14.生徒会副会長
生徒達の後ろから、声は上がった。
思わず、というように、その声の周辺の生徒達は、声の主に道を開けるように、一歩下がる。
まるで花道のように開いたその隙間を、一人の生徒が進み出てきた。
生徒会副会長の、黒木隼人だった。
ほっそりした長身を校則通り着用した制服に包み、薄い胸を張って、きびきびと歩いてくる。
銀のメタルフレームの奥の切れ長の目が、すっと細められて男性教師と忍、ことマーガレッタを見た。
黒木を見ると、激昂しかけていた男性教師が、我に返ったという顔で、表情をひきしめた。
「問題行動をした生徒の指導中です」
男性教師の言葉に、再び、生徒達がざわめいた。
「問題行動? 誰が何をしたのですか?」
静かな声で、黒木は問いかけた。
その問いに、明日見が答えた。
「なぜ女子が制服ズボンを履いてはいけないのかと質問しただけです」
黒木は明日見を一瞬見つめてから、メタルフレームを長い指先で軽く押し上げた。
それから、マーガレッタに視線を移し「なるほど」と頷いた。
マーガレッタは、警戒心が沸き起こるのを止めることができなかった。
(似ている)
黒木を見て、まずそう思ってしまったのだ。
マーガレッタの婚約者、ジョージ・アーサー・グレイを奪い取ったマリアンヌの側近に、黒木はよく似ていた。
他人の空似、まったくの別人だと頭ではよく分かってはいても、つい、気持ちが動いてしまう。
冷ややかに見える視線をこちらにじっと向けてくる様子も、あの側近を彷彿とさせる。
「女子もズボンを履くことのできる校則に変えて欲しいんです」
物怖じせずに黒木に言い放つ明日見に、マーガレッタは感心した。
小動物のような外見に関わらず、なかなかどうして、肝が座っている。
そんな明日見の様子に気を取り直したマーガレッタは、過去の記憶を頭から追い払った。
「ズボンを履きたいという女生徒も少なくないようだが」
明日見と並び立つ形で、マーガレッタも黒木に言った。
ざわざわと、生徒達の中から賛同の声が聞こえた。
黒木は胸ポケットから取り出した小さな手帳に何か書き込むと、男性教師、明日見、それからマーガレッタを順に見た。
「分かりました。生徒会の議題に挙げておきます」
黒木は、マーガレッタをじっと見つめてから、小さくつぶやいた。
「影沼忍……まるで別人のような……」
それから、黒木は何か言いかけたが、男性教師の声がそれを中断させた。
「ここで立ち止まらないように。解散しなさい」
機嫌の悪い様子で生徒達に怒鳴り散らす男性教師に視線を移すと、黒木はかすかに肩をすくめ、一礼すると歩き去ってしまった。
見るともなくその背中を見送っていたマーガレッタに、明日見の弾んだ声がかけられた。
「影沼さん、ありがとうございました!」
見れば、瞳をきらきらと輝かせ、頬を紅潮させた明日見がマーガレッタを見つめていた。
「礼を言われるようなことはしていないのだが……」
「いいえ!」
ぶんぶんと音がしそうな程、明日見は首を横に振った。
「スカートの件は、もうずっと女子の中でくすぶっていたことだったんです。でも、誰もはっきり言い出せないままだったんです。影沼さんが言ってくれて、嬉しかったです。感激しました」
そう言って、握手を求めるように手を差し出してくるので、その勢いに飲まれるように、マーガレッタもその手を取ってしまった。
マーガレッタの手を両手で握り締めると、感激、という言葉通りの表情で、明日見は何度も、ありがとうございました、と繰り返した。
こうして、この日から、マーガレッタのランチタイムに、明日見も加わることになった。