第10話 「第十二使徒「血の錬金術師」クルエンタ」
青白い光が消えた時、悠斗たちは見知らぬ場所に立っていた。
「ここが……西の要塞か」
悠斗は周囲を見渡した。
石造りの廊下。天井は低く、壁は灰色の石で作られている。松明が壁に取り付けられ、オレンジ色の光が薄暗い空間を照らしている。
「静かだな……」
ルーナが呟いた。
彼女の顔色は、まだ完全には回復していないが、先ほどよりはずっと良くなっている。
「ええ。しかし、油断は禁物です」
バルトロメウスが警告した。
「ここは黒月教の重要拠点の一つ。必ず守備兵がいるはずです」
「わかった。気をつけよう」
悠斗は拳を握りしめた。
三人は慎重に廊下を進んでいった。
石の床に足音が響く。松明の炎が、ゆらゆらと揺れている。
「悠斗」
ルーナが小声で呼びかけた。
「何か……聞こえないか?」
悠斗は耳を澄ませた。
遠くから、何かの音が聞こえる。
足音。それも、複数の。
「誰かが近づいてくる……!」
バルトロメウスが警戒した。
「数は……十人以上だ」
「ちっ、もう見つかったのか!」
悠斗は舌打ちした。
その時――
廊下の向こうから、黒い鎧を纏った兵士たちが現れた。
「侵入者だ!」
先頭の兵士が叫んだ。
「捕らえろ!」
兵士たちが一斉に襲いかかってきた。
「いきなりかよ!」
悠斗は構えた。
「お前たち、俺の後ろに!」
ルーナとバルトロメウスが悠斗の背後に隠れた。
兵士たちが槍を構えて突進してくる。
しかし――
悠斗の目には、彼らの動きがスローモーションに見えた。
「遅い!」
悠斗は地面を蹴り、兵士たちの頭上を飛び越えた。
「何っ!?」
兵士たちが驚いて見上げる。
悠斗は空中で体を捻り、壁を蹴って方向転換した。
そして、兵士たちの背後に着地した。
「こっちだ!」
悠斗は最後尾の兵士の背中を軽く叩いた。
ドンッ!
兵士は前のめりに倒れ、他の兵士たちを巻き込んで将棋倒しになった。
「うわっ!」
「ぐあっ!」
兵士たちが次々と倒れていく。
「やった……」
悠斗は拳を握りしめた。
しかし――
「まだだ!」
廊下の奥から、さらに兵士たちが現れた。
今度は二十人以上。
「マジかよ……」
悠斗は冷や汗をかいた。
「数が多すぎる……」
「悠斗、無理はしないで!」
ルーナが叫んだ。
「ああ、わかってる!」
悠斗は兵士たちに向かって走った。
最初の兵士が槍を振り下ろしてくる。
悠斗は横に跳んで避け、兵士の脇腹に拳を叩き込んだ。
ドスッ!
兵士は吹き飛び、壁に激突した。
二人目、三人目の兵士も次々と倒していく。
しかし、兵士たちは怯まない。
次々と襲いかかってくる。
「きりがない……!」
悠斗は息を切らしながら戦い続けた。
その時――
「悠斗、伏せろ!」
バルトロメウスの声が聞こえた。
悠斗は反射的に地面に伏せた。
次の瞬間――
バルトロメウスの周囲に黒い霧が発生した。
「影の魔法……シャドウウェーブ!」
黒い霧が波のように広がり、兵士たちを飲み込んだ。
「うわああ!」
兵士たちが悲鳴を上げて倒れていく。
霧が晴れると、兵士たちは全員気絶していた。
「すげえ……」
悠斗は驚いた表情でバルトロメウスを見た。
「ありがとう、バルトロメウス」
「いや、礼には及ばん」
バルトロメウスは息を整えた。
「私も、まだ多少の魔法は使える」
「でも、大丈夫か? 疲れてないか?」
「ああ。まだ大丈夫だ」
バルトロメウスは頷いた。
「しかし、長くは持たない。早く進もう」
「そうだな」
三人は再び廊下を進み始めた。
倒れた兵士たちを避けながら、奥へと向かっていく。
やがて、廊下は広い部屋に繋がっていた。
「ここは……」
悠斗は部屋を見回した。
広さは約10メートル四方。元のサイズなら100メートル四方の大広間だ。
天井は高く、壁には松明が並んでいる。
そして、部屋の中央には――
大きな扉があった。
黒い鉄で作られた、重厚な扉。
「あの扉の向こうが、要塞の中枢だ」
バルトロメウスが説明した。
「おそらく、指揮官の部屋や、重要な施設がある」
「なら、あそこを突破すれば……」
「ええ。しかし……」
バルトロメウスは眉をひそめた。
「あの扉、何か仕掛けがあるような気がする」
「仕掛け……?」
悠斗は扉をじっと見つめた。
確かに、何か違和感がある。
扉の周囲には、複雑な紋様が刻まれている。
「魔法陣か……?」
「おそらく。触れると、何かが発動する」
「じゃあ、どうすれば……」
その時――
ゴゴゴゴゴ……
床が揺れた。
「また地震か!?」
悠斗は驚いた。
しかし、これは地震ではない。
床の一部が開き、そこから何かが現れた。
「これは……魔物!」
バルトロメウスが叫んだ。
それは、巨大な石像のような生物だった。
高さは約2メートルの巨人だ。
全身が灰色の石で覆われ、目は赤く光っている。
「ゴーレムだ!」
バルトロメウスが説明した。
「石で作られた魔法生物。非常に硬く、普通の攻撃では倒せない」
「普通じゃない攻撃なら、倒せるのか?」
「ああ。核となる魔法石を破壊すれば、動きを止められる」
「魔法石……どこにある?」
「おそらく、胸部か頭部だ」
「わかった」
悠斗は構えた。
ゴーレムが重い足音を立てて近づいてくる。
ドシン、ドシン、ドシン……
そして、巨大な拳を振り下ろしてきた。
「うおっ!」
悠斗は横に跳んで避けた。
ドガァン!
