英雄のペンダントー⑤ ※挿絵あり
結局明け方まで焚火の輪にいたエラは、少しでも寝ておけというフラウの気遣いを「起きれなくなりそうだから」と断り、帰りもドラウトが「寝たら振り落とすぞ」と言うので、気合で目を開け馬にしがみつき、一行は無事にアンプリファイドへ帰還したのだった。
「ドラウト隊が帰って来たぞー!」
見張りが叫ぶとロビーが沸き立ち、ドラウトとエラの二人を歓声で出迎える。
鑑定カウンターまでの道が自然と開き、ドラウトが英雄のペンダントを取り出すと拍手が湧き起こった。受け取った鑑定士のバートンは、「おお、本物だ、初めて見た!」と興奮を隠せない。
今か今かと帰りを待っていたイニェンは、人をかき分けてエラに駆け寄った。
「大丈夫だった?」
見上げた顔には薄黒いクマがあり、「大丈夫ではなさそうね」と苦笑いする。
「てかあんた、杖は?」
「失くしちゃった」
「失くしたって……」
エラは、軽くなった肩を少し寂しそうにさすった。
サブマスターの右腕と謎の新人という異様な組み合わせに、古参のギルド会員たちはいぶかしげな視線を送る。一人の男が「フラウさんはどこだ?」と、そこにいるはずのあと一人のパーティメンバーの姿が無いのを疑問に思った。
「副長のところじゃないか?」
「休む間もなく報告か」
もう一人の男が「フラウさんと仕事がしたいが、副長の元では御免だな」と笑う。
一つ大きな仕事を終えたドラウト隊を、素直に賞賛する者、次は我こそがと奮い立つ者、新人魔導士の詮索を始める者、大したことではないとけなす者、様々な思惑が入り混じった騒がしいロビーで、エラが「このあとはどうすれば」と尋ねた。
周りの声に一切無反応のドラウトは、受付カウンターで完了報告書に筆を走らせている。
「鑑定結果が出たら、君の上司であるサディーレイを通して報酬が支払われる。パーティはここで解散だ」
振り返ることもなく、背後のエラに淡々と答える。
「ドラウト補佐、この追加の食費は何でしょうか?」
「新人が宿屋で勝手に飲んだ茶だ」
事務とドラウトのやり取りが聞こえ、てっきりあれがサービスだと思っていたエラは気まずさに目を細める。
ありがとうございました、とその背中に告げる。「ああ」と、これまた短い一言が返ってきた。
──今日はもう帰って寝よう。
軽く首を鳴らして背を向けると、後ろで「オズワート」と名を呼ぶ声がする。
今度はきちんとこちらを向いたドラウトが、傷だらけの右手を差し出した。感謝や労いの言葉をかけるでもなく、愛想のなさも相変わらずだが、エラはその手を握り返し、二人は互いの健闘を称えるように真っすぐな視線を交わしたのだった。
*
深いクマを浮かべた不健康そうな目が、ぎろりとフラウを見据えた。
「……お前は童話作家でも目指しているのか?」
フラウの話を聞き終えたサブマスターの第一声である。「さっさと帰れ。あとはドラウトから聞く」と、一見すると冷徹な言葉は、彼女の容態を思いやってのことだ。
フラウは首を横に振り「体調は問題ありません。私の口から報告させてください」と、そこから動く素振りはない。
遠くでかすかに、船の入港を知らせるラッパが鳴った。賑わう港町から切り離されたように冷たく静まる執務室で、シークは「本当に魔力を失ったのか」と部下の痣を見た。
「エラの話では、折れた骨が繋がるのと同じように、魔力も徐々に戻るようです」
「どのくらいかかる」
「一ヶ月ほどだろうと。私が知恵の界面に晒された時間から、彼女が計算しました」
シークは低い声で、魔法の名前を繰り返し呟く。ドラウト同様彼にとっても、それは神話や伝承の域を出ない存在だった。
フラウは指先に小さな火をともして見せる。
「これが限界です」
そう言いつつ、ワルキューレ討伐直後には一切の魔法が使えなかったことを思えば、わずかながら回復はしている。少なくとも、時間で魔力が戻るという話は信用できそうだった。
