兄と妹はエリュシア街道へー④
ワイトマリシア地方にほど近い、アングレア地方の王宮にて。
ベロアのソファに腰かけた王女ローゼスは、無邪気に目を細める。
「私の星はどう?」
向かいに座る占星術師のクロワは、「あまりよろしくありません」と水晶を撫でた。
「あら……今はそういうことを聞きたくないのだけど」
「本日は赤いものをお召し上がりください」
王女は紅茶を一口含み、窓の外に目をやる。
「リヒトの戻りが遅いわ。彼の星はどう?」
「とても、輝いております」
「それならいいけれど」
王女は次に、騎士長ライブリーの星について尋ねた。
彼は魔術評会の後、エアリスの騎士ラプトルの処刑を阻止するため、ワイトマリシアの王宮に残してきた。
「ライブリー様の星はいつも黒いのです」
「それは悪いのかしら?」
「この世を去った方の色です」
「ふふ。幸薄そうな顔をしてるものねぇ」
王女は最後に、もう一人の騎士ゴルーサについて聞いた。
彼には、リントブルム家の”母”を助けるように指示をしている。
「ゴルーサ様は……まぁ!」
「なになに」
「今までにないほど輝いていらっしゃいますわ」
クロワは「何をやっても上手くいく予兆です」と穏やかに言った。
第三王女ローゼスは、魔術評会後すぐに動き出した。
義姉が目の前で惨殺される光景は衝撃的だったが、若き王女は即座に、『光の魔法が完成している』ことを察した。王女エアリスと光の魔導士の間に軋轢が生まれ、あのような結末になったのだろうと、そこまで見通していた。
「光の魔導士の星は分かるかしら?」
「申し訳ございません。お会いしたことのない方の星を視ようとすると、星に拒まれてしまうのです」
ローゼスは「それは残念」と呟き、ソファにもたれて目を閉じた。
光の魔導士は確実に力を持っている。
王族を始末し、家族と離れ離れになってまで守りたかった秘密があるのだ。
その”切り札”を、彼女はいつ使うのか。
分からないうちは敵対すべきではない。それに恩を売っておけば、いざという時にも自分だけは助かるだろう。
小さな王女は意外と小賢しかった。
そして何より、齢十六にしてアングレア地方を統治する領主として、恐ろしく現実的でもあった。
一方、アングレアの街中にて。
南の門で足止めされた二頭の馬と憲兵が言い争うのを、通行人はいぶかしげに眺めていた。
「通行証などいらんだろう、我々は急いでおるのだ」
先頭の男が声を上げるが、魔術評会の一件で警戒を強めている憲兵は聞く耳を持たない。
「馬を下りろ! こちらで話を聞かせてもらう!」
周囲を見回したカミーリアは、集まり始めた野次馬に渋い顔をする。
憲兵を睨みつけながら、ギルバートが馬を下りようと腰を上げたその時──。
「クランツ殿!」
人の波をたたき割りながら、全速力で駆けてくる一頭の馬がいた。
鞍の紋章を見るや、兵士たちは「ゴルーサ様、お戻りでしたか」と姿勢を正す。
「通せ。この方は、先の魔術評会にお越しいただいたクランツ家の当主であらせられる」
憲兵は慌てて「これは、とんだご無礼を」と道を開けた。
「クランツ殿、護衛の私を置いて行かれてはかないませんよ」
ほがらかに笑う男の馬が先を行き、困惑と疑念の色を浮かべたギルバートとカミーリアもそれに続く。
「ローゼス騎士隊のゴルーサと申します。先日は、誠に実りある手合わせをありがとうございました、火焔のリントブルム殿」
ゴルーサは自身の馬をギルバートの横につけ、旧友と再会したかのような笑みを見せた。
「ローゼス殿下より、リントブルム家の逃亡の幇助を仰せつかりました」
「なぜだ」
ゴルーサは「殿下のご真意は、我らには量りかねます」と首をすくめる。
ギルバートの背後で、カミーリアは右手を腰の短剣にそえて前行く二頭を凝視する。
殺気を感じたゴルーサは馬を止め、地に降りるとベルトごと剣を投げ捨て、両手を上げた。
「行ってください。私はここで、あなた方の姿が見えなくなるまで動かずにおります」
「国王は知っているのか」
「……答えられません」
「なぜ助ける。ローゼス王女は何を考えている。罠としか思えんぞ」
ゴルーサは淡々と答える。
「あなたのような大魔導士の目の前で、騎士が丸腰でいる意味をお察しください。私はただの駒で、命じられた通り動くのみ。──もっとも、私だって許されるなら、王室の尊厳を踏みにじったあなたとあなたの娘を地の果てまで追いかけ、この手で葬り去りたいと思っておりますよ」
カミーリアは剣を指三本分ほど抜き、ゴルーサを見下ろす。
「そこまで言えと、王女に命じられたか?」
ギルバートの鋭い目がいっそう吊り上がった。
ゴルーサは元の張り付けたような笑顔に戻り、「いえ、今のは私の即興です」とおどけながら、伝説の大魔導士を見上げた。
*
レガノア村で妹のメイザと別れてから一週間後。
アントニーは杖を下ろし、地面に横たわる騎士の男を見下ろしていた。
追っ手は思った通りのタイミングで来た。
『騎士』が来るだろうという予感も、的中した。
「ウィンチェス。お前、マジで変わんないな」
普段よりもやや砕けた口調で言い、気を失ったウィンチェスの身体を抱え上げる。
山道をしばらく歩き、小さな村を見つけたアントニーは適当な家の扉を叩いた。
出てきた住人は、血だらけの騎士の姿にぎょっとする。
「この人は山奥で魔物に襲われていました。彼以外の仲間は死んでしまったようです」
アントニーはウィンチェスの身体をどさりと地面に下ろし、ふと、思いついたように眼鏡を取り上げた。そして氷の魔法で粉々に砕き、ニヤリとほくそ笑む。
「ちょ、ちょっと兄ちゃん!」
「よろしくお願いしますね。では」
呆気にとられる住人に軽く手を振り、アントニーは踵を返す。
目的地は、『ジエルベルーテ』。
戦いを終えたリントブルム家の長男は、妹の無事を願いながら次の一歩を踏み出した。
『兄と妹はエリュシア街道へ』 fin