拳が床を叩き、石が砕け散った。
「やばい……まともに食らったら、終わりだ……」
悠斗は冷や汗をかいた。
ゴーレムが再び拳を振り下ろしてくる。
悠斗は跳躍で避け、ゴーレムの腕に飛び乗った。
「胸の魔法石を狙う!」
悠斗はゴーレムの腕を駆け上がり、胸部に到達した。
胸の中央には、赤く光る石が埋め込まれている。
「これだ!」
悠斗は全力で拳を叩き込んだ。
ガキィン!
しかし、魔法石はびくともしない。
「硬っ!」
悠斗の手が痺れた。
「くそ、こんなに硬いのか……」
ゴーレムが体を揺すり、悠斗を振り落とそうとする。
「うわっ!」
悠斗は慌ててゴーレムの肩に飛び移った。
「頭の魔法石を狙うしかない!」
悠斗はゴーレムの頭に飛び乗った。
頭部にも、赤く光る石が埋め込まれている。
「今度こそ!」
悠斗は両手で拳を握りしめ、全力で叩きつけた。
ドガァン!
魔法石に亀裂が走った。
「効いてる!」
悠斗はさらに拳を叩き込んだ。
ドガッ! ドガッ! ドガッ!
魔法石が砕け始めた。
そして――
バキィン!
魔法石が粉々に砕け散った。
「グオオオ……」
ゴーレムが動きを止め、崩れ落ちた。
ドガァァン!
巨大な石の塊が床に倒れ、砂埃が舞い上がった。
「やった……」
悠斗は荒い息をついた。
「悠斗、大丈夫!?」
ルーナが駆け寄ってきた。
「ああ、なんとか……」
悠斗は手を見た。拳が少し赤くなっている。
「でも、硬かったな……普通に殴っても効かない」
「ゴーレムは、元々対人用の兵器ではない」
バルトロメウスが説明した。
「城壁を破壊したり、大軍を蹴散らしたりするために作られたものだ。それを倒せるお前は、やはり化け物だな」
「化け物って……」
悠斗は苦笑した。
「それより、先に進もう。あの扉を開けないと」
三人は、部屋の中央の扉に向かった。
悠斗が扉に手を伸ばそうとした時――
「待て!」
バルトロメウスが悠斗を止めた。
「触るな。魔法陣が発動する」
「じゃあ、どうやって開けるんだ?」
「魔法陣を解除する必要がある」
バルトロメウスは扉の周囲の紋様を調べ始めた。
「この紋様は……古代魔法の文字だ」
「読めるのか?」
「ああ。少し時間をくれ」
バルトロメウスは紋様を一つずつ確認していった。
しばらくして――
「わかった。この魔法陣を解除するには、特定の順番で紋様に触れる必要がある」
バルトロメウスは紋様に手を当て始めた。
一つ目、二つ目、三つ目……
紋様が次々と光っていく。
そして、最後の紋様に触れた瞬間――
カチャン。
扉の錠が外れる音がした。
「よし、開いた」
バルトロメウスが扉を押した。
ギィィィ……
重い扉が、ゆっくりと開いていった。
その向こうには――
長い階段が続いていた。
下へ、下へと続く階段。
「地下に続いているのか……」
悠斗は呟いた。
「ええ。要塞の重要施設は、地下にあることが多い」
バルトロメウスが説明した。
「おそらく、ここの指揮官も地下にいるはずだ」
「なら、行くしかないな」
三人は階段を下り始めた。
石の階段は冷たく、湿っている。壁には松明が等間隔で並んでいる。
下へ、下へ。
やがて、階段は広い部屋に繋がっていた。
「ここは……」
悠斗は部屋を見回した。
広さは約15メートル四方。天井は高く、壁には不気味な紋様が描かれている。
そして、部屋の中央には――
大きな魔法陣が描かれていた。
赤く光る、複雑な魔法陣。
「これは……転移魔法陣ではない」
バルトロメウスが眉をひそめた。
「何かの儀式に使う魔法陣だ」
「儀式……?」
その時――
「よく来たな、侵入者たち」
低い声が響いた。
三人は振り向いた。
部屋の奥、魔法陣の向こう側に――
一人の男が立っていた。
血痕のような赤い紋様の仮面をつけた男。
黒いローブを纏い、手には赤い液体が入った試験管のようなものを持っている。
「お前は……」
バルトロメウスの顔が強張った。
「クルエンタ……!」
「おや、バルトロメウス。久しぶりだな」
クルエンタは不気味に笑った。
「裏切り者が、よくもここまで来たものだ」
「クルエンタ……貴様、ここで何をしている」
「決まっているだろう? 実験だよ」
クルエンタは試験管を掲げた。
「新しい生物兵器の開発だ。お前たちには、良い実験材料になってもらう」
「生物兵器……!」
悠斗は警戒した。
「何をするつもりだ!」
「見せてあげよう」
クルエンタは試験管の中身を床に注いだ。
赤い液体が床に広がり――
ジュウウウ……
液体が蒸発し、赤い煙が立ち上った。
「これは……血だ」
バルトロメウスが呟いた。
「人間の血を魔法で強化したものだ」
「正解」
クルエンタは笑った。
「私の能力は、血液操作。血を自在に操り、武器にも、生物にも変えられる」
赤い煙が形を成し始めた。
獣のような形。四つ足で、牙を持つ。
「グルルルル……」
赤い獣が唸り声を上げた。
「これは……血の獣……」
バルトロメウスは戦慄した。
「クルエンタの作り出す魔物だ」
「一匹だけじゃないぞ」
クルエンタは次々と試験管を取り出し、床に注いでいった。
赤い煙が立ち上り、次々と獣が現れる。
二匹、三匹、四匹……
あっという間に、十匹以上の血の獣が現れた。
「さあ、楽しもうじゃないか」
クルエンタが指を鳴らした。
「行け、私の子供たち」
血の獣たちが一斉に襲いかかってきた。
「くそっ!」
悠斗は構えた。
最初の獣が飛びかかってくる。
悠斗は拳を叩き込んだ。
ドスッ!
