第1話 「フィギュアが囁いた夜」
はじめに
『模型(1/10)スケールのアポカリプス』の世界へようこそ。
これは、フィギュアを愛する高校生が、1/10サイズの異世界で世界を救う物語です。
主人公の神崎悠斗は、ごく普通の高校生。唯一の趣味は、部屋にこっそり集めたフィギュアコレクション。その中でも、彼が最も大切にしているのが、架空のRPG『星辰のアルカディア』の月の女神・ルーナのフィギュアでした。
ある夜、そのルーナが語りかけてきます。
「このままでは、世界が滅ぶ」
気づけば悠斗は、見知らぬ世界に立っていました。そこは住民の身長が18センチという、1/10スケールの小さな世界。悠斗も同じサイズに縮んでいましたが――彼の体には、とんでもない力が宿っていました。
7メートルのジャンプ力。
建物を破壊するパンチ。
スローモーションに見える世界。
しかし、その代償は――規格外の食欲。
可愛い女神と、大食いの主人公。
小さな体で挑む、世界規模の危機。
オタク高校生の、想像を超える冒険が、今、始まります。
どうか最後まで、お付き合いください。
物理法則について
この物語では、「体が1/10になると何が起こるのか?」を科学的に考えています。
体長が1/10になると、体重は1/1000に。しかし筋力の相対比は変わらないため、自分の体に対する力は10倍以上になります。これが、悠斗の超人的な能力の理由です。
また、体表面積が相対的に大きくなるため、熱が急速に逃げます。そのため代謝が加速し、常に大量のエネルギーを必要とします。
脳から手足への信号も1/10の距離で済むため、反射神経は極めて速くなります。
この「スケールの物理学」が、物語全体を貫く設定となっています。
細かい理屈は気にせず、「小さくなったら超パワーアップ!」と思って楽しんでいただいても大丈夫です。
それでは――
小さな世界の、大きな冒険へ。
暁の裏
※この物語に登場する『星辰のアルカディア』は架空のゲームです。
なお次話は1月1日午前0時に更新予定です。
神崎悠斗の部屋は、一見すると普通の高校生の部屋だった。
ベッド、机、本棚。窓際には観葉植物が一つ。壁には何の装飾もない。カーテンは無難なベージュ色で、床に散らばった教科書やノートも、ありふれた日常を演出している。
しかし、その部屋には一ヶ所、「聖域」と呼ぶ場所があった。
ベットの横、二段になった専用の棚には、精巧なフィギュアが整然と並んでいる。すべて1/10スケール。剣と魔法の世界の戦士たち、魔法使いたち、そして――女神たち。どれも悠斗が何ヶ月も小遣いを貯めて手に入れた、大切なコレクションだった。
その中でも棚の真ん中に、一番お気に入りのフィギュアが鎮座している。
ルーナ。
ダークファンタジーRPG『星辰のアルカディア』の隠しヒロイン。月の女神。
銀色の髪が月光を纏ったように繊細に造形され、同じく銀色の瞳は神秘的な輝きを宿している。白と銀を基調としたドレスは、まるで月そのものを纏っているかのようだ。左手を胸元に当て、右手をわずかに前に差し出したポーズ。
その表情は静かで、どこか憂いを帯びている。
「やっぱり、このアングルが一番いいな」
悠斗は呟きながら、スマートフォンのライトでルーナを照らした。角度を変え、光の当たり方を確認する。何度見ても飽きない。むしろ見るたびに新しい発見がある。塗装の繊細さ、造形の美しさ、そのすべてが完璧だった。
時刻は午前零時を過ぎていた。
明日――もう今日だが――は学校がある。そろそろ寝なければならない。
「おやすみ、ルーナ」
小さく呟いて、悠斗はベッドに潜り込んだ。
真面目で、成績も悪くない。クラスでは目立たず、友人も少ないが孤立しているわけでもない。そんな悠斗の唯一の秘密が、この「オタク趣味」だった。
別に恥ずかしいとは思っていない。ただ、理解されないだろうとも思っている。フィギュアを集めることの何が楽しいのか。ゲームのキャラクターに何を見出しているのか。そんな質問に答える気力はなかった。
だから、隠す。誰にも言わない。
それでいい。
悠斗は目を閉じた。意識が沈んでいく。いつもの、何の変哲もない夜。明日もまた、何の変哲もない一日が始まる――
はずだった…
「――ねえ、悠斗」
