第3話 「王都エルディア」
馬車が揺れるたびに、悠斗は窓の外の景色を眺めていた。
草原、森、小さな村々。どれも18センチサイズの世界だが、悠斗にとってはもう普通の光景になりつつあった。この世界に来てから、まだ数日しか経っていないというのに。
「悠斗、大丈夫?」
ルーナが心配そうに声をかけてきた。彼女は悠斗の隣に座っており、銀色の髪が窓から差し込む光を受けて輝いている。
「ああ、問題ない。ただ、色々考えてた」
「何を?」
「この世界のこと。俺がここにいる意味。それに……」
悠斗は言葉を濁した。
「それに?」
ルーナが身を乗り出してくる。その距離の近さに、悠斗は思わず顔を背けた。
「いや、何でもない」
「嘘。絶対何かあるわ」
ルーナは悠斗の顔を覗き込んできた。
二人の顔が、また近づく。
悠斗は心臓が跳ね上がるのを感じた。ルーナの銀色の瞳が、自分を見つめている。その瞳には、優しさと、そして少しの不安が混じっていた。
「悠斗……」
「ル、ルーナ……」
その瞬間――
ガタン!
馬車が大きく揺れた。
「きゃっ!」
ルーナのバランスが崩れ、悠斗の胸に倒れ込んできた。
「う、わっ!」
悠斗は反射的にルーナを抱きとめた。
柔らかい感触。銀色の髪の甘い香り。温かい体温。
悠斗の顔が一気に赤くなった。
「ご、ごめんなさい!」
ルーナも真っ赤な顔で体を起こそうとしたが、馬車がさらに揺れて、また悠斗に倒れ込んできた。
「だ、大丈夫か!?」
「え、ええ……でも、その……」
ルーナは悠斗の胸に顔を埋めたまま、もじもじしている。
「あの、悠斗……離してもらえないかしら……」
「あ、ああ! すまん!」
悠斗は慌ててルーナを離した。
ルーナは席に戻り、顔を真っ赤にしたまま窓の外を見ている。
気まずい沈黙が流れた。
悠斗も顔が熱い。心臓がまだドキドキしている。
「あ、あの……」
ルーナが小さな声で言った。
「何?」
「さっき、抱きとめてくれて……ありがとう」
「い、いや、当然だろ。お前が怪我したら困るし」
「そう……」
ルーナは少し寂しそうに微笑んだ。
悠斗は自分の言葉が適切でなかったことに気づいたが、今さら訂正するのも変な気がして、黙っていた。
しばらくして、馬車の前方から宰相レイナルドの声が聞こえてきた。
「お二人とも、そろそろ王都が見えてきますよ」
悠斗とルーナは窓から顔を出した。
地平線の向こうに、巨大な城壁が見えてきた。
「あれが……」
「王都エルディア。この地域で最大の都市です」
レイナルドが誇らしげに説明した。
馬車が近づくにつれて、城壁の大きさが明確になっていく。高さは約5メートル。元のサイズで言えば、50メートルの城壁だ。
「すごい……」
悠斗は感嘆の声を上げた。
城門には、衛兵が数人立っている。彼らは馬車を見ると、敬礼して道を開けた。
「宰相様のお帰りです!」
衛兵の声が響く。
馬車は城門をくぐり、王都の中へと入っていった。
王都の街並みは、村とは比べ物にならないほど発展していた。
石畳の道路。整然と並ぶ建物。市場には様々な商品が並び、人々が行き交っている。
「こんなに人がいるのか……」
悠斗は驚いた。
村では数十人程度しか見なかったが、ここには数百人、いや、数千人の人々がいるように見えた。もちろん、スモールサイズだが。
「王都には約一万人が住んでいます」
レイナルドが説明した。
「一万人……」
悠斗は改めて、この世界の規模を実感した。
馬車は王都の中心部へと向かっていく。やがて、巨大な城が見えてきた。
「あれが王城です。国王陛下がお住まいになっています」
城は白い石で作られており、美しい尖塔がいくつも聳えていた。高さは約5メートル。元のサイズなら50メートルの城だ。
「すごい……」
ルーナも目を輝かせている。
馬車は王城の正門前で停まった。
「さあ、お降りください。国王陛下がお待ちです」
悠斗とルーナは馬車を降りた。
王城の正門は重厚な造りで、衛兵が両脇に立っている。
「宰相レイナルド様、お帰りなさいませ」
衛兵が敬礼した。
「うむ。こちらのお二人を、謁見の間へご案内せよ」
「はっ!」
衛兵たちが門を開けた。
悠斗とルーナは、レイナルドに案内されて王城の中へと入っていった。
城の内部は豪華絢爛だった。
