16. 軟禁
とんでもないことになった。
激しく動揺しながら、またしても誠は走っていた。
すぐ背後に迫るドーベルマンの吠え声と呼吸音が、誠の心臓を締め上げる。
振り向きたい衝動にかられるが、振り向いたとたんに追いつかれて押し倒されそうな気がする。
目の前には、瑠璃花の手を引いて走る忍の後ろ姿がある。
忍と瑠璃花を先導するように、先頭を柊が走っている。
明日見の姿は見当たらないが、どうせどこかから望遠レンズを使って撮影しているに違いなかった。
忍を犬達から守ろうとしんがりを走りながらも、どうしてこんなことに、と誠は思わずにはいられなかった。
忍と一緒にいる限り、平和に静かに暮らしたい、という誠のささやかな願いは、叶わぬものに終わりそうだった。
それでも、と誠は思う。
忍から目を離せないのだ。そして、彼女の役に立ちたい、そういう自分でありたい、という思いが湧き上がってしまうのだ。
ことの発端は、くるみだった。
一限目の授業に遅刻してきたくるみは、紙のように白い顔をしていた。
一限目が終わるとすぐに、くるみは忍に駆け寄って、瑠璃花の置かれた窮状を涙ながらに訴えた。
瑠璃花の不登校は瑠璃花の意志ではなく、彼女の家族による軟禁が原因だったのだとくるみは語った。
昨日の放課後、一人、瑠璃花に会いに行ったくるみは、屋敷の異様な雰囲気にまず飲まれた。
くるみの父親は瑠璃花の父親の部下だったせいか、くるみは瑠璃花との面会を許された。
しかし、何もかもが異様だった。
いつもなら瑠璃花は自由に屋敷内を歩き回り、くるみが訪ねて行けば、自ら出迎えてくれた。
それなのに、今日は一体どうしたことだろう。
固く閉ざされた門扉の前には黒服の男が二人、まるで門番のように立っていた。
彼らはくるみの訪問を無線で何者かに告げ、指示を仰いだ。
彼らが門扉を開き、くるみが広々とした玄関アプローチを進んで行くと、庭に放たれたドーベルマン達がじっとくるみを見つめていた。
緊張に頬を引きつらせたくるみがやっと玄関に辿り着くと、ここでも黒服が立ちふさがった。
こんなことは、初めてだった。
無線の指示を受けて黒服が観音開きの玄関ドアを開くと、ホールにも別の黒服が待ち構えていた。
見慣れたはずの瑠璃花の自宅が、見知らぬ屋敷のように見えた。
黒服に先導されてくるみが瑠璃花の自室に通されると、すぐに、背後でドアが閉められた。
ドアの向こうに無線で何事か話す気配がする。黒服がドアの前に立っているようだった。
瑠璃花はくるみを見たとたん、これまでくるみが見たことのないような表情を浮かべた。
くるみは驚きのあまり、言葉を失ってしまった。
常に自信たっぷりで不遜にすら見えていた瑠璃花が、幼い子どものような頼りない顔を、くるみに見せたのだ。
瑠璃花が語った話は、さらにくるみを驚かせたのだった。