それでもシークはうなり、「お前の魔力を吸収したのが、あの新人だとは考えないか?」と疑いの目を向ける。
これが本当に《知恵の界面》であるのか、見たことのない彼らには判断のしようがなく、全てエラのでっち上げだと言われればフラウは否定のしようがなかった。
「利用されたんだ。魔力を吸収されたのはお前だけで、あの新人は何とも無かったんだろう?」
「それはそうですが……」
彼女はそんな人間ではないと、情に訴えたところでこの男が納得するはずもない。言葉に詰まるフラウは、「次は気をつけろ」と続いた言葉に「次……?」と顔を上げる。
椅子に座るアンプリファイド随一の長身と、その前に立つ小柄な弓使いの視線は水平に交わった。困惑のフラウに、シークは「なんだ、お前をクビにすると思ったか? 今回のお前は被害者だろう」と声色一つ変えない。
「エラ・オズワート……いくら目的のためとは言え、仲間を犠牲にするのは私の理念に反する。他人の魔力を吸収したとは、他人の力に頼ったのと同義だ。実力は申し分ないが、警戒はしておこう」
シークはクエスト依頼書をつまみ上げ、依頼人の欄を見つめる。
──ビンセント公ベルドナト・ニューマンス。
かつてエーデルニア王国の属領にすぎなかったこの港町を、海上交易により力ある都市へと育て上げ、ついには王国からの独立を成し遂げたニューマンス家の次期当主。エーデルニアの王女、エアリス・ワイトマリー・エデルとの婚約も噂され、次代を担う若き権力者の名がそこには綴られている。
「ペンダントは眠る王女様への贈り物だそうだ。初っ端から名誉なクエストだな、あの新人は」
一掴み分の角砂糖をコーヒーに落とし、カップに口をつけたシークは、溶け切らない砂糖をザリザリと噛みながら満足げに目を閉じた。
*
二度目の乙級クリアの記念だと、イニェンはとんがり屋根の料理屋にエラを誘った。
どんなクエストだったのか、大きな後輩の話を聞く。いつもよりやけに生き生きと語るエラに、イニェンは「よっぽど楽しかったのね」と相槌を打った。
話が一段落つくと、エラが「実はさ」と切り出した。
エラは改めて打ち明けた。自分は流れの旅人で、ギルドというものをよく知らず、金が稼げるならとイニェンの話に乗ったが、この街に長居をするつもりはなかった。ワルキューレの報酬が入れば十分すぎるほど、旅立ちの準備は整うだろう。
「まぁ……そんなことだろうとは思ったけど」
予想外に落ち着いた様子のイニェンは、フォークを置いて椅子にもたれる。
「止めはしないわ。確かに最初は、私が紹介したからには長くいてほしいと思ってたけど……今は、あんたほどの実力者をこのギルドに縛っておくのは、何か違うんじゃないかとも思ってる」
素手でつまんだ木の実を口に放り、でも、と指を立てる。
「あんたがどこで何したいのかは知らないけどさ。馬には乗れないときついんじゃない?」
「そうかな」
「あんたただでさえデカいんだから、二人乗りも楽じゃないのよ」
確かにイニェンと出会った時、あまりの体格差に前に乗せては進むのもままならないと、後ろに乗ったはいいもののえらい目に遭った。ワルキューレ討伐のバルシュ村への移動では、自身より小柄なドラウトの前に乗り彼には迷惑もかけた。
引き留めるつもりはなく、あくまで純粋な心配であるとイニェンは言う。「それに、杖も買っといた方がいいでしょ」とエラの背中を見た。いつもそこに刺さっていた重厚な杖が無いとなると、やはりイニェンも寂しさを感じる。
エラは「杖はそこら辺で買うよ」とあまりこだわりは無さそうに、パンをスープにひたした。
「あとニューセントラルは魚が美味しいし、もうすぐ感謝祭だし」
魚? 感謝祭? パンを口に運ぶ手を止めたエラに、イニェンは「そうだ、感謝祭には一緒に行きましょうよ」と続ける。
「……約束はできないけど」
「楽しいわよ?」
イニェンは「旅人なら、その街を楽しんでかないとだめじゃない?」と、その日一番の笑顔を見せた。
『英雄のペンダント』 fin




