英雄のペンダントー③◆
降り注ぐ矢はとどまるところを知らない。
「どこのギルドだ? 依頼表はあるか?」
ドラウトの問いには、無慈悲な鉄の矢じりが返ってくるばかりだ。
この攻撃をいつまで耐えられるか。そう尋ねられたエラは「彼らが飽きるまで」と狩人たちを見て言う。
新人が無茶をしていると感じたドラウトは、「強がるな」と防御の交代を申し出る。
「ありがとうございます。ですが本当に大丈夫です」
「では、相手が諦めるまでこのままでいよう。我慢比べだ」
エラは杖を構え直し、土砂降りの中クエストを強行した割に、こういう時は冷静なのかと男の横顔を見た。
「彼らの目的もワルキューレだろうか。英雄のペンダントなんか、私たち以外に欲しがる者がいるとは思えないが」
隣ではフラウが、あれだけ無口なのは何だったのかと聞きたくなるほど普通に喋り出す。
「村の者が、この山は貴重な水源だと言っていた。狙いはそこかもしれん」
「確かに……だとしたら話し合いができそうだ」
二人は口元を片手で覆い、エラの防御膜の中で手短に言葉を交わす。
「我々は英雄のペンダントを手に入れる。あとは彼らの好きにさせよう」
フラウは頷き、弓を構え直して前を向く。
「聞いてくれ、我々はこの山の水などどうでもいい! ワルキューレを倒しに来たんだ!」
声を張り上げるドラウトに、集団は攻撃を止めてひそひそとざわめく。
どうやら見当通りのようで、リーダー格と思われる男が「水源が目的じゃないなら、ワルキューレを倒してどうするんだ?」と疑問を口にする。
ドラウトは、自分たちがニューセントラルという街の素材屋ギルドから来たこと、ワルキューレが持つ英雄のペンダントさえ手に入ればすぐに立ち去ることを説明する。
交渉は上手くいくかのように思えた。
しかしある一人が、エラの手首のミサンガを目ざとく見つけ「お前ら、バルシュ村の人間か!」と叫んだことで状況は悪化する。
「やはり雇われた者か!」
「水源は我々の物だ! 薄汚い賊どもが!」
「飢えと渇きで死ぬ苦しみを知れ!」
攻撃は再開し、矢はさらに勢いを増す。
ドラウトは「素晴らしいお守りだな」と、エラの手首を見て目を細めた。舌打ちと共に、パーティリーダーはもう考えるのが面倒になったのか強行突破を提案する。
「ここは俺が引き受ける。フラウ、新人、討伐は任せた。さっさと済ませて退散しよう」
二人は目を合わせて頷き、フラウは「私が道を探す。悪いが君に何かあってもそのまま行く」と防御膜を飛び出した。
「《共鳴》」
ドラウトが唱えた魔法により全ての矢が空中で止まり、剣を上に向けるとそれとリンクするかのように矢の先も天を向いた。フラウを追おうと駆け出したエラは足を止め、「殺すんですか」と振り向く。
「んなわけあるか」
ドラウトが腕に力を込めると、矢は灰色の雲に向かって一斉に飛び立った。
エラはほっと安堵し、「早く来い!」と声を上げるフラウの方へ走った。
大昔、嶽の森に開拓者がやってきた。
彼らは森の先住民を虐殺し、ワルキューレはその開拓者に家族を殺されながらも、命からがら逃れた少女が魔物になったという悲しい言い伝えがある。
真偽のほどは定かでないが、今まで何度かこの森に開拓団が入ったのは事実だった。その度にワルキューレの餌食となり、森の奥深くには彼らの遺骨が今でも残っているという。
エラは、昨晩村の酒場で聞いた伝承を思い出す。
嶽の森には、巨人が尻餅をついたような巨大なクレーターがある。緑が生い茂る中でぽっかりとへこんだ薄黒い円は、遠くからでも異様な存在感を放っていた。
「あれだ!」
フラウの声が、霧雨の中エラの耳に入った。
黒い丸が渦模様になり、灰色の霧をまとった巨大な女性の上半身が姿を現す。目だけが白く光り侵入者をとらえて離さない。ワルキューレの最初のターゲットは、フラウだった。
二人はクレーターの周りを走り、霧の鞭を避けながら攻撃魔法を叩き込む。エラの炎の渦が、顔と思われる部分に直撃すればワルキューレは大きく呻いた。
あともう二、三発と杖を振りかぶったエラは、後方に攻撃の気配を察知し守りの盾を召喚した。
矢は十層ある盾の一層目のみ貫いて砕け散る。「貴様ら、何者だ!」と怒鳴る男の声が、木の上から降ってきた。
「なんなんだ、もう!」
フラウは苛立ちの表情で、その男の肩に炎の矢を当てた。
木から転がり落ちた狩人の叫びが、森にこだまする。
「まさかドラウトが逃がしたか?」
先ほどのように数十人とはいかずとも、二人を取り囲んだ弓矢からは炎、氷、様々な属性の攻撃が降り注ぐ。こんな攻撃はなかったとエラが言えば、フラウは「ここにも潜んでいたのか……」と腰を落として木の上の影を睨んだ。
後ろにばかり集中している暇はない。
人間同士のいざこざなど知る由もないワルキューレは、最初の侵入者であるエラとフラウを漆黒の巨大なカーテンで飲み込もうとする。
「《勇尽くし友に捧ぐ焔》!」
フラウの矢が鋭い炎をまとい、頭上に覆いかぶさる闇に向けて放たれた。
彼女の背後を守っていたエラは盾を消し、杖で地面を一突きする。
