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模型(1/10)スケールのアポカリプス  作者: 暁の裏


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第7話 「黒月の使徒たちと凍土の監獄」

 深夜。


 大陸の最北端、人跡未踏の凍土地帯。


 そこに、黒月教の本拠地――「黒月の聖堂」が存在していた。


 巨大な黒い石で築かれた要塞のような建造物。周囲は永久凍土に覆われ、常に吹雪が吹き荒れている。この過酷な環境が、天然の防壁となっていた。



 聖堂の最深部。



 円形の大広間に、十二人の人影が集っていた。


 彼らは、黒月教の最高幹部――「十二使徒」。


 それぞれが、黒いローブを纏い、異なる仮面を着けている。動物、悪魔、抽象的な紋様。仮面のデザインは、各使徒の個性を表していた。


 広間の中央には、巨大な黒い月の彫像が鎮座している。高さ約5メートル。禍々しい黒曜石で作られ、内部から暗い光を放っていた。


 そして、彫像の前に立つ一人の男。


 黒月教の教祖――「黒月の預言者」ゼノン。


 彼だけが仮面をつけていなかった。


 年齢は六十代と思われる。長い白髪と白髭を蓄え、深く刻まれた皺が顔を覆っている。しかし、その目は異様に鋭く、狂気と確信に満ちていた。


「集まったか、我が使徒たちよ」


 ゼノンの声が、広間に響いた。


 低く、重く、そして圧倒的な威圧感を持つ声。


「はい、預言者様」


 十二使徒が一斉に跪いた。


 ゼノンは満足そうに頷き、ゆっくりと歩き始めた。黒いローブの裾が、床を滑るように動く。


「諸君らも知っての通り、状況は我々にとって極めて不利に傾いている」


 ゼノンは黒月の彫像を見上げた。


「月の女神ルーナが、力の一部を取り戻した。北の神殿が復活し、黒月様の力がわずかに弱まった」


 広間に、緊張が走った。


 使徒たちは黙って、教祖の言葉を待っている。


「さらに――」


 ゼノンは振り向いた。


「エルディア王国と帝国が、和平を結んだ。我々にとって、これ以上ない悪夢だ」


「預言者様」


 一人の使徒が手を挙げた。


 狼の仮面をつけた男。声は若く、力強い。


「第七使徒『牙の狩人』フェンリル、何か」


「はい。しかし、預言者様。我々にはまだ、切り札があるはずです」


 フェンリルは立ち上がった。


「『黒月の儀式』――あれを発動すれば、世界は我々のものになります」


「その通りだ」


 ゼノンは微笑んだ。


 しかし、その笑みには狂気が滲んでいた。


「黒月の儀式。それこそが、我々が百年かけて準備してきた、最終計画だ」


 ゼノンは両手を広げた。


「諸君、よく聞け。黒月の儀式とは何か」


 使徒たちは、息を呑んで教祖を見つめた。


「それは――この世界を、破壊すること」


「破壊……」


「そうだ」


 ゼノンは力強く頷いた。


「この世界は、千年前に月の女神によって素晴らしい世界が創造された」


「では、なぜ世界を壊すのですか?」


 別の使徒が尋ねた。蛇の仮面をつけた女性。


「第三使徒『毒の巫女』セルペンタ、良い質問だ」


 ゼノンは嬉しそうに答えた。


「女神は、この世界を『過ごしやすく』するために創造した。そんな世界では、人間の数が多すぎる。文明が発展しすぎる。制御できなくなる」


 ゼノンの声が、怒りに震えた。


「そんな世界で起こるのは、何か?そう、争い、戦争だ」


「許せません……」


 使徒たちが口々に呟いた。


「許せない、許せない……」


「そうだ。許してはならない」


 ゼノンは拳を握りしめた。


「だから、我々は黒月様に祈りを捧げてきた。黒月様こそが、真の神。世界を本来の姿に戻してくださる、救世主だ」


「黒月様……」


 使徒たちが、黒月の彫像に向かって頭を下げた。


「そして今、時が来た」


 ゼノンは宣言した。


「黒月の儀式を発動する準備は、ほぼ整った。あと必要なのは――」


 ゼノンは、広間の隅に置かれた巨大な地図を指差した。


 大陸全体の地図。


 そこには、赤い印がいくつも付けられていた。


「大陸各地に設置した『黒月の祭壇』。これらすべてを同時に起動させれば、儀式は完成する」


「祭壇は、いくつあるのですか」


「二十四」


 ゼノンは答えた。


