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短編2

流石に公表できなかった真実の愛

作者: 猫宮蒼



 メルリア・フォンブランはディアロ国第一王子の婚約者であった。

 幼い頃より決められた、所謂政略。


 まだ恋も愛もわからぬ年齢から定められ、わからないなりに周囲の大人たちに言われるままお互い交友を深め、そうして成長し婚約者というものがどういったものであるのか、を知って。

 その頃にお互い恋をしていたかはわからない。

 けれども、親愛といったものはあったように思う。


 他の国でもそうではあるのだが、ディアロ国にも貴族たちが通う学園が存在する。

 貴族であれば通わねばならない。義務である。

 そして卒業した事で無事成人したとみなされるのだ。


 ちなみに特待生として平民の生徒も数名通ってはいる。


 まぁ、どこの国にでも存在するよくある学園であった。



 勿論メルリアも通っていたし、卒業を間近に控えていた。


 ただし、ある日を境に婚約者であった第一王子――セリシスは姿を見せなくなったのだが。



「すまないメルリア、私は真実の愛を見つけたのだ。故にこの婚約を破棄したい」



 そう言われたのはひと月程前の話だ。記憶に新しい。

 婚約を破棄したい、と言われた時、別に周囲に無関係の者が大勢いたとかそういった事はなかった。

 城の一室に呼び出され、婚約を調えた際にいた関係者――要は国王夫妻や一部家臣、メルリアの両親――も揃った中での話だった。


 婚約は解消となり、メルリアの新たな婚約者としてセリシスの弟であるユーリスが選ばれた。

 弟、といっても双子であるので年齢はセリシスと同じであり、またメルリアとも同い年だ。


 婚約解消がされ、ユーリスが新たなメルリアの婚約者となり、そしてセリシスは学園に来なくなった。


 まるで以前からメルリアの婚約者はユーリスであったかのように事情を知る一部が振舞っていたものの、大々的に婚約者が代わった事を知らされたわけでもない。

 故に事情を知らない者たちも存在していたし、そういった者たちは一体どういう事なのかと様々な憶測を呼んだ。


 曰く、セリシス殿下は真実の愛を見つけたのだとか。


 これに関してはまぁ、合ってる。

 合ってはいる、のだが……


 その真実の愛のお相手が特待生である平民の生徒だとか、はたまた身分の低い男爵令嬢か子爵令嬢だとか。

 ではそのお相手は誰なのか、と噂に更なる尾びれや背びれがついて、真実の愛のお相手探しが行われたりもしたようだ。


 有力候補とされていた特待生であるリラに、結局はどうなの? なんて単刀直入に切り込んだ者もいたようだ。勿論リラは即座に否定していた。

 そもそも特待生であるものの、リラはあくまでも平民でセリシスとの関わりなんてほとんど無いと言ってもいい。何度か特別授業の際に顔を合わせた事もあったかな……? といった程度で、直々にセリシス殿下から声をかけられたこともなければ、自分から話しかけるなんて恐れ多い真似をした事だってない。