しかし――
獣の体は液体のように変形し、悠斗の拳を避けた。
「何っ!?」
獣が悠斗の腕に噛みついてきた。
ガブッ!
「痛っ!」
悠斗は腕を振って獣を振り払った。
腕には、噛み跡がついている。血が滲んでいる。
「やばい……触れると怪我する……」
二匹目、三匹目の獣も襲いかかってくる。
悠斗は跳躍で避けた。
しかし、獣たちは執拗に追いかけてくる。
「バルトロメウス、何か方法は!」
「血の獣は、物理攻撃では倒せない!」
バルトロメウスが叫んだ。
「魔法で攻撃するしかない!」
「魔法……俺は使えないぞ!」
「なら、私が!」
バルトロメウスは両手を広げた。
「影の魔法……シャドウニードル!」
バルトロメウスの周囲に黒い針が現れた。
「行け!」
黒い針が血の獣たちに向かって飛んでいった。
シュッ、シュッ、シュッ!
針が獣たちを貫いた。
「グルルル……」
獣たちが苦しそうに唸った。
しかし、傷はすぐに塞がり、再び襲いかかってくる。
「効かない……!」
バルトロメウスは驚いた。
「再生能力があるのか……」
「ふふふ……私の血の獣は、不死身だ」
クルエンタは笑った。
「魔法でも倒せない。物理攻撃でも倒せない。どうするつもりだ?」
「くそ……」
悠斗は獣たちに囲まれながら、必死に考えた。
物理攻撃が効かない。魔法も効かない。
じゃあ、どうすれば……
その時、悠斗は気づいた。
血の獣は、液体から生まれた。
つまり――
「液体なら、蒸発させればいい!」
悠斗は叫んだ。
「バルトロメウス、火を使えるか!」
「火……? いや、私は影の魔法しか……」
「じゃあ、松明を使う!」
悠斗は壁に取り付けられた松明を引き抜いた。
そして、血の獣に向かって振った。
「うおおお!」
松明の炎が獣に触れた。
ジュウウウ!
獣の体が蒸発し始めた。
「ギャアアア!」
獣が悲鳴を上げて消えていった。
「効いた!」
悠斗は次々と松明を振り回した。
獣たちが次々と消えていく。
「くそ……!」
クルエンタは舌打ちした。
「ならば、これではどうだ!」
クルエンタは自分の手のひらを切り裂いた。
血が流れ出る。
しかし、その血は床に落ちず――
空中で形を成し始めた。
剣の形。槍の形。斧の形。
赤い血液で作られた武器が、次々と現れた。
「血液操作による武器生成……!」
バルトロメウスが驚いた。
「あれに触れれば、大怪我をする!」
「行け!」
クルエンタが指を指した。
血の武器たちが一斉に飛んできた。
「うわっ!」
悠斗は跳躍で避けた。
血の剣が悠斗の足元を掠めた。
「危ない……!」
次々と武器が飛んでくる。
悠斗は必死に避け続けた。
しかし――
「ぐっ!」
血の槍が悠斗の肩を掠めた。
「悠斗!」
ルーナが悲鳴を上げた。
悠斗の肩から血が流れ出る。
「くそ……避けきれない……」
悠斗は歯を食いしばった。
その時――
「もう、終わりにしよう」
バルトロメウスが前に出た。
「バルトロメウス……?」
「悠斗、ルーナ様。二人は下がっていろ」
バルトロメウスの声が、いつもと違っていた。
低く、重く、力強い。
「私が……本気を出します」
「本気……?」
「ええ。私はかつて、黒月教の第九使徒だった」
その顔には、古代の紋様が浮かび上がっていた。
「私の真の力を、見せてやる」
バルトロメウスは両手を広げた。
すると――
彼の周囲に、巨大な黒い影が現れた。
影は人の形をしており、約3メートルはあるだろうか。
「これは……影の化身……」
クルエンタは驚いた表情をした。
「まさか、お前がまだその力を……」
「久しぶりに使うから、少し疲れるがな」
バルトロメウスは静かに言った。
「さあ、クルエンタ。お前の罪を、ここで清算してもらおう」
影の化身が動き出した。
巨大な拳が、クルエンタに向かって振り下ろされた。
「くっ……!」
クルエンタは血の壁を作り出した。
ドガァン!