「大陸全土に、均等に配置されている。それぞれの祭壇には、我が教団の精鋭が配置されている」


「では、いつ儀式を……」


「焦るな、準備にはしばらくかかる、だがすぐだ」


 ゼノンは断言した。


「黒月が最も強く輝く時。その時、すべての祭壇を起動させる」


「……」


 使徒たちがざわめいた。


「しかし、預言者様」


 影の司祭が口を開いた。


 彼の仮面は割れており、老人の顔が覗いていた。


「月の女神と、あの異世界の戦士が黙ってはいないでしょう」


「もちろんだ」


 ゼノンは冷笑した。


「だからこそ、彼らを『足止め』する必要がある」


「足止め……ですか」


「そうだ。影の司祭、お前は失敗した」


 ゼノンの声が、冷たくなった。


 影の司祭は、びくりと体を震わせた。


「申し訳ございません……」


「だが、許そう。お前は、あの戦士の力を直接確認した。それだけでも価値がある」


 ゼノンは、再び地図を見た。


「神崎悠斗。異世界から来た戦士。驚異的な身体能力を持ち、黒竜すら倒した」


「恐るべき敵です……」


「確かに。しかし、彼にも弱点がある」


 ゼノンは、地図上の一点を指差した。


「北方監獄『鉄の牢』――ここに、我が教団の元幹部が収容されている」


「元幹部……第九使徒『背教者』バルトロメウスですね」


 セルペンタが言った。


「そうだ。バルトロメウスは、かつて我が教団の重要な儀式を担当していた。黒月の儀式についても、詳しく知っている」


「では、彼が口を割れば……」


「我々の計画が、すべて露見する」


 ゼノンは頷いた。


「だから、神崎悠斗たちは必ず、あの監獄に向かうだろう」


「では、監獄を襲撃しますか」


「いや」


 ゼノンは首を振った。


「監獄には手を出さない。むしろ、彼らが監獄に向かうのを待つ」


「どういうことですか」


「監獄長オズワルドは、我が教団の協力者だ。表向きは中立を装っているが、裏では我々に情報を流している」


 ゼノンは不気味に笑った。


「オズワルドに指示を出せ。神崎悠斗たちが監獄に来たら、できるだけ『遅延』させろ、と」


「遅延……」


「そうだ。彼らが監獄で時間を浪費している間に、我々は儀式の準備を完了させる」


 ゼノンは両手を広げた。


「黒月の儀式が発動する。その時には、すべての人間は――」


 ゼノンは一呼吸置いた。


「死ぬ」


 広間に、静寂が訪れた。


「預言者様……それは……」


「驚いたか、セルペンタ」


 ゼノンは冷たく笑った。


「儀式が完了し、発動すれば今の人間に対応できない。すべての生命は、一瞬で崩壊する」


「では、我々も……」


「もちろん、我々も死ぬ」


 ゼノンは、まるで当然のことのように言った。


「しかし、それでいいのだ」


「それでいい……?」


「そうだ」


 ゼノンは黒月の彫像に手を伸ばした。


「我々は、歪んだ世界で生きることを望まない。女神に支配された、偽りの世界で生きるくらいなら、死を選ぶ」


「預言者様……」


「そして、死後――我々は黒月様の元へ召される。真の世界で、永遠の命を得るのだ」


 ゼノンの目が、狂気に輝いた。


「これこそが、黒月様の御心。我々は、ただそれに従うのみ」


 使徒たちは、しばらく沈黙していた。


 そして――


「預言者様の御心のままに」


 一人、また一人と、使徒たちが頭を下げた。


「我々は、黒月様のために」


「黒月様のために……」


 全員が、声を揃えた。


 ゼノンは満足そうに微笑んだ。


「よろしい。では、それぞれの任務を伝える」


 ゼノンは一人ずつ、使徒を見回した。


「影の司祭。お前は、監獄長オズワルドに指示を出せ。神崎悠斗たちを、できるだけ遅延させろ」


「はっ」


「牙の狩人フェンリル。お前は、西部の祭壇群を確認せよ。すべてが正常に機能しているか、直接確認しろ」


「承知しました」


「毒の巫女セルペンタ。お前は、エルディア王国の情報収集を続けろ。彼らが我々の計画に気づいていないか、監視せよ」


「はい、預言者様」


 ゼノンは、次々と指示を出していった。


 各使徒は、それぞれの任務を受け取り、広間を後にしていく。


 やがて、広間にはゼノン一人だけが残った。


「ふふふ……」


 ゼノンは、黒月の彫像を見上げた。


「神崎悠斗。月の女神ルーナ。お前たちは強い。だが、所詮は二人だ」


 ゼノンは両手を広げた。