声が聞こえた。
女性の声。柔らかく、どこか遠くから響いてくるような。
悠斗は夢の中で首を傾げた。誰だろう。母親の声ではない。クラスメイトの誰かでもない。もっと、透明で、神秘的で――
「悠斗。あなたに、お願いがあるの」
その声は、悠斗の心の奥底に直接語りかけてくるようだった。
夢の中で、悠斗は暗闇の中に立っていた。足元には何もない。上下左右の感覚もない。ただ、闇だけが広がっている。
そして、その闇の中に、一筋の光が差し込んだ。
月光。
銀色の光が、一点に集まっていく。光は徐々に形を成し――やがて、一人の少女の姿になった。
銀色の髪。銀色の瞳。白と銀のドレス。
ルーナだった。
悠斗の部屋に飾られているフィギュアと、まったく同じ小さな姿。しかし、今の彼女は動いている。生きている。悠斗を見つめている。
「ルーナ……?」
悠斗は呆然と呟いた。
ルーナは微笑んだ。その笑顔は、フィギュアでは見ることのできなかった、温かく、そして少しだけ切ないものだった。
「悠斗。いつも、ありがとう」
「え……?」
「あなたがいつも私を見てくれていたこと。大切にしてくれていたこと。全部、知っているわ」
ルーナは一歩、悠斗に近づいた。
「でも、今日は、あなたにお願いがあるの」
「お願い……?」
「私の世界が、壊れそうなの」
ルーナの表情が曇った。その瞳に、深い悲しみが宿る。
「このままでは、私の世界は滅んでしまう。住人たちも、大地も、空も、すべてが消えてしまう」
「ま、待って。どういうこと――」
「だから、お願い。あなたに、私の世界を救ってほしいの」
ルーナは両手を胸元で組み、祈るように悠斗を見つめた。
「あなたなら、きっとできる。あなたなら――」
「待って、俺は何も――」
「お願い、悠斗」
ルーナの声が、切実に響いた。
悠斗は言葉を失った。目の前の光景があまりにも非現実的で、何を言えばいいのかわからなかった。
そして、次の瞬間。
ルーナの周囲に、無数の光の粒が舞い上がった。それは月光を砕いたような、美しい輝き。光の粒はルーナを中心に渦を巻き、やがて悠斗の全身を包み込んだ。
「え――ちょ、待って!」
悠斗の視界が、光で満たされた。
意識が浮遊する感覚。重力がなくなったような、体が溶けていくような。
そして――
すべてが、白く染まった。
目が覚めたとき、悠斗は草の上に倒れていた。
「……っ」
頭が痛い。体が重い。まるで長時間走った後のような疲労感が全身を包んでいる。
悠斗はゆっくりと体を起こした。
「……ここは」
目の前に広がっていたのは、見たことのない風景だった。
広大な草原。遠くには森が広がり、さらにその向こうには山々が連なっている。空は青く澄み渡り、白い雲がゆっくりと流れている。
そして――空には、二つの月が浮かんでいた。
一つは普通の月。もう一つは、どこか禍々しい黒い月。
「……夢、じゃない?」
悠斗は自分の頬を叩いた。痛い。現実だ。
「マジか……」
呆然と立ち尽くす悠斗の背後で、声がした。
「悠斗」
振り返ると、そこにルーナが立っていた。
夢の中で見たのと同じ姿。銀色の髪と瞳。白と銀のドレス。しかし、今の彼女は確かに実体を持っている。風に髪がなびき、ドレスの裾が揺れている。
「ルーナ……本当に、お前……」
「ごめんなさい。急に連れてきてしまって」
ルーナは申し訳なさそうに目を伏せた。
「でも、他に方法がなかったの。この世界は、滅びかけているから」
「まず説明してくれ。ここはどこなんだ? それに、お前は本物のルーナなのか? ゲームのキャラクターじゃ――」
「順番に説明するわ」
ルーナは悠斗の言葉を遮り、静かに語り始めた。
「ここは、あなたの世界とは違う世界。別の次元、と言ってもいいかもしれない」
「異世界……」
「そう。そして、私はゲーム『星辰のアルカディア』のキャラクターとして存在していたけれど、元々はこの世界の月の女神だったの」
「月の女神……」
悠斗は頭上を見上げた。二つの月。一つは白く、もう一つは黒く。
「この世界には、二つの月がある。白い月は生命と秩序を司り、黒い月は破壊と混沌を司る。本来、二つの月はバランスを保っているはずだったの。でも――」
ルーナの表情が曇った。