大理石の床。壁には美しいタペストリーが飾られている。天井は高く、シャンデリアが輝いている。
「すごい……こんな場所、初めて見た」
悠斗は思わず呟いた。
「王城は、この国の象徴です。百年以上の歴史がありますから」
レイナルドが誇らしげに言った。
廊下を歩いていくと、何人かの貴族らしき人々とすれ違った。彼らは悠斗とルーナを興味深そうに見ていたが、何も言わずに通り過ぎていった。
「あの人たち、俺たちを見てたな」
「噂が広まっているのでしょう。黒竜を倒した戦士、と」
「そんな大げさな……」
悠斗は苦笑した。
やがて、巨大な扉の前に到着した。
「ここが謁見の間です。国王陛下がお待ちです」
レイナルドが扉をノックした。
「宰相レイナルド、神崎悠斗殿とルーナ殿をお連れしました」
扉の向こうから、重厚な声が響いた。
「入れ」
扉が開かれた。
悠斗とルーナは、レイナルドに促されて中に入った。
謁見の間は広大だった。
長い赤い絨毯が部屋の中央を貫いており、その先には階段があった。階段の上には、豪華な玉座が設置されている。
そして、玉座には――
一人の男性が座っていた。
年齢は五十代くらいだろうか。立派な髭を蓄え、威厳に満ちた表情をしている。頭には金の王冠が載っており、深紅のマントを羽織っている。
「国王陛下、神崎悠斗とルーナをお連れしました」
レイナルドが膝をついた。
悠斗とルーナも、慌てて膝をついた。
「顔を上げよ」
国王の声が響いた。
悠斗とルーナは顔を上げた。
国王は、二人をじっと見つめていた。その視線は鋭く、まるで心の奥底まで見透かされているような感覚だった。
「そなたが、神崎悠斗か」
「は、はい」
「黒竜を単独で倒したと聞いた。まことか」
「いえ、単独ではありません。ルーナの援護があったからこそです」
悠斗はルーナを見た。ルーナは少し驚いた表情をしている。
国王は満足そうに頷いた。
「謙虚だな。良い。そして、そなたがルーナか」
「はい、陛下」
ルーナが答えた。
「月の女神と名乗っているそうだが……まことか」
国王の声に、わずかな疑念が含まれていた。
ルーナは少し躊躇したが、はっきりと答えた。
「はい。私は月の女神です。ただし、今は力のほとんどを失っています」
「ふむ……」
国王は顎に手を当てて考え込んだ。
「月の女神が百年ぶりに姿を現した、か。これは興味深い」
「陛下、彼らをどうなさいますか?」
レイナルドが尋ねた。
「決まっている。我が国の客人として迎える、女神様に不自由などあってはならぬ」
国王は宣言した。
「悠斗、ルーナ様。そなたたちに、王城での滞在を許可する。好きなだけ滞在するがよい」
「ありがとうございます、陛下」
悠斗は深々と頭を下げた。
「ただし――」
国王の表情が厳しくなった。
「そなたたちには、一つ頼みがある」
「頼み……ですか?」
「うむ。我が国は今、困難に直面している。黒月教の脅威、魔物の凶暴化、そして――」
国王は言葉を区切った。
「隣国との緊張関係だ」
「隣国……?」
「そうだ。この大陸には、いくつかの国が存在する。我がエルディア王国、北のノルディア帝国、西のヴェスタリア公国、東のアストラル連邦。そして、南の砂
漠地帯には遊牧民族の部族がいる」
国王は立ち上がり、壁に掛けられた大きな地図を指差した。
「これが、この大陸の地図だ」
悠斗とルーナは地図を見た。
大陸は大きく四つの地域に分かれており、それぞれに国家が存在していた。
「百年前、ルーナ様が姿を消してから、各国は争いを続けている。食料、資源、領土。すべてが不足しているからだ」
「それは……黒い月の影響ですか?」
ルーナが尋ねた。
「その通り。黒い月の力が強まってから、気候が不安定になり、農作物の収穫が減った。魔物が増え、交易路も危険になった。各国は生き残るために、互いを敵
視するようになったのだ」
国王は深くため息をついた。
「そして今、ノルディア帝国が我が国に侵攻しようとしている」
「侵攻……!」
「帝国は大陸最大の軍事国家だ。彼らは、我が国の豊かな農地を狙っている」
「それを、止めないといけないんですね」
悠斗が言った。
「そうだ。そして、そなたの力が必要なのだ」
国王は悠斗を真っ直ぐ見つめた。
