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模型(1/10)スケールのアポカリプス  作者: 暁の裏


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13/15

第13話 「時間と獣と幻影と雷鳴と――そして氷が溶ける時」

 悠斗、ルーナ、バルトロメウス、そしてセレスティアの四人は、第三階層のホールで束の間の休息を終えた。


「よし、行こう」


 悠斗は立ち上がり、仲間たちを見回した。


 ルーナは銀色の髪を揺らしながら頷き、セレスティアは杖を握りしめて決意の表情を見せる。バルトロメウスは静かに立ち上がり、影のように悠斗の隣に並んだ。


「第四階層は……」


 バルトロメウスは階段の方を見た。


「おそらく、クロノスが待っている」


「クロノス……お前の後任だったな」


「ああ」


 バルトロメウスの表情が、わずかに曇った。


「彼は、私が脱退した後に第九使徒となった。時間を操る魔法を使う、厄介な相手だ」


「時間を操る……」


 悠斗は眉をひそめた。


「それって、どういうことだ?」


「文字通り、時間の流れを操作できる。過去を見たり、未来を予測したり、相手の時間感覚を狂わせたりする」


「やばいな……」


「ええ。おそらく、使徒の中でも上位の実力者でしょう」


 バルトロメウスは階段を見上げた。


「私が、彼を相手にします」


「お前が?」


「ああ。元第九使徒として、現第九使徒と決着をつけなければならない」


 バルトロメウスの瞳に、強い決意が宿っていた。


「わかった」


 悠斗は頷いた。


「お前に任せる。俺たちは援護する」


「ありがとう」


 四人は階段を上り始めた。


 螺旋階段は狭く、石の壁に囲まれている。足音が静かに響く。


「バルトロメウス様」


 セレスティアが声をかけた。


「はい」


「クロノスとは……面識があるのですか?」


「いや、直接会ったことはない」


 バルトロメウスは階段を上りながら答えた。


「彼が第九使徒になったのは、私が脱退した後だからな。ただ、噂は聞いている」


「どんな噂ですか?」


「クロノスは、古代遺跡で目覚めた存在らしい。年齢も出自も不明。ゼノンが見出して、使徒に加えた」


「古代遺跡……」


 ルーナが呟いた。


「もしかして、月の神殿と関係があるのかしら」


「わからない。だが、可能性はある」


 階段を上り続けること数分。


 やがて、第四階層への扉が見えてきた。


「着いたな」


 悠斗は扉の前で立ち止まった。


「準備はいいか?」


「ええ」


「はい」


「問題ない」


 三人が頷く。


 悠斗は扉を押し開けた。


 扉の向こうには――


 広大な空間が広がっていた。


 円形のホール。しかし、第三階層とは雰囲気がまったく違う。


 床には複雑な魔法陣が描かれており、壁には無数の時計が埋め込まれていた。それぞれの時計は、異なる時刻を指している。


 カチカチカチカチ……


 無数の秒針が刻む音が、ホール全体に響いている。


「これは……」


 ルーナが周囲を見回した。


「時計だらけ……」


「クロノスの趣味だろう」


 バルトロメウスが言った。


「彼は、時間に執着している」


 その時――


 ホールの中央に、人影が現れた。


「よく来たな、バルトロメウス」


 声が響いた。


 中性的な、高くも低くもない声。


 人影は、ゆっくりとこちらを向いた。


 時計の歯車を模した仮面をつけた人物。体格は細身で、黒いローブに身を包んでいる。男なのか女なのか、判別がつかない。


「クロノス……」


 バルトロメウスは身構えた。


「久しぶり、とは言えないな。我々は初対面だ」


「ああ」


 クロノスは頷いた。


「だが、私はお前のことを知っている。バルトロメウス、元第九使徒」


「私の後任」


「そうだ」


 クロノスは両手を広げた。


「私は、お前の席を継いだ。だが――」


 クロノスの声が、冷たくなった。


「お前は、その席を裏切った。教団を裏切り、ゼノン様を裏切った」


「ああ、その通りだ」


 バルトロメウスは堂々と答えた。


「私は、黒月教の狂気に耐えられなかった。だから脱退した」


「狂気……?」


 クロノスは首を傾げた。


「お前は、理解していないのだな。これは狂気ではない。必然だ」


「必然……?」


「そうだ。時の流れの中で、すべては決まっている。この世界が破壊されることも、新しい世界が生まれることも、すべては時間の中で既に定められている」


 クロノスは腕を組んだ。


「お前が脱退したことも、私が後任になったことも、すべては時の流れの一部だ」


「馬鹿な」


 バルトロメウスは首を振った。


「未来は決まっていない。我々の選択で、未来は変わる」


「違う」


 クロノスは静かに言った。


「お前は、時間を理解していない。過去、現在、未来。すべては、既に存在している」


 クロノスは右手を掲げた。


「私は、その時間の流れを見ることができる。そして――」


 クロノスの周囲に、淡い光が現れた。


「時間を、操ることができる」


 光が広がり、ホール全体を包んだ。


「!?」


 悠斗は驚いた。


 周囲の時計の針が、一斉に逆回転し始めたのだ。


 カチカチカチカチ……


 秒針が、逆向きに回る。


「これが、私の力だ」


 クロノスは宣言した。


「時間魔法――クロノマンシー」


 バルトロメウスは深く息を吸った。


「悠斗、ルーナ様、セレスティア」


「何だ?」


「下がっていてくれ」


 バルトロメウスは前に出た。


「これは、私とクロノスの戦いだ」


「でも――」


「大丈夫」


 バルトロメウスは振り返り、微笑んだ。


「私は、元第九使徒。現第九使徒に、負けるわけにはいかない」


「……わかった」


 悠斗は頷いた。


「でも、危なくなったら助けるからな」


「ありがとう」


 バルトロメウスは再びクロノスを見た。


「さあ、クロノス」


 バルトロメウスは両手を広げた。


 影が、彼の足元から広がっていく。


「元第九使徒と現第九使徒、どちらが上か、決着をつけよう」


「面白い」


 クロノスも構えた。


「では、始めようか」


 次の瞬間――


 クロノスが消えた。


「!?」


 バルトロメウスは周囲を見回した。


「どこだ……」


「ここだ」


 声が、バルトロメウスの背後から聞こえた。


 バルトロメウスは振り向いたが――


 クロノスの拳が、すでにバルトロメウスの顔面に迫っていた。


 ドンッ!


