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非能者の支配を生き抜いてー①


 エーデルニア王国の騎士ウィンチェスは、山奥のとある村で目を覚ました。


「起きたか!」


 男の声に反応して顔を向けた瞬間、全身に激痛が走り低くうめく。「よせよせ、大人しくしてろ」と駆け寄った男は、ウィンチェスの体中に巻かれた布を取り替えようと、寝床のそばに腰を下ろした。


「ニコレット! 水を持ってこい」 

「はぁい」


 呼ばれた少女は部屋に入るなり、ベッドの上のウィンチェスを見て「まぁ、お目覚めに……!」と目を輝かせた。


「いやぁ、驚いたね。死んでてもおかしくない傷だった」


 男は慣れた手つきで包帯をほどき、血の染みたそれを水を張ったボウルに投げ入れる。

 されるがままのウィンチェスは、傷に癒着した布を剥がされる痛みに顔を歪めながら、冷静に状況を整理した。


 光の魔導士の兄妹が、レガノア村で発見された。

 十数名の魔道兵士を従えて村へ向かったウィンチェスは、彼らが通るであろうエリュシア街道へ進軍したが、途中で何者かに襲撃を受けた。

 金色の髪にサンドル・ツリー製の杖を持った男。襲撃者の彼こそが、リントブルム家の長男アントニーだった。


 ──妹は始末し、兄は生け捕りにせよ。


 命令通り、ウィンチェスはまず妹を探したが、状況は偵察兵の報告とは異なっていた。兄は妹を先に逃がし、自身は足止めのために待ち構えていたと思われた。アントニーは兵士らの攻撃をいなしながら、街道とは正反対の山奥へ逃げ込む。険しい山道に突き当たったところでウィンチェスらは馬を捨て、見張りを一人残し徒歩で追撃した。


 三日三晩にわたる激しい戦闘の末、放棄された山小屋までアントニーを追い詰めた。

 記憶はそこで途切れている。


「覚えてねえのかい。金髪の男が、あんたをここまで運んだんだ」


 ウィンチェスは気合いで起き上がり、「そいつは今どこにいる!」と声を張る。


「あんたを置いたらどっか行っちまったよ」

「他には……俺の他に、誰かいませんでしたか」


 男は首を振り、「残念だが」と静かに言う。

 そしてちょうど三日前、血まみれのウィンチェスを抱えてこの家に現れた、金髪の旅人の言葉を思い出した。


『この人は山奥で魔物に襲われていた。彼以外の仲間は死んでしまったようだ』


 傷だらけのウィンチェスを見た村人たちは、彼はもう長くないだろうと、埋葬のためにスコップで穴を掘り始めた。ただ一人ニコレットだけが看病を名乗り出て、父親を説得し家で面倒を見続けた。


「兄ちゃん、魔物に襲われてたんだってな」

「いえ、俺は……」

「仲間の事は悔しいだろうが、命があるだけ幸せだ。俺も最初は諦めてたが、あんたが目を覚まして嬉しかったよ」


 男は悲しげに目を伏せ、包帯を片づけながら言葉を続ける。


「昔、息子を……この子の兄を血繭病(けっけんびょう)で亡くしちまって、もし生きてりゃあんたと同じくらいだなんて思いながら──」


 ニコレットは困ったような笑顔で、「ちょっとお父さん、そういう話はいいの」とさえぎった。


「あなた、お名前は?」

「ウィンチェスと申します」


 ニコレットは嬉しそうに微笑み、少しばかり頬を赤くする。


「ウィンチェスさん、何か食べられそうですか?」

「……はい」

「鶏肉にしましょうか。ああでも、一週間寝ていたんだから、お野菜のスープがいいかしら」


 呟きながら部屋を出ていく少女の背を、ウィンチェスは上の空で見送った。

 恩人の昔話も食事のメニューも今は耳に入ってこなかった。


 つまり──部隊は自身を除き全滅。


 馬を任せていた兵士は無事だろうか。待ち続けているとは考えづらく、生きて王宮に戻っていると信じたかったが、それならとっくに増援が来ているはずだ。

 作戦失敗。孤立無援。

 これ以上ない最悪の状況に笑いがこみ上げ、「俺も旅に出ようかな……」と空虚な妄想で現実から逃れようとする。


 男が咳ばらいをし、「ところでさ」と声を潜めた。


「娘があんたを気に入った。年頃で気立ても良くて、働きもんだ」


 腕を組み、感慨深げに頷きながらウィンチェスの返答を待つ。「……今それどころじゃなくて」と言い放った彼に、「まぁそう言わず」と笑い、外で料理用の薪を運ぶ娘を見て目元のシワを濃くした。


「寝る間も惜しんであんたを看病したんだ。ちょっとくらい、話しかけてやってくんねえか?」


 ウィンチェスは深く息を吸い、それすらも痛みを伴い思わず咳き込んでしまう。

 ふと顔に手を当て、そこにいつもあったはずの”体の一部”が無いことに気がついた。


「え、メガネ?」


 男は、なんじゃそりゃ、と首を傾げる。


「探してください、お願いです、あれがないと俺は──」


 ウィンチェスは血気迫る表情で男に詰め寄るが、男は小さく「兄ちゃん、それは椅子だ」と呟いたのだった。




 それから数日も経てば、ウィンチェスは歩き回れる程度に回復した。


「ウィンチェス様!」


 切り株に腰かけ縄を編んでいたニコレットが、歩み寄る彼に気づいて立ち上がる。服についた縄くずをはたいて落とし、浮遊の魔法で足元に散らばる道具を片づけた。


「具合はいかがですか?」

「ええ、おかげさまで」


 ニコレットが「それは木です、私はこっちです」と返すと、ウィンチェスは何事もなかったかのように向き直る。


「親父さんには伝えましたが、俺は明日村を出ます。お世話になりました」

「そんな……」


 縄を握りしめ、ニコレットはうつむいた。だがすぐに顔を上げる。

 踵を返したウィンチェスの背中に、意を決して声をかけた。


「ウィンチェス様。私あなたのことを、一目見た時からお慕いしておりました」


 鶏の鳴き声が、のどかな村に響き渡る。


「わ、私も連れて行ってくださいませんか!」

「……親父さんを悲しませない方がいいと思いますが」

「いえ。父もそうしろと言っています」


 面倒なことになった。一瞬でそう悟ったウィンチェスは、まだ傷で痛む頭を必死に働かせ、何とかこの場を切り抜ける言葉を探す。


「俺が何者か、どこに行くかも知らずに?」


 ニコレットは首を横に振る。


「父とも話していたんですが……もしかしてウィンチェス様は、ワイトマリシアにある”王様のお城”から来た方ですか?」


 唇を結んだままのウィンチェスに、さらに問いかける。


「そのお洋服の紋章。お城のとても偉い人が付けるものだと、村の誰かが言っていて」


 ウィンチェスは観念し、「まぁそういう事です」と素直に答えたのだった。



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