「我々には、百年の準備がある。大陸全土に張り巡らせた網がある。そして――黒月様の加護がある」


 彫像が、暗く脈動した。


 まるで、生きているかのように。


「三日後。この世界は終わる。そして、新しい世界が始まる」


 ゼノンは狂気の笑みを浮かべた。


「神崎悠斗よ。お前がどれだけ足掻こうと、運命は変えられない。黒月様の御心は、絶対なのだ」


 彫像の光が、さらに強くなった。


 広間全体が、禍々しい黒い光に包まれた。


 そして――


 ゼノンの笑い声が、聖堂中に響き渡った。



 翌朝。



 悠斗とルーナは、復活した月の神殿を後にし、グレイシアの町へと向かっていた。


 山道を下りながら、悠斗は何度も振り返った。


 神殿は、朝日を受けて美しく輝いている。崩壊していた時とは、まるで別物だ。


「すごいな……本当に元に戻ったんだ」


「ええ」


 ルーナが微笑んだ。


「私の力が戻ったことで、神殿も復活した。でも、まだ完全じゃないわ」


「完全じゃない?」


「ええ。私の力は、まだ五分の一程度。神殿も、内部の一部はまだ修復されていないの」


 ルーナは少し寂しそうに言った。


「完全に力を取り戻すには、もっと……」


「大丈夫だ」


 悠斗はルーナの手を握った。


「俺たちなら、きっと方法を見つけられる」


「ありがとう、悠斗」


 二人は手を繋いだまま、山道を下りていった。


 グレイシアの町に到着したのは、昼過ぎだった。


 町の門をくぐると、衛兵が驚いた表情で二人を迎えた。


「あ、あなた方は……!」


「どうした?」


 悠斗が尋ねると、衛兵は興奮気味に答えた。


「神殿が復活したんです! 朝、町の人たちが見つけて、大騒ぎになって!」


「ああ……そうか」


 悠斗は苦笑した。


 確かに、あれだけ大規模な復活なら、町からも見えただろう。


「やはり、月の女神様が戻られたんですね!」


 衛兵の目に、涙が浮かんだ。


 二人は町の中に入った。


 メインストリートは、昨日以上に賑わっていた。


 人々は口々に神殿復活の話をしており、中には神殿に向かって祈りを捧げている者もいた。


「すごい騒ぎだな……」


「仕方ないわ。百年ぶりの出来事だもの」


 ルーナは少し照れくさそうに笑った。


 二人は、昨日泊まった宿『銀の月亭』に向かった。


 宿の前まで来ると――


「あっ!」


 悠斗は立ち止まった。


 路地の奥に、黒い服を着た人影が数人見えた。


「黒月教……!」


 悠斗は反射的に構えた。


 しかし、黒月教の信者たちは、悠斗に気づくと慌てて逃げ出した。


「待て!」


 悠斗は追いかけようとしたが――


「悠斗、待って」


 ルーナが悠斗の腕を掴んだ。


「追いかけても、逃げられるだけよ。それに……」


 ルーナは真剣な表情で言った。


「彼ら、何かを探っていたわ」


「探っていた……?」


「ええ。町の様子を偵察していたみたい」


 ルーナは路地の奥を見つめた。


「きっと、私たちの動向を監視しているのよ」


「くそ……」


 悠斗は拳を握りしめた。


「黒月教の奴ら、何を企んでるんだ」


「わからない。でも、何か大きなことを計画しているはず」


 ルーナは不安そうに言った。


「彼らの目的は、世界を『壊す』こと。でも、それが具体的に何を意味するのか……」


「調べないとな」


 悠斗は決意した。


「黒月教の計画を、何としてでも暴く」


 二人は宿に入った。




 宿の食堂で、悠斗とルーナは遅めの昼食を取っていた。


 悠斗は、またしても大量の料理を平らげている。


 北方風シチューを三杯、白銀パスタを二皿、そしてパンを五つ。


「悠斗、本当によく食べるわね……」


 ルーナが呆れたように言った。


「仕方ないだろ。腹が減るんだ」


 悠斗は口にパンを詰め込みながら答えた。


 その時――


 隣のテーブルに座っていた商人らしき男性が、こちらに声をかけてきた。


「すみません、お二人は……もしかして、『双月の英雄』様ですか?」


「双月の……何?」


 悠斗は首を傾げた。


「双月の英雄ですよ! 神崎悠斗様とルーナ様。エルディア王国と帝国の和平を実現し、黒竜を倒し、そして神殿を復活させた……」


 商人は興奮気味に続けた。


「今、大陸中で噂になってるんです! 双月の英雄が、世界を救ってくれるって!」


「双月って……白い月と黒い月のことか?」