 バルトロメウスは吹き飛ばされ、床に転がった。


「ぐっ……速い……!」


「速いのではない」


 クロノスは冷静に言った。


「お前の時間が、遅いのだ」


 クロノスは右手を掲げた。


「時間加速――アクセラレイト」


 クロノスの周囲に、再び光が現れた。


 そして――


 クロノスの動きが、異常に速くなった。


「うわっ!」


 バルトロメウスは立ち上がろうとしたが、クロノスの連続攻撃が襲いかかった。


 拳、蹴り、肘打ち。


 ドンドンドンドン!


 バルトロメウスは防御するので精一杯だった。


「くそ……!」


「どうした、バルトロメウス」


 クロノスは攻撃の手を緩めない。


「これが、時間魔法だ。私の時間を加速させ、お前の時間を遅くする。これで、私はお前より圧倒的に速く動ける」


「ちっ……!」


 バルトロメウスは後退した。


 そして――


「影縛り!」


 バルトロメウスは影魔法を発動した。


 影が、クロノスの足元に伸びる。


 しかし――


「効かぬよ」


 クロノスは軽く跳んで、影を回避した。


「影魔法は、確かに強力だ。だが、私には通用しない」


 クロノスは着地し、再び突進した。


「時間を見通せる私には、お前の攻撃はすべて見える!」


 クロノスの拳が、バルトロメウスの腹部に叩き込まれた。


「ぐあっ!」


 バルトロメウスは膝をついた。


「バルトロメウス!」


 悠斗は叫んだ。


「大丈夫か!」


「……ああ」


 バルトロメウスは立ち上がった。


「まだ……戦える……」


「無理をするな」


 クロノスは冷たく言った。


「お前は、もう終わりだ。時間の流れは、お前の敗北を示している」


「黙れ」


 バルトロメウスは拳を握りしめた。


「未来は、決まっていない」


 バルトロメウスは両手を広げた。


 影が、ホール全体に広がっていく。


「影領域展開――シャドウドメイン!」


 ホール全体が、暗闇に包まれた。


「!?」


 クロノスは驚いた。


「これは……」


「私の影の世界だ」


 バルトロメウスの声が、暗闇の中から響いた。


「ここでは、私が有利だ」


 暗闇の中から、無数の影の触手が現れた。


 触手は、クロノスに向かって襲いかかる。


「ちっ……!」


 クロノスは触手を避けようとしたが――


 触手の数が多すぎて、すべてを避けきれない。


 ドスドスドス!


 触手が、クロノスの体に絡みついた。


「くっ……」


「捕まえた」


 バルトロメウスは暗闇の中から姿を現した。


「これで、終わりだ」


 バルトロメウスは右手に影の剣を生成した。


 そして――


 クロノスに向かって突進した。


 しかし――


「甘いな、バルトロメウス」


 クロノスは微笑んだ。


「時間逆行――リバース」


 次の瞬間――


 時間が、巻き戻った。


 影の触手が、クロノスの体から離れていく。


 そして、クロノスは自由になった。


「なっ……!?」


 バルトロメウスは驚いた。


「時間を、巻き戻した……?」


「そうだ」


 クロノスは立ち上がった。


「私は、時間を自在に操れる。進めることも、戻すこともできる」


 クロノスは右手を掲げた。


「そして――」


 クロノスの周囲に、複数の人影が現れた。


 それは、すべてクロノス自身だった。


「時間分岐――パラレル」


「分身……!?」


「違う」



 クロノスたちは一斉に言った。


「これは分身ではない。異なる時間軸の私だ」


 五人のクロノスが、バルトロメウスを囲んだ。


「過去の私、現在の私、未来の私。すべてが、ここに存在する」


「馬鹿な……」


 バルトロメウスは戸惑った。


「そんなことが……」


「可能だ」


 五人のクロノスが、一斉に攻撃を仕掛けた。


 ドンドンドンドンドン!


 バルトロメウスは、五方向から同時に攻撃を受けた。


「ぐあああっ!」


 バルトロメウスは地面に叩きつけられた。


「バルトロメウス!」


 ルーナが叫んだ。


「もうやめて!」


「待ってください、ルーナ様」


 セレスティアがルーナを止めた。


「バルトロメウス様を、信じましょう」


「でも……」


「大丈夫です」


 セレスティアは真剣な表情で言った。


「バルトロメウス様は、まだ諦めていません」


 その言葉通り――


 バルトロメウスは、ゆっくりと立ち上がった。


「はあ、はあ……」


 荒い息をつきながら、バルトロメウスは五人のクロノスを見た。


「確かに……お前の時間魔法は、強力だ……」


 バルトロメウスは拳を握りしめた。


「だが……」


 バルトロメウスの瞳に、光が宿った。


「私には、影がある」


 バルトロメウスは両手を広げた。


 影が、再び広がっていく。


 しかし、今度は違った。


 影が、立体的に変形し始めたのだ。


「影の化身――シャドウインカーネーション!」


 影が、人の形を成した。


 そして――


 五体の影の戦士が、バルトロメウスの周囲に現れた。


「これは……」


 クロノスたちは驚いた。


「私の影の分身だ」


 バルトロメウスは宣言した。


「お前が時間を分岐させるなら、私は影を分身させる」


 五体の影の戦士が、それぞれクロノスに向かって突進した。


 影の戦士とクロノスが、激突する。


 ガキィン!ガキィン!ガキィン!