 それにリラには将来を約束した相手がいた。

 幼馴染で、そちらは現在商人として働いているのだとか。


 そんな相手の役に立ちたいから、という事でリラは学園で存分に学んでいるのだと知って、そちらの恋バナに興味を示した層ができたものの。


 では他にお相手が? となって王子の真実の愛は一体誰だ、と未だに探されているのである。


 かといって、直接メルリアやユーリスに聞くような命知らずはいない。

 周囲が勝手に想像し盛り上がっているだけだ。


 真実の愛ってところまでは合ってるんだけどなぁ……

 とユーリスが遠い目をしていたものの、メルリアもまた同じような表情を浮かべてしまったので何とも言えない。


 真相を語るのは、王家の恥になりかねないので。

 大っぴらに醜態をさらしたわけではないので、わざわざ真実を語る必要がないのだ。

 あえて真実を知らせなければならない、という事態にはなっていない。

 まぁ、セリシスも大勢の前で真実の愛のお相手と一緒に……なんて事ができるわけがない、というのは理解してくれていたので。


 ちなみに噂では真実の愛などではなく、実は殿下は病気になってしまって療養のため学園に来なくなってしまったのだ、という説を押すものもいた。

 正直そっちであってくれた方が、まだ周囲にも普通に説明しやすかった。

 そっちの方が大々的に公表しやすいという意味でせめてそっちであれ、とメルリアも思ってしまったのは確かなので。


 けれども病気療養であるのなら、メルリアの婚約者が変更されるまではいかないだろう。病状にもよるが。

 けれど婚約者は変更された。ではもうセリシス殿下の先は長くないのでは……? なんて噂もまことしやかに流れだす。

 本人は元気いっぱいです、と言えないのも困りものだった。


 他にも荒唐無稽としかいいようのない噂がいくつか流れたりもしたけれど、現実的な面から療養説、突拍子はないがそれでも過去にやらかした王族のせいでワンチャンあるぞ、という事で真実の愛説。ちなみに真実の愛を見つけて駆け落ちしたなんて噂もあったが、大まかにこの二つの噂のどちらかだろうと何も知らない者たちの中では思われているらしい。



「真実を口にできないというのは、なんとも歯痒いものなのですね」

「仕方ありませんよ。流石に、言えばほら、王家の恥で済むならまだしもメルリアにもよくない噂が流れるかもしれませんから」

「ありそうですわね。あんなのに負けた令嬢、とか陰でコソコソ」

「セリシスもそれをわかっていたから関係者だけを集めて話をしたわけですし」


 学園の授業が終わり、二人は仲良く馬車で王宮へと帰ってきた。

 メルリアはまだ城で暮らしているわけではないが、セリシスとユーリスの母でもある王妃・ジュディットとの茶会が度々行われるので、学園帰りに王宮に立ち寄るのはよくある話だった。

 ついでにユーリスとの交流も深めておけ、というのも含まれているかもしれない。


「まぁ、でも。

 あの子に一応分別があるようでよかったわ。

 隣国では少し前から娯楽小説にあてられて、真実の愛を見つけたなんて言って政略で結ばれた婚約者に一方的に婚約破棄を突きつける、なんて愚かな茶番を繰り広げた貴族たちがかなりの数出たようなので」


 扇子をパチリと小さな音を立てて閉じながら、ジュディットが言う。


「元婚約者としては複雑な心境ですが……」

「そうね、あの子がそうだったなんて思わなかったもの。わたくしとしても複雑ですわ。我が子の幸せを願う親として応援したい気持ちがないわけではありませんが、大々的には無理ですし。ましてや、元婚約者の貴女の前でなんて以ての外」

「あからさまに人前で失態を犯してくれていたなら処分、なんてこともできますが、セリシスは人前で失態を演じたわけでもない。病弱、という理由で一応王家の所有する土地の中でも人の少ないところで密かに生活させるのがやっとでしょうかね」


