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バタフライ
「お客様の中に蝶々はいらっしゃいませんか!?」
路線バスの車内に運転士の叫びが木霊する。乗客のひとりが蝶々欠乏症で倒れたのだ。乗り合わせた客たちはみな首を横に振り、ただ狼狽えるばかり。
静寂を破ったのは、壁際に取り付けられた蝶番だった。電気設備を納めた箱の扉を固定する、小さなスチールの金具だ。
「私でよければ、舞います」
錆びついたねじを振り解き、ひらひらと宙を踊る蝶番。呆気に取られて見つめる人びと。車窓に映るテールランプと信号機の光が、蝶番のダンスに合わせてチカチカと明滅している。金属製の羽から視えない鱗粉がこぼれ落ち、倒れた乗客の身体に降りかかる。痙攣する指先は落ち着きを取り戻し、喘鳴は徐々に穏やかな寝息へと変わった。