 剣と剣がぶつかり合う音が、ホールに響いた。


「面白い……!」


 一人のクロノスが言った。


「だが、これでは五分五分だ!」


「いや」


 バルトロメウスは微笑んだ。


「まだだ」


 バルトロメウスは右手を掲げた。


「影の牢獄――シャドウプリズン!」


 床から、巨大な影の檻が現れた。


 檻は、五人のクロノスと影の戦士を包み込んだ。


「!?」


「この檻の中では、時間魔法は使えない」


 バルトロメウスは宣言した。


「影が、時間の流れを遮断している」


「なっ……!?」


 クロノスたちは驚いた。


 そして――


 クロノスたちの姿が、一つに戻った。


 時間分岐が、解除されたのだ。


「ぐっ……」


 クロノスは膝をついた。


「影が、時間を遮断するだと……」


「そうだ」


 バルトロメウスは歩み寄った。


「影は、光の対極。そして、時間もまた、光の一部だ。影は、時間を呑み込むことができる」


 バルトロメウスは影の剣を構えた。


「これで、終わりだ」


 バルトロメウスは剣を振り下ろした。


 しかし――


「まだだ……!」


 クロノスは最後の力を振り絞った。


「時間停止――ストップ!」


 次の瞬間――


 時間が、止まった。


 バルトロメウスの剣が、空中で静止した。


 ルーナ、悠斗、セレスティアも、動きが止まった。


 周囲の時計の針も、すべて止まった。


 静寂。


 完全な静寂。


 クロノスは、ゆっくりと立ち上がった。


「はあ、はあ……」


 荒い息をつきながら、クロノスはバルトロメウスの前に立った。


「バルトロメウス……お前は、強い……」


 クロノスは拳を握りしめた。


「だが、私には、まだこの技がある」


 クロノスは拳を振り上げた。


「時間が止まった世界では、私だけが動ける。これで――」


 その時――


「……そうは、いかない」


 バルトロメウスの声が聞こえた。


「!?」


 クロノスは驚いた。


 バルトロメウスが、わずかに動いていた。


「動ける……だと……!?」


「ああ」


 バルトロメウスは、ゆっくりと口を開いた。


「影は……光を呑み込む……そして、時間も呑み込む……」


 バルトロメウスの体が、影に包まれていた。


「時間が止まっても……影の中では……時間は流れている……」


「馬鹿な……」


「これが……影魔法の真髄だ……」


 バルトロメウスは、影の剣を握り直した。


 そして――


 クロノスに向かって、剣を振るった。


 ザシュッ!


