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英雄のペンダントー②


 翌日、シークの部下で魔導剣士のドラウトという男、同じく魔導士で弓を操るフラウという女、そしてエラを加えたワルキューレ討伐パーティは、昼下がりのアンプリファイドを出発した。ニューセントラルから南に進み、ノルルクィスト平野にほど近い『(がく)の森』が目的地であった。


 初日は近くの村で一泊し、討伐は翌日朝の計画だった。

 ドラウトの馬から下りたエラは、灰色の雲を見て明日の天気を案じる。宿屋の娘が持ってきた茶で体を温めながら、フラウと入り口の外で待っていると、間もなく戻ったドラウトが「二部屋取れた。お前とフラウは同室だ」と鍵を片手に言った。


「雲行きが怪しい。川沿いの林道は諦めよう」


 ドラウトの部屋に集まったパーティメンバーは、嶽の森の地図を囲んで作戦会議を始める。


「村人がキノコ狩りのために整備した道があるらしい。遠回りにはなるが、ここまで進めば傾斜のなだらかな丘に出る」


 ドラウトは淡々と地図をなぞる。「ここがワルキューレの住処だ」と最後に指を置いたのは、道や等高線すら書き込みのない空白の中心。そこは地図を描きたくても描けなかったであろう、すなわち人が立ち入るような場所ではないことを物語っていた。


 次はワルキューレの生態、攻撃方法や行動パターンを確認し合ったが、ドラウトは「こういうのはあまり意味がない」と早々にその話を切り上げた。フラウは始終無言だった。


 その後、部屋に戻って荷物を整理する間も、共同浴場で湯を浴びる間も一言も発さないフラウは、浴槽の中でエラが「明日はよろしくお願いします」と声をかけると、ようやく「ん」と短い返事をした。

 これまで声掛けはすべて無視をされるか、視線と頷きで返されただけだ。初めて聞いた意外にも可愛らしい声に、もしかしたら年下かもなどと考えながら、エラはのぼせる前に湯船を出た。


 翌朝、出撃の準備を整えた新人に、ドラウトは「だいぶ……重装備だな」と呟く。

 買い与えられた霊器を律儀に全て装備したエラは、「心配性な友人がおりまして」と凛々しい顔で答えた。


 ワルキューレの討伐に行く来訪者がいると聞いた村人が、出発前の三人に果物を用意していた。


「嶽の森はこの村の大事な水源だ。もう少し整備をしたいが、ワルキューレのせいで上流には近づけなくてな」


 そう語る老人の隣には小さな子供がおり、自分が編んだミサンガをお守りだと言ってエラの手首に巻いた。


 ドラウトが得た情報通り、川沿いの正規ルートとは別に、村人だけが知るキノコ狩り用の一本道があった。

 ところどころ、木の枝には目印となる紐が括りつけられており三人の探索者を導いていた。

 エラは手首のミサンガと、目印の紐が同じ編み方であることに気づくが、それを雑談のネタにできるほどこの二人とはまだ仲が良くない。


「標高は無いが、滑落には気をつけろ」


 予想通りの土砂降りの中、一行はぬかるむ地面を踏みしめながらいく。


 もう一日村に待機して雨雲が去るのを待つ手もあったが、ドラウトは、帰還が遅れて救助隊が動けば面倒だと予定通りの出撃を決めた。魔導士なら体を温める術があるとは言うものの、下着まで染み込む雨水に平気でいろというのは無茶な話だ。


 さすがに服が気持ち悪いと、三人は岩陰を見つけて休憩を取った。

 エラは一瞬で服を乾かし、風の魔法を知らないフラウを座らせて温かい風を当てる。ドラウトは村人が持たせてくれたスモモを皮ごとかじり、「悪かった」と一言。服ごと池に飛び込んだような状態のフラウが、何か言いたげに寄こした冷たい視線から逃れた。


「だって、救助隊は本当に面倒だろ。俺はこんな制度いらないと思ってる」


 ドラウトは、種を吐き出して空を見上げた。


 エラは短刀でスモモを切り、「食べませんか?」とフラウに差し出した。

 無言で受け取った彼女がゆっくりと、よく噛み締めて味わう様子を見たエラは、彼女がただ食べるのが遅いだけだとは知らず、よっぽどスモモが好きなのかと自分の分もわけて与えた。



 休憩後は小降りになり、濡れるのに変わりないが気分はいくぶんかマシだった。道はだんだん狭くけわしく、ある地点を境に荒れた林に辿り着く。ここから先が、昨夜見た地図の”空白の場所”だと、一行は確認し合うまでもなく理解した。


「フラウ、先取(さきどり)は?」

「見当たりません」


 ドラウトは魔法で、周囲の木に簡易的な文字とアンプリファイドのギルド証を刻む。


「ワルキューレは我々が討伐中だと知らせる印だ。クエストの難易度に関わらず、先取は必ず付けておけ」


 紋章の光は鼓動のように脈打ち、何人たりとも邪魔は許さぬと無言の圧をかけているようだった。




 三人は黙々と、落ち葉が積もる道なき道を進む。

 ふと先頭のドラウトが立ち止まり、一本の木に不可解な焦げ跡があるのを見て言った。


「……誰かがいる」


 最後尾を歩いていたフラウが、目にも止まらぬ速さで弓を構え矢を放つ。枝葉をかき分け飛んだ矢の先から魔物のうめき声がし、ドサリと地面に落ちた音がした。

 駆け寄ったフラウは、枯れ葉の絨毯の上でもがき苦しむ魔物を見て「スピアグリーブだ」と呟き、今度は心臓を狙ってとどめを刺す。


 普段は四本足で地面を這うアナグマのような見た目の魔物だが、危険を感じるとその鋭い爪で木を登る。幹の焦げ跡もこの天候にも関わらず乾いたままで、指で擦れば黒い(すす)が付いた。


 どういうことだと、考える余裕は与えられなかった。


 金属がこすれ合うような独特の発動音が響いたのと、エラが防御魔法を展開したのはほぼ同じタイミングだった。

 蛇のようにうねる炎の筋は透明な防御膜を叩き、白い煙となって消える。「動くな!」と叫んだのはドラウトではなく、木の上からこちらを見下ろす何者かだ。


 木が揺れ、落ち葉が舞い、またたく間に数十人はいるであろう謎の集団がドラウトたちを取り囲む。

 エラの防御膜の中で、背中合わせに武器を構えた三人はその多さに唾を飲んだ。


「お前たちも狙っているのか?」


 その一言とともに木の上の男が合図を出すと、集団はいっせいに弓を構えて三人に(やじり)を向ける。

 ドラウトは「山菜採りが迷い込んだわけではなさそうだ」と辺りを見渡し、まだ防御を続けるエラの背中に「切らすなよ」と声をかけた。



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