大陸の市場『ビンセント公国』ー②
素材屋ギルド『アンプリファイド』は、仲間の帰還を今か今かと待っていた。
弓使いのアルゴン、武闘家のマリアーナ、剣士のエンハルト、そして同じく剣士のイニェンで構成された、ハイドレンジア討伐クエストの四人パーティである。
「あと三十分で戻らなければ出撃よ」
ギルドチーフのサディーレイは、焦りの混じった声で言う。
救助隊のメンバーは頷き、黙々と準備を進める。
「アルゴン隊、戻りました!」
緊迫のロビーに、監視の男の声が響いた。
「イニェン!」
「イニェンだ!」
「イニェンよ! 後ろの人、誰?」
冒険者たちが一斉に立ち上がる。イニェンと謎の女を乗せた馬は、からっ風の吹く晴天の下、『アンプリファイド』の文字が輝く鋼鉄の門をくぐった。
イニェンがハイドレンジアの角を掲げると、ロビーに拍手と歓声が沸き起こる。
「無事でよかったわ」
「チーフ! 心配かけました」
「……他の三人は?」
サディーレイは周りを見渡すが、戻ったのはイニェンだけだ。
イニェンは「あいつら逃げたんですよ!」と、顔を真っ赤にして憤った。
逃げた、の一言に広間は騒然とする。「ま、クエストがクリアできてよかったわ」と誇らしげなイニェンの隣には、灰緑色の髪の──。
「イニェンが男を連れてるだと……?」
「いや、女の人でしょ」
「俺よりデカいが」
「杖持ってるってことは魔導士か?」
視線を集める謎の魔導士は、「三回振り落とされた」と頬の傷をさすった。
「あなたが馬に乗れないのが悪いと思うけど!?」
「そうだよね」
「知ってたらのんきに食事なんかしなかったわよ!」
目の前で小競り合いを繰り広げる二人に、広間の面々は「……誰?」と首を捻ったのだった。
*
「──と、いうことで。私はハイドレンジアを討伐できたってワケ」
イニェンは満面の笑みで腕を組む。
ここはニューセイブよりも都会の街、公国の中心地『ニューセントラル』。
冒険者たちは「よく無事だったな」と、二人を囲んで安堵した。
「まさかアルゴンたちがクエストを放棄したとは」
「俺、尊敬してたんだけどなぁ……」
「ハイドレンジアを倒せる助っ人が見つかってよかったわねぇ」
イニェンは「日頃の行いね」と鼻を高くする。
「──それでね、エラは旅をしてたんだって」
静かに微笑むだけのエラに代わって、イニェンは彼女から聞いた身の上話を語る。
冒険者たちは物珍しそうにエラを取り囲んだ。
「へぇ、旅人さんなんだ」
「どこから来たの?」
「背たかーい」
「その杖、サンドル・ツリー製?」
その中で、ロブという男が口を開く。
「てか、大丈夫か? 部外者にクエスト手伝わせたってことだろ?」
イニェンは笑顔を引っ込め、「そこなのよね」と苦い顔でエラを見る。
彼女はにこやかなまま、浴びせられる質問をのらりくらりとかわしていた。
イニェンはサディーレイの執務室までエラを連れて行った。
ロブの言う通り、”部外者をパーティに加える”のは規則違反だ。
「リタイアすべき状況だったはず」
「はい……」
「危険な行為だったのは理解しているわね?」
「ハイ……」
サディーレイに詰められ、イニェンはしょんぼりと縮こまる。
「でも、全てあなたが悪いわけでもないわね。緊急事態ということで処罰を軽くできないか、総務課には相談してみるわ」
「チーフ……!」
イニェンは胸を撫で下ろし、エラの背中を軽く叩いた。
「それで……この人なんですが。私の紹介ってことで会員にしてあげられませんか」
ソファで足を組むサディーレイは、エラをじっと見つめる。
香水の強い匂いが漂う室内は、しばし静寂に包まれた。
部屋には水晶やタペストリー、民族衣装のようなネックレスが所狭しと飾られている。すべてサディーレイの趣味だ。
机の真ん中には、猫をかたどった置物が鎮座している。
振り子の尻尾が五往復したところで、サディーレイが「おいくつ?」と口を開いた。
「十七です」
真っ赤な口紅を塗った口が、一瞬固まる。
サディーレイは「ごめんなさい、そうは見えなくて」と取り繕った。
「出身は?」
「エーデルニアの、ワイトマリシア地方の田舎です」
「あら、ワイトマリシア……大変だったそうじゃない」
エラは目を細め、穏やかに聞き返した。
「何かあったんですか?」
「ご存じないの?」
「ええ、旅をしているもので」
エラは肩をすくめる。
イニェンも何のことだか分からず、机の新聞を広げた。
見出しには『エーデルニア王女重傷か? 王国は容体を公表せず』とある。
目を丸くして続きを読んだ。
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エーデルニア王国、第二王女エアリスが謎の魔導士に襲われた!