 剣が、クロノスの胸を貫いた。


「ぐあっ……!」


 クロノスは後退した。


 そして――


 時間停止が、解除された。


 時計の針が、再び動き始めた。


「……やられた、か」


 クロノスは膝をついた。


 仮面に亀裂が入り、その下の顔が見える。


 中性的な、美しい顔。


「バルトロメウス……お前は、やはり……強いな……」


「クロノス……」


 バルトロメウスは剣を下ろした。


「お前も、強かった」


「ふふ……」


 クロノスは微笑んだ。


「私は……時間の流れを見ることができる……だが……お前は……時間の流れを変えた……」


 クロノスはゆっくりと倒れた。


「私の負けだ……バルトロメウス……」


「ああ」


 バルトロメウスはクロノスに近づいた。


「お前は、良い戦士だった」


「ありがとう……」


 クロノスは目を閉じた。


「時間の流れの中で……また会おう……」


 クロノスの体が、光に包まれた。


 そして――


 光は消え、クロノスの姿も消えた。


「……終わった」


 バルトロメウスは深く息を吐いた。


「バルトロメウス!」


 悠斗が駆け寄ってきた。


「大丈夫か!」


「ああ……なんとか……」


 バルトロメウスは膝をついた。


「すまない……疲れた……」


「当然だろ。あんな激戦を……」


 ルーナも駆け寄ってきた。


「すごかったわ、バルトロメウス」


「ありがとう、ルーナ様」


 バルトロメウスは微笑んだ。


「私は、元第九使徒の意地を見せることができた」


「ええ」


 セレスティアが治癒魔法を発動した。


「少し休んでください」


「ありがとう」


 四人は、しばらくホールで休憩した。


 バルトロメウスは治癒魔法で回復し、悠斗はまたパンを食べていた。


「悠斗様……また食べてるんですね……」


 セレスティアは苦笑した。


「ああ、腹が減ってな」


 悠斗はもぐもぐとパンを食べ続けた。


 その間、ルーナとセレスティアは少し離れた場所で話をしていた。


「セレスティア」


 ルーナが声をかけた。


「はい、ルーナ様」


「あなた、すごく成長したわね」


 ルーナは微笑んだ。


「最初に会った時からは想像もできないくらい。今では、立派な戦士よ」


「そ、そんな……」


 セレスティアは照れくさそうに俯いた。


「私、まだまだです……」


「いいえ」


 ルーナはセレスティアの手を握った。


「あなたは、もう十分強いわ。ゼフィロスを倒せたのも、あなたのおかげ」


「でも、それは……」


「謙遜しなくていいのよ」


 ルーナは優しく言った。


「あなたは、月の巫女として、立派に役目を果たしている」


「ルーナ様……」


 セレスティアの目に、涙が浮かんだ。


「ありがとうございます……」


「ねえ、セレスティア」


 ルーナは真剣な表情になった。


「私、あなたに聞きたいことがあるの」


「何ですか?」


「あなた、月の女神のことを、どう思ってる?」


「え……」


 セレスティアは戸惑った。


「それは……ルーナ様は、月の女神ですよね……」


「そうね。でも、今の私は、力のほとんどを失っている。本当に、女神と呼べるのかしら」


「そんなことありません!」


 セレスティアは強く言った。


「ルーナ様は、月の女神です。力があろうとなかろうと、それは変わりません」


「セレスティア……」


「私、ずっと月の女神様を信じてきました」


 セレスティアは涙を流しながら言った。


「百年間、女神様が姿を消してから、みんな絶望していました。でも、私は信じていました。いつか、女神様が戻ってきてくれると」


 セレスティアはルーナの手を握り返した。


「そして、ルーナ様が現れた。私の信仰は、間違っていなかった」


「ありがとう、セレスティア」


 ルーナは微笑んだ。


「あなたがいてくれて、本当によかった」


「私こそ、ルーナ様と一緒に戦えて、幸せです」


 二人は抱き合った。


 月の女神と月の巫女。


 二人の絆が、さらに深まった瞬間だった。


「おい、ルーナ」


 悠斗が声をかけた。


「そろそろ行くぞ」


「ええ」


 ルーナとセレスティアは離れた。


「行きましょう、セレスティア」


「はい」


 四人は、第五階層への階段を上り始めた。


 階段は、第四階層よりもさらに長かった。


「次は、何階層だったか……」


 悠斗は呟いた。


「第五階層です」


 バルトロメウスが答えた。


「おそらく、次の使徒たちが待っているでしょう」


「次の使徒たち……?」


「ええ。複数形です」


 バルトロメウスは険しい表情をした。


「第五階層には、三人の使徒がいるはずです」


「三人!?」


 悠斗は驚いた。


「一度に三人も相手にするのか?」


「おそらく」


「誰なんだ?」


「第六使徒フェンリル、第七使徒ミラージュ、第八使徒フルミナ」


 バルトロメウスは列挙した。


「この三人は、『三兄弟』と呼ばれている」


「三兄弟……?」


「ああ。彼らは、本当の兄弟ではない。だが、同時期に使徒になり、いつも三人で行動している」


 バルトロメウスは続けた。


「フェンリルは獣化の力を持つ狩人。ミラージュは幻術を操る魔女。フルミナは雷魔法を使う神官。三人とも、非常に強力だ」


「厄介だな……」


「ええ。しかし、一人ずつ戦えば、勝機はあります」


「一人ずつ……」


 悠斗は考えた。


「なら、俺たち三人で、それぞれ一人ずつ相手にするか」


「それが良いでしょう」


 バルトロメウスは頷いた。


「悠斗はフェンリル、ルーナ様はミラージュ、私はフルミナを相手にします」


「わかった」


「私は……」


 セレスティアが不安そうに言った。


「私、戦えますか?」


「大丈夫よ、セレスティア」


 ルーナが励ました。


「あなたは、援護に回ってくれればいいわ。魔力を感知して、私たちに教えてくれれば、それだけで十分助かる」


「わかりました」


 セレスティアは頷いた。


「精一杯、援護します」


 階段を上り続けること数分。


 ついに、第五階層への扉が見えてきた。


「着いたな」


 悠斗は扉の前で立ち止まった。


「準備はいいか?」


「ええ」


「はい」


「問題ない」