「《定を視る友に示す焔》」
つむじ風に乗る枯れ葉のような炎が二人の周囲を渦巻き、ワルキューレの攻撃と狩人の矢の両方を打ち消して燃え上がる。炎の刃はそのままフラウの矢まで取り込み、相乗効果で全方位を貫く流星となり拡散した。
フラウは腕で顔を覆い、爆風で舞い上がる葉や小石から目を守る。
《オルヴァルヴィトネ》と《ヤルマルヴァレス》。
同時に発動すれば、互いの威力は極限まで高まり解き放たれる。珍しい手法を使う奴だと、フラウは彼女を見上げた。
「やっぱり誰かと力を合わせるのは気持ちがいい」
「……そうか?」
「旅に誘っても、誰もついて来てくれない。こういうのがやりたいのに」
「……」
何なんだ君は、という一言をフラウは飲み込んだ。
腕がある分、余計気味が悪い。
とんでもない人間と関わってしまったんじゃないか。フラウは一瞬にしてそう思った。
ワルキューレを取り巻く闇は激しく渦を巻き、不気味な地鳴りをともない始める。
悪寒が止まらない。
この感覚は魔物のオーラのせいだと思っていたが、それよりもさらに強い、負の感情がフラウの全身になだれ込む。そんな中、確かに聞こえた《おねえ……ちゃん……》という少女の声に、フラウははっと顔を上げた。
──おねえちゃん。
──こっちだよ。
──助けて。パパ、怪我してる。
フラウは確信する。
これはワルキューレの声に違いない。
《お姉ちゃん来て。パパが痛そうなの》
いたって冷静にその声を聴き、対話した。
パパはどこにいるの? フラウはワルキューレに問いかける。
《家の中。あとママも。怖い人たちが家に入ってきたの》
魔物の見せる幻覚には経験があった。しかしここまで鮮明に、景色や風の暖かさ、匂いまで感じ取ったのは初めてだった。
目の前には小川が流れ、木洩れ日が少女の頬を照らす。美しい森の中で、男たちの野蛮な叫び声と、木や草の燃える乾いた音がする。視界と音、まるで別々の演劇を見ているようだ。
《家に戻らないと。でも一人じゃ怖いの。おねえちゃんも一緒に来て、お願い》
フラウは答える。
そうね、一緒に戻りましょう。危ないから一緒に。
ワルキューレをなだめるよう語り掛けるフラウの目は笑っていない。
「ウ……フラウっ!」
冷静な新人の、珍しく余裕のない声が鼓膜を震わせる。
エラにも聞こえているのか。そう尋ねると新人は頷くが、声の内容はフラウのものとは異なるらしい。
「どうやら怒っているようですね」
「怒っている……?」
不気味ではあるが、怒っているようには感じられない。
彼女には一体何が聞こえているのか?
続く言葉は狩人の矢でかき消された。瞬時に防御魔法を唱え、ワルキューレと森の集団との挟み撃ちに対処するエラは「行ってきます」とまたわけの分からないことを言う。
「なんで、どこに」
「ワルキューレの中へ」
「ええっ?」
「飲み込まれる前に倒します。心配でしょうが、絶対についてこないで」
エラは全て任せろと言わんばかりに口角を上げ、人差し指と中指を揃えた左手を軽く振る。
「やめろ、落ちるぞ!」
そう叫ぶフラウに背を向け、新人は迷うことなく暗黒のモヤに溶け込んだ。
フラウは、背後の狩人の肢を狙って複数の矢を撃った。「次は頭だ!」と叫んだ声は届いただろうか、やや勢いの弱まった攻撃の合間を縫って、自身も黒い霧に飛び込んだ。
《ソノ、紐! そノ、模様!》
エラがワルキューレに近づくにつれ、少女の金切り声が耳をつんざく。
中心にはどこまでも続く深い穴が開いていた。エラが身に着けた霊器はバリバリと音を立てて弾け飛び、周囲に破片をまき散らす。何の力も持たないラズリウムの石のピアスだけが残り、闇に逆らう魔導士の両耳で輝きを放った。
《オマエの、せイデ! オマエらが皆ヲ、コロしタ……!》
エラは杖にミサンガを巻き付け、深淵の奥深くをえぐるように投げつける。
怒りと悲しみに我を忘れた少女の感情を表現したような、ドロドロとした数多の蜘蛛の巣には、おびただしい数の人骨が絡みついていた。蜘蛛の巣はミサンガを嫌がるように開き、最深部のコアを露出させる。そこに一点の赤い光を見つけたエラは躊躇なく飛び込んだ。
=魔法解説=
【レヴィス】
その意味は『共鳴』。
物と物の動きを連動させる魔法。
対象は魔力構造物ではなく、実体のある”物”でなければいけない。
【オルヴァルヴィトネ】
その意味は『勇尽くし友に捧ぐ焔』。
数十本の炎の矢を召喚し、複数の対象へいっせいに放つ。
周囲で【ヤルマルヴァレス】が発動している場合、矢は呼応し刃の威力を引き上げる。
弓の達人オルヴァルは、宿敵との決闘に挑んだ友の最期を見届けた。
友の言葉通り、故郷の王女の元へと友の亡骸を背負っていった。
【ヤルマルヴァレス】
その意味は『定を視る友に示す焔』。
草刈り鎌のように弧を描く炎の刃が、対象に斬りかかる。
周囲で【オルヴァルヴィトネ】が発動している場合、刃は呼応し矢の威力を引き上げる。
戦士ヤルマルは、友に勝利を誓い宿敵との決闘に挑んだ。
相討ちとなり死の間際、戦士は死しても愛する王女と共にありたいと願った。