「いえいえ」


 商人は首を振った。


「あなた方お二人のことです。悠斗様は太陽のように力強く、ルーナ様は月のように美しい。だから、『双月』なんです」


「そんな大げさな……」


 悠斗は顔を赤らめた。


「いえ、大げさじゃありませんよ。あなた方は、本当に英雄なんです」


 商人は真剣な表情で続けた。


「私も、商人として各地を回っていますが、どこに行ってもあなた方の話を聞きます。希望を失っていた人々が、あなた方のおかげで笑顔を取り戻している」


「そうなのか……」


 悠斗は、少し照れくさそうに頭を掻いた。


「あの、一つ聞いてもいいですか」


 ルーナが商人に尋ねた。


「黒月教について、何か情報はありますか」


「黒月教……」


 商人の表情が曇った。


「最近、彼らの活動が活発になっていると聞きます。特に北方では、頻繁に目撃されているとか」


「北方……」


「ええ。それと……」


 商人は声を低くした。


「これは噂ですが、黒月教が何か大きな計画を進めているらしいです」


「大きな計画……」


「詳しくは知りません。でも、各地で黒月教の信者が増えているし、何か不穏な動きがあるのは確かです」


 商人は心配そうに続けた。


「もし、本当に何か企んでいるなら……あなた方に止めていただくしかありません」


「わかりました。ありがとうございます」


 ルーナは礼を言った。


 商人は席を立ち、去っていった。


「黒月教の計画……やっぱり、何かあるんだな」


 悠斗は真剣な表情で言った。


「ああ。でも、具体的に何を計画しているのか……」


 その時――


 宿の主人が、二人のテーブルにやってきた。


「お二人とも、少しよろしいですか」


「はい、どうしました?」


「実は、さっき町の衛兵から聞いたんですが……」


 主人は小声で言った。


「北の監獄『鉄の牢(くろがねのろう)』に、元黒月教の幹部が収容されているそうです」


「元黒月教の幹部!?」


 悠斗とルーナは顔を見合わせた。


「はい。彼は、黒月教の重要な儀式を担当していたそうですが、教団と対立して脱走したらしいです」


「それで、捕まったのか」


「ええ。今は、鉄の牢に収容されています」


 主人は続けた。


「もし、黒月教の計画について知りたいなら、彼に話を聞くのが一番早いかもしれません」


「鉄の牢……どこにあるんですか」


「ここから北に半日ほどの場所です。凍土地帯の入り口にあります」


 主人は地図を取り出し、場所を指差した。


「ただし……」


「ただし?」


「鉄の牢は、かなり厳重な監獄です。簡単には中に入れません。それに、監獄長のオズワルドは、かなり……その、厳格な人物だと聞きます」


 主人は言葉を濁した。


「厳格……まあ、監獄長なら当然か」


 悠斗は頷いた。


「わかりました。ありがとうございます」


 主人は去っていった。


 悠斗とルーナは、顔を見合わせた。


「行くしかないな」


「ええ。元黒月教の幹部なら、きっと重要な情報を持っているはず」


「でも、どうやって中に入る?」


 悠斗は考え込んだ。


「普通に頼んでも、囚人に会わせてくれるとは思えない」


「それなら……」


 ルーナが提案した。


「あなたが、犯罪者として潜入したらどう?」


「え……?」


「だって、囚人になれば、内部に入れるでしょ?」


「いや、でも……」


 悠斗は困惑した。


「捕まるふりをするってこと?」


「ええ。私は外で待機して、何かあったらすぐに助けに行くわ」


 ルーナは真剣な表情で言った。


「あなたの身体能力なら、監獄から脱出するのも簡単でしょ?」


「まあ……そうだけど……」


 悠斗は少し不安だった。


 しかし、他に方法が思いつかない。


「わかった。やってみる」


「ありがとう」


 ルーナは微笑んだ。


「でも、無理はしないでね」


「ああ」


 二人は、明日の朝、鉄の牢へ向かうことを決めた。




 翌朝。


 悠斗とルーナは、グレイシアの町を出発した。


 北へ向かう道は、徐々に険しくなっていく。


 気温も下がり、地面には雪が積もり始めた。


「寒いな……」


 悠斗は息を白くした。


「ペンダントのおかげで、まだ耐えられるけど……」


「そうね。でも、これから先はもっと寒くなるわ」


 ルーナが地図を確認した。


「凍土地帯に入れば、気温は氷点下になる」