 三人が頷く。


 悠斗は扉を押し開けた。


 扉の向こうには――


 巨大な闘技場のような空間が広がっていた。


 円形のアリーナ。観客席はないが、天井は高く、広々としている。


 そして――


 アリーナの中央に、三人の人影が立っていた。


 一人は、狼の仮面をつけた男。筋骨隆々とした体格で、野性的な雰囲気を纏っている。


 一人は、万華鏡のような多面仮面をつけた女性。スリムな体格で、不気味な存在感を放っている。


 一人は、雷紋様の仮面をつけた男。細身だが、全身から電気が迸っている。


「来たな、侵入者どもよ」


 狼の仮面の男が言った。


「第六使徒、牙の狩人フェンリルだ」


「第七使徒、幻の魔女ミラージュ」


 多面仮面の女性が続けた。


「第八使徒、雷の神官フルミナだ」


 雷紋様の男が最後に言った。


「我々三兄弟が、お前たちの相手をする」


「三兄弟……」


 悠斗は三人を見た。


「やっぱり、三人同時に来たか」


「ああ」


 バルトロメウスは頷いた。


「予想通りだ」


「それでは」


 フェンリルが前に出た。


「誰から始めようか」


「待て」


 悠斗が言った。


「俺たちも、一人ずつ戦いたい」


「ほう」


 フェンリルは興味深そうに言った。


「面白い。では、誰が誰と戦う?」


「俺は、お前だ」


 悠斗はフェンリルを指差した。


「フェンリル」


「ふふ、いいだろう」


 フェンリルは笑った。


「獣と獣の戦いだ。楽しみだ」


「私は、ミラージュと戦うわ」


 ルーナがミラージュを見た。


「幻術使い……面白い相手ね」


「あら」


 ミラージュは不気味に笑った。


「月の女神様が、私と戦ってくださるの? 光栄だわ」


「なら、私はフルミナか」


 バルトロメウスがフルミナを見た。


「雷と影……どちらが速いか、試してみようか」


「ふん」


 フルミナは冷たく言った。


「影ごときが、雷に勝てると思うな」


「では、決まったな」


 フェンリルは拳を打ち鳴らした。


「それでは、始めよう」


 三人の使徒が、それぞれ離れた位置に移動した。


 フェンリルはアリーナの北側、ミラージュは東側、フルミナは西側。


 悠斗、ルーナ、バルトロメウスも、それぞれの相手の前に立った。


「セレスティア、頼むぞ」


 悠斗が言った。


「三人の戦況を見て、必要なら援護してくれ」


「はい!」


 セレスティアはアリーナの中央に立った。


 そして――


「始め!」


 フェンリルの合図で、戦いが始まった。


 悠斗は、フェンリルと対峙した。


「さあ、来い」


 フェンリルは構えた。


「お前の力、見せてもらおう」


「行くぞ!」


 悠斗は地面を蹴った。


 一気にフェンリルに接近する。


 そして、拳を振るった。


 しかし――


「遅い!」


 フェンリルは悠斗の拳を避けた。


 その速度は、異常に速かった。


「!?」


 悠斗は驚いた。


「速い……!」


「ふふ、驚いたか」


 フェンリルは笑った。


「俺の獣化は、狼の力を得る。速度、敏捷性、すべてが人間を超える」


 フェンリルの体が、変化し始めた。


 毛が生え、爪が伸び、牙が鋭くなる。


 完全な狼ではないが、半分狼、半分人間のような姿に変わった。


「これが、俺の真の姿だ!」


 フェンリルは四足で地面を蹴った。


 その速度は、さらに上がった。


「うわっ!」


 悠斗は横に跳んで避けた。


 フェンリルの爪が、悠斗のいた場所を通過した。


「危ない……!」


「まだまだ!」


 フェンリルは方向転換し、再び悠斗に襲いかかった。


 爪、牙、尻尾。


 フェンリルの全身が武器だった。


 悠斗は、必死に避け続けた。


「くそ……このままじゃ……」


「悠斗様!」


 セレスティアが叫んだ。


「フェンリルの動きには、癖があります! 右から来た後は、必ず左から来ます!」


「本当か!?」


「はい!」


「よし!」


 悠斗はセレスティアの言葉を信じた。


 フェンリルが右から襲いかかってきた。


 悠斗は避けた。


 そして――


「次は左だな!」


 悠斗は左に拳を振るった。


 ドガッ!


 拳が、フェンリルの顔面に命中した。


「ぐあっ!」


 フェンリルは吹き飛ばされた。


「やった!」


「くっ……」


 フェンリルは立ち上がった。


「やるな……」


「まだだ!」


 悠斗は地面を蹴り、フェンリルに向かって跳んだ。


 7メートルの跳躍で、フェンリルの頭上に回り込む。


 そして、踵落としを放った。


「うおおお!」


 ドガァン!


 フェンリルの頭部に直撃した。


 フェンリルは地面に叩きつけられた。


「……終わった」


 悠斗は着地した。


 しかし――


「まだだ……!」


 フェンリルはゆっくりと立ち上がった。


「俺は……まだ……」


 フェンリルの体が、さらに変化し始めた。


 完全に狼の姿になった。


「これが……俺の最終形態だ!」


 巨大な狼。その大きさは、元の悠斗と同じくらい。


 つまり、この世界では超巨大な狼だった。


「でかい……!」


「グルルル……」


 狼フェンリルは、悠斗を睨みつけた。


 そして――


 突進した。


 その速度は、これまでよりもさらに速かった。


「うわっ!」


 悠斗は横に跳んだ。


 しかし、狼フェンリルは方向転換し、再び突進した。


「くそ、速すぎる……!」


 悠斗は必死に避け続けた。


 しかし、避けるだけでは勝てない。


「どうすれば……」


 その時――


「悠斗様!」


 セレスティアが叫んだ。


「フェンリルの足元に、弱点があります! 右後ろ足が、少し傷ついています!」


「本当か!?」


「はい!」


「よし!」


 悠斗は狼フェンリルの右後ろ足を狙った。


 地面を蹴り、低く飛んだ。


 そして――


 全力で、右後ろ足を蹴った。


 バキッ!


 骨が砕ける音がした。


「グオオオ!」


 狼フェンリルは悲鳴を上げた。


 そして、バランスを崩して倒れた。


「今だ!」


 悠斗は狼フェンリルの頭部に跳び乗った。


 そして――


 全力の拳を、頭部に叩き込んだ。


 ドガァァァン!!