「黒竜を倒した戦士。そなたがいれば、帝国の侵攻を防げるかもしれない」
「俺が……」
悠斗は戸惑った。
自分は確かに強い。しかし、それは物理法則の恩恵を受けているだけだ。本当の意味で「強い」のか、自分でもわからない。
「悠斗、無理に引き受ける必要はないわ」
ルーナが悠斗の手を握った。
「でも……」
「国王陛下、少し考える時間をいただけますか?」
ルーナが国王に頼んだ。
国王は少し考えてから、頷いた。
「わかった。今日はゆっくり休むがよい。明日、改めて話をしよう」
「ありがとうございます」
「レイナルド、二人を客室へ案内せよ」
「はっ」
レイナルドが悠斗とルーナを案内した。
謁見の間を出て、廊下を歩きながら、悠斗は考え込んでいた。
国のために戦う。
それは、正しいことなのだろうか。
自分は、この世界を救うためにここに来た。しかし、それは国同士の戦争に加担することを意味するのだろうか。
「悠斗、悩んでるわね」
ルーナが声をかけてきた。
「ああ……正直、わからない」
「無理に決める必要はないわ。ゆっくり考えましょう」
「でも、時間がないんじゃないのか? 黒い月の力は強くなってるし――」
「それでも、焦って間違った選択をするよりはいいわ」
ルーナは優しく微笑んだ。
「私も一緒に考えるから」
「ルーナ……」
悠斗は少し救われた気がした。
客室は、悠斗の想像を遥かに超える豪華さだった。
広い部屋。柔らかいベッドが二つ。窓からは王都の街並みが一望できる。
「すごい……こんな部屋、泊まったことない」
悠斗は部屋を見回した。
「本当に立派ね」
ルーナもベッドに座って、柔らかさを確認している。
「ここで、しばらく滞在するのか……」
悠斗は窓の外を見た。
王都の街並み。遠くには城壁が見える。そして、その向こうには草原が広がっている。
空には、二つの月が浮かんでいた。
白い月と、黒い月。
黒い月は、昨夜よりもさらに大きくなっているように見えた。
「時間がない……」
悠斗は呟いた。
「ねえ、悠斗」
ルーナが悠斗の隣に立った。
「何?」
「あなた、本当は優しいのね」
「え?」
「国王陛下の頼みを断れなくて、悩んでいるでしょう?」
ルーナは悠斗の横顔を見つめた。
「それは……」
「あなたは、困っている人を見ると、放っておけない。だから、村でも戦った。だから、今も悩んでいる」
「俺は、そんな立派な人間じゃない」
悠斗は首を振った。
「ただ、目の前で困ってる人がいたら、助けたいと思うだけだ」
「それが、優しさよ」
ルーナは悠斗の手を握った。
「あなたは、自分が思っているより、ずっと優しい人なの」
「ルーナ……」
二人は見つめ合った。
ルーナの銀色の瞳が、月光を反射して輝いている。
悠斗の心臓が、また激しく鼓動し始めた。
「あの、ルーナ……」
「何?」
「お前、俺のこと……どう思ってる?」
悠斗は勇気を振り絞って尋ねた。
ルーナの顔が、一気に赤くなった。
「え、えっと……その……」
ルーナは視線を逸らし、もじもじしている。
「あなたのことは……大切、だと思ってる」
「大切……」
「ええ。あなたは、ずっと私を見てくれていた。大切にしてくれていた。だから、私も……」
ルーナは言葉を詰まらせた。
「私も、あなたのことが……」
その時――
コンコン。
扉がノックされた。
「お二人とも、夕食の準備ができました」
使用人の声。
「あ、はい! 今行きます!」
悠斗は慌てて答えた。
ルーナは顔を真っ赤にしたまま、俯いている。
「ルーナ、行こう」
「え、ええ……」
二人は部屋を出た。
廊下を歩きながら、悠斗は考えていた。
ルーナの言葉。
「あなたのことが……」
その先を聞きたかった。でも、聞くのが怖い気もした。
もし、自分の期待と違う答えだったら――
「悠斗、大丈夫?」
ルーナが心配そうに声をかけてきた。
「ああ、大丈夫」
悠斗は笑顔を作った。
しかし、心の中では、答えを聞きたい気持ちと、聞きたくない気持ちが入り混じっていた。
食堂は、謁見の間と同じくらい広大だった。
長いテーブルが設置されており、そこには豪華な料理が並んでいた。
肉料理、魚料理、野菜料理、パン、果物、ワイン。
「すごい……」
悠斗は目を見張った。
「国王陛下が、特別に用意されたのです」
レイナルドが説明した。