情報を提供したのは、王国貴族の関係者を名乗る人物である。事件は王都の公的な場で発生し、多数の目撃者がいたという。
目撃証言では、『金髪の女魔導士』が王女に炎の魔法を浴びせたとのこと。
犯人はその場から逃走。
現在も行方は分かっていない。
王国はこの件について公式発表を行っていないが、犯人は『光の魔導士』と名乗る、王女の知り合いであったという声も。
また公国政府関係者によれば、ビンセント公ベルドナト・ニューマンス閣下とエアリス王女の婚姻は、正式な合意を目前に控えていたという。
ビンセント公が、エーデルニア政府に説明を求める声明を発表するだろうとの見通しも。
両国関係の悪化は避けられないか──。
本紙は引き続き、この事件の真相を追う。
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「うへぇー。大変じゃない、あなたの国」
ハイドレンジアの討伐に行っている間、隣国でこんな事が起きていたとは。
「てか、光の魔導士って何よ。エーデルニアにはそんな魔法があるの?」
イニェンはエラの前に新聞を広げるが、彼女は興味を示さなかった。
「さて。イニェンの紹介と言えど、入会テストは受けてもらいますよ。得意な元素は?」
「炎です」
「では始めましょう」
イニェンは「え、今から?」と呟き、新聞から目を離す。
「そこに振り子がありますね。これを止めてみせて」
サディーレイは猫の置物を示し、「さぁ、どうぞ」とエラに視線を送った。
エラはおもむろに、指で振り子の尻尾を押さえた。
妙な沈黙と共に、世界一長い五秒間が過ぎた。
唇を結んで押し黙る敏腕チーフが、「……まぁいいでしょう」と息を吐く。
なんだかよく分からないが、合格らしい。
イニェンは新聞を放り投げ、「よかったじゃない!」とエラに抱き着いた。
自分の入会テストでは魔物を狩りに行かされたので、なぜこれだけで良いのかイニェンは本当に謎だったが、会員でなければ報酬も受け取れないため、サディーレイは情けをかけてくれたのだろう、と考えることにした。
ご機嫌のイニェンは、そのままエラを食事に誘った。
日が暮れてもなお、活気あふれるニューセントラルの通りを練り歩く。
なんだか慌ただしい一日だったな、と大きく伸びをする。
「どうよ? ニューセントラルは」
「海があるね」
「そりゃ、港町だし」
イニェンが吹き出すと、エラは「故郷に海は無かった」と呟く。
「大きい船が入ったみたいね。いつもより人が多いわ」
イニェンはエラの手を引き、酒場の脇の細い階段を上る。
魚は食べられるか? ハーブは好きか?