拳が壁に激突し、血が飛び散った。
しかし、影の拳は止まらない。
壁を突き破り、クルエンタに迫った。
「ぐあっ!」
クルエンタは吹き飛ばされ、壁に激突した。
「やった……!」
悠斗は拳を握りしめた。
しかし――
「まだだ……」
クルエンタは立ち上がった。
彼の体からは、大量の血が流れ出ている。
「まだ……終わらない……」
クルエンタは自分の血を集め始めた。
血が彼の周囲に集まり、巨大な球体を形成した。
「これは……血の繭……」
バルトロメウスは眉をひそめた。
「最後の手段か……」
血の繭が脈動し始めた。
ドクン、ドクン、ドクン……
まるで心臓のように。
そして――
バリバリバリ!
繭が割れた。
中から現れたのは――
巨大な血の怪物だった。
約4メートル、影の巨人を超えていた。
全身が赤い血液で覆われ、無数の腕を持っている。
顔は仮面のように無表情で、目だけが赤く光っている。
「これが……私の最終形態だ」
クルエンタの声が、怪物の口から聞こえた。
「血の巨神……すべてを飲み込む、絶望の化身だ」
「なんて……力だ……」
悠斗は戦慄した。
血の巨神が腕を伸ばしてきた。
無数の腕が、悠斗たちに向かって伸びてくる。
「バルトロメウス!」
「わかっている!」
バルトロメウスの影の化身が前に出た。
巨大な影が、血の腕を受け止めた。
ドガァン!
衝撃が部屋中に響いた。
「くっ……重い……」
バルトロメウスは歯を食いしばった。
「この力……以前よりも強くなっている……」
「当然だ」
クルエンタが笑った。
「私は、捕らえた人間たちの血を吸収してきた。その力を、すべてこの体に蓄えている」
「人間の血を……!」
悠斗は怒りに震えた。
「お前……どれだけの人を殺した……!」
「数えてないな」
クルエンタは平然と答えた。
「十人か、百人か、千人か……どうでもいい。すべては、私の研究のためだ」
「ふざけるな……!」
悠斗は地面を蹴った。
血の巨神に向かって突進する。
「悠斗、待て!」
バルトロメウスが叫んだ。
「触れるな! あの血には、毒がある!」
しかし、遅かった。
悠斗は血の巨神に拳を叩き込んだ。
ドガァン!
しかし――
拳が血の体に触れた瞬間、激しい痛みが走った。
「ぐあああ!」
悠斗の拳が、ジュウジュウと音を立てて溶け始めた。
「悠斗!」
ルーナが悲鳴を上げた。
悠斗は慌てて拳を引っ込めた。
拳は真っ赤に腫れ上がり、皮膚が剥がれている。
「くそ……毒だと……」
悠斗は痛みに耐えながら、後退した。
「ふふふ……私の血には、強力な腐食性の毒が含まれている」
クルエンタが笑った。
「触れるだけで、肉が溶ける。骨も溶ける。すべてを溶かしてしまう」
「くそ……どうすれば……」
悠斗は必死に考えた。
直接触れることはできない。
松明の火も、この巨体には効かないだろう。
じゃあ、どうすれば……
その時――
「悠斗」
ルーナが声をかけた。
「私に、任せて」
「ルーナ……?」
ルーナは前に出た。
「私は、月の女神。力はまだ完全には戻っていないけど……」
ルーナは両手を広げた。
「月光には、浄化の力がある」
ルーナの手のひらに、銀色の光が集まり始めた。
「月光の軌跡!」
銀色の光が、部屋中に広がった。
光が血の巨神に触れると――
ジュウウウ……
血が蒸発し始めた。
「ぐっ……!」
クルエンタが苦しそうに唸った。
「月の光が……血を浄化している……!」
「ええ」
ルーナは静かに言った。
「あなたの汚れた血は、聖なる月の光には耐えられない」
銀色の光がさらに強くなった。
血の巨神が、みるみる縮んでいく。
「くそ……くそおおお!」
クルエンタは必死に抵抗した。
しかし、月の光は容赦なく血を浄化していく。
やがて――
血の巨神は完全に消え去り、床には一人の男が倒れていた。
クルエンタだ。
彼の体は痩せ細り、顔は蒼白だ。
「ぐっ……負けた……のか……」
クルエンタは力なく呟いた。
「ルーナ、すごい……」
悠斗は驚いた表情でルーナを見た。
「でも……」
ルーナは膝をついた。
「やっぱり……まだ力が足りない……」
「ルーナ!」
悠斗は慌ててルーナを支えた。
「大丈夫か!」
「ええ……ちょっと疲れただけ……」
ルーナは微笑んだ。
「でも、勝てたわね」
「ああ」
悠斗もルーナを抱きしめた。
「ありがとう。お前がいなかったら、俺たちは負けてた」
「いいえ。私たちは、チームだから」
ルーナは悠斗の肩に頭を預けた。
「一緒なら、どんな敵にも勝てるわ」
バルトロメウスは、倒れているクルエンタに近づいた。
「クルエンタ。お前は、多くの罪を犯した」
「ふふ……そうだな……」
クルエンタは苦笑した。
「私は……多くの人を殺した……実験のために……」
「なぜ、そこまでした」
「研究のためだ……」
クルエンタは目を閉じた。
「私は……知りたかった……生命の秘密を……血の力を……」
「そのために、人を殺したのか」
「ああ……私は……狂っていた……」
クルエンタの声が、弱々しくなっていく。
「だが……一つだけ……教えてやろう……」
「何だ?」
「黒月の儀式……もうすぐ始まる……準備期間を圧縮した…」
クルエンタは咳き込んだ。
口から血が流れ出る。
「教祖ゼノン……北の聖堂で……準備を進めている……」
「北の聖堂……」
