表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

大陸の市場『ビンセント公国』ー②


 素材屋ギルド『アンプリファイド』は、仲間の帰還を今か今かと待っていた。

 弓使いのアルゴン、武闘家のマリアーナ、剣士のエンハルト、そして同じく剣士のイニェンで構成された、ハイドレンジア討伐クエストの四人パーティである。


「あと三十分で戻らなければ出撃よ」


 ギルドチーフのサディーレイは、焦りの混じった声で言う。

 救助隊のメンバーは頷き、黙々と準備を進める。


「アルゴン隊、戻りました!」


 緊迫のロビーに、監視の男の声が響いた。


「イニェン!」

「イニェンだ!」

「イニェンよ! 後ろの人、誰?」


 冒険者たちが一斉に立ち上がる。イニェンと謎の女を乗せた馬は、からっ風の吹く晴天の下、『アンプリファイド』の文字が輝く鋼鉄の門をくぐった。


 イニェンがハイドレンジアの角を掲げると、ロビーに拍手と歓声が沸き起こる。


「無事でよかったわ」

「チーフ! 心配かけました」

「……他の三人は?」


 サディーレイは周りを見渡すが、戻ったのはイニェンだけだ。

 イニェンは「あいつら逃げたんですよ!」と、顔を真っ赤にして憤った。


 逃げた、の一言に広間は騒然とする。「ま、クエストがクリアできてよかったわ」と誇らしげなイニェンの隣には、灰緑色の髪の──。


「イニェンが男を連れてるだと……?」

「いや、女の人でしょ」

「俺よりデカいが」

「杖持ってるってことは魔導士か?」


 視線を集める謎の魔導士は、「三回振り落とされた」と頬の傷をさすった。


「あなたが馬に乗れないのが悪いと思うけど!?」

「そうだよね」

「知ってたらのんきに食事なんかしなかったわよ!」


 目の前で小競り合いを繰り広げる二人に、広間の面々は「……誰?」と首を(ひね)ったのだった。




 *




「──と、いうことで。私はハイドレンジアを討伐できたってワケ」


 イニェンは満面の笑みで腕を組む。

 ここはニューセイブよりも都会の街、公国の中心地『ニューセントラル』。

 冒険者たちは「よく無事だったな」と、二人を囲んで安堵した。


「まさかアルゴンたちがクエストを放棄したとは」

「俺、尊敬してたんだけどなぁ……」

「ハイドレンジアを倒せる助っ人が見つかってよかったわねぇ」


 イニェンは「日頃の行いね」と鼻を高くする。

 