「うわ……」


 悠斗は震えた。


 道を進むこと数時間。


 景色が一変した。


 緑の草木は消え、代わりに白い雪と氷が広がっている。


「凍土地帯……」


 悠斗は呟いた。


 地面は完全に凍りついており、歩くたびに足元がキシキシと音を立てる。


 空は灰色の雲に覆われ、雪がちらちらと降っている。


「あれが……」


 ルーナが前方を指差した。


 地平線の向こうに、巨大な建造物が見えた。


 黒い石で築かれた要塞のような建物。高い壁に囲まれ、いくつもの監視塔が立っている。


「鉄の牢……」


 悠斗は呟いた。


「すごい威圧感だな……」


 二人は監獄に近づいていった。


 正門の前には、衛兵が二人立っていた。


「止まれ」


 衛兵の一人が槍を構えた。


「ここは王国直轄の監獄、鉄の牢だ。関係者以外、立ち入り禁止」


「すみません」


 悠斗が前に出た。


「実は、この男を引き渡しに来ました」


「引き渡し……?」


 衛兵が不思議そうに悠斗を見た。


「ああ。こいつ、グレイシアの町で暴行事件を起こしたんだ」


 悠斗は自分を指差した。


「だから、俺が捕まえて、ここに連れてきた」


 衛兵は困惑した表情をした。


「待て。お前が犯人で、お前が自分を連れてきた……?」


「そうだ」


「意味がわからん」


「いや、その……俺、反省してるんだ。だから、自首しに来た」


 悠斗は必死に説明した。


 衛兵は、しばらく悠斗を見つめていた。


 そして――


「まあ、いい。自首するなら、中に入れ」


 衛兵は門を開けた。


「ただし、武器は持ち込めないぞ」


「武器は持ってない」


 悠斗は両手を広げた。


 実際、悠斗は武器を持っていない。素手で戦うのが基本だ。


「それと、そこの女性は……」


「私は、彼の友人です」


 ルーナが答えた。


「彼が自首するのを見届けに来ました」


「そうか。では、お前は外で待て」


「わかりました」


 ルーナは悠斗を見た。


「気をつけてね、私の太陽様」


「恥ずかしいからやめてくれ」


 そして、衛兵に連れられて、監獄の中に入っていった。




 鉄の牢の内部は、外観以上に陰鬱だった。


 石造りの廊下は暗く、湿っている。壁には苔が生え、天井からは水滴が滴っている。


「こっちだ」


 衛兵が悠斗を先導した。


 廊下を進むと、大きな鉄格子の扉があった。


「ここが、受付だ」


 衛兵は扉を開けた。


 中には、大きな机が置かれており、そこに一人の男が座っていた。


 太った中年男性。油ぎった髪を後ろに撫でつけ、小さな目が悠斗を値踏みするように見ている。


「おい、誰だこいつ」


 男が不機嫌そうに尋ねた。


「自首してきた犯罪者です」


 衛兵が答えた。


「自首……? 珍しいな」


 男は悠斗を上から下まで見た。


「名前は」


「神崎悠斗」


「罪状は」


「暴行」


「暴行……ふん」


 男はノートに何かを書き込んだ。


「それで、刑期はどれくらいだ」


「え……まだ決まってないです」


「決まってない……」


 男は溜息をついた。


「まあ、いい。とりあえず、独房に入れておけ」


「はい」


 衛兵が悠斗の腕を掴んだ。


「待て」


 男が立ち上がった。


 彼は悠斗に近づき、顔を覗き込んできた。


 近くで見ると、男の顔には無数の吹き出物があり、口臭がひどかった。


「お前……どこかで見たような……」


「いえ、初めてですけど」


 悠斗は顔を背けた。


「ふむ……まあ、いい」


 男は机に戻った。


「連れて行け」


 衛兵は悠斗を廊下の奥へと連れて行った。


 廊下を進むと、両側に独房が並んでいた。


 鉄格子で仕切られた狭い部屋。中には、囚人たちが座っている。


 囚人たちは、悠斗を興味深そうに見ていた。


「おい、新入りか」


「若いな」


「何やらかした?」


 口々に声をかけてくる。


 悠斗は黙って歩き続けた。


 やがて、空いている独房の前で止まった。


「ここだ」


 衛兵が鉄格子を開けた。


「入れ」


 悠斗は独房の中に入った。


 狭い。幅約2メートル、奥行き約3メートル。


 中には、粗末なベッドと、小さなテーブル、それに便器が一つだけ。


「食事は朝と夜の二回だ。それ以外の時間は、独房から出るな」