「ああ……二十四の祭壇……すべてが……起動する……」
「いつだ! いつ儀式が始まる!」
バルトロメウスが尋ねた。
「わからん……だが……近い……」
クルエンタは震える手を上げた。
「それと……もう一つ……」
「何だ」
「この要塞の地下……牢獄がある……」
「牢獄……?」
「ああ……そこに……捕らえられた者たちがいる……」
クルエンタの声が、さらに弱くなった。
「エルディア王国の……月の巫女……も……」
「月の巫女!?」
ルーナが驚いた表情をした。
「本当なの!?」
「ああ……最下層の……牢獄に……」
クルエンタは最後の力を振り絞って言った。
「助けて……やってくれ……彼女は……何も悪くない……私が……勝手に……捕らえた……」
「クルエンタ……」
バルトロメウスはクルエンタの手を握った。
「わかった。必ず助ける」
「ありがとう……」
クルエンタは微笑んだ。
「これで……少しは……償いに……」
そして――
クルエンタの手が、力なく落ちた。
彼の目は閉じられ、呼吸は止まっていた。
「クルエンタ……」
バルトロメウスは静かに祈りを捧げた。
「安らかに眠れ」
悠斗とルーナも、黙祷を捧げた。
しばらくして――
「行こう」
バルトロメウスが立ち上がった。
「月の巫女を助けなければ」
「ああ」
悠斗も立ち上がった。
「地下の牢獄に行こう」
三人は、部屋の奥にある階段を見つけた。
さらに下へと続く階段。
「ここを降りれば、牢獄だ」
バルトロメウスが説明した。
三人は階段を下りていった。
冷たく湿った空気。暗闇。
やがて、階段は狭い廊下に繋がっていた。
廊下の両脇には、鉄格子の部屋が並んでいる。
牢獄だ。
「誰かいるか?」
悠斗は声をかけた。
しかし、返事はない。
三人は廊下を進んでいった。
ほとんどの牢獄は空っぽだ。
しかし――
廊下の最奥、最後の牢獄に――
一人の女性が倒れていた。
「あれは……」
ルーナが駆け寄った。
鉄格子の向こうで、女性がうずくまっている。
白いローブを着ているが、ボロボロに破れている。
髪は長く、金色だが、汚れて絡まっている。
「巫女……?」
ルーナは呟いた。
「悠斗、この鉄格子を……」
「わかった」
悠斗は鉄格子を掴んだ。
そして、全力で引っ張った。
ギギギギ……
鉄格子が曲がり始めた。
「うおおお!」
悠斗は歯を食いしばり、さらに力を込めた。
バキィン!
鉄格子が折れた。
「よし」
悠斗は牢獄の中に入った。
ルーナとバルトロメウスも続いた。
「大丈夫?」
ルーナが女性に近づいた。
女性は顔を上げた。
その顔は、痩せ細り、頬がこけている。
しかし、その目は、まだ生きる意志を失っていなかった。
「あなたたちは……」
女性は弱々しく尋ねた。
「私たちは、あなたを助けに来ました」
ルーナは優しく言った。
「もう大丈夫。ここから出ましょう」
「ありがとう……ございます……」
女性の目に、涙が浮かんだ。
「私は……エルディア王国の月の巫女……セレスティア……」
「セレスティア……」
ルーナは女性の手を握った。
「私はルーナ。月の女神です」
「月の女神……様……」
セレスティアは驚いた表情をした。
「本当に……あなたが……」
「ええ。そして、こちらは悠斗。私の大切な人です」
ルーナは悠斗を指差した。
「そして、バルトロメウス。元黒月教の第九使徒ですが、今は私たちの仲間です」
「よろしく」
悠斗は微笑んだ。
「今から、ここから出よう。歩けるか?」
「はい……なんとか……」
セレスティアは立ち上がろうとした。
しかし、足がふらつき、倒れそうになった。
「危ない!」
悠斗はセレスティアを支えた。
「無理するな。俺が運ぶ」
悠斗はセレスティアを抱き上げた。
「ありがとう……ございます……」
セレスティアは悠斗の胸に頭を預けた。
「それじゃ、行こう」
三人は牢獄を出て、階段を登り始めた。
上へ、上へ。
やがて、要塞の一階に戻ってきた。
「ここから、どうやって脱出する?」
悠斗は尋ねた。
「転移門を使いましょう」
バルトロメウスが提案した。
「祭壇にあった転移門は、他の拠点にも繋がっているはずです」
「でも、どこに繋がってるかわからないんじゃ……」
「いや、エルディア王国の王都に繋がる転移門があるはずです」
バルトロメウスは説明した。
「黒月教は、各国の王都にも密かに転移門を設置しています。諜報活動のためにね」
「なら、それを使えば王都に帰れるのか」
「ええ。ただし、転移門の場所を探さなければなりません」
「わかった。探そう」
三人は要塞の中を探索し始めた。
しばらくして――
「ここだ」
バルトロメウスが部屋の一つを指差した。
「この部屋に、転移門がある」
部屋の中には、青白く光る魔法陣が描かれていた。
「これで、王都に帰れるのか」
「ええ。しかし……」
バルトロメウスは魔法陣を調べた。
「この転移門、少し複雑です。正しく操作しないと、別の場所に飛ばされてしまう」
「じゃあ、お前に任せる」
「わかった」
バルトロメウスは魔法陣に手をかざし、古代文字を唱え始めた。
魔法陣の光が強くなっていく。
「準備ができました。エルディア王国の王都に繋がっています」
「よし、行こう」
四人は、同時に魔法陣に触れた。
青白い光が四人を包み込んだ。