「今、そのバランスが崩れている。黒い月の力が強くなりすぎて、世界が壊れ始めているの」
「それで、俺に何をしろと……」
「あなたには、この世界を救う力がある」
ルーナは真剣な眼差しで悠斗の手を握り、見つめた。
「あなたは、この世界では特別な存在になる。普通の人間にはできないことが、あなたにはできる」
「どういうことだ?」
「それは――」
ルーナが答えようとしたとき、遠くから叫び声が聞こえた。
「助けてー!」
声のする方向を確認すると村が見えた。
「誰かが!」
「村が襲われてる!」
悠斗とルーナは顔を見合わせた。
「行くわよ、悠斗!」
ルーナは悠斗の手を掴み、走り出した。
声のする方向へ走ること数分。
悠斗とルーナの目の前に、村が現れた。
なんか違和感を感じる。
なんかサイズ感が小さいというか…
いや、「小さい」という表現は正確ではない。村や人自体は普通のサイズに見えるのだが――俺のサイズ今までより、異常に小さかった。
「そういえば説明するのを忘れてた」
「え……」
「この世界は悠斗の世界と比べておよそ1/10サイズ、貴方がこの世界に合わせて小さくなったの」
悠斗は目を疑った。
村人たちの身長は、どう見ても20センチにも満たない。いや、正確には18センチ程度だろうか。まるで、精巧に作られた人形のようだ。
そして、その小さな村人たちを襲っているのは――
「魔物……!」
巨大な狼のような生物が、村の中を暴れ回っていた。いや、「巨大」というのも正確ではない。その狼は、悠斗から見れば中型犬くらいのサイズだ。しかし、村人たちにとっては、それは恐るべき怪物だった。
「待って、これ……」
悠斗は自分の体を見下ろした。
自分の身長も、18センチ程度になっている。つまり、この世界の住人と同じサイズだ。
「そういうこと……この世界は、俺の世界の1/10スケールなのか」
「その通り」
ルーナが頷いた。
「この世界は、あなたの世界よりも小さい。でも、あなたは元の世界の物理法則を保持している。だから――」
「だから、何?」
「試してみて。あの魔物を倒してみて」
ルーナは悠斗の背中を押した。
悠斗は戸惑いながらも、魔物に向かって走り出した。
狼型の魔物は、一人の村人を追い詰めている。牙を剥き、今にも襲いかかろうとしている。
「やめろ!」
悠斗は叫びながら、魔物に向かって拳を振るった。
その瞬間――
ドガァッ!
悠斗の拳が、魔物の横腹に命中した。
次の瞬間、魔物の巨体が吹き飛んだ。
「え……?」
悠斗は自分の拳を見つめた。
魔物は地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。一撃だった。
「な、何今の……」
悠斗は呆然とした。自分がこんな力を持っているなんて、信じられなかった。
「すごい……」
ルーナが感嘆の声を上げた。
「あなたの体は、この世界のサイズに縮小されたけれど、筋力の相対比は元の世界のままなの。つまり、あなたはこの世界では――」
「人間離れした凄まじい力を持っている……?」
「そう。絶対的な力は元の世界の1/1000になったけれど、体重も1/1000になった。だから、体に対する相対的な力は10倍以上になるの」
悠斗は自分の手を握りしめた。確かに、体が異常に軽い。まるで、重力がほとんど存在しないかのような感覚。
「試しに、ジャンプしてみて」
ルーナの言葉に従い、悠斗は軽く膝を曲げて跳んだ。
次の瞬間――
「うわっ!」
悠斗の体が、信じられない高さまで跳ね上がった。
7メートル。
元のサイズで言えば、70メートルの跳躍だ。
「す、すげえ……!」
空中で体勢を立て直し、悠斗は着地した。着地の衝撃はほとんど感じられなかった。体が軽すぎて、落下のダメージがほぼ無効化されている。
「これが、俺の力……」
悠斗は自分の体を見つめた。
すると、村の方からまた叫び声が聞こえた。
「まだ魔物がいるわ!」
ルーナが叫んだ。
村の中心部に、さらに三体の狼型魔物が現れていた。村人たちは逃げ惑い、家の中に隠れている。
「行くぞ!」
悠斗は走り出した。
その速度は、自分でも驚くほど速かった。体が軽いため、加速が異常に速い。地面を蹴るたびに、体が前に飛び出していく。
最初の魔物に接近し、悠斗は再び拳を振るった。
ドンッ!