 衛兵はそう言って、鉄格子を閉めた。


 ガシャン。


 鍵がかけられる音が響いた。


「じゃあな」


 衛兵は去っていった。


 悠斗は独房の中を見回した。


「まあ、予想通りだな……」


 悠斗はベッドに座った。


 固い。そして、臭い。


「うわ……」


 悠斗は顔をしかめた。


 しかし、任務だ。我慢するしかない。


 その時――


「おい、新入り」


 隣の独房から、声が聞こえた。


 悠斗は鉄格子の向こうを見た。


 隣の独房には、一人の男が座っていた。


 年齢は三十代くらいか。ぼさぼさの髪と無精髭。しかし、目は鋭く、知性を感じさせる。


「何やらかしたんだ?」


 男が尋ねた。


「暴行」


 悠斗は簡潔に答えた。


「暴行か。まあ、ありふれた罪だな」


 男は苦笑した。


「俺は、詐欺で捕まった」


「詐欺……」


「ああ。でも、冤罪だ」


 男は真剣な表情で言った。


「俺は何もやってない。でも、証拠をでっち上げられて、ここに放り込まれた」


「冤罪……それは、ひどいな」


「だろ? でも、誰も信じてくれない」


 男は溜息をついた。


「特に、あのクソ監獄長はな」


「監獄長……さっきの太った男か?」


「ああ。オズワルドって言うんだ」


 男は吐き捨てるように言った。


「あいつは最低のクズだ。囚人を人間扱いしない。暴力は日常茶飯事。賄賂を受け取って、裕福な囚人は優遇する」


「そんなことが……」


「ああ。でも、誰も文句を言えない。言ったら、もっとひどい目に遭わされるからな」


 男は悠斗を見た。


「お前も、気をつけろよ。特に、オズワルドに目をつけられたら終わりだ」


「わかった。ありがとう」


「いいってことよ」


 男は笑った。


「俺はガレス。よろしくな」


「俺は悠斗」


「悠斗……変わった名前だな」


「まあな」


 二人は、しばらく話を続けた。


 ガレスは、元は商人だったらしい。しかし、商売敵に陥れられて、詐欺の罪を着せられた。


「いつか、必ず無実を証明してやる」


 ガレスは拳を握りしめた。


「そして、あのクソ野郎どもを、全員訴えてやる」


「頑張れよ」


 悠斗は励ました。


 その時――


 廊下の向こうから、足音が聞こえてきた。


 重い足音。複数人。


「来たな……」


 ガレスが呟いた。


「誰だ?」


「オズワルドだ」


 ガレスは独房の奥に下がった。


「やばい。お前、何か目をつけられたかもしれない」


「え……」


 悠斗が戸惑っていると――


 オズワルドが、数人の衛兵を連れて現れた。


「神崎悠斗」


 オズワルドが、悠斗の独房の前で立ち止まった。


「はい」


「お前、嘘をついたな」


「え……?」


「お前は、暴行犯なんかじゃない」


 オズワルドは不気味に笑った。


「お前は、『双月の英雄』だ」


 悠斗の心臓が、跳ね上がった。


 バレた。


「ちっ……」


「ふふふ……隠しても無駄だ」


 オズワルドは鉄格子を開けさせた。


「お前の顔は、大陸中に知れ渡っている。俺が気づかないわけがない」


 衛兵たちが、悠斗を独房から引きずり出した。


「何する気だ!」


「決まっている」


 オズワルドは冷笑した。


「お前を、『特別待遇』してやる」


「特別待遇……?」


「そうだ。英雄様には、英雄様にふさわしい部屋を用意してある」


 オズワルドは、廊下の奥を指差した。


「連れて行け」


 衛兵たちが、悠斗を引きずっていった。


「悠斗!」


 ガレスが叫んだ。


 しかし、悠斗はもう、廊下の奥に連れて行かれていた。


 地下独房


 悠斗は、監獄の最下層――地下独房に連れて行かれた。


 階段を降りるたびに、空気が冷たく、湿っぽくなっていく。


「ここだ」


 オズワルドが、一つの独房の前で立ち止まった。


 その独房は、他の独房よりもさらに狭く、暗かった。


 窓はなく、鉄格子も二重になっている。


「入れ」


 衛兵たちが、悠斗を独房の中に放り込んだ。


 悠斗は床に倒れた。


 冷たい。そして、濡れている。


「ふふふ……気に入ったか、英雄様」


 オズワルドが嘲笑した。


「ここは、最も凶悪な犯罪者を収容する独房だ。お前にぴったりだろう」


「俺は、何も悪いことしてないぞ!」


「黙れ」


 オズワルドが鉄格子を蹴った。


 ガンッ!