「──それでね、エラは旅をしてたんだって」


 静かに微笑むだけのエラに代わって、イニェンは彼女から聞いた身の上話を語る。

 冒険者たちは物珍しそうにエラを取り囲んだ。


「へぇ、旅人さんなんだ」

「どこから来たの?」

「背たかーい」

「その杖、サンドル・ツリー製?」


 その中で、ロブという男が口を開く。


「てか、大丈夫か? 部外者にクエスト手伝わせたってことだろ?」


 イニェンは笑顔を引っ込め、「そこなのよね」と苦い顔でエラを見る。

 彼女はにこやかなまま、浴びせられる質問をのらりくらりとかわしていた。




 イニェンはサディーレイの執務室までエラを連れて行った。

 ロブの言う通り、”部外者をパーティに加える”のは規則違反だ。


「リタイアすべき状況だったはず」

「はい……」

「危険な行為だったのは理解しているわね?」

「ハイ……」


 サディーレイに詰められ、イニェンはしょんぼりと縮こまる。


「でも、全てあなたが悪いわけでもないわね。緊急事態ということで処罰を軽くできないか、総務課には相談してみるわ」

「チーフ……!」


 イニェンは胸を撫で下ろし、エラの背中を軽く叩いた。


「それで……この人なんですが。私の紹介ってことで会員(メンバー)にしてあげられませんか」


 ソファで足を組むサディーレイは、エラをじっと見つめる。

 香水の強い匂いが漂う室内は、しばし静寂に包まれた。

 部屋には水晶やタペストリー、民族衣装のようなネックレスが所狭しと飾られている。すべてサディーレイの趣味だ。


 机の真ん中には、猫をかたどった置物が鎮座している。

 振り子の尻尾が五往復したところで、サディーレイが「おいくつ?」と口を開いた。


「十七です」


 真っ赤な口紅を塗った口が、一瞬固まる。

 サディーレイは「ごめんなさい、そうは見えなくて」と取り繕った。


「出身は?」

「エーデルニアの、ワイトマリシア地方の田舎です」

「あら、ワイトマリシア……大変だったそうじゃない」


 エラは目を細め、穏やかに聞き返した。


「何かあったんですか?」

「ご存じないの?」

「ええ、旅をしているもので」


 エラは肩をすくめる。

 イニェンも何のことだか分からず、机の新聞を広げた。

 見出しには『エーデルニア王女重傷か? 王国は容体を公表せず』とある。

 目を丸くして続きを読んだ。


 ==========

 エーデルニア王国、第二王女エアリスが謎の魔導士に襲われた!


 情報を提供したのは、王国貴族の関係者を名乗る人物である。事件は王都の公的な場で発生し、多数の目撃者がいたという。

 目撃証言では、『金髪の女魔導士』が王女に炎の魔法を浴びせたとのこと。

 犯人はその場から逃走。

 現在も行方は分かっていない。


 王国はこの件について公式発表を行っていないが、犯人は『光の魔導士』と名乗る、王女の知り合いであったという声も。


 また公国政府関係者によれば、ビンセント公ベルドナト・ニューマンス閣下とエアリス王女の婚姻は、正式な合意を目前に控えていたという。

 ビンセント公が、エーデルニア政府に説明を求める声明を発表するだろうとの見通しも。

 両国関係の悪化は避けられないか──。

 本紙は引き続き、この事件の真相を追う。

 ==========


「うへぇー。大変じゃない、あなたの国」


 ハイドレンジアの討伐に行っている間、隣国でこんな事が起きていたとは。


「てか、光の魔導士って何よ。エーデルニアにはそんな魔法があるの?」


 イニェンはエラの前に新聞を広げるが、彼女は興味を示さなかった。


「さて。イニェンの紹介と言えど、入会テストは受けてもらいますよ。得意な元素は?」

「炎です」

「では始めましょう」


 イニェンは「え、今から?」と呟き、新聞から目を離す。


「そこに振り子がありますね。これを止めてみせて」


 サディーレイは猫の置物を示し、「さぁ、どうぞ」とエラに視線を送った。

 エラはおもむろに、指で振り子の尻尾を押さえた。


 妙な沈黙と共に、世界一長い五秒間が過ぎた。

 唇を結んで押し黙る敏腕チーフが、「……まぁいいでしょう」と息を吐く。


 なんだかよく分からないが、合格らしい。

 イニェンは新聞を放り投げ、「よかったじゃない!」とエラに抱き着いた。

 自分の入会テストでは魔物を狩りに行かされたので、なぜこれだけで良いのかイニェンは本当に謎だったが、会員でなければ報酬も受け取れないため、サディーレイは情けをかけてくれたのだろう、と考えることにした。




 ご機嫌のイニェンは、そのままエラを食事に誘った。

 日が暮れてもなお、活気あふれるニューセントラルの通りを練り歩く。

 なんだか慌ただしい一日だったな、と大きく伸びをする。


「どうよ? ニューセントラルは」

「海があるね」

「そりゃ、港町だし」


 イニェンが吹き出すと、エラは「故郷に海は無かった」と呟く。


「大きい船が入ったみたいね。いつもより人が多いわ」


 イニェンはエラの手を引き、酒場の脇の細い階段を上る。

 魚は食べられるか? ハーブは好きか?

