第14話 「妹と復讐と」
五人――悠斗、ルーナ、バルトロメウス、セレスティア、そしてグラキエス――は、第七階層への階段を上り続けていた。
階段は長く、険しい。石の壁に囲まれ、足音だけが静かに響く。
「疲れたな……」
悠斗は呟いた。
戦闘の連続で、さすがに体力を消耗している。
グゥゥゥ……
腹が鳴った。
「また腹減った……」
「はい、どうぞ」
ルーナはパンを取り出した。
「ありがとう」
悠斗はパンを受け取り、もぐもぐと食べ始めた。
「もうパンも残り少ないわ……」
ルーナは荷物を確認した。
「あと一つしかない」
「やばいな……最終決戦前に腹ペコになりそう」
「大丈夫よ。終わったら、たくさん食べさせてあげるから」
「それまで持つかな……」
悠斗は苦笑した。
「悠斗様」
セレスティアが声をかけた。
「はい」
「あの……大丈夫ですか? 無理してませんか?」
「ああ、大丈夫だ」
悠斗は微笑んだ。
「お前こそ、疲れてないか?」
「私は……大丈夫です」
セレスティアは頷いた。
「皆さんと一緒なら、どこまでも戦えます」
「ありがとう」
その時――
バルトロメウスが立ち止まった。
「どうした?」
悠斗が尋ねた。
「……着いた」
バルトロメウスは階段の先を指差した。
そこには、第七階層への扉が見えた。
「ついに第七階層か……」
悠斗は扉を見つめた。
「次は、誰が待ってるんだ?」
「おそらく……」
バルトロメウスは扉を見つめた。
「第四使徒イフリートと、第三使徒アダマスだろう」
「二人同時か……」
「ええ。残りの使徒は少なくなっています。おそらく、複数で待ち構えているはずです」
「わかった」
悠斗は拳を握りしめた。
「準備はいいか?」
「ええ」
「はい」
「もちろん」
「ええ」
四人が頷く。
悠斗は扉を押し開けた。
扉の向こうには――
広大な円形のアリーナが広がっていた。
床は黒い石で作られており、壁には炎の紋様が描かれている。天井は高く、そこから赤い光が降り注いでいる。
そして――
アリーナの中央に、二人の人物が立っていた。
一人は、巨大な体躯の男。
鉄の仮面をつけ、全身が金属のような光沢を放っている。身長は約20センチ。この世界ではかなり大柄だ。両腕は太く、まるで鉄の柱のようだ。
「第三使徒アダマス……」
バルトロメウスが呟いた。
もう一人は、筋骨隆々の男。
悪魔の仮面をつけ、全身から熱気が立ち上っている。赤いローブを纏い、その周囲には小さな炎が浮遊している。
「第四使徒イフリート……」
「よく来たな、侵入者ども、そして裏切ったようだなグラキエス」
イフリートが笑った。
粗野で、野蛮な笑い声。
「ここが貴様らの墓場だ」
「……」
アダマスは黙って立っている。
無表情。感情が読めない。
「二人同時か……」
悠斗は身構えた。
「面倒だな」
「悠斗、私たちも戦うわ」
ルーナが月の力を解放した。
「ええ、みんなで協力しましょう」
セレスティアも杖を構えた。
「私も戦います」
グラキエスが氷の剣を生成した。
「そして私も」
バルトロメウスが影の剣を構えた。
「五対二か……」
イフリートは不敵に笑った。
「面白い。だが、貴様らごときに俺たちは負けん」
イフリートは両手を広げた。
炎が、彼の周囲に渦を巻いた。
「炎よ、燃え上がれ!」
巨大な炎の球が、イフリートの手のひらに浮かび上がった。
そして――
イフリートはそれを悠斗たちに向かって投げた。
「危ない!」
悠斗は横に跳んで避けた。
炎の球は地面に激突し、爆発した。
ドォン!
凄まじい衝撃。
床が焦げ、煙が立ち上る。
「うわっ!」
セレスティアは慌てて後退した。
「熱い……!」
「セレスティア、下がって!」
ルーナが叫んだ。
その時――
アダマスが動いた。
無言のまま、悠斗に向かって突進してくる。
「くそっ!」
悠斗はアダマスの拳を避けようとしたが――
避けきれなかった。
ドゴォン!