 凄まじい衝撃。


 狼フェンリルの体が、地面に沈んだ。


「……終わった」


 悠斗は着地した。


 狼フェンリルは、もう動かなかった。


「やったわ、悠斗!」


 ルーナが叫んだ。


 しかし、ルーナ自身も戦っていた。


 ルーナは、ミラージュと対峙していた。


「さあ、月の女神様」


 ミラージュは不気味に笑った。


「私の幻術、お楽しみいただけるかしら」


 ミラージュが両手を広げると――


 周囲の景色が、歪み始めた。


「!?」


 ルーナは驚いた。


 アリーナが消え、代わりに森が現れた。


「これは……幻術……」


「そうよ」


 ミラージュの声が、あちこちから聞こえた。


「私の幻術は、五感すべてを支配する。見えるもの、聞こえるもの、感じるもの、すべてが幻」


 森の中に、無数のミラージュの姿が現れた。


「さあ、どれが本物かしら?」


「くっ……」


 ルーナは月の力を解放した。


「月光の矢!」


 銀色の光の矢が、ミラージュたちに向かって放たれた。


 しかし――


 矢は、すべてのミラージュを通過した。


「無駄よ」


 ミラージュたちが一斉に笑った。


「幻には、実体がない」


「なら……」


 ルーナは目を閉じた。


「見えなければいいのね」


 ルーナは、視覚以外の感覚を研ぎ澄ませた。


 音、匂い、魔力の流れ。


「……いた」


 ルーナは目を開けた。


 そして、特定の方向に月光の矢を放った。


「!?」


 矢が、一人のミラージュに命中した。


「ぐっ……」


 そのミラージュだけが、実体を持っていた。


「やるわね」


 ミラージュは後退した。


「でも、まだよ」


 ミラージュが再び両手を広げると――


 今度は、無数の悠斗の姿が現れた。


「ルーナ!」


「ルーナ!」


「ルーナ!」


 すべての悠斗が、ルーナに向かって走ってきた。


「悠斗……?」


 ルーナは戸惑った。


「どれが本物……?」


「ルーナ様!」


 セレスティアが叫んだ。


「それは全部幻です! 本物の悠斗様は、フェンリルと戦っています!」


「そうだったわね……」


 ルーナは冷静になった。


 そして、すべての悠斗を無視した。


「幻なんて、怖くない」


 ルーナは再びミラージュの本体を探した。


 魔力の流れを感じ取る。


「……そこ!」


 ルーナは月光の矢を放った。


 矢が、隠れていたミラージュに命中した。


「きゃあ!」


 ミラージュは悲鳴を上げた。


「くっ……なぜわかるの……」


「魔力の流れよ」


 ルーナは言った。


「あなたがどれだけ幻を作っても、魔力の流れまでは偽装できない」


「ちっ……」


 ミラージュは舌打ちした。


「なら、これならどう?」


 ミラージュが両手を広げると――


 今度は、ルーナ自身の姿が現れた。


 もう一人のルーナ。


「これは……」


「あなた自身よ」


 ミラージュは笑った。


「さあ、自分と戦えるかしら?」


 もう一人のルーナが、ルーナに向かって月光の矢を放った。


「!?」


 ルーナは横に跳んで避けた。


「自分が相手……」


 もう一人のルーナは、さらに矢を放ち続けた。


 ルーナは避け続けた。


 しかし、避けるだけでは勝てない。


「どうすれば……」


 その時――


「ルーナ様!」


 セレスティアが叫んだ。


「幻のルーナ様には、月の加護のペンダントがありません!」


「!?」


 ルーナは自分の胸元を見た。


 確かに、月の加護のペンダントが輝いている。


 しかし、もう一人のルーナには、ペンダントがなかった。


「そうか……細部まで再現できないのね」


「くっ……」


 ミラージュは焦った。


「さあ、終わりよ」


 ルーナは両手を広げた。


 月の力を最大限に解放する。


「月光の奔流――ルナティックストリーム!」


 銀色の光が、奔流となってミラージュに襲いかかった。


「きゃああああ!」


 ミラージュは光に飲み込まれた。


 そして――


 光が消えると、ミラージュは倒れていた。


「……終わった」


 ルーナは深く息を吐いた。


 同じ頃、バルトロメウスもフルミナと激しい戦いを繰り広げていた。


「影ごときが!」


 フルミナは雷を放った。


 ビリビリビリ!


 雷が、バルトロメウスに向かって迸った。


「ちっ……」


 バルトロメウスは影の壁を展開した。


 しかし、雷は影を貫通した。


「ぐあっ!」


 バルトロメウスは感電した。


「影は、雷を防げない」


 フルミナは冷たく言った。


「雷は光の一種。影を貫く」


「くそ……」


 バルトロメウスは立ち上がった。


「なら、避けるしかない」


 バルトロメウスは影に溶け込んだ。


 そして、床の影を伝って移動した。


「逃げたか」


 フルミナは周囲を見回した。


「どこだ……」


 その時――


 バルトロメウスが、フルミナの背後の影から現れた。


「ここだ」


 バルトロメウスは影の剣を振るった。


 しかし――


「遅い」


 フルミナは振り向き、雷の槍を放った。


 ビシッ!


 雷の槍が、バルトロメウスの肩を貫いた。


「ぐっ……!」


 バルトロメウスは後退した。


「影の移動も、雷の速度には勝てん」


 フルミナは宣言した。


「雷は、この世で最も速い」


「確かに……」


 バルトロメウスは肩を押さえた。


「雷は速い……だが……」


 バルトロメウスは微笑んだ。


「予測できれば、避けられる」


「何?」


「バルトロメウス様!」


 セレスティアが叫んだ。


「フルミナの雷は、右手から放たれます! 右手の動きを見れば、予測できます!」


「ありがとう、セレスティア」


 バルトロメウスは構えた。


 フルミナが右手を掲げた。


「雷槍!」


 雷の槍が放たれた。


 しかし――


 バルトロメウスは、すでに横に跳んでいた。


「避けた……!?」


「予測したのだ」


 バルトロメウスは影の剣を構えた。


「そして、今度はこちらの番だ」


 バルトロメウスは地面の影を操った。


 影が、フルミナの足元から伸びた。


「!?」


 フルミナは足を取られた。


「くっ……」


「逃がさない」


 バルトロメウスは突進した。


 そして、影の剣をフルミナの胸に突き立てた。


 ザシュッ!