 大きな音が響いた。


「お前が英雄だろうと何だろうと、ここでは俺が法律だ。俺の言うことが、絶対なんだ」


 オズワルドは顔を鉄格子に近づけた。


「わかったか、クソガキ」


 悠斗は、オズワルドを睨みつけた。


「お前……黒月教の協力者だろ」


 オズワルドの表情が、一瞬変わった。


「……何を根拠に」


「わかるんだよ。お前みたいなクズは、黒月教に買収されてる」


 悠斗は立ち上がった。


「元黒月教の幹部を、ここに収容してるんだろ。そいつに会わせろ」


「ふん」


 オズワルドは鼻で笑った。


「会わせるわけないだろ。お前は、ここで一生腐っていろ」


 オズワルドは去っていった。


 衛兵たちも後に続く。


 悠斗は、独房に一人残された。


「くそ……」


 悠斗は壁を殴った。


 ドンッ!


 壁に亀裂が入った。


「やっぱり、力は使えるな」


 悠斗は自分の拳を見た。


 この独房も、全力を出せば簡単に壊せる。


 しかし――


「まだだ。元黒月教の幹部に会うまでは……」


 悠斗は独房の中を見回した。


 真っ暗で、何も見えない。


 ルーナが作ってくれた光の球もない。


「参ったな……」


 悠斗はベッドに座った。


 いや、ベッドと呼べるものではない。ただの石の台だ。


「寒い……」


 悠斗は体を震わせた。


 地下独房は、凍土地帯の寒さがダイレクトに伝わってくる。


「ペンダントがなかったら、凍死してたかもな……」


 悠斗は首元のペンダントに触れた。


 エリシアとイザベラが贈ってくれたペンダント。


 これのおかげで、なんとか寒さに耐えられている。


 時間が経つにつれて、悠斗の空腹が強くなっていった。


「腹……減った……」


 朝から何も食べていない。


 この体では、それは致命的だ。


「食事……いつ来るんだ……」


 悠斗は、独房の鉄格子を見つめた。


 しかし、誰も来ない。


 さらに時間が経った。


 悠斗の空腹は、限界に達していた。


「やばい……このままじゃ……」


 その時――


 ガチャ。


 鉄格子が開く音がした。


「食事だ」


 衛兵が、小さな皿を床に置いた。


 皿には、黒いパンが一つと、水が少し入ったコップ。


「これだけ……?」


「文句を言うな」


 衛兵は鉄格子を閉めて、去っていった。


 悠斗は、皿を手に取った。


 パンは固く、カビが生えている。


 水は濁っていて、異臭がする。


「うわ……」


 悠斗は顔をしかめた。


 しかし、食べるしかない。


 悠斗はパンを口に入れた。


「まずい……」


 パンは、石のように固く、味もしない。


 それでも、悠斗は必死に噛み砕いた。


 水も、一気に飲み干した。


「ゲホッ、ゲホッ……」


 喉が焼けるような感覚。


「これ……本当に水か……?」


 悠斗は、空になったコップを見つめた。


 しかし、他に選択肢はない。


 悠斗は、床に座り込んだ。


「ルーナ……」


 悠斗は呟いた。


「お前は、大丈夫か……」


 外で待っているルーナのことが心配だった。


「早く、元黒月教の幹部に会わないと……」


 悠斗は、壁にもたれかかった。


 そして、目を閉じた。




 翌朝。


 悠斗は、衛兵に連れられて地上の独房に戻された。


「オズワルド様のご慈悲だ。感謝しろ」


 衛兵はそう言って、悠斗を元の独房に放り込んだ。


 ガシャン。


 鉄格子が閉まる。


「悠斗! 無事だったか!」


 ガレスが隣の独房から声をかけてきた。


「ああ……なんとか」


 悠斗は疲れた表情で答えた。


 一晩中、ほとんど眠れなかった。地下独房は寒く、床は濡れていて、体が休まらなかった。


「ひどい顔してるぞ」


「まあな……」


 悠斗はベッドに座った。


 今度のベッドは、昨日のものよりはマシだった。少なくとも、布団がある。


「朝食が来るまで、少し休め」


「ああ……」


 悠斗は目を閉じた。


 しばらくして、廊下が騒がしくなった。


「おい、聞いたか」


「何を?」


「新入りのこと」


 囚人たちが、口々に話している。


「新入りって、あの若い奴か」


「ああ。あいつ、実は『双月の英雄』らしいぞ」


「双月の英雄!?」


 囚人たちがざわめいた。


「まさか……あの、黒竜を倒したっていう……」


「そうだ。神崎悠斗とルーナ。エルディア王国と帝国の和平を実現した英雄だ」


「すげえ……本物が、ここにいるのか……」


「でも、なんでそんな英雄が、監獄にいるんだ」


「わからん。でも、オズワルドが何か企んでるのは確かだ」


