表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/19

17. 過去の自分

 逃げ出そうとしたのだ、と瑠璃花は言った。

 はからずも忍と対決するような形になってしまったあの日の夜、瑠璃花は何もかもが嫌になったのだという。


 一ヶ月後の瑠璃花の誕生日に、盛大な婚約披露パーティーを開くと、父親から一方的に告げられたのだ。

 瑠璃花の父親、姫屋敷孝蔵の「話し合い」はいつもそういうものだった。孝蔵が一方的に話し、誰も意見できず、ただ孝蔵の決定に従うだけのことを、孝蔵は話し合いだといった。


 瑠璃花が物心ついた頃には、すでに城ヶ崎栄一との結婚は決定事項だった。

 姫屋敷グループと、金融系に強い城ヶ崎グループの関係を盤石にさせるための結婚だった。

 そこには、瑠璃花の幸福などかけらも考慮されておらず、当然、瑠璃花の意志など尊重されることはなかった。


 そんなものだと思っていた。そう思わなければならないと思ってきた。

 けれども、忍に心情を吐露してから、そんな瑠璃花の心に、大きな亀裂のようなものが入っていた。


 城ヶ崎栄一との結婚を白紙に戻してほしい。

 父親にそう告げた瑠璃花の声は震えていたのだという。

 生まれて初めて、瑠璃花が父親に意見した瞬間だった。


 父親の反応は、瑠璃花の予想通りだった。

 反論は許さない。決定は覆されない。

 瑠璃花の思いや要望など、すべて「わがまま」だと切って捨てられた。


「そんな……。ご両親ときちんと話し合えないの?」

 思わず、くるみはそう言っていた。

 瑠璃花は、ふいに笑った。

 決して笑うような場面ではないのに、虚しく室内に響く瑠璃花の笑い声に、くるみはとまどった。

「話し合えば、気持ちを伝えれば分かってくれる。そんなの、無条件に愛されて、気持ちをきちんと聞いてもらって育ってきた人が言うことだよ」

 瑠璃花の笑い顔は一瞬でかき消えた。

「私は一度も、家族と会話が成り立ったことなんてない。私の気持ちなんて、誰も聞く耳持たない。だから言う前に全部無駄なんだって、諦めてきた。だけど……」

 息をつめて、くるみはその続きを待ったが、それきり、瑠璃花は沈黙してしまった。


 結婚が嫌だという瑠璃花に、姫屋敷孝蔵は激怒した。

 娘が父親に反抗するなど、彼にとってはあってはならないことだったのだ。


 話し合いが不可能だと分かると、瑠璃花は何度も家出を企てた。

 

 孝蔵はガードマンを増員し、敷地にドーベルマンを放って、婚約披露パーティーまで瑠璃花を自室に閉じ込めておくようにと命じた。

 瑠璃花はスマホを取り上げられ、自室前には常に見張りが付くような異常事態になったのだという。

 くるみはそこで初めて、いくら瑠璃花のスマホに連絡を入れても反応が無い理由を知った。


「何世紀の話だよ……」

 誠が絶句した。

「ありえませんね」

 明日見も同意する。

 柊が、問いかけるような視線を忍に向けてきた。

 どうしますか、と問われたように、忍こと、マーガレッタは感じた。


 マーガレッタは、勝ち気で、傲慢で、それでいてどこか脆い印象を与える、孤独な瑠璃花という少女の姿を、胸に蘇らせていた。

 傲慢、冷酷、と糾弾されたかつての自分に、なぜだか、瑠璃花は重なって見えた。


「瑠璃花に会いにいこう」

 気づけば、マーガレッタはそう告げていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