもらうか。鼻に湯が入ったニコレットは咳き込みながら、当然の疑問を投げかけた。

 魔法を使えば仕事も楽なのに。


「ここではあまり、魔力があることを見せびらかさない方がいいわ。何かあった時に罰として魔力を抜かれちゃう」

「何かあった時って?」

「そうねぇ……」


 セレニカは髪を拭きながら考える。


 晩餐の魚に骨が入っていた。燭台の蝋燭の高さが揃っていない。机に水滴がついていた。

 理由は色々よ、とため息をつき立ち上がる。そして、ニコレットに“この王宮で生き抜く方法”を教え始めた。


「まず、カーテンを引く所作はこう。早すぎても遅すぎてもだめ」


 ニコレットも急いでバケツから顔を出し、濡れ髪を拭きながら真剣に頷く。

 城内の歩き方、返事の声の大きさ、花瓶の花の向き、大臣が好む風呂の湯の温度──。権力者の気にそぐわない事があった時、非能者のふりをしていれば辛い仕事を回されるだけで済む。それに加えて、術持ちなら魔力抜きという罰が待っている。


「魔力抜きはとても辛いって噂よ」


 しみじみと呟くセレニカに、ニコレットは控えめに問いかける。


「そのお仕置きは、ウィンチェス様に下して頂けるの?」


 一瞬の沈黙の後、セレニカは「……もう寝ましょうか」と蝋燭の火を吹き消した。



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