テーブルには、国王と、何人かの貴族たちが座っていた。
「さあ、座るがよい」
国王が手で席を示した。
悠斗とルーナは、国王の近くの席に座った。
「では、乾杯しよう。新たな客人、神崎悠斗とルーナを歓迎して」
国王がグラスを掲げた。
「乾杯!」
全員がグラスを掲げ、一斉に飲んだ。
悠斗もワインを一口飲んだ。甘くて、少しだけ辛い。
「さあ、遠慮なく食べるがよい」
国王の言葉に従い、悠斗は料理に手をつけた。
そして――
「うまい!」
悠斗は感動した。
どの料理も、信じられないくらい美味しかった。素材の味が活きていて、調味料も絶妙。
「気に入っていただけたようで、嬉しいです」
国王が満足そうに微笑んだ。
悠斗は次々と料理を口に運んだ。
一皿、二皿、三皿。
「おかわり!」
「はい!」
使用人が慌てて料理を運んでくる。
四皿、五皿、六皿。
「悠斗……食べ過ぎじゃない?」
ルーナが心配そうに声をかけた。
「仕方ないだろ。腹が減るんだ」
「でも……」
七皿、八皿、九皿。
貴族たちが、悠斗を驚いた表情で見ている。
「すごい食欲だな……」
「普通の人間の十倍は食べているぞ……」
ヒソヒソと囁き声が聞こえる。
しかし、悠斗は気にせず食べ続けた。
十皿、十一皿、十二皿。
「ごちそうさまでした!」
ようやく、悠斗は満腹になった。
「……よく食べたな」
国王が感心したように言った。
「すみません……つい……」
「いや、構わん。戦士は多く食べるものだ」
国王は笑った。
食事が終わった後、貴族の一人が悠斗に話しかけてきた。
「神崎殿、少しよろしいですか?」
「はい」
「私は、軍務大臣のグレゴリーと申します」
グレゴリーは厳格な顔つきの男性だった。
「あなたの戦闘能力について、詳しく教えていただけますか?」
「戦闘能力……ですか?」
「はい。黒竜を倒したと聞きましたが、具体的にどのような戦い方をしたのか」
悠斗は少し考えてから、答えた。
「俺は、この世界では普通の人より力が強いです。あと、ジャンプ力も高い。それを活かして、機動力で戦いました」
「なんと……」
グレゴリーは驚いた。
「ええ。あなたの力があれば、帝国の侵攻を防げるかもしれません」
グレゴリーは真剣な表情で悠斗を見つめた。
「ぜひ、我が国のために戦っていただきたい」
「それは……」
悠斗は言葉を濁した。
「グレゴリー、今日は客人を歓迎する日だ。仕事の話はまた明日にせよ」
国王が諫めた。
「失礼しました、陛下」
グレゴリーは頭を下げた。
しかし、その目は、まだ悠斗を値踏みするように見ていた。
悠斗は少し不快感を覚えた。
まるで、自分が「道具」として見られているような。
晩餐会が終わった後、悠斗とルーナは王城の庭園を散歩していた。
庭園は美しく整備されており、様々な花が咲いている。噴水があり、小道が続いている。
「綺麗ね……」
ルーナが花を見つめている。
「ああ」
悠斗も頷いた。
二人は並んで歩いていた。
月の光が、二人を優しく照らしている。
「ねえ、悠斗」
「ん?」
「さっきの軍務大臣の言葉、気にしてる?」
「……ああ」
悠斗は正直に答えた。
「なんか、道具として見られてる気がして」
「私もそう思ったわ」
ルーナは悠斗の手を握った。
「でも、あなたは道具じゃない。一人の人間よ」
「ありがとう」
悠斗は握り返した。
二人は噴水のそばのベンチに座った。
噴水の水音が、静かに響いている。
「ルーナ、お前……この世界を救いたいと思ってる?」
「もちろんよ。私は月の女神だもの。この世界を守るのは、私の役目」
「でも、今は力がないんだろ?」
「ええ。でも、いつか力を取り戻すわ。そして、黒い月のバランスを正す」
ルーナは決意を込めて言った。
「そのためには、記憶を取り戻さないといけないわね」
「記憶……」
「ええ。百年前に何が起きたのか。なぜ私は力を失ったのか。それを思い出せば、解決の糸口が見つかるかもしれない」
「どうやって思い出すんだ?」
「わからない。でも、この世界を旅していれば、何か思い出すかもしれない」
ルーナは空を見上げた。
二つの月が、空に浮かんでいる。
「あの黒い月……百年前、何かが起きて、力を増し始めた」
「それが、お前の記憶と関係してるのか」
「おそらくね」
