ようこそアンプリファイドへー①
ワルキューレ討伐クエストをクリアし、素材も無事に持ち帰ったエラは正式な入会を認められた。
「てことで、合格おめでと!」
受付嬢のレニータインは満面の笑みで合格証を掲げる。
「これいる?」
「いや」
苦笑するエラに、レニータインは「なんでよー」と唇を尖らせた。
「うちバッジとか付けないから、記念になる物これしかないよ?」
「心にしまっとくよ」
「ホントにいらない? 捨てちゃうよ?」
横で聞いていたイニェンが、「こいつ家が無いから荷物になるのよ」と助け船を出す。レニータインは首をかしげ、入会手続きの書類には住所が書いてあったことを指摘した。
「え、あんたどこの住所書いたの?」
「マリさんの宿」
「宿屋を実家にしちゃ駄目でしょうが……」
「でも、家と呼べるのはそこしかない」
レニータインが「宿屋はダメだよぉ」と笑う。
「エーデルニアの実家の住所でいいじゃない」
「家は……燃えた。今は更地だ」
場の空気がピシリと固まり、イニェンははっとエラを横目に見た。
まさか、両親が亡くなったとはそういうことだったのか。以前の会話を思い出し、「ごめん、思い出させて……」と優しく背中を叩いた。レニータインも、事情が分からないながらも空気を読み「エラにょん……辛かったね……」と涙ぐむ。
新たな家が見つかるまでは、ギルド所在地を仮住所として登録することになった。色々と詮索される前に立ち去ろうとしたエラを、レニータインが呼び止める。
「エラにょん、新人ちゃんのための恒例行事があるんだけどね?」
恒例行事とは。エラは、不敵な笑みを浮かべる受付嬢に聞き返す。
もったいぶった間を置いて、レニータインは満面の笑みでビシっと指を立てた。
「そりゃ、ギルド案内しかないっしょ!」
*
エラは心の底から興味が無かったが、見学だけでも報酬が出ると聞いて話に乗ることにした。何より、案内係であるレニータインの笑顔があまりにも眩しく、親切心を無下にするのは躊躇われた。
「ウチはちょー大きいギルドだから、一日じゃ回り切れないよ?」
彼女の言う通り、このクエスト受注ロビーも、数ある施設のうちのたった一つに過ぎないという。「あれとあれとあれ、全部うちの建物ね」と、派手なネイルが窓の外を指さした。
「そういえば、杖失くしたんだって?」
「ええ」
「じゃ、まずは『装備課』行こ! 余ってる支給品貰えるかもよ」
レニータインは高いヒールをものともせず、勇ましい足取りで廊下を進んだ。
吹き抜けの階段を上り、警備員のボディチェックを受けて鉄の扉を押す。通路はキャットウォークに繋がっており、眼下に空間が広がった。魔法学校の体育館のようだ、とエラは思った。広々とした石の床の上では、人々が道具を運んだり、武器を振って動作確認のようなことをしている。
「来週も乙級クエストが決まったから、装備の点検中だね!」
騒音に負けじと、レニータインが声を張り上げる。『装備課』ではその名の通り、冒険者への支給品の管理や武器防具の修理を担っていた。
階下から、「レニー!」と叫ぶ声がする。
「来週の乙級は何曜なんだぁー?」
レニータインは手すりから身を乗り出し、「月曜~!」と叫び返す。ふくよかな体型の男は、「残業だぁ……」と言ってエプロンで顔の汗を拭いた。
「おっちゃん、新人の子が杖失くしちゃってさー! なんか余ってない~?」
男は「こんなのしかねえぞ」と陶器の壺を指さした。階段を下りたレニータインが、「これは」と苦笑する。
無造作に束ねられた予備の杖は、お世辞にも実戦で使えるような代物には見えなかったが、エラは「頂きます」とそのうちの一本を手に取った。
「そんなんでいいのか」
