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二人の騎士の行く末は

 

 エーデルニア王国。

 ワイトマリシア地方の王宮にて。

 第二王子リーダスの騎士、エンフィールは、王宮を揺るがした一大事の後始末に奔走(ほんそう)していた。


 第二王女エアリスは一命を取り留めた。

 が、呼びかけへの反応はなく、いまだ昏睡状態にある。

 加えて騎士のフレイゾンも、王宮の外で瀕死の状態だったのを救助されたが、こちらも意識は戻らない。

 王国は、光の魔導士の追跡を急いだ。


 城内に張り巡らされた盗聴の術は、光の魔導士に無効化されていた。

 元王室魔導士の父からその存在を知らされており、王宮を何度も出入りする中で解読したと考えられた。

 これにより、彼女が王宮内でどんな動きを取ったか、誰と何をやり取りしたか、肝心の足取りが掴めないでいる。

 王宮内に協力者がいる可能性もあり、警備官たちは盗聴術の早急な改良を余儀なくされた。


 そんな中、とある使用人が、光の魔導士の最後を知る重要人物となった。

 彼女は長年王室に仕えるベテランで、若い使用人からは母のように慕われていた。


 メイド長は尋問官の前で汗を浮かべ、


「わ、私が見ましたのは、光の魔導士に勇敢にも掴みかかって、行かせまいとするグリムの姿でした。彼女の胸を槍のような炎が貫いたかと思えば、魔導士はもうそこには──」


 と、ここまで語ると気を失った。

 医師が「これ以上の取り調べは無理でしょう」と席を立つ。

 彼女はあの日以降、職務中に突如泣き出したり、奇声を上げたりと情緒不安定な状態が続き、病棟で療養の最中である。


「変な奴とつるんでいるな、とは思っていたよ」


 地下牢へ続く螺旋(らせん)階段に、エンフィールの声が反響する。

 王女エアリスが怪しい研究を始めたと、主のリーダスに報告したのが二年前のこと。

 嫁入り前の思い出作りだろうと、王子はまともに取り合わなかったが。


「もっと早く介入すべきでしたねぇ」


 隣を歩く部下のウィンチェスが、眠たげな声で言う。


「それにしても……我々騎士隊に一人の死者も出なかったのは、奇跡と言うべきか、由々しき事態と言うべきか」

「フレイゾン君は死にかけましたが」

「あいつはしつこく追いかけて自爆しただけだ」


 エンフィールは一笑した。


 最下層の入り口を警備する兵が、二人の来訪に扉の鍵を開ける。

 エンフィールは朽ちた机に手燭(てしょく)を置いて、壁にもたれた。


「よ、ラプトル」


 声をかければ、男は牢の壁を見つめたまま「……殿下は」と問うた。


「王女を守れなかった君が、気にする事じゃない」


 その言葉に、氷色の瞳がわずかにこちらを向く。


 この度の護衛失態、責任は誰が負うべきか。

 エアリス騎士隊、騎士長グレン・ラプトルの処刑執行に、反対の声は上がらなかった。


「……残念だよ」


 エンフィールは本心からそう言った。


「なぁラプトル。処刑前に聞いておきたいことがある。本当は光の魔法などでたらめで、君はその女魔導士と結託し、エーデルニアの転覆を目論(もくろ)んでいたんじゃないか? どうだ?」


 ラプトルは何も答えない。


「ほら……呆れてますよ」


 ウィンチェスが助け船を出すが、エンフィールは「俺は勘が鋭いんだ」と聞く耳を持たない。


「まぁ、今は光の魔法などどうでもいい。遠路はるばる呼びつけられて殺し合いを見せられた、貴族たちの機嫌取りが最優先だ。エアリス殿下とその騎士長が死んだとあれば、少しは同情も誘えるだろう」