視界が光で満たされる。
浮遊感。
そして――
次の瞬間、四人は別の場所に立っていた。
「ここは……」
悠斗は周囲を見回した。
そこは、石造りの部屋だった。
窓からは、街の景色が見える。
「エルディア王国の王都だ」
バルトロメウスが確認した。
「成功したようですね」
「やった……」
悠斗は安堵のため息をついた。
「やっと、戻ってこれた」
「ええ」
ルーナも微笑んだ。
「さあ、セレスティアを治療しなければ」
「そうだな」
悠斗はセレスティアを優しく降ろした。
「大丈夫か?」
「はい……ありがとうございます……」
セレスティアは弱々しく微笑んだ。
「あなた方のおかげで……助かりました……」
「礼なんていいって」
悠斗は照れくさそうに頭を掻いた。
「それより、早く医者に診てもらおう」
四人は、部屋を出て、王城の廊下を歩き始めた。
衛兵たちが驚いた表情で見ている。
「あれは……双月の英雄……」
「そして、月の女神様……」
「月の巫女様も! 巫女様が戻ってきた!」
衛兵たちが慌てて走り出した。
「すぐに、国王陛下にお知らせしろ!」
しばらくして――
国王アルフレッドが駆けつけてきた。
「悠斗殿! ルーナ様!」
アルフレッドは息を切らしながら言った。
「無事だったのですね! そして……セレスティア!」
「陛下……」
セレスティアは涙を流した。
「私……帰ってきました……」
「よく戻ってきてくれた!」
アルフレッドはセレスティアを抱きしめた。
「心配したぞ。お前が黒月教に捕らえられたと聞いて……」
「申し訳ございません……」
「謝る必要はない」
アルフレッドはセレスティアの肩を優しく叩いた。
「お前を助けてくれた悠斗殿とルーナ様に、感謝しなければ」
アルフレッドは悠斗とルーナに向き直った。
「悠斗殿、ルーナ様。本当にありがとうございます」
「いえ、当然のことをしただけです」
悠斗は微笑んだ。
「それより、セレスティアを早く治療してあげてください」
「ああ、もちろんだ」
アルフレッドは衛兵たちに指示を出した。
「すぐに医師を呼べ! そして、最高の部屋を用意しろ!」
衛兵たちが慌てて走り出した。
「セレスティア、もう大丈夫だ」
アルフレッドは優しく言った。
「ゆっくり休んでくれ」
「はい……ありがとうございます……」
セレスティアは衛兵たちに支えられて、部屋へと向かった。
アルフレッドは、悠斗たちに向き直った。
「さて、悠斗殿。詳しい話を聞かせてもらえるか」
「ええ」
悠斗は頷いた。
「黒月教のこと、西の要塞のこと、そして……クルエンタのこと」
「クルエンタ……第十二使徒の……」
「ええ。彼と戦いました。そして……勝ちました」
「なんと……」
アルフレッドは驚いた表情をした。
「十二使徒の一人を倒したのですか」
「ええ。でも、簡単じゃありませんでした」
悠斗は自分の手を見た。
拳はまだ腫れている。
「それに……クルエンタから聞いたんです。黒月の儀式が、もうすぐ始まるって」
「何ですと!?」
アルフレッドの顔が蒼白になった。
「本当ですか!」
「ええ。詳しい日時はわかりませんが……近いうちに」
「それは……まずい……」
アルフレッドは考え込んだ。
「すぐに、対策を立てなければ」
「陛下」
バルトロメウスが前に出た。
「私は、元黒月教の第九使徒です。黒月の儀式について、詳しい情報を持っています」
「そなたが……」
アルフレッドはバルトロメウスを見た。
「では、協力してもらえるか」
「もちろんです。私は、黒月教を止めるために、ここにいます」
「感謝する」
アルフレッドは深々と頭を下げた。
「それでは、作戦会議を開こう。すぐに、各国の代表を集める」
「わかりました」
悠斗は頷いた。
「でも、その前に……少し休んでもいいですか?」
悠斗の顔は疲労で満たされていた。
そして――
グゥゥゥ……
悠斗の腹が、盛大な音を立てた。
「あと……何か食べたい……」
「ははは!」
アルフレッドは笑った。
「もちろん! すぐに、宴を開こう!」
アルフレッドは衛兵たちに指示を出した。
「悠斗殿とルーナ様のために、最高の料理を用意しろ!」
「はい!」
衛兵たちが慌てて走り出した。
しばらくして――
王城の大広間に、豪華な料理が並べられた。
肉料理、魚料理、パン、果物、ワイン。
「うわあ……すごい……」
悠斗は目を輝かせた。
「いただきます!」
悠斗は次々と料理を口に運び始めた。
肉を食べ、パンを食べ、果物を食べ。
「美味い……!」
悠斗は幸せそうな表情をしていた。
ルーナは、そんな悠斗を微笑んで見ていた。
「悠斗、食べ過ぎないようにね」
「大丈夫、大丈夫」
悠斗は笑った。
「俺の胃は、無限大だから」
「ふふ、相変わらずね」
ルーナも料理を食べ始めた。
バルトロメウスとアルフレッドも、同じテーブルについた。
「それにしても」
アルフレッドは感心した表情で悠斗を見た。
「悠斗殿の食欲は、本当にすごい」
「ははは……」
悠斗は照れくさそうに笑った。
「この体の代謝が異常に速いせいで、すぐに腹が減るんです」
「なるほど。それも、あなたの力の源なのだな」
「まあ、そうですね」
悠斗は肉を頬張りながら答えた。
しばらく食事を楽しんだ後――
「さて」
アルフレッドは真剣な表情になった。
