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英雄のペンダントー①


 某日、ビンセント公国。


 早朝のニューセントラルで、宿屋の女主人は開店の準備を始めた。

 『マリの宿』の看板を入り口に立て、冬に向けて乾いた葉を落とすブナの木を恨めしく見上げながら、軒下の箒を手に取った。掃けど集めど散る枯れ葉と格闘していると、朝の稽古を終えた一人の宿泊客が戻ってくる。


「私がやりますよ」


 エラは汗を拭いながら、マリの箒に手を伸ばした。

 掃除を終えると体を洗い、大きな杖と荷物を背負って仕事に出るのが、彼女の毎朝のルーティンだ。


「結構、明るい子なんですね」


 従業員で洗濯係のマジクが、シーツを干しながら言う。

 宿に来たばかりの彼女は、どこか儚く浮世離れしていた。今は良い意味で年相応だ。「無理してなきゃいいけどね」と、マリは温かい眼差しを送った。



 素材屋ギルド『アンプリファイド』への加入から早十日。

 シルーシェは名前を『エラ』と偽り、ギルドで旅費を稼いでいた。

 ただ、この街にもそろそろ別れを告げる頃だ。

 ハイドレンジア討伐の臨時収入もあり、旅立ちの準備はすでに整っている。目的地があるわけではないが、この国は、第二の住処にするにしてはエーデルニアから近すぎる。


 またイニェンに止められるだろうか。

 どう説得しようか考えながら、エラは朝の港町を行く。



 ギルドの扉を押したエラは、即座に威圧的なオーラに気づき顔を上げた。2メートルを越す長身はエラに微笑み返し、胸の前に持ってきた人差し指をちょいと曲げ”来い”の仕草をする。


「副長、久々にギルドに来たかと思えば、あの新人が目当てだったのか」

「あの人女らしいよ」

「エーデルニア出身の魔導士だって」


 周囲の冒険者たちのひそひそ声の中、エラは何が何だか分からないが、男の背中を追った。


「ワルキューレの討伐だ」


 サブマスターのシークの執務室は、文字通り机と椅子しかない質素な空間だった。

 話を聞き終えたエラは、彼の部下であるドラウトが淹れたコーヒーに口をつける。この魔物の落とす素材『英雄のペンダント』が大至急必要になり、シークは”噂の新人”エラをスカウトしたのだった。

 難易度はハイドレンジアと同じ”乙級”。

 ()(こう)(おつ)(へい)(てい)()。難易度には六段階あり、乙級からは救助隊が用意される危険度である。説明を受けるエラは、眠気と戦いながら頷く。


「それとこれは、お前のギルド入会テストも兼ねている」

「テストは受けましたが」


 シークは、「サディーレイに聞いたよ」と呆れたように笑った。


「悪いが、あれを入会テストだというのは馬鹿げている。サディーレイは注意しておいた」


 エラも思わず苦笑する。

 ただ、クエストを受けるかどうかは別だった。別にギルドへの入会を認めてもらわずとも、エラはじきにこの街を去るつもりである。むしろ入会しないほうが都合が良い。

 それを聞いたシークは「知らん」と吐き捨て、山のような角砂糖をコーヒーに溶かしてひと混ぜした。


「お前をパーティに組み込む前提でこっちは準備しているんだ。無理なら他の人間を連れてこい」


 エラは胸の中で汚い言葉を呟き、「分かりました、やります」と答えた。



 *



 エラを探すイニェンは、クエスト受付カウンターのレニータインに声をかけた。

 レニータインは巻き髪を長い爪でいじりながら、「多分、乙級クエストの勧誘だと思うよー」と間延びした声で答え、イニェンにクエスト完了証を返した。


「え゛? 何この査定額?」

「イニャぽんが行って帰ってくる間に、相場下がっちゃった」

「そんなのアリ~……?」


 汗水たらして収集した素材の価値が急落し、予定を大きく下回る報酬にイニェンは頭を抱える。

 レニータインが「お、噂をすれば」と呟いた。イニェンは、ロビーの人波を縫って現れたエラに気づいて顔を上げる。


「あんたどこ行ってたのよ」

「シークって人に呼ばれて」

「副長に? じゃあレニーの言う話、本当なの?」


 頷けば、イニェンは「すごいじゃない!」とエラの背中を勢いよく叩いた。エラは「いてっ」と小さくうなって笑う。

 やはり、彼女はすぐに声を掛けられた。イニェンは「こいつには素質があるって、私は気づいてたけどね」と感慨深げに腕を組む。


 レニータインは「エラにょん、霊器(れいき)とか持ってんの?」とテーブルに身を乗り出した。


「何それは」

「え……じゃあ聖銀製のアクセとか」

「持ってない」


 新人の返答に二人は顔を見合わせ、言葉にはせずとも通じ合った表情をした。


「エラ、そのクエストいつ?」

「明日」

「今から買いに行くわよ」

「無いと駄目?」

「逆に今までどうしてたのよ!」


 大型犬のリードを引っ張る飼い主に、レニータインは「領収書忘れずにね~」と声をかけたのだった。




 大陸の市場と名高い商売の国ビンセント公国でも、『ランタン買うのは宿屋と酒場、憲兵騙しの闇商人』という言葉がある通り、日没とは仕事の終わりを意味し、夜まで客を迎える店はない。急げ急げ、と早足に前を行く少女のツインテールは軽快に揺れ、強い向かい風に乗って舞い上がった毛先がエラの顔をくすぐった。


「イニェン、あの道具屋に行こう」

「……この前置き物買ったところ?」


 イニェンは渋りながらも、変な物は買わないという約束で提案を飲んだ。二つの長い影はニューセントラルの南西通りを進み、ウィンプル・ウィザリーのドアを押して入れば、金庫の金を清算中だった店員は面倒そうな顔をする。


「霊器ってのは、魔物の魔法攻撃を代わりに受けてくれる装備のことよ」


 棚を物色しながら「鎧は嫌だな」と渋るエラに、「指輪でもいいから、何かつけときなさい」とイニェンは早速ひとつを手に取った。


「ギルドで貸し出したりしてくれないの?」

「あんなの使い回されてとっくにボロボロよ」


 ネックレスにブレスレット、カチューシャにブローチと値札も見ずに次々拾い上げるイニェン。止める方法も、装備の必要性も分からないエラは「踊り子になっちゃいそうだ」と笑いながら見守った。


「あればあるだけいいの。マッチみたいなもんだと思いなさい」


 マッチ? と聞き返すエラに、「ああ……魔導士さんには一生縁がない物よ」と答え、イニェンは両手いっぱいの商品と共にカウンターへ向かった。


 二人の買いっぷりに表情を変えた店員は、サービスだと言い値札の数字から引き算を始める。これは誰が作ったのかと、値段や性能よりも作り手にこだわるエラが聞くと、店員は「あいつだ」と奥の部屋を指さした。

 床にあぐらをかいた若い女の手元では、ノミとカナヅチがリズミカルな音を立てている。魔導士ではなさそうだと、少しがっかりしたものの、あっという間に清算を終えたイニェンに押し付けられた色とりどりのアクセサリーを、受け取らないわけにはいかなかった。


「明日は気をつけていってらっしゃい」

「ありがと、イニェン」

「いいてことよ。さ、何か食べて帰りましょ」


 さっそく指輪をはめてみたエラは、特に何も感じないなと深緑の宝石を見て思った。



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