 エンフィールの真横を、一閃の電撃が走る。


「なんで俺だよ──ッ」


 壁に叩きつけられたウィンチェスが呻き声を上げた。

 立ち上がったラプトルは、エンフィールを睨みつける。


「殿下は死なない」

「だが、君は死ぬ。明日は”魔力抜き”だ」


 エンフィールは冷たく言い放った。

 拘束を解かれたウィンチェスは、ずれた眼鏡をかけ直す。

 大きな音がしましたが、と様子を見に来た門番をあしらい、二人は鬱屈とした地下牢を後にした。


 ラプトルは、押し潰されたように座り込む。

 足を組んで肘をつき、またじっと壁を見つめる。

 考える事は、ただ一つ。


 絶対に、殺す。

 あの時突っ立っていた、部下のフレイゾン。

 魔力抜きだろうと何だろうと耐え抜いて、あいつだけは殺す。

 怒りで身体は小刻みに震え、唇の端が、ゆっくりと持ち上がった。




 *




 カーテンの隙間から差し込む夕日が、フレイゾンのまぶたを照らす。

 眩しさから逃れるように身をよじると、傍らで綿を洗っていた使用人が息を呑んだ。バタバタと遠のく足音が、何者かを部屋に招き入れる気配がした。


「ま、お前は死なんよな」


 愉快そうな声の主は、第三王女ローゼスの騎士長、ライブリーだった。

 彼に目配せされた使用人が、部屋を去る。

 二人きりの物々しい空気の中、ライブリーは煙草に火をつけた。呻きながら起き上がるフレイゾンを横目に、深く煙を吐く。


「エアリス殿下は……」

「息はある。お前の上司が頑張ったおかげだな」

「そうだ、ラプトルは……!?」


 身を乗り出したフレイゾンは、全身を走る痛みに顔を歪める。

 ライブリーは少し間を置いて、銀のボウルに吸い殻を落とした。


「処刑が決まった。魔力抜きも行われる」

「そんな、急に──」

「自分が何日眠りこけてたと思ってる」


 人差し指を立てたライブリーは、「一日……?」と答えたフレイゾンに、「一週間だ、馬鹿野郎」と吐き捨てた。


 ライブリーは淡々と、リントブルム家のその後を語る。


 ワイトマリシア魔法学校に通う三女メイザは、その日の講義にすべて出席したのち、友人との会話を最後に消息を絶った。学校の司書は、図書館の常連だった彼女が、まだ読み終えていない本までまとめて返却していったのが不思議だったと話す。


 長男のアントニーは、自身がマスターを務めるギルドで突如「旅に出る」と告げて姿を消した。目的や行き先を聞いた者はいない。幹部でさえ青天の霹靂(へきれき)と驚くほどに、何の前触れも見せなかった。


 長女のオペラはカヴァネスとして上流家庭を出入りしていたが、クリーモフ家での職務を最後に失踪した。数日前から、「結婚する」「兄の仕事を手伝う」「他国の貴族の専属教師となる」などの理由で別れの言葉を告げられたと、彼女と関係のあった家は言う。


 惨劇からすぐさま、王国軍はリントブルムの家に向かった。

 しかし、綺麗に整頓された部屋と空の馬小屋があっただけで、母カミーリアのその後も分からない。非能者の彼女が単独で動くとは考えにくく、恐らく家族の誰かと合流したと推測された。


「最後に次女のシルーシェは……言うまでもないな」


 フレイゾンはこめかみを押さえ、指に力をこめる。


「ま、全員に逃げられたってことだ」


 ライブリーは煙草を投げた。宙を舞うそれは炎の魔法で燃え尽き、(すす)となって散らばった。

 騎士隊最年長の男は「本題に入ろう」と手を叩く。


「明日からお前とラプトルの(あるじ)はローゼス殿下となる。分かるな?」

「……今なんと?」

「歓迎するぞ、フレイゾン」


 フレイゾンの唇から、ざっと血の気が引く。


 エーデルニアでは権力の集中を避けるため、王位継承者が手放した土地や兵士は、継承順位の()()()が継ぐ慣例がある。そのしきたりに従えば、エアリス騎士隊は順位がひとつ下、第三王女ローゼスの配下となる。フレイゾンも理解しているが、それは継承者の死が前提のはずだった。エアリスはまだ、生きている。


「言いたいことは分かる。しかし王国憲章では、相続の開始を所有者の"死亡"もしくは"失踪"と定めている。意思疎通できない今のエアリス殿下は、失踪したと解釈していいだろう」


 暴論だ。

 フレイゾンは憤るが、ふと「俺と、ラプトル?」と冷静になった。


「処刑を撤回できるのですか!?」

「俺たちだって、死体はいらない」

「さすがに、王命を(くつがえ)すことは……」

「ラプトルがローゼス殿下の所有物になった以上、守るのは当然だ」


 フレイゾンは必死に考えを巡らせる。

 主のエアリスは目覚めない。

 上司のラプトルは死ぬかもしれない。

 すべて、自分が不甲斐ないせいで。


「後悔は必要だが、今は一旦流されておいた方がいいと思うぞ」


 ライブリーは穏やかな声で言った。

 (けな)したり、蔑んだりする感情は無かった。長い人生、そんな失敗もあるだろうと深くは受け止めないでいた。


「ローゼス殿下は先にアングレアへ戻られた。俺もラプトルを回収次第、帰る。お前も荷物をまとめておけ」

「本当にラプトルを助けられるんですか」

「くどい」

「俺に……何かできることはありませんか」


 立ち去ろうとしたライブリーを、フレイゾンが引き留める。

 ──本当は、直前まで眠っていてもらいたかった。

 ライブリーはそう口が動きかけたのを抑え、「良い志だ」と頷いた。


「ひとまず静かにしててくれ。何の騒ぎも起こさず、取り調べがあれば素直に応え、傷で弱っているフリでもしていろ」


 包帯越しに肩を叩き、煙草の箱を差し出した。

 フレイゾンは緩慢(かんまん)な動作で一本を抜き取り、ため息を吐きながら咥える。立てた指から微弱な電流が生まれ、ジリ、とかすかな音を立てて紙と葉を燃やした。

 夕日は山の頂に隠れ、ふっと薄暗くなった室内に静寂が訪れる。


 光の魔導士を引き金に、王国の騎士たちは静かに動き始めた。




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