「そろそろ、作戦会議を始めようか」
「ええ」
悠斗は頷いた。
「黒月教を止めるために、何をすべきか話し合いましょう」
「ああ」
アルフレッドは衛兵に指示を出した。
「会議室を準備しろ。そして、重臣たちを集めろ」
「はい!」
衛兵が走り出した。
「悠斗殿、ルーナ様、バルトロメウス殿」
アルフレッドは三人を見た。
「これから、世界を救うための戦いが始まる」
「ええ」
悠斗は決意を込めて言った。
「俺たちは、必ず黒月教を倒す。そして、この世界を救う」
「頼む」
アルフレッドは深々と頭を下げた。
「そなたたちがいてくれて、本当に心強い」
「当然です」
ルーナも微笑んだ。
「私たちは、この世界を愛しています。だから、守りたい」
「ええ」
バルトロメウスも頷いた。
「私も、微力ながら協力させていただきます」
四人は、会議室へと向かった。
そこで、これからの戦いについて、詳しく話し合うことになる。
黒月教との最終決戦に向けて――
悠斗たちの戦いは、まだ続いていく。
しかし、今日のところは、ひとまず休息の時間だ。
長い戦いの後、悠斗とルーナは王城の客室に案内された。
「ここが、お二人の部屋です」
衛兵が扉を開けた。
部屋は広く、豪華な調度品が並んでいる。
大きなベッド、柔らかそうな椅子、暖炉。
「すごい部屋だな……」
悠斗は感心した。
「ゆっくり休んでください」
衛兵は一礼して、部屋を出ていった。
悠斗とルーナは、部屋の中に入った。
「やっと……二人きりになれたわね」
ルーナが微笑んだ。
「ああ」
悠斗もルーナを見つめた。
「今日は、本当に大変だったな」
「ええ。でも、無事に帰ってこれた」
ルーナは悠斗の手を握った。
「あなたのおかげよ」
「いや、ルーナのおかげだよ」
悠斗もルーナの手を握り返した。
「クルエンタを倒せたのは、お前の力のおかげだ」
「二人で、力を合わせたからよ」
ルーナは悠斗の胸に頭を預けた。
「私たちは、チーム」
「ああ」
悠斗はルーナを抱きしめた。
「これからも、一緒に戦おう」
「ええ」
二人は、しばらく抱き合っていた。
窓の外には、満月が輝いている。
美しい、銀色の光。
「月が……綺麗ね」
ルーナが呟いた。
「ああ」
悠斗も窓の外を見た。
「でも、お前の方が綺麗だよ、月そのものみたいだ」
「もう……」
ルーナは顔を赤らめた。
「そういうこと、恥ずかしげもなく言うんだから」
「本当のことだもん」
悠斗は微笑んだ。
「お前は、この世界で一番美しい」
「悠斗……」
ルーナは悠斗の唇にキスをした。
短いキス。
しかし、そこには深い愛情が込められていた。
「ありがとう」
ルーナは微笑んだ。
「あなたがいてくれて、私は幸せよ」
「俺もだ」
悠斗もルーナにキスを返した。
二人は、ベッドに横になった。
柔らかいベッド。温かい毛布。
「気持ちいい……」
悠斗は呟いた。
「久しぶりに、ちゃんとしたベッドで寝られる」
「ええ」
ルーナも悠斗の隣に横になった。
「今日は、ゆっくり休みましょう」
「ああ」
悠斗はルーナを抱きしめた。
「おやすみ、ルーナ」
「おやすみ、悠斗」
二人は、目を閉じた。
そして、深い眠りについた。
長い戦いの後の、束の間の平和。
しかし、明日からは、また新しい戦いが始まる。
黒月教との最終決戦に向けて――
悠斗とルーナの旅は、まだ続いていく。
そして――
王城の医務室では、セレスティアが治療を受けていた。
「大丈夫ですよ」
医師が優しく言った。
「傷は浅い。すぐに治ります」
「ありがとうございます……」
セレスティアは微笑んだ。
「私……助かったんですね……」
「ええ。双月の英雄が、あなたを救ってくれました」
「悠斗様とルーナ様……」
セレスティアは感謝の涙を流した。
「本当に……ありがとうございます……」
医師は、セレスティアに薬を飲ませた。
「これで、明日には元気になるでしょう」
「はい……」
セレスティアは横になった。
そして、静かに目を閉じた。
彼女の心には、希望が芽生えていた。
悠斗とルーナがいれば、きっとこの世界は救われる。
黒月教を倒し、平和が戻る。
そう信じて――
セレスティアは、深い眠りについた。
一方――
王城の会議室では、アルフレッドとバルトロメウスが話し込んでいた。
「バルトロメウス殿」
アルフレッドが尋ねた。
「黒月の儀式について、もっと詳しく教えていただけるか」
「わかりました」
バルトロメウスは地図を広げた。
「黒月教は、大陸各地に二十四の祭壇を建てています」
バルトロメウスは地図上に印をつけていった。
「これらすべてを同時に起動させることで、儀式は完成します」
「二十四の祭壇……」
アルフレッドは眉をひそめた。
「すべてを破壊するのは、不可能だろう」
「ええ。時間がかかりすぎます」
バルトロメウスは頷いた。
「だから、私たちは教祖ゼノンを直接倒す必要があります」
「ゼノンを倒せば、儀式は止まるのか」
「おそらく。ゼノンは、儀式の中心です。彼がいなければ、儀式は発動しません」
「なるほど……」
アルフレッドは考え込んだ。
「では、北の聖堂に攻め込むしかないか」
「ええ。しかし、聖堂には十二使徒が守りを固めています」
「十二使徒……」
アルフレッドは深刻な表情をした。
「悠斗殿とルーナ様だけでは、厳しいか」