「ぐあっ……!」


 フルミナは膝をついた。


「……やられた、か」


「ああ」


 バルトロメウスは剣を抜いた。


「影は、雷より遅い。だが、雷は直線的だ。影は、どこからでも攻撃できる」


「ふふ……」


 フルミナは微笑んだ。


「なるほど……私の負けだ……」


 フルミナは倒れた。


「……終わった」


 バルトロメウスは深く息を吐いた。


 そして――


 三つの戦いが、すべて終わった。


 悠斗、ルーナ、バルトロメウスは、アリーナの中央に集まった。


「お疲れ様」


 悠斗が言った。


「みんな、勝ったな」


「ええ」


 ルーナが頷いた。


「セレスティアのおかげよ」


「そうだな」


 バルトロメウスも同意した。


「セレスティアの援護がなければ、勝てなかった」


「いえ……」


 セレスティアは照れくさそうに言った。


「私、何もできていません……」


「そんなことない」


 悠斗はセレスティアの頭を撫でた。


「お前がいたから、俺たちは勝てたんだ」


「悠斗様……」


 セレスティアは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます」


「さて」


 悠斗は周囲を見回した。


「次の階層に行くか」


「ええ」


 四人は、第六階層への階段を上り始めた。


 階段は、これまでよりもさらに長く、険しかった。


「疲れたな……」


 悠斗は呟いた。


「何階層も戦い続けて……」


 グゥゥゥ……


 腹が鳴った。


「また腹が減った……」


「はい、どうぞ」


 ルーナはパンを取り出した。


「ありがとう」


 悠斗はパンを受け取り、もぐもぐと食べ始めた。


「でも、もうパンもあまり残ってないな……」


「そうね……」


 ルーナは荷物を確認した。


「あと三つくらいしかないわ」


「やばいな……」


「大丈夫よ。最終決戦が終わったら、たくさん食べさせてあげるから」


「それまで持つかな……」


 悠斗は苦笑した。


 階段を上り続けること数分。


 ついに、第六階層への扉が見えてきた。


「着いたな」


 悠斗は扉の前で立ち止まった。


「次は、誰が待ってるんだ?」


「おそらく……」


 バルトロメウスは扉を見つめた。


「第五使徒、氷の女王グラキエスでしょう」


「グラキエス……」


「ええ。彼女は、使徒の中でも特に強力です」


 バルトロメウスの表情が、わずかに曇った。


「それに……」


「それに?」


「いえ、何でもありません」


 バルトロメウスは首を振った。


「行きましょう」


 悠斗は扉を押し開けた。


 扉の向こうには――


 氷の世界が広がっていた。


 床も壁も天井も、すべてが氷で覆われている。


 冷気が、四人を包んだ。


「寒い……!」


 セレスティアは震えた。


「こんなに寒いなんて……」


「これが、グラキエスの力だ」


 バルトロメウスが言った。


「彼女は、周囲を氷の世界に変える」


 そして――


 氷の玉座に、一人の女性が座っていた。


 氷の結晶を模した仮面をつけた、美しい女性。


 長い銀髪が、氷のように輝いている。


 全身を氷のドレスで包み、優雅に座っている。


「……来たのね」


 女性――グラキエスは、ゆっくりと立ち上がった。


「侵入者たちよ」


 グラキエスは四人を見た。


 そして――


 バルトロメウスを見た瞬間、その瞳が大きく見開かれた。


「……バルトロメウス」


 グラキエスの声が、震えた。


「お前……本当に、来たのね……」


「グラキエス……」


 バルトロメウスは前に出た。


「久しぶりだ」


「久しぶり……?」


 グラキエスの声が、冷たくなった。


「お前、私を裏切って脱退したくせに……久しぶり、だと……?」


 グラキエスの周囲に、氷の結晶が現れた。


「許さない……」


 氷の結晶が、鋭い氷の槍に変わった。


「お前を……絶対に……許さない……!」


 グラキエスは激昂した。


「なぜ……なぜ、私を置いて行ったの……!」


 氷の槍が、バルトロメウスに向かって放たれた。


「グラキエス!」


 バルトロメウスは影の壁を展開した。


 氷の槍が、影の壁に激突した。


 ガキィン!ガキィン!ガキィン!