アダマスの拳が、悠斗の腹部に叩き込まれた。
「ぐあっ!」
悠斗は吹き飛ばされ、壁に激突した。
「悠斗!」
ルーナが叫んだ。
「くっ……硬い……!」
悠斗は立ち上がった。
腹部が痛い。アダマスの拳は、まるで鉄の塊のようだった。
「アダマスは鋼の守護者……」
バルトロメウスが説明した。
「肉体を金属化させる能力を持っています。防御力は使徒の中でも最強です」
「やばいな……」
悠斗は拳を握りしめた。
「でも、倒すしかない!」
悠斗は地面を蹴り、アダマスに向かって突進した。
そして、全力の拳を叩き込む。
ドガァン!
しかし――
アダマスは微動だにしなかった。
「!?」
悠斗は驚いた。
自分の全力の拳が、まったく効いていない。
「無駄だ」
アダマスが初めて口を開いた。
低く、機械的な声。
「お前の拳では、私の鋼の肉体は砕けない」
アダマスは拳を振り上げた。
「くっ!」
悠斗は後ろに跳んで避けた。
アダマスの拳が、地面を叩く。
ドゴォン!
床が割れた。
「やばい……このままじゃ……」
その時――
グラキエスが氷の槍を放った。
「氷槍!」
氷の槍が、アダマスに向かって飛んだ。
しかし――
アダマスは槍を手で掴み、砕いた。
バキッ!
「無駄だ。氷ごときでは、私は倒せない」
「くっ……」
グラキエスは舌打ちした。
「なら、これならどうだ!」
バルトロメウスが影の触手を放った。
触手が、アダマスの体に絡みつく。
「……」
アダマスは、触手を力ずくで引きちぎった。
ブチブチッ!
「馬鹿な……」
バルトロメウスは驚いた。
「影すらも……」
「悠斗様!」
セレスティアが叫んだ。
「アダマスの弱点は、関節です! 金属化していても、関節部分は動かさなければならないので、そこが弱点です!」
「関節……!」
悠斗は目を凝らした。
確かに、アダマスの肘、膝、首などの関節部分は、わずかに隙間がある。
「よし!」
悠斗は地面を蹴り、跳躍しアダマスの頭上に回り込んだ。
そして――
空中から、アダマスの首の後ろに蹴りを叩き込んだ。
ドゴッ!
「ぐっ……!」
アダマスは膝をついた。
「効いた!」
悠斗は着地し、すぐに次の攻撃を繰り出した。
アダマスの膝の裏に、全力の蹴りを叩き込む。
バキッ!
「ぐああっ!」
アダマスは倒れた。
「今だ!」
悠斗はアダマスの首に、連続で拳を叩き込んだ。
一発、二発、三発。
ドンドンドン!
「ぐっ……がっ……!」
アダマスは抵抗しようとしたが、関節を狙われているため、うまく動けない。
「終わりだ!」
悠斗は最後の一撃を、アダマスの仮面に叩き込んだ。
ドガァァン!
仮面が砕け散った。
アダマスの素顔が露わになる。
中年の男性。無表情だが、その目には諦めの色が浮かんでいた。
「……やられた、か」
アダマスは倒れた。
「やった……」
悠斗は荒い息をついた。
しかし――
「悠斗! 後ろ!」
ルーナの叫び声。
悠斗は振り向いた。
イフリートの炎の拳が、すぐ目の前に迫っていた。
「しまっ――」
ドゴォン!
炎の拳が、悠斗の顔面に命中した。
「ぐあああっ!」
悠斗は吹き飛ばされた。
顔が熱い。火傷している。
「くっ……!」
悠斗は立ち上がろうとしたが、イフリートの連続攻撃が襲いかかった。
炎の拳、炎の蹴り、炎の肘打ち。
ドンドンドンドン!
「ぐっ、がっ、ああっ!」
悠斗は防御するので精一杯だった。
イフリートの攻撃は速く、そして熱い。
「悠斗様!」
セレスティアが治癒魔法を発動しようとした。
しかし――
「邪魔だ!」
イフリートは炎の球を、セレスティアに向かって投げた。
「きゃあっ!」
セレスティアは避けきれなかった。
炎の球が、セレスティアの右腕に命中した。
ジュッ!