 尋ねるとエラは頷いたので、とんがり屋根の料理屋に入った。


「食べる時くらいフード脱いだら?」


 好物の鳥喰貝のソテーを食べながら、イニェンは言う。

 エラは素直にフードを下ろした。


「……熱くないの?」


 スプーンに息を吹きかけるイニェンの前で、エラは飲むように黙々とかきこんでいく。

 不思議な人だ、とイニェンは思った。


「お父さんとお母さんは反対しなかったの?」

「何が?」

「旅に出ることよ」


 エラは貝を頬張り、「どっちも死んだんだ」とあっさり言う。


「あ……ごめん」

「こちらこそ」


 エラは微笑み、「これ、美味しいね」と話題を変えた。


「え……で、でしょ!? ここおすすめなの!」

「いいお店だね」

「他にも美味しいお店いっぱいあるから!」


 イニェンはギルドの近くにある、サンドイッチ屋台の話を始める。

 エラの旅の話を聞くつもりだったのに、気づけばこの街の自慢話ばかりしていた。


 帰り道。

 今日の宿はどうするのか尋ねれば、エラは「適当に探す」と辺りを見渡す。


「お金は大丈夫?」

「全然。ここって野宿できる場所ある?」

「……笑っていいの?」

「教えてくれたらね」


 クエスト報酬は素材の鑑定が終わってからだ。

 エラは「宿代が高すぎる」と愚痴をこぼす。なんと、ニューセイブの宿屋で一泊100ギルムも取られたらしい。


 先ほどまで街を照らしていた月は雲に覆われ、雨の気配を漂わせる。

 さすがに可哀想に思ったイニェンは、知り合いの宿屋を紹介することにした。


「部屋が空いてればいいけどなぁ」


 歩くこと十五分、街を見下ろす丘の宿屋に到着した。

 『マリの宿』と書かれた扉を押し、イニェンは「マリちゃーん」と声をかける。


「あいたたた……あらイニェンちゃん」


 カウンター横にしゃがんでいたマリが、膝を押さえながら立ち上がった。


「この子、友達なの。部屋ある?」

「ちょうど一部屋空いてるよ」


 マリはエラを一瞥(いちべつ)し「名前は? 何泊だい?」と鍵を手に取る。


「エラです。一泊で」

「フルネームで頼むよ」

「エラ……オズワート、です」

「はい、エラ・オズワートさんね」


 マリは帳簿にペンを走らせた。


「この子、ニューセイブでぼったくられたばっかなの。ちょっとオマケしてあげられない?」


 机に肘をつくイニェンに、マリは「この子?」と聞き返す。


「こう見えて私より年下だから」

「あはは、冗談でしょう~」


 笑いとともに、マリの貫禄のある腹が揺れる。


「じゃあ一泊、19ギルムね」


 エラが、驚いているのが見て取れた。

 常に薄っすらと浮かべている笑みは消え、瞬きを繰り返す様子が面白い。イニェンは「よかったじゃん」と彼女を肘でつついた。


「じゃあ、また明日。ちゃんとギルドに顔出すのよ」


 私の紹介なんだから、と釘を刺して宿を出ると、エラが追いかけて来る。


「帰り、送るよ」

「すぐそこだから大丈夫」

「魔物が出たら」

「出ないわよこんな街で」


 エラは「分かった」と言いつつも、なぜかこちらへ歩み寄り真正面に立った。

 何よ、と言いかけた瞬間。

 柔らかな感触が左頬に触れた。


「……あ゛ぁっ!?」


 三秒ほど固まった後、自分でも驚くほど素っ頓狂な声が出た。


「何で!?」

「別れの挨拶を……」

「何でよ!?」


 詰め寄ると、エラは一歩たじろぐ。怒らせたことだけは理解したらしく、小さく「ごめん」と呟いた。


「も、もう絶対しないでよ!?」

「本当にごめん」

「早く帰れ!」


 夜の住宅街に声が響き渡る。近くの家の窓が開き、「どうした、事故かー?」と住人の心配そうな声が飛んできた。


「事件よ!!」 


 イニェンは叫び返し、そのまま逃げるように駆け出したのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