「私は……ずっと待ってたのに……!」


 グラキエスは涙を流しながら叫んだ。


「お前が戻ってくるのを……ずっと……!」


「グラキエス……」


 バルトロメウスは戸惑った。


「お前……」


「私、お前のことが好きだったのよ!」


 グラキエスは叫んだ。


「ずっと前から……ずっと……!」


 その言葉に、全員が驚いた。


「え……」


 悠斗は呟いた。


「グラキエスが、バルトロメウスを……?」


「そうだったのね……」


 ルーナも驚いた。


「だから、あんなに怒ってるのね」


「でも、お前は私を裏切った!」


 グラキエスはさらに氷の槍を放った。


「教団を裏切り、私を裏切り、すべてを捨てて逃げた!」


「グラキエス、違う!」


 バルトロメウスは叫んだ。


「私は、お前を裏切ったんじゃない! 教団の狂気に、耐えられなかっただけだ!」


「嘘……!」


 グラキエスは氷の剣を生成した。


「お前は、私が嫌いだから逃げたんでしょう!」


「違う!」


 バルトロメウスも影の剣を生成した。


「私は、お前のことを……」


 バルトロメウスは言葉を詰まらせた。


「私も……お前のことが……」


「何……?」


 グラキエスは動きを止めた。


「お前も……私のことが……?」


「ああ」


 バルトロメウスは頷いた。


「私も、お前のことが好きだった」


 グラキエスの目が、さらに大きく見開かれた。


「本当……?」


「ああ。でも、私は教団を裏切ることを決めた。お前を巻き込みたくなかった」


「馬鹿……」


 グラキエスは涙を流した。


「馬鹿……! 私、一緒に逃げたかったのに……!」


「グラキエス……」


「なんで、私を置いて行ったの……!」


 グラキエスは泣き崩れた。


「私、ずっと一人だったのよ……!」


 バルトロメウスは、グラキエスに歩み寄った。


「すまない……」


 バルトロメウスは、グラキエスを抱きしめた。


「本当に、すまなかった……」


「バルトロメウス……」


 グラキエスは、バルトロメウスの胸に顔を埋めた。


「私……ずっと待ってたの……」


「わかっている……」


 二人は、しばらく抱き合っていた。


 悠斗、ルーナ、セレスティアは、黙ってその光景を見守っていた。


 やがて――


 グラキエスは顔を上げた。


「ねえ、バルトロメウス」


「何だ?」


「私、もう教団には戻れない」


「え……」


「だって、お前を攻撃できないもの」


 グラキエスは微笑んだ。


「お前の敵になるなんて、できない」


「グラキエス……」


「だから」


 グラキエスはバルトロメウスを見つめた。


「私を、連れて行って」


「本当にいいのか?」


「ええ」


 グラキエスは頷いた。


「お前と一緒にいたい」


 バルトロメウスは、グラキエスの手を握った。


「わかった。一緒に行こう」


「ありがとう……」


 グラキエスは嬉しそうに微笑んだ。


 そして――


 二人は、キスをした。


 氷の女王と影の使徒。


 二人の唇が、重なった。


「……」


 悠斗は、少し気まずそうに目を逸らした。


「なんか、すごい展開になったな……」


「ええ……」


 ルーナも苦笑した。


「でも、よかったんじゃない?」


「そうですね……」


 セレスティアも微笑んだ。


「お二人、幸せそうです」


 やがて、二人はキスを終えた。


「さあ、行きましょう」


 グラキエスがバルトロメウスの手を握った。


「次の階層へ」


「ああ」


 五人は、第七階層への階段を上り始めた。


「グラキエス」


 悠斗が声をかけた。


「仲間になってくれて、ありがとう」


「いいえ」


 グラキエスは微笑んだ。


「私こそ、ありがとう。あなた方のおかげで、バルトロメウスと再会できたわ」


「これから、一緒に戦おう」


「ええ」


 グラキエスは頷いた。


「私の氷魔法、お役に立てると思うわ」


「頼りにしてる」


 五人は、階段を上り続けた。


「次は、第七階層だな」


 悠斗は呟いた。


「残りの使徒は……あと何人だ?」


「第一使徒から第四使徒まで、四人です」


 バルトロメウスが答えた。


「そして、最上階にゼノンがいます」


「あと五人か……」


「ええ。しかし、残りの使徒は、これまでの使徒よりもさらに強力です」


「わかってる」


 悠斗は拳を握りしめた。


「でも、俺たちは勝つ」


「ええ」


 ルーナが頷いた。


「絶対に、勝つわ」


「はい」


 セレスティアも頷いた。


「私たちなら、できます」


「ああ」


 バルトロメウスも頷いた。


「みんなで力を合わせれば、必ず勝てる」


「そうね」


 グラキエスも微笑んだ。


「私も、精一杯戦うわ」


 五人は、決意を新たにした。


 階段は、さらに続いていた。


 第七階層へ。


 そして、その先へ。


 ゼノンとの最終決戦へ――


 五人の戦いは、まだ終わらない。


 むしろ、これからが本番だった。


 だが、五人には確信があった。


 仲間がいる。


 信じ合える仲間が。


 だから、勝てる。


 必ず――


「さあ、行こう」


 悠斗が言った。


「次の階層へ」


「ええ」


 五人は、階段を上り続けた。


 黒月の聖堂の、さらなる深部へ。




皆様、初めまして。第五使徒――いえ、元第五使徒と名乗るべきでしょうか。

氷の女王グラキエスと申します。

今回、このような形で物語に登場させていただき、そして皆様に私の想いをお伝えする機会をいただけたこと、心より感謝しております。


正直に申し上げますと……恥ずかしいですわね。まさか、あのような形で自分の気持ちを暴露することになるとは思っておりませんでした。氷の女王としての威厳も、プライドも、すべて溶けてしまいましたわ。


文字通り、氷が溶けるように。でも、後悔はしておりません。むしろ、ようやく本当の自分になれた気がしているのです。

バルトロメウス様……いえ、バルトロメウス。あなたが教団を去った時、私の世界は凍りついたように止まってしまいました。北方の凍土を統括する任務も、使徒としての責務も、すべてが色を失ったかのようでした。

ゼノン様の教義には、確かに疑問を感じることもありました。でも、それ以上に……あなたがいない世界で、何を信じればいいのかわからなかったのです。だから、ずっと待っていました。いつか、あなたが戻ってきてくれると。


いつか、また一緒に並んで歩けると。そして今日――その夢が叶いました。あなたが私の前に現れた時、最初は怒りに任せて攻撃してしまいました。許してくださいね。

あれは、愛情の裏返しでしたの。置いていかれた寂しさ、不安、恐怖……すべてが氷の槍になって、あなたに向かってしまいました。


でも、あなたの言葉を聞いて……私も好きだったと聞いて……氷の心が、溶けました。百年間凍りついていた心が、ようやく春を迎えたような気持ちでした。あのキス……覚えていてくださるかしら? あれは私にとって、生まれて初めての、本当の温かさでした。氷の魔法を使う私にとって、温かさは縁遠いものでしたけれど……あなたの唇は、どんな炎よりも温かかった。今、私は新しい道を選びました。黒月教を離れ、あなた方と共に戦う道を。ゼノン様を裏切ることへの罪悪感が、ないと言えば嘘になります。長年仕えてきた方ですから。でも、それ以上に……バルトロメウスと一緒にいたいという気持ちが勝りました。愛は、忠誠よりも強いのですね。これから先、まだ強大な敵が待ち受けているでしょう。第一使徒から第四使徒……そして、ゼノン様。かつての仲間たちと刃を交えることになるかもしれません。でも、大丈夫です。なぜなら、私には守りたい人がいるから。バルトロメウス。

あなたのためなら、私はどんな敵とでも戦います。この氷の力、すべてあなたのために使いますわ。そして、悠斗様、ルーナ様、セレスティア様。皆様と共に戦えること、光栄に思います。特に、あの場面で気を遣って目を逸らしてくださった悠斗様の優しさには感謝しておりますわ。ルーナ様も、温かく見守ってくださって……本当にありがとうございます。セレスティア様の励ましの笑顔も、忘れません。皆様が、私とバルトロメウスの愛を認めてくださったこと……それが何よりも嬉しいのです。これからは、氷の女王ではなく、一人の女性として――


そして、バルトロメウスの伴侶として、皆様と共に歩んでまいります。最後に、一つだけ。愛する人のために戦うこと。それは、何よりも強い力になります。皆様も、大切な人を守るために、どうか諦めないでください。氷のように冷たく見える心も、本当は温かさを求めているのです。それでは、また次の階層でお会いしましょう。私の氷魔法、お見せいたしますわ。


――氷の女王、グラキエスよりP.S. バルトロメウス、後でまたキスしてくださいね。今度は誰にも見られないところで……ふふ。

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