「あああああっ!」
セレスティアは悲鳴を上げた。
右腕が、火傷している。
皮膚が赤く腫れ上がり、水ぶくれができている。
「セレスティア!」
ルーナが駆け寄った。
「大丈夫!?」
「い、痛い……痛いです……!」
セレスティアは涙を流しながら、右腕を押さえた。
「くそっ!」
バルトロメウスがイフリートに向かって影の剣を振るった。
しかし、イフリートは炎の壁を展開し、剣を防いだ。
「無駄だ! 炎は影を焼き尽くす!」
イフリートは笑った。
「ハハハハ! 苦しめ! もがけ! そして死ね!」
イフリートは両手を広げた。
炎が、アリーナ全体に広がっていく。
「くっ……このままでは……」
グラキエスが氷の壁を展開したが、炎の熱で溶け始めている。
「やばい……」
悠斗は立ち上がった。
体中が火傷している。痛い。
しかし――
「まだだ……まだ終わらない……!」
悠斗は拳を握りしめた。
その時――
イフリートが笑いながら言った。
「おい、小娘」
イフリートは火傷したセレスティアを見た。
「お前、その火傷の痛み、気に入ったか?」
「……っ」
セレスティアは涙を流しながら、イフリートを睨んだ。
「俺はな、村を焼くのが好きなんだ」
イフリートは楽しそうに語り始めた。
「炎に包まれる家屋。逃げ惑う村人たち。焼け焦げる肉の匂い。最高だぜ」
「……!」
悠斗は怒りに震えた。
「貴様……!」
「特にな、三年前に焼いた村が最高だった」
イフリートは笑った。
「南部の小さな村でな。住民は百人くらいだったか。全員焼き殺してやったぜ」
「!?」
セレスティアが叫んだ。
「なぜそんなことを!」
「ん? 何だ、怒っているのか?」
イフリートは興味深そうにセレスティアを見た。
「まあいい。あの村は楽しかったな。特に、最後まで逃げ回ってた姉妹がいてな」
イフリートは思い出すように目を細めた。
「姉の方は、妹を庇って炎の中に飛び込んだ。で、妹の方は――」
その時――
「黙れ……」
低い声が響いた。
「貴様がやったんだな、イフリート」
アリーナの隅、影の中から――
一人の人物が姿を現した。
蛇の仮面をつけた女性。
第二使徒、セルペンタ。
「セルペンタ……?」
イフリートは驚いた。
「お前、何でここに……」
「貴様を殺すためだ」
セルペンタの声は、静かだが、怒りに満ちていた。
「え……?」
イフリートは戸惑った。
「何言ってんだ、お前。俺たち仲間だろ」
「仲間……?」
セルペンタは笑った。
冷たく、憎悪に満ちた笑い。
「貴様と仲間などと、片腹痛い」
セルペンタは両手を広げた。
紫色の霧が、彼女の周囲に立ち上った。
「待て、セルペンタ! 何をする気だ!」
イフリートは後退した。
「決まっている」
セルペンタは仮面を外した。
その下には、美しいが冷たい表情の女性の顔があった。
長い黒髪。深い緑色の瞳。そして、その瞳には――
深い憎しみが宿っていた。
「貴様を殺す。妹の仇を討つ」
「妹……?」
イフリートは混乱した。
「お前に妹なんて――」
「三年前」
セルペンタは静かに語り始めた。
「貴様が焼いた南部の村。あれは、私の故郷だ」
「!?」
イフリートは目を見開いた。
「まさか……」
「そうだ」
セルペンタは拳を握りしめた。
「私には、妹がいた。名前はリリア。優しくて、明るくて、誰からも愛される子だった」
セルペンタの声が、震えた。
「リリアは、月の女神を信仰していた。毎日、月に祈りを捧げていた」
セルペンタは涙を流した。
「そんなリリアを……貴様は……貴様は……!」
「待て! 俺は命令で――」
「黙れ!」
セルペンタは叫んだ。
「貴様は楽しんでいた! 村を焼くのを楽しんでいた! 人が死ぬのを楽しんでいた!」
セルペンタは両手を掲げた。
紫色の霧が、濃くなっていく。
「毒霧……マイアズマ!」
霧が、イフリートに向かって襲いかかった。
「くっ!」
イフリートは炎の壁を展開した。
しかし――
毒霧は、炎を通り抜けた。
「な、何!?」
「私の毒は、炎では防げない」
セルペンタは冷たく言った。
「そして――毒は、体を腐食させる」
毒霧がイフリートの体を包んだ。
「ぐっ……ぐああああっ!」
イフリートは悲鳴を上げた。
体が、毒に侵されていく。
皮膚が爛れ、筋肉が溶けていく。
「が、ぐ、ぐああああ!」
「苦しめ」
セルペンタは冷たく言った。