魔物の頭部に直撃。魔物は悲鳴を上げて倒れた。
二体目の魔物が悠斗に飛びかかってくる。しかし、悠斗の目には、その動きがまるでスローモーションのように見えた。
「遅い……!」
悠斗は魔物の攻撃を軽々と避け、カウンターの蹴りを叩き込んだ。魔物は吹き飛び、木に激突して動かなくなった。
三体目の魔物は、悠斗の強さを理解したのか、後退し始めた。しかし――
「逃がさない!」
悠斗は地面を蹴り、7メートルの跳躍で魔物の頭上に回り込んだ。そして、空中から踵落としを叩き込む。
ズガァン!
魔物は地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
静寂。
悠斗は荒い息をつきながら、周囲を見回した。魔物はすべて倒れている。村人たちは家の中から恐る恐る顔を出し、悠斗を見つめている。
「……終わった」
悠斗は膝をついた。疲労が押し寄せてくる。戦闘時間はわずか数分だったが、全力で動いたため体力を消耗していた。
そして――
グゥゥゥ……
悠斗の腹が、盛大な音を立てた。
「え……」
悠斗は自分の腹を押さえた。空腹だ。いや、空腹という言葉では足りない。まるで何日も食事を取っていないかのような、強烈な飢餓感。
「悠斗!」
ルーナが駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
「腹が……すごく減ってる……」
「それも、この世界の影響よ」
ルーナは心配そうに悠斗を見つめた。
「あなたの体は小さくなったことで、代謝が非常に速くなっているの。周りがスローモーションに見えるけど、熱が体から急速に逃げてしまうから、常にエネルギーを生み出さないといけない。だから――」
「食欲が、すごいことになる……」
悠斗は頭を抱えた。
これが、この世界で生きるということ。10倍の力を得る代わりに、10倍の食事が必要になる。
「でも、あなたは素晴らしかったわ」
ルーナは微笑んだ。
「あの魔物たちを、一人で倒してしまうなんて」
「いや、俺も驚いてる……」
悠斗は自分の手を見つめた。まだ信じられない。自分がこんな力を持っているなんて。
そのとき、村人たちが悠斗とルーナに近づいてきた。
村人たちは皆、18センチほどの身長だった。男性も女性も、子供も老人も。彼らは悠斗とルーナを見上げ――いや、同じ目線で見つめていた。悠斗も同じサイズなのだから。
「あ、あの……」
一人の中年男性が、恐る恐る声をかけてきた。どうやら村長らしい。
「あなた方は……?」
「俺は神崎悠斗。こっちはルーナ」
悠斗は簡潔に答えた。
「魔物を……倒してくださったのは……」
「ああ。大丈夫、もう魔物はいないはずだ」
村長の目に涙が浮かんだ。
「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」
村長は深々と頭を下げた。他の村人たちも次々と頭を下げ始める。
「いや、そんな大げさに……」
悠斗は戸惑った。ただ、目の前で困っている人を助けただけだ。それ以上でも以下でもない。
「我々の村は、最近魔物の襲撃が増えて困っていたのです。特にあの狼型の魔物は強くて、誰も太刀打ちできなかった」
「そうだったのか……」
「でも、あなたは一人であの魔物たちを倒してしまった。あなたは、英雄です!」
「英雄……」
悠斗は苦笑した。
「俺は英雄なんかじゃない。ただ、たまたま力があっただけだ」
「とにかく、村にお越しください。せめてお礼をさせてください」
村長は悠斗とルーナを村の中心へと案内した。
村は小さく、家屋も質素だったが、清潔で整っていた。村人たちは皆、悠斗とルーナを温かく迎えてくれた。
村長の家に通され、悠斗とルーナは食事を振る舞われた。
パン、スープ、肉料理、野菜のサラダ。どれも素朴だが、美味しかった。
そして、悠斗は驚異的な速度で食事を平らげていった。
「おかわり!」
「は、はい!」
村長の妻が慌てて料理を運んでくる。
悠斗は次々と食事を口に運んだ。満腹感が全く訪れない。まるで底なしの胃袋を持っているかのようだった。
「悠斗……すごい食欲ね」
ルーナが呆れたように呟いた。
「仕方ないだろ。腹が減ってるんだ」
悠斗は口に食べ物を詰め込みながら答えた。
結局、悠斗は通常の10倍以上の量を食べた。村の食料を相当消費してしまったが、村長は笑顔で許してくれた。
「英雄ですから、これくらいは当然です」
「いや、本当にすまない……」
悠斗は申し訳なさそうに頭を下げた。
食事を終えた後、悠斗とルーナは村長から、この世界についての話を聞いた。