 囚人たちの話を聞きながら、悠斗は溜息をついた。


「バレバレだな……」


「まあ、仕方ないだろ」


 ガレスが苦笑した。


「お前、有名すぎるんだよ」


「恥ずかしい……」


 悠斗は顔を赤らめた。


「『双月の英雄』だなんて……そんな大げさな……」


「でも、みんなお前のこと、尊敬してるぞ」


 ガレスは真剣な表情で言った。


「お前が、この世界に希望をもたらしたんだ。それは、事実だ」


「ガレス……」


「だから、頑張れよ。お前には、まだやるべきことがあるんだろ」


「ああ」


 悠斗は頷いた。


「黒月教の計画を、止めないと」


 その時――


 廊下の向こうから、足音が聞こえてきた。


 複数人。そして、誰かを引きずっているような音。


「何だ……?」


 囚人たちが、廊下の方を見た。


 やがて、衛兵たちが現れた。


 彼らは、一人の男を引きずっていた。


 その男は、黒いローブを着ており、顔には無数の傷があった。


「新しい囚人か……」


「いや、あいつ……」


 囚人の一人が呟いた。


「黒月教のローブを着てる……」


 悠斗は目を見開いた。


「まさか……」


 衛兵たちは、男を悠斗の向かいの独房に入れた。


 ガシャン。


 鉄格子が閉まる。


「大人しくしてろ」


 衛兵たちは去っていった。


 男は、独房の床に倒れ込んだ。


 悠斗は、男を見つめた。


 黒いローブ。傷だらけの顔。そして――


 首元に、黒月の紋章が刻まれている。


「お前……黒月教か?」


 悠斗が尋ねると、男はゆっくりと顔を上げた。


 その目は、疲れ果てていたが、まだ知性の光を宿していた。


「……元黒月教だ」


 男が答えた。


「俺は、かつて黒月教の第九使徒だった。名は、バルトロメウス」


「バルトロメウス……」


 悠斗は男に近づいた。


 鉄格子越しに、二人は向かい合った。


「お前は……噂の英雄様か」


 バルトロメウスが呟いた。


「噂は聞いている。双月の英雄……か」


「俺は英雄なんかじゃない」


 悠斗は首を振った。


「ただ、この世界を救いたいだけだ」


「救う……」


 バルトロメウスは苦笑した。


「この世界は、もう救えない」


「どういう意味だ」


「黒月教が、最終計画を進めている」


 バルトロメウスは真剣な表情で言った。


「『黒月の儀式』――それが発動すれば、この世界は終わる」


「黒月の儀式……」


「ああ。世界を、破壊する儀式だ」


 バルトロメウスは続けた。


「そして、すべての生命が……死ぬ」


 悠斗の背筋に、冷たいものが走った。


「詳しく、教えてくれ」


「いいだろう」


 バルトロメウスは、ゆっくりと語り始めた。


「黒月の儀式についてのすべてを、話そう」


 そして――


 悠斗とバルトロメウスの、長い会話が始まった。


皆様、こんにちは。ルーナです。


今回の第7話、いかがでしたでしょうか。


悠斗が監獄に潜入するなんて……正直、とても心配でした。


あの時、外で待っている間、私は何度も監獄の門を見つめていました。もし悠斗に何かあったら、すぐに

助けに行こうと。でも、悠斗は「大丈夫」って言ってくれたから……信じて待つしかなかったんです。


それにしても、オズワルド監獄長……あの人、本当に許せません。


囚人を人として扱わないなんて。しかも、黒月教の協力者だなんて……悠斗があんなひどい目に遭わされて、私……本当に、本当に怒っています。


次回、オズワルドには相応の報いを受けてもらいます。


黒月教の教祖、ゼノン……彼の計画を知って、背筋が凍りました。


「黒月の儀式」――世界を壊し、すべての生命を滅ぼす……そんな恐ろしいこと、絶対に許せません。


私は、世界を守るために存在しているんですから。


バルトロメウスさん……元黒月教の幹部。


彼がどんな情報を悠斗に教えてくれるのか、私も早く知りたいです。でも、彼はなぜ黒月教を裏切ったのでしょうか。何か、大きな理由があるはずです。


それと……「双月の英雄」だなんて、恥ずかしいです。


悠斗も恥ずかしがっていましたけど、私も同じです。私たちは、ただ……この世界を救いたいだけなのに。


でも、人々が希望を持ってくれるなら……その呼び名も、悪くないかもしれませんね。


悠斗と一緒なら、どんな困難も乗り越えられる。


私、そう信じています。


次回、悠斗との再会……そして、監獄からの脱出。


どうか、見守っていてください。


それでは、また次回お会いしましょう。


月の光が、皆様を照らしますように。


ルーナ

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