「リリアが苦しんだように、貴様も苦しめ」
「た、助けて……助けてくれ……!」
イフリートは懇願した。
しかし、セルペンタは容赦しなかった。
「助けてだと? リリアも、同じことを言っていただろう」
セルペンタは毒霧を強化した。
「リリアは、最後まで生きたいと願っていた。助けてと叫んでいた」
セルペンタの涙が、床に落ちた。
「でも、貴様は助けなかった。むしろ、笑っていた」
「ぐ、ぐああああああ!」
イフリートの悲鳴が、アリーナに響いた。
やがて――
イフリートは動かなくなった。
毒に侵され、体が完全に崩壊していた。
「……終わった」
セルペンタは毒霧を消した。
そして、ゆっくりと悠斗たちの方を向いた。
「……」
悠斗たちは、警戒した表情でセルペンタを見つめた。
「安心しろ」
セルペンタは静かに言った。
「お前たちを攻撃するつもりはない」
「本当か?」
悠斗が尋ねた。
「ああ」
セルペンタは頷いた。
「私の目的は、こいつだった。それが達成された今、お前たちと戦う理由はない」
「では、なぜ黒月教にいたんだ?」
バルトロメウスが尋ねた。
「復讐のためだ」
セルペンタは答えた。
「村を焼いたのは、黒月教の使徒だった。だから、私も使徒になった。そして、機会を待っていた」
セルペンタは仮面を拾い上げた。
「今日、事実を知り、その機会が訪れた」
「……そうか」
悠斗は複雑な表情をした。
「それで、これからどうするんだ?」
「消える」
セルペンタは答えた。
「復讐を果たした今、私には行く場所がない。どこか遠くで、静かに暮らす」
セルペンタは悠斗たちを見た。
「お前たち、ゼノンを倒すつもりなんだろう」
「ああ」
「ならば、頑張れ」
セルペンタは小さく微笑んだ。
「リリアは、月の女神を信じていた。お前たちが勝てば、リリアも喜ぶだろう」
「……ありがとう」
ルーナが言った。
「あなたの妹さん、リリアさんのこと……忘れないわ」
「……ありがとう」
セルペンタは涙を拭った。
そして――
影の中に消えていった。
「……行ったな」
悠斗は呟いた。
「ええ」
ルーナが頷いた。
「彼女も、被害者だったのね……」
「ああ」
悠斗は拳を握りしめた。
「黒月教のせいで、どれだけの人が苦しんだんだ……」
「だからこそ」
バルトロメウスが言った。
「ゼノンを倒さなければならない」
「そうだな」
悠斗は頷いた。
「セレスティア、大丈夫か?」
「は、はい……」
セレスティアは右腕を押さえていた。
火傷は痛々しい。
「ルーナ、治療を」
「ええ」
ルーナはセレスティアの右腕に治癒魔法をかけた。
淡い光が、火傷を包む。
徐々に、火傷が癒えていく。
「ありがとうございます……」
セレスティアは涙を拭った。
「でも、イフリートの話を聞いて……辛くなりました……」
「わかる」
ルーナは優しくセレスティアを抱きしめた。
「あんな残酷な話、辛いわよね」
「はい……」
セレスティアはルーナの胸に顔を埋めた。
「リリアさん……可哀想です……」
「ええ……」
しばらく休憩した後、五人は再び歩き始めた。
アリーナを抜け、次の階段へ。
「次で、最後の使徒だな」
悠斗は呟いた。
「ああ」
バルトロメウスが頷いた。
「第一使徒、影の司祭。教団で最も古参の使徒だ」
「どんな奴なんだ?」
「詳しくは知らない。ただ、ゼノンの最側近であり、最も信頼されている使徒だということだけは知っている」
「厄介そうだな……」
「ええ」
階段を上ること数分。
ついに、第八階層への扉が見えてきた。
「着いたな」
悠斗は扉の前で立ち止まった。
「準備はいいか?」
「ええ」
「はい」
「もちろん」
「ええ」
四人が頷く。
悠斗は扉を押し開けた。
扉の向こうには――
暗闇が広がっていた。
真っ暗で、何も見えない。
「……暗いな」
悠斗は警戒しながら一歩踏み出した。
すると――
パッ。
無数の蝋燭が、一斉に灯った。
部屋全体が、淡い光に包まれる。
円形のホール。
壁には、無数の本棚が並んでいる。古い本が、びっしりと詰まっている。
床には、複雑な魔法陣が描かれている。
そして――
ホールの中央に、一人の老人が立っていた。
割れた仮面をつけた、痩せた老人。
黒いローブを纏い、杖を持っている。
「ようこそ」
使徒は静かに言った。
「よくここまで辿り着いたな、侵入者たちよ」
「お前が……影の司祭か」
悠斗は身構えた。