「いえ、彼らなら大丈夫でしょう」
バルトロメウスは確信を持って言った。
「悠斗とルーナ様は、特別です。彼らなら、きっと十二使徒を倒せます」
「そうですか……」
アルフレッドは安堵のため息をついた。
「それならば、私たちも全力で支援しよう」
「ありがとうございます」
バルトロメウスは頭を下げた。
「それでは、明日から作戦を練ろう」
「ええ」
アルフレッドは立ち上がった。
「世界を救うために、できることをやるとしようか」
二人は、会議室を後にした。
長い夜が、静かに更けていく。
そして――
明日、新しい戦いが始まる。
翌朝。
悠斗は、鳥のさえずりで目を覚ました。
「ん……朝か……」
悠斗はゆっくりと目を開けた。
隣には、ルーナが静かに眠っている。
銀色の髪が、朝日に照らされてキラキラと輝いている。
「綺麗だな……」
悠斗は、ルーナの顔をじっと見つめた。
彼女は、本当に美しい。
悠斗の心の中に、温かい感情が広がっていく。
愛おしさ。守りたいという気持ち。
「俺、この子を絶対に守る」
悠斗は心の中で誓った。
「どんな敵が来ても、絶対に」
その時――
ルーナが目を覚ました。
「ん……おはよう、悠斗」
「おはよう、ルーナ」
二人は微笑み合った。
「よく眠れた?」
「ええ。あなたの隣だったから」
ルーナは悠斗の胸に頭を預けた。
「安心して眠れたわ」
「俺もだよ」
悠斗はルーナの髪を優しく撫でた。
「お前がいてくれて、幸せだ」
「私も」
二人は、しばらくベッドの中で抱き合っていた。
しかし――
ドンドンドン!
扉を叩く音が聞こえた。
「悠斗殿! ルーナ様!」
アルフレッドの声だ。
「起きていますか!」
「はい、起きてます!」
悠斗は慌ててベッドから降りた。
「すぐに行きます!」
悠斗とルーナは急いで身支度を整えた。
そして、扉を開けた。
「おはようございます、陛下」
「おはよう」
アルフレッドは真剣な表情をしていた。
「すまない、朝早くから。しかし、緊急の知らせが入った」
「緊急の知らせ……?」
「ああ。偵察隊からの報告だ」
アルフレッドは二人を会議室へと案内した。
会議室には、すでにバルトロメウスと重臣たちが集まっていた。
「悠斗、ルーナ様」
バルトロメウスが立ち上がった。
「大変なことになった」
「何があったんだ?」
「北の聖堂で、異常な魔力の反応が観測された」
バルトロメウスは地図を指差した。
「おそらく、黒月の儀式の準備が始まっている」
「もう始まってるのか!」
悠斗は驚いた。
「ああ。時間がない」
アルフレッドが言った。
「すぐに、北の聖堂に向かう必要がある」
「わかりました」
悠斗は決意を込めて言った。
「今すぐ出発しよう」
「ええ」
ルーナも頷いた。
「世界を救うために、私たちは戦います」
「ありがとう、頼む」
アルフレッドは深々と頭を下げた。
「そなたたちこそが、この世界の希望」
悠斗とルーナは、会議室を後にした。
そして、王城の外へと向かった。
外には、馬車が用意されていた。
「この馬車で、北へ向かってくれ」
衛兵が説明した。
「途中まで、私たちが護衛します」
「ありがとう」
悠斗は馬車に乗り込んだ。
ルーナとバルトロメウスも続いた。
馬車が動き出した。
ガタガタと揺れながら、北へ向かって進んでいく。
窓の外には、美しい景色が広がっている。
緑の森。青い空。
しかし、悠斗の心は、戦いのことでいっぱいだった。
「いよいよだな……」
悠斗は呟いた。
「ええ」
ルーナは悠斗の手を握った。
「でも、私たちなら大丈夫」
「ああ」
悠斗も握り返した。
「一緒なら、どんな敵にも勝てる」
バルトロメウスは、二人を静かに見つめていた。
「二人なら、きっと世界を救える」
バルトロメウスは心の中で呟いた。
「私も、全力で支えよう」
馬車は、北へ向かって進み続けた。
黒月の聖堂へ。
皆様、第10話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、本当に大変な戦いでした。
西の要塞での戦闘、そしてクルエンタとの死闘……特にクルエンタの血液魔法は、私たちにとって最も恐ろしい敵の一つでした。
悠斗の拳が溶けていくのを見た時、私の心臓は凍りつきました。彼を失うかもしれないという恐怖……それは、想像以上に辛いものでした。
でも、私たちは勝ちました。バルトロメウスの「影の化身」には驚きましたけれど、それ以上に、私自身の力が戻りつつあることを実感できました。月の浄化の力……これが、私の本来の力の一端なのですね。
そして、セレスティアを救出できたこと。彼女は月の巫女として、これから私たちの大きな力になってくれるはずです。
悠斗との絆も、また一つ深まった気がします。戦いの後、彼の腕の中で眠る時間は、私にとって何よりも幸せな瞬間でした。
でも……戦いは、まだ終わっていません。
黒月の儀式が始まろうとしています。北の聖堂では、教祖ゼノンが待ち構えています。
次回からは、いよいよ黒月教との決戦に向けて物語が動き出します。
悠斗と私、そしてバルトロメウス。私たちは、必ずこの世界を救ってみせます。
どうか、これからも私たちを見守っていてください。
次回、第11話でお会いしましょう。
――月の女神 ルーナ