ルーナは悠斗を見た。
「だから、一緒に旅を続けたいの。記憶を取り戻すために。そして、この世界を救うために」
「わかった。俺も、一緒に行く」
悠斗は頷いた。
「ありがとう、悠斗」
ルーナは嬉しそうに微笑んだ。
そして――
ルーナは、悠斗の肩に頭を預けた。
「え……」
「少しだけ、こうさせて」
ルーナの声が、優しく響いた。
悠斗の心臓が、激しく鼓動した。
ルーナの温もりが、肩から伝わってくる。銀色の髪が、月光を受けて輝いている。
「ルーナ……」
「あなたと一緒にいると、安心するの」
ルーナは目を閉じた。
「あなたは、ずっと私を見ていてくれた。大切にしてくれた。だから、私も……」
「私も……?」
悠斗は尋ねた。
ルーナは少し躊躇してから、小さな声で答えた。
「私も、あなたのことが……好き」
悠斗の心臓が、止まりそうになった。
「え……」
「ごめんなさい。突然こんなこと言って」
ルーナは顔を上げた。その顔は真っ赤に染まっている。
「でも、本当なの。あなたのことが、好き」
悠斗は言葉を失った。
頭が真っ白になった。
ルーナが、自分のことを好きだと言った。
「俺も……」
悠斗は勇気を振り絞って答えた。
「俺も、お前のことが好きだ」
ルーナの目が、大きく見開かれた。
「本当……?」
「ああ。お前のフィギュアを見ていた時から、ずっと……」
悠斗は照れくさそうに視線を逸らした。
「お前は、俺にとって特別な存在だった。だから、ここに来た時も、すぐにわかった。これが本物のルーナだって」
「悠斗……」
ルーナの目に、涙が浮かんだ。
「嬉しい……本当に、嬉しい……」
ルーナは悠斗の胸に飛び込んできた。
悠斗は反射的にルーナを抱きしめた。
柔らかい体。温かい温もり。甘い香り。
二人は、しばらくそのままでいた。
月の光が、二人を優しく照らしていた。
深夜。
悠斗は客室のベッドで眠っていた。
しかし――
カチャ。
扉が開く音で、悠斗は目を覚ました。
「ん……?」
悠斗は目を開けた。
部屋の入り口に、人影があった。
「誰だ!」
悠斗は跳ね起きた。
人影は、ゆっくりと近づいてきた。
月光が人影を照らし、その正体が明らかになった。
「ルーナ……?」
それは、ルーナだった。
彼女は白いナイトドレスを着ており、銀色の髪が月光を反射して輝いている。
「悠斗……起こしちゃった?」
「いや、大丈夫。どうしたんだ?」
「眠れなくて……あなたと、話したくて」
ルーナは悠斗のベッドの端に座った。
「何を話したいんだ?」
「色々……」
ルーナは視線を逸らした。
「さっき、告白したでしょう?」
「ああ……」
悠斗も顔が熱くなった。
「あれ、本当なの。嘘じゃないわ」
「俺も、本当だ」
「嬉しい……」
ルーナは微笑んだ。
そして――
ルーナは、悠斗のベッドに潜り込んできた。
「え、ちょ、待って!」
「だって、寒いんだもの」
ルーナは悠斗の隣に横たわった。
二人の距離が、異常に近い。
悠斗の心臓が、爆発しそうなくらい激しく鼓動した。
「ル、ルーナ……これ、まずいんじゃ……」
「何が?」
「いや、その……男女が同じベッドに……」
「大丈夫よ。私たち、恋人同士でしょう?」
「え、恋人……」
悠斗は言葉を失った。
確かに、お互いに好きだと言った。でも、それで恋人になったのか。
「違うの?」
ルーナが不安そうに悠斗を見つめた。
「い、いや、違わない。俺も、そう思ってる」
「よかった」
ルーナは嬉しそうに微笑んだ。
そして、悠斗の胸に顔を埋めた。
「あったかい……」
「お、おい……」
「悠斗、ずっとこうしていたい」
「で、でも……」
「ダメ?」
ルーナが上目遣いで悠斗を見つめた。
その表情があまりにも可愛くて、悠斗は何も言えなくなった。
「……わかった。でも、何もしないぞ」
「何もって、何を?」
「い、いや、何でもない」
悠斗は顔を真っ赤にして視線を逸らした。
ルーナは小さく笑った。
「悠斗、可愛い」
「可愛いって……俺、男なんだけど……」
「でも、可愛いものは可愛いわ」
ルーナは悠斗の頬に手を当てた。
「ねえ、悠斗」
「何?」
「私のこと、ずっと好きでいてくれる?」
「ああ、ずっと好きだ」
悠斗は即答した。
「嬉しい……」
ルーナは目を閉じた。
「おやすみ、悠斗」