「そうだ」
使徒は頷いた。
「私は、第一使徒。影の司祭……」
使徒は仮面を外した。
その下には、深い皺に覆われた顔があった。
白髪と白髭。しかし、その目は鋭く、知性に満ちていた。
「私の名は、アルヴィン・ノクターン」
「アルヴィン・ノクターン……」
「聞いたことがあるか?」
アルヴィンは微笑んだ。
「いや……」
悠斗は首を振った。
「そうか。まあ、当然だろう」
アルヴィンは杖を床についた。
「私は、五十年前にこの世界から消えた男だからな」
「五十年前……」
ルーナが呟いた。
「もしかして……あなたは……」
「気づいたか、月の女神よ」
アルヴィンはルーナを見た。
「そうだ。私は、かつてエルディア王国の首席宮廷魔術師だった男だ」
「!?」
悠斗たちは驚いた。
「王国の……魔術師……?」
「そうだ」
アルヴィンは頷いた。
「私は、かつて王国に仕えていた。魔法の研究に没頭し、国王の信頼を得ていた」
アルヴィンは窓の外を見た。
「しかし、五十年前……私は、ある研究に手を出した」
「研究……?」
「黒い月の力の研究だ」
アルヴィンの声が、暗くなった。
「私は、黒い月の力を解明しようとした。白い月と黒い月のバランスが崩れた原因を知りたかった」
「それで……?」
「実験中に、事故が起きた」
アルヴィンは拳を握りしめた。
「黒い月の力が暴走し、私の研究室が爆発した」
「……」
「その時、私の妻と娘が……研究室にいた」
アルヴィンの声が、震えた。
「二人は、爆発に巻き込まれて……死んだ」
「……」
悠斗たちは、黙って聞いていた。
「私は、王国から追放された」
アルヴィンは続けた。
「危険な研究をした罪で。そして、家族を失った罪で」
「それで……黒月教に……」
「そうだ」
アルヴィンは頷いた。
「全てに絶望していた私を、ゼノン様が拾ってくださった」
アルヴィンの目が、狂気に輝いた。
「ゼノン様は、私に教えてくださった。この世界が間違っていると。月の女神が、この世界を歪めたのだと」
「違う!」
ルーナが叫んだ。
「私は、世界を歪めてなんかいない!」
「黙れ、偽りの女神よ」
アルヴィンは冷たく言った。
「お前が、この世界を創造した。お前が、バランスを崩した。すべて、お前のせいだ」
「そんな……」
「私の妻と娘が死んだのも、お前のせいだ」
アルヴィンは杖を掲げた。
「だから、私はお前を許さない。お前を倒し、この世界を破壊する」
アルヴィンの周囲に、黒い霧が立ち上った。
「さあ、来るがいい」
アルヴィンは宣言した。
「私が、お前たちの最後の壁だ。ここで、すべて終わらせる」
悠斗は拳を握りしめた。
ルーナは月の力を解放した。
バルトロメウスは影の剣を構えた。
グラキエスは氷の剣を生成した。
セレスティアは杖を握りしめた。
「行くぞ!」
悠斗が叫んだ。
五人は、アルヴィンに向かって突進した。
そして――
最後の使徒との戦いが、始まろうとしていた。
私、セルペンタ――本名はエリアナ・ヴァイパーは、ついに復讐を果たした。
三年間。長かった。
黒月教に潜入し、使徒の座を得て、あの男イフリートの隣で笑顔を作り続けた日々。
毒の研究に没頭するふりをしながら、ただ一つの目的のために生きてきた。
リリア。
私の大切な妹。
あの日、炎に包まれた村で、私はリリアの手を握っていた。「お姉ちゃん、怖いよ」と泣く妹を、必死で守ろうとした。
でも、私は無力だった。
イフリートの炎が、リリアを焼いた。
妹の悲鳴が、今でも耳に残っている。
あの日から、私は復讐だけを生きがいにしてきた。
毒の研究。暗殺の技術。すべては、イフリートを殺すため。
そして今日、ついにその時が来た。
イフリートが苦しみながら死んでいく姿を見て、私は何も感じなかった。
喜びも、悲しみも、何も。
ただ、空虚だった。
復讐を果たしても、リリアは戻ってこない。
私の心の穴は、埋まらない。
月の女神と、あの英雄たちを見た。
彼らは、希望を持っている。
リリアが信じていた、月の女神。
もし、彼らがゼノンを倒せば――
もしかしたら、この世界は少しだけ、良くなるのかもしれない。
リリアが生きた世界が、少しだけ、救われるのかもしれない。
私にできることは、もうない。
ただ、どこか遠くで、静かに暮らそう。
そして、リリアのことを、忘れずにいよう。
――セルペンタ(エリアナ・ヴァイパー)