尋ねるとエラは頷いたので、とんがり屋根の料理屋に入った。
「食べる時くらいフード脱いだら?」
好物の鳥喰貝のソテーを食べながら、イニェンは言う。
エラは素直にフードを下ろした。
「……熱くないの?」
スプーンに息を吹きかけるイニェンの前で、エラは飲むように黙々とかきこんでいく。
不思議な人だ、とイニェンは思った。
「お父さんとお母さんは反対しなかったの?」
「何が?」
「旅に出ることよ」
エラは貝を頬張り、「どっちも死んだんだ」とあっさり言う。
「あ……ごめん」
「こちらこそ」
エラは微笑み、「これ、美味しいね」と話題を変えた。
「え……で、でしょ!? ここおすすめなの!」
「いいお店だね」
「他にも美味しいお店いっぱいあるから!」
イニェンはギルドの近くにある、サンドイッチ屋台の話を始める。
エラの旅の話を聞くつもりだったのに、気づけばこの街の自慢話ばかりしていた。
帰り道。
今日の宿はどうするのか尋ねれば、エラは「適当に探す」と辺りを見渡す。
「お金は大丈夫?」
「全然。ここって野宿できる場所ある?」
「……笑っていいの?」
「教えてくれたらね」
クエスト報酬は素材の鑑定が終わってからだ。
エラは「宿代が高すぎる」と愚痴をこぼす。なんと、ニューセイブの宿屋で一泊100ギルムも取られたらしい。
先ほどまで街を照らしていた月は雲に覆われ、雨の気配を漂わせる。
さすがに可哀想に思ったイニェンは、知り合いの宿屋を紹介することにした。
「部屋が空いてればいいけどなぁ」
歩くこと十五分、街を見下ろす丘の宿屋に到着した。
『マリの宿』と書かれた扉を押し、イニェンは「マリちゃーん」と声をかける。
「あいたたた……あらイニェンちゃん」
カウンター横にしゃがんでいたマリが、膝を押さえながら立ち上がった。
「この子、友達なの。部屋ある?」
「ちょうど一部屋空いてるよ」
マリはエラを一瞥し「名前は? 何泊だい?」と鍵を手に取る。
「エラです。一泊で」
「フルネームで頼むよ」
「エラ……オズワート、です」
「はい、エラ・オズワートさんね」
マリは帳簿にペンを走らせた。
「この子、ニューセイブでぼったくられたばっかなの。ちょっとオマケしてあげられない?」
机に肘をつくイニェンに、マリは「この子?」と聞き返す。
「こう見えて私より年下だから」
「あはは、冗談でしょう~」
笑いとともに、マリの貫禄のある腹が揺れる。
「じゃあ一泊、19ギルムね」
エラが、驚いているのが見て取れた。
常に薄っすらと浮かべている笑みは消え、瞬きを繰り返す様子が面白い。イニェンは「よかったじゃん」と彼女を肘でつついた。
「じゃあ、また明日。ちゃんとギルドに顔出すのよ」
私の紹介なんだから、と釘を刺して宿を出ると、エラが追いかけて来る。
「帰り、送るよ」
「すぐそこだから大丈夫」
「魔物が出たら」
「出ないわよこんな街で」
エラは「分かった」と言いつつも、なぜかこちらへ歩み寄り真正面に立った。
何よ、と言いかけた瞬間。
柔らかな感触が左頬に触れた。
「……あ゛ぁっ!?」
三秒ほど固まった後、自分でも驚くほど素っ頓狂な声が出た。
「何で!?」
「別れの挨拶を……」
「何でよ!?」
詰め寄ると、エラは一歩たじろぐ。怒らせたことだけは理解したらしく、小さく「ごめん」と呟いた。
「も、もう絶対しないでよ!?」
「本当にごめん」
「早く帰れ!」
夜の住宅街に声が響き渡る。近くの家の窓が開き、「どうした、事故かー?」と住人の心配そうな声が飛んできた。
「事件よ!!」
イニェンは叫び返し、そのまま逃げるように駆け出したのだった。