「この世界には、いくつかの国があります。しかし、どの国も今、混乱しています」
「混乱?」
「はい。空に浮かぶ二つの月のバランスが崩れているのです」
村長は窓の外を指差した。夜空には、白い月と黒い月が並んで浮かんでいる。
「白い月は、我々に生命と秩序をもたらしてくれます。しかし、黒い月は破壊と混沌を呼び込む。本来、二つの月は交互に力を発揮し、バランスを保っていたのですが――」
「今は、黒い月の力が強くなっている……」
ルーナが呟いた。
「そうです。そのせいで、魔物が凶暴化し、気候も不安定になっています。このままでは、世界が滅んでしまうかもしれません」
村長の表情は深刻だった。
「それを止める方法は……」
「月の女神様に祈るしかありません。しかし、月の女神様は百年以上前に姿を消してしまわれた……」
村長は深くため息をついた。
ルーナは黙って俯いた。彼女が、その月の女神なのだが、今の彼女には神としての力がほとんど残っていない。
「とにかく、今日はゆっくり休んでください。明日、また色々とお話ししましょう」
村長は悠斗とルーナに部屋を用意してくれた。
夜。
悠斗は村長の家の客室で、ベッドに横たわっていた。ルーナは隣の部屋で休んでいる。
「異世界か……」
悠斗は天井を見つめながら呟いた。
まだ実感がない。朝、自分の部屋で目覚めたはずなのに、今はこんな場所にいる。
そして、自分には信じられないような力がある。
10倍の筋力。7メートルのジャンプ。スローモーションに見える世界。
「本当に、俺にこの世界を救えるのか……?」
悠斗は自分の手を見つめた。
自分は特別な人間ではない。ただの高校生だ。オタク趣味を隠して、平凡に生きてきただけ。
でも、この世界では自分が「英雄」だと言われる。
「……わからない」
悠斗は目を閉じた。
すると、隣の部屋からルーナの気配が近づいてきた。扉がノックされる。
「悠斗、起きてる?」
「ああ」
扉が開き、ルーナが部屋に入ってきた。彼女は白いナイトドレスを着ており、銀色の髪が月光に照らされて輝いている。
「眠れないの?」
「まあな。色々ありすぎて、頭が整理できない」
「ごめんね。急に連れてきてしまって」
ルーナは申し訳なさそうに悠斗の隣に座った。
「いや、お前が謝ることじゃない。それに……」
悠斗は言葉を区切った。
「この世界を救いたいと思ってる。村の人たちが困ってるのを見て、放っておけないと思った」
「悠斗……」
ルーナは微笑んだ。
「あなたは優しいのね」
「そんなんじゃない。ただ、目の前で困ってる人を助けたいだけだ」
悠斗は照れくさそうに顔を背けた。
ルーナは少しの間、沈黙した。そして、静かに語り始めた。
「私ね、あなたがいつも私のフィギュアを見てくれていたこと、本当に嬉しかった」
「え……」
「あなたが私を大切にしてくれていたこと。部屋の一番いい場所に飾ってくれていたこと。毎日、ライトで照らして見てくれていたこと。全部、感じていたの」
ルーナの瞳が、優しく悠斗を見つめる。
「だから、あなたを頼ったの。あなたなら、きっと力を貸してくれると思った」
「ルーナ……」
「でも、無理はしないで。この世界のことは、私も一緒に戦うから」
「お前、戦えるのか?」
「今は力のほとんどを失っているけど、少しは使えるわ」
ルーナは手をかざした。すると、小さな光の球が手のひらに浮かび上がった。月光を凝縮したような、柔らかい光。
「これが、私の力。月の力」
「すごい……」
「でも、これだけじゃ戦えない。だから、あなたと一緒に戦いたい」
ルーナは悠斗の手を握った。その手は温かく、柔らかかった。
「一緒に、この世界を救いましょう」
「……ああ」
悠斗は頷いた。
そのとき――
ゴゴゴゴゴ……
地面が揺れた。
「地震!?」
悠斗とルーナは立ち上がった。
窓の外を見ると、空が異様な色に染まっていた。黒い月が、不気味な光を放っている。そして、その光が地上に降り注ぎ始めた。
「何が起きてる……!」
村人たちの悲鳴が聞こえる。
悠斗とルーナは部屋を飛び出し、村の外に出た。
そして、二人は目を疑った。
空から、巨大な黒い影が降りてきていた。
それは、月のような形をしていた。しかし、それは本物の月ではない。黒い月から分離した、何か禍々しいもの。
「あれは……」
ルーナの顔が蒼白になった。
「黒月の欠片……まさか、もうここまで侵食が進んでいるなんて……」
黒い月の欠片は、ゆっくりと地上に降りてきた。そして、地面に接触した瞬間――
ズドォォォン!