男も驚くが、今のエラにはタダで手に入ることが何より重要である。長さは以前の杖の半分、自身の腕よりも短いが、これはこれで扱いやすそうだと背中のホルスターに収めた。
試し撃ちしてく? というレニータインの言葉に甘え、次は『保安課』へ。
保安課の職場は各拠点に点在し、ギルドの安全管理を担っていた。訓練場の運営、冒険者に貸し出す馬の世話、クエストの難易度設定や危険区域の調査、他ギルドとのいざこざも表立って対応する。
二人は一度外に出て、訓練場のある棟まで歩いた。
入り口のロビーでは、月に一度の安全講習が行われていた。数十人の冒険者の中央では保安課の男が、魔物との戦い方だけでなく、現場で他ギルドと鉢合わせた際の対処法、憲兵への通報の仕方など語っていた。
話がひと段落つくと、レニータインが「イズてぃ、訓練場使っていいー?」と声を張る。
「今、演習中だ」
「隅っこちょっと借りるのもダメ?」
「現場のピッチ主任に聞いてくれ」
訓練場に続く石の階段からは、剣と剣のぶつかる音、魔法の発動音がすでに聞こえてくる。レニータインに連れられるがまま階段を下りると、音は徐々に大きくなった。
「主任~!」
メガホンを持った少女が振り向き、「レニー! また誰かやらかしたか!?」と椅子を飛び降りる。
「違いますよぉ。ちょっと場所借りていいですか?」
「いいぞ! それか、君たちも一緒にどうだ?」
男たちのつばぜり合いに混ざるかどうか尋ねられたエラは、「また今度」とやんわり断った。
休憩していた冒険者の一人に氷の的を生成してもらい、杖を構えて撃ち抜いた。
「どう?」
「良い感じ」
「よかった!」
的は想像以上に硬く、明らかに試し撃ちの範疇を越えていた。意地の悪い人はどこにでもいるのだなと、呆気にとられる男を尻目にエラは訓練場を去る。
杖に問題がなければ、いよいよ装備品登録ということで『総務課』へ。
屋根付きの渡り廊下を進むと、騒音と汗の臭いとは打って変わって静かな通路に出た。ほのかにコーヒーの香りが漂う空間で、受付の女が「あら、レニー」と顔を上げる。
「新人ちゃんの装備品登録させたいんだけど?」
「はーい」
女は手早く書類を取り出しペンを握る。
エラは言われた通り、机に杖を置いた。
「あ、前に使ってた杖は登録してないから、切り替えじゃなくて新規で」
「そうなの」
「あとコレ、装備課から貰ってきた予備品だから所有履歴見てほしくて」
「はいはい」
「魔力検査証っている?」
「予備品なら、後で照会しとく」
女はてきぱきと筆を走らせ、最後にエラにサインを求めた。
ぼうっとペンを手にしたエラは、本当の名前を書きかけ「あ」と短く呟く。
「どした」
「名前、間違えた」
レニータインは「なんで自分の名前書き間違うのー!?」と呆れ、受付は「次はしっかりね」と笑いながら書類を書き直す。
気を抜いてはいけないなと、エラは冷や汗を拭った。何度も繰り返してきた動作は、一朝一夕で直せるものではなかった。
「さて、杖を手に入れるついでに色々見学できたね!」
総務課を後にした二人は、中央棟の休憩所でコーヒー片手にくつろいだ。ちょうど昼時の今は各棟から様々な会員が集まり、休憩時間を思い思いに過ごしている。
エラは、大人の世界は奥が深い、と目を閉じる。
こうして見ていると、クエストで魔物を狩るという自分の仕事が、このギルドが抱える膨大な仕事のほんの一部分でしかないように感じた。魔力がどれだけ強かろうと、ここでは素材集めの作業員という立場でしかない。魔法の上手さだけを要求された学校とは何もかもが違った。
「まだ色々あるんだけど、最後はあそこかな~?」
レニータインは、「『輸送部』に行くよ!」と立ち上がった。