「おやすみ、ルーナ」
悠斗もルーナを抱きしめたまま、目を閉じた。
温かい温もり。甘い香り。柔らかい感触。
悠斗は、幸せな気持ちで眠りについた。
朝。
悠斗は、ノックの音で目を覚ました。
「悠斗様、朝食の準備ができました」
使用人の声。
「あ、ああ……今行く……」
悠斗は目を開けた。
そして、気づいた。
ルーナが、まだ自分の胸に顔を埋めて眠っていることに。
「やばい……」
悠斗は慌てた。
このまま使用人が入ってきたら、大変なことになる。
「ルーナ、起きろ!」
悠斗はルーナを揺すった。
「ん……あと五分……」
「五分じゃない! 起きろ!」
悠斗はさらに強く揺すった。
「うーん……」
ルーナがようやく目を開けた。
「おはよう、悠斗……」
「おはようじゃない! 早く自分の部屋に戻れ!」
「え、どうして?」
「使用人が来てる! このままじゃまずい!」
「あ……」
ルーナもようやく状況を理解した。
「ど、どうしよう!」
「窓から出ろ!」
「窓から!?」
「他に方法がない!」
悠斗は窓を開けた。
「そ、そうね……」
ルーナは窓から外に出た。
「じゃあ、後で!」
ルーナは窓から飛び降りた。
その体は軽く、まるで羽のように降りていった。
「ふう……」
悠斗は窓を閉めた。
そして、扉を開けた。
「お待たせしました」
「いえ。では、食堂へご案内します」
使用人は何も気づいていないようだった。
悠斗は胸を撫で下ろした。
食堂では、ルーナがすでに席に着いていた。
何食わぬ顔で、紅茶を飲んでいる。
「おはよう、悠斗」
「お、おはよう……」
悠斗は席に着いた。
国王や貴族たちは、まだ来ていないようだった。
「昨夜は、よく眠れた?」
ルーナがニコニコしながら尋ねた。
「あ、ああ……お前は?」
「私も、すごくよく眠れたわ」
ルーナは意味深に微笑んだ。
悠斗は顔を赤らめた。
昨夜のことを思い出す。
ルーナと同じベッドで眠ったこと。彼女の温もり。甘い香り。
「悠斗、顔が赤いわよ」
「う、うるさい」
悠斗は紅茶を飲んで、顔を隠した。
しばらくして、国王や貴族たちが食堂に入ってきた。
「おはよう、二人とも」
国王が席に着いた。
「おはようございます、陛下」
悠斗とルーナは頭を下げた。
朝食が運ばれてきた。
パン、卵料理、ベーコン、サラダ、果物。
悠斗は、また大量に食べた。
五皿、六皿、七皿。
「悠斗様は、本当によく食べますね」
使用人が感心したように言った。
「すみません……」
「いえいえ。たくさん食べてください」
朝食が終わった後、国王が悠斗とルーナに告げた。
「今日、軍の訓練場を見学してもらいたい」
「訓練場……ですか?」
「うむ。そなたの力を、実際に見せてもらいたい」
「わかりました」
悠斗は頷いた。
王城の裏には、広大な訓練場があった。
兵士たちが、剣の訓練や射撃訓練を行っている。
「ここが、我が国の軍事訓練場だ」
グレゴリー軍務大臣が案内した。
「兵士は約千人。全員、厳しい訓練を受けている」
訓練場の中央には、大きな的が設置されていた。
「神崎殿、あの的に向かって、全力で攻撃してみてください」
「わかりました」
悠斗は的に向かって歩いた。
兵士たちが、悠斗を興味深そうに見ている。
「あれが、黒竜を倒した戦士か」
「本当に強いのか?」
ヒソヒソと囁き声が聞こえる。
悠斗は的の前に立った。
そして――
全力で、拳を振るった。
ドゴォォン!!
凄まじい衝撃音が響いた。
的が粉々に砕け散った。
「な、何だ!?」
兵士たちが驚いた。
「一撃で的を……!」
「信じられない……」
グレゴリーも目を見開いていた。
「これは……驚異的だ……」
「次は、跳躍力を見せてください」
国王が言った。
「わかりました」
悠斗は地面を蹴った。
その体が、7メートルの高さまで跳ね上がった。
「うわっ!」
兵士たちが驚きの声を上げた。
悠斗は空中で一回転し、優雅に着地した。
「すごい……」
「あんな跳躍、見たことない……」
兵士たちが口々に言った。
「最後に、速度を見せてください」
グレゴリーが言った。
「あの壁まで、全力で走ってみてください」
グレゴリーは、訓練場の端にある壁を指差した。距離は約100メートル。
「わかりました」
悠斗は構えた。
そして――
ダッ!