凄まじい衝撃波が広がった。
地面が割れ、建物が崩れ、木々が倒れる。
「みんな、逃げろ!」
悠斗は叫んだ。
村人たちは慌てて村から逃げ出す。しかし、黒い月の欠片から、さらに何かが現れ始めた。
黒い霧。
その霧は生き物のように蠢き、触れたものすべてを腐食させていく。
「悠斗、あれに触れちゃダメ!」
ルーナが叫んだ。
「でも、村が……!」
悠斗は焦った。このままでは村が全滅してしまう。
「ルーナ、何かできないのか!」
「やってみる!」
ルーナは両手を広げ、月の力を解放した。
淡い光が彼女の周囲に広がり、黒い霧を押し返していく。しかし、ルーナの力は弱く、霧を完全に防ぐことはできない。
「くっ……力が足りない……!」
ルーナは苦しそうに顔を歪めた。
悠斗は拳を握りしめた。
「俺が、何とかする……!」
悠斗は黒い月の欠片に向かって走り出した。
「悠斗、危ない!」
ルーナの制止も聞かず、悠斗は欠片に肉薄した。そして――
全力で、拳を叩き込んだ。
ドゴォォォン!!
悠斗の拳が、黒い月の欠片に直撃した。
次の瞬間、欠片に亀裂が走った。そして――
バリィィン!
欠片が砕け散った。
黒い霧も、欠片と共に消滅していく。
静寂。
悠斗は荒い息をつきながら、自分の拳を見つめた。手が少し痺れているが、大きな怪我はない。
「やった……のか?」
「悠斗……すごい……」
ルーナが駆け寄ってきた。
「あなた、本当に……」
しかし、ルーナの言葉は途中で途切れた。
なぜなら――
空に、巨大なビジョンが現れたからだ。
黒い月が、さらに大きく輝き始めた。そして、その中に、一つの映像が映し出された。
それは――
世界が、崩壊していく光景だった。
大地が裂け、海が沸騰し、空が割れる。すべてが破壊され、すべてが消えていく。
そして、その中心に――
一つの巨大な黒い月が、静かに浮かんでいた。
「これは……」
ルーナが呟いた。
「未来の映像……このままでは、世界はこうなってしまう……」
ビジョンは数秒で消えた。
しかし、その光景は悠斗の脳裏に焼き付いていた。
「……世界が、滅ぶ」
悠斗は呟いた。
そして、決意した。
「俺が、止める」
悠斗はルーナを見つめた。
「ルーナ。俺、この世界を救う。絶対に」
ルーナは驚いたように目を見開き――そして、微笑んだ。
「ええ。一緒に、頑張りましょう」
二人は手を取り合った。
こうして、神崎悠斗の、異世界での戦いが始まった―
初めまして。月の女神、ルーナです。
……と言っても、今の私には神様らしい力はほとんどありません。
悠斗を突然この世界に連れてきてしまって、本当にごめんなさい。
でも、あなただけが頼りだったの。
いつも私を大切に見てくれていた、あなただけが。
この世界は、あなたの世界の1/10スケール。
だから悠斗の体も18センチになってしまったけれど──
その小さな体に、とてつもない力が宿っています。
10倍の筋力。7メートルのジャンプ。
そして、世界がスローモーションに見える反射神経。
でも、代償もあります。
すごい食欲と、常に動き続ける代謝。
悠斗、これからたくさん食べることになるけど……我慢してね。
黒い月は、まだ力を増し続けています。
世界が壊れていくビジョンを見てしまった今、
私たちに残された時間は、そう多くないかもしれません。
でも──
悠斗が一緒なら、きっと大丈夫。
そう信じています。