悠斗が走り出した。
その速度は、兵士たちの目には捉えられないほど速かった。
数秒で、悠斗は壁に到達した。
「速い……!」
「まるで疾風のようだ……!」
兵士たちが感嘆の声を上げた。
グレゴリーは満足そうに頷いた。
「素晴らしい。これなら、帝国の軍勢とも渡り合えるでしょう」
「グレゴリー」
国王が厳しい声で言った。
「神崎殿に、無理を強いるな」
「しかし、陛下……」
「彼は、我々の道具ではない。一人の客人だ」
国王は悠斗を見た。
「神崎殿、そなたに強制するつもりはない。しかし、もし我が国のために戦ってくれるなら、我々は心から感謝する」
悠斗は少し考えてから、答えた。
「陛下、一つ質問があります」
「何だ?」
「この戦争……本当に必要なんですか?」
悠斗の質問に、その場の空気が凍りついた。
「どういう意味だ?」
グレゴリーが厳しい声で尋ねた。
「帝国が侵攻してくるのは、食料や資源が不足しているからですよね? だったら、戦争じゃなくて、話し合いで解決できないんですか?」
「話し合い……?」
グレゴリーは鼻で笑った。
「帝国は野蛮な軍事国家だ。話し合いなど通用しない」
「でも、試したんですか?」
悠斗の言葉に、グレゴリーは言葉を詰まらせた。
「それは……」
「神崎殿の言う通りだ」
国王が言った。
「我々は、帝国と話し合いをしていない。いや、できなかった」
「どうしてですか?」
「それは……信頼がないからだ」
国王は深くため息をついた。
「百年前、月の女神が姿を消してから、各国は互いを信頼できなくなった。誰もが、自分の国だけを守ろうとした。その結果、争いが絶えなくなったのだ」
「だったら、俺が仲介します」
悠斗は言った。
「え……?」
国王が驚いた。
「俺は、どの国にも属していません。だから、中立的な立場で話し合いを仲介できるはずです」
「しかし、帝国が聞き入れるとは思えません」
グレゴリーが反論した。
「試してみないとわかりません」
悠斗は真剣な表情で言った。
「俺は、無駄な戦争は見たくない。もし話し合いで解決できるなら、それが一番いい」
国王は少し考えてから、頷いた。
「わかった。では、帝国に使者を送ろう。神崎殿が仲介するという提案をするために」
「ありがとうございます」
悠斗は深々と頭を下げた。
ルーナが、悠斗の隣に寄ってきた。
「悠斗、やっぱりあなたは優しいのね」
「いや、ただ……戦争は嫌いなだけだ」
悠斗は照れくさそうに答えた。
午後。
悠斗とルーナは、王城の図書館にいた。
図書館は広大で、無数の本が棚に並んでいた。
「すごい……こんなにたくさんの本……」
悠斗は圧倒された。
「この図書館には、この国の歴史がすべて記録されているわ」
ルーナが説明した。
「ルーナの記憶を取り戻す手がかりが、ここにあるかもしれない」
「そうね。探してみましょう」
二人は、月の女神に関する本を探し始めた。
しばらくして、ルーナが一冊の古い本を見つけた。
「これ……『月の女神の伝説』」
ルーナは本を開いた。
そこには、月の女神についての記述があった。
「月の女神ルーナは、この世界に生命と秩序をもたらした。白い月を司り、黒い月との均衡を保った。しかし、百年前、黒い月の力が暴走し、女神は姿を消した
……」
ルーナは読み進めた。
「女神が姿を消した原因は、不明。一説によれば、女神は黒い月の力を封じるために、自らの力を犠牲にしたという……」
「自分の力を犠牲に……」
悠斗は呟いた。
「それで、お前は力を失ったのか?」
「わからない……でも、そうかもしれない」
ルーナはページをめくった。
そして、ある記述に目を止めた。
「待って……これ……」
「どうした?」
「『女神は、虚構の世界に逃げ込んだ』……虚構の世界……」
ルーナの顔が蒼白になった。
「これって……ゲームの世界のこと?」
「おそらく……」
ルーナは本を閉じた。
「私は、黒い月の力から逃れるために、ゲームの世界に閉じこもったのかもしれない」
「でも、なんでゲームの世界なんだ?」
「わからない。でも……」
ルーナは悠斗を見た。
「あなたがいたからかもしれない」
「俺が?」
「ええ。あなたは、ゲーム『星辰のアルカディア』をプレイしていたでしょう?」
「ああ、何度もクリアした」
「そして、私のフィギュアを大切にしていた」
「それが、どう関係するんだ?」
「私は、あなたの思いを感じ取っていたの。だから、ゲームの世界に逃げ込んだ時、あなたとつながることができた」
ルーナは悠斗の手を握った。
「あなたがいなければ、私は永遠にゲームの世界に閉じ込められていたかもしれない」
「ルーナ……」
悠斗は、ルーナを抱きしめた。
「もう大丈夫だ。俺が、お前を守る」
「ありがとう、悠斗」
二人は、しばらくそのままでいた。
図書館の静寂の中で、二人の心が一つになっていく。
そのとき――
「お二人とも、こんなところにいたのですか」
レイナルドの声が響いた。
悠斗とルーナは慌てて離れた。
「れ、レイナルドさん……」
「帝国からの返事が来ました」
「もう!?」
「はい。驚くべきことに、帝国は話し合いに応じると言ってきました」
「本当ですか!」
悠斗は喜んだ。
「ええ。ただし、条件があります」
「条件?」
「話し合いの場に、神崎殿が同席すること。そして、ルーナ様も同席すること」
「俺とルーナが……」
「はい。帝国は、あなた方に興味を持っているようです」
レイナルドは少し心配そうな表情をした。
「正直、罠かもしれません」
「でも、行くしかないな」
悠斗は決意した。
「話し合いのチャンスを逃すわけにはいかない」
「わかりました。では、明日、帝国との会談が行われます。場所は、国境付近の中立地帯です」
「了解しました」
悠斗は頷いた。
ルーナも頷く。
「では、準備をしてください。明日は、重要な一日になるでしょう」
レイナルドは去っていった。
悠斗とルーナは、顔を見合わせた。
「いよいよね」
「ああ。でも、これが平和への第一歩だ」
「そうね」
ルーナは微笑んだ。
「あなたと一緒なら、きっと大丈夫」
「俺もそう思う」
二人は手を取り合った。
明日、帝国との会談が行われる。
それは、この世界の未来を決める、重要な会談になるだろう。
悠斗は、決意を新たにした。
必ず、平和的な解決を見つけ出す。
そして、この世界を救う。
ルーナと共に――
夜。
悠斗は客室で、明日の会談について考えていた。
帝国が本当に話し合いに応じるのか。
罠ではないのか。
様々な不安が頭をよぎる。
コンコン。
扉がノックされた。
「悠斗、入っていい?」
ルーナの声。
「ああ」
扉が開き、ルーナが入ってきた。
彼女は白いナイトドレスを着ており、髪を下ろしている。
「明日、緊張してる?」
「まあな」
悠斗は正直に答えた。
「大丈夫。私も一緒にいるから」
ルーナは悠斗の隣に座った。
「二人で力を合わせれば、きっとうまくいくわ」
「ありがとう」
悠斗はルーナの手を握った。
「なあ、ルーナ」
「何?」
「もし、会談が失敗したら……戦争になるのかな」
「わからない。でも、最悪の事態は避けたいわね」
「ああ」
悠斗は窓の外を見た。
二つの月が、空に浮かんでいる。
黒い月は、さらに大きくなっているように見えた。
「時間がない……」
「ええ。だから、明日は絶対に成功させないと」
ルーナは決意を込めて言った。
「私たちなら、できるわ」
「そうだな」
悠斗は頷いた。
二人は、しばらく黙って月を見つめていた。
そして――
ルーナが、悠斗にもたれかかってきた。
「ルーナ……?」
「ねえ、悠斗」
「ん?」
「明日、もし何かあったら……」
「何かって?」
「もし、私が……」
ルーナは言葉を詰まらせた。
「何を言ってるんだ。お前に何もさせない」
悠斗はルーナを抱きしめた。
「俺が、絶対に守る」
「悠斗……」
ルーナは悠斗の胸に顔を埋めた。
「ありがとう。あなたがいてくれて、本当によかった」
「俺もだ」
二人は、そのまま抱き合っていた。
温かい温もり。甘い香り。
悠斗は、ルーナを守ると誓った。
何があっても、彼女を傷つけさせない。
そして、この世界を救う。
必ず――
朝。
悠斗とルーナは、王城の正門に集合していた。
国王、レイナルド、グレゴリー、そして数十人の兵士たちが、彼らを見送りに来ていた。
「神崎殿、ルーナ殿。この国の未来を、そなたたちに託す」
国王が厳かに言った。
「任せてください」
悠斗は頭を下げた。
「では、行ってくる」
馬車が用意されており、悠斗とルーナはそれに乗り込んだ。
レイナルドも同乗する。
「では、出発します」
馬車が動き出した。
王都の門をくぐり、草原へ。
国境までは、約半日の道のりだ。
馬車の中で、悠斗は緊張していた。
「大丈夫?」
ルーナが声をかけてきた。
「ああ……ちょっと緊張してる」
「私もよ」
ルーナは悠斗の手を握った。
「でも、二人で頑張りましょう」
「ああ」
馬車は、国境へと向かって走り続けた。
そして――
悠斗とルーナの、新たな試練が始まろうとしていた。
悠斗には内緒ですが……
実は、彼が眠っている時、時々そっと頬にキスをしています。
彼の寝顔が、あまりにも可愛くて……我慢できなくて……
でも、これは絶対に秘密です!
もし彼が読んでいたら……
その、ごめんなさい(顔を真っ赤にして逃げる)
次回、帝国との会談で、衝撃の真実が明かされるかもしれません。
そして……私の記憶の一部が、戻るかもしれません。
楽しみにしていてくださいね。
では、また4話でお会いしましょう!
ルーナ