 王家としては正直な話、わかりやすい処分理由を作ってくれた方が良かった、という風にも受け取れる事を言ってジュディットとユーリスが深い溜息を吐いた。


 勿論家族としての情はある。

 だからこそ、必要もないのに処分なんてしたくはない。

 それはメルリアにもよく理解できている。


 実際メルリアとて、自分という婚約者がありながら他の相手にうつつを抜かして真実の愛だなんて! と怒ってしまえたら楽だった。

 セリシスに怒らなくとも、人の婚約者を誘惑するような真似! と相手の女に怒りを向ける事ができれば楽だった。


 けれども、向けても意味がないのだ。

 相手が立場も弁えない無礼者であるのなら、そんな相手を育てた家ごと潰す、という方法だって考えるのだけれど。

 セリシスが言った真実の愛のお相手を害したところで、虚しいだけなので。



 その相手のせいで、大々的な公表もできないのである。


 いっそ、敵国の王族と結ばれぬ悲劇的な恋でもしてくれた方がなんぼかマシだった。

 そっちの方がまだ周囲に説明もできたので。


 だが――



 セリシスが真実の愛といった存在は、身分の低い娘でもなければ、敵国の姫などでもない。

 ましてや同じ男というわけでもなく、血を分けた兄弟や姉妹といったものでもない。


 そもそも人間ですらないのだ。



 貴族の中には犬や猫をこれでもかと可愛がる者たちもいる。

 下手をすれば結婚し伴侶となった相手以上に愛を注ぐ者だっている。


 けれどもそういうのとも異なるのだ。



 セリシスが真実の愛と言った相手は――物言わぬ石像である。

 それも、王家の宝物庫の片隅に置かれていた――何代か前の王族が戯れに作ったらしき代物。

 王族が作ったという事で、下手な場所に設置もできず、また設置したとして王族が作ったのなら何らかの秘密があるに違いない、なんて邪推され中に何か仕込まれているのでは? なんて邪推から破壊される可能性、芸術的な価値がつけば持ち去られる可能性も無きにしも非ず。


 正直特にそういった価値はないはずなのだが、それでも王家とそこまで関わる事のない平民、それも金に困った者がもしそれらに馬鹿みたいな価値がついていると持ち去った挙句、誰かに売りつけるような事になれば。皆が皆正しい目を持っているわけではない。実際ゴミでしかないものであっても、高貴な存在が作り出したというその事実にとんでもない付加価値があるのだと思い込んで……なんて事はザラだ。

 勿論、売り手と買い手、お互いが合意の上で、本当に分かった上でやっているのならいいが、そういうのは大抵わかっていない者がわかった振りをして手を出して、そうして後から騙されたと喚き散らすので。



 そんなトラブルの素になりかねない代物を、人目に触れさせるわけにもいかない。

 この石像が、作られた直後に廃棄されるような事になっていればよかった。

 けれども当時これを作った者がその後病没したため、すぐさま壊すのは忍びない……としばらく残しておくことが決まったらしく、しかもその後は宝物庫の奥隅に追いやられ存在を忘れ去られ――すっかり代替わりした王は宝物庫にあるのだから、何らかの価値はあるのだろうと思いそのままにして――と更に年月が経過した挙句、今更処分するのもなぁ……と面倒になってしまってそのままになっているという、ある意味で曰く付きの代物であった。


 宝物庫に関して、そう頻繁に中を確認するわけでもない。必要に応じて中の物を取り出す事はあれど、それだってしきたりに則ってだとか、何らかの式典で必要になって、だとかだ。

 定期的に中の確認をする事はあるが、そもそも警備が万全であるので何かを盗まれたという事もない。

 リストにある物がきちんとあるかの確認だけで、宝物庫にある品がどれだけの価値があるかまで毎回確認するわけではないのだ。



 けれどもジュディットの夫――カーンはふと思い立ってしまった。

 儀礼用に使う物はさておき、それ以外の物で置かれているやつは、果たして本当に残すに値するものなのだろうか? と。

 勿論当時は凄いお宝だったかもしれなくても、時代の流れと共に既に価値のない物になってしまった物だってあるだろう。当時は貴重とされていた宝石が、数年後それらがざっくざっくと採れるようになってしまえば、歴史的な価値はあるかもしれないが金銭的な価値はゼロ、というような物であれば、ずっと王家が所有する宝物庫に置いておくよりは別の場所で展示した方がいい。


 そうして保管されている物を細かくチェックして、いつ頃からある品なのか、どういった経緯で保管される事になったのかをそういった事に詳しい文官たちを起用しつつ調べていった結果。


 かの石像は何の価値もない物だと判明してしまったのである。


 誰かの姿を模した像であれば、美術的な価値をつけて当時の王族の一人が愛した女性だとか男性として、展示する事も考えた。

 けれども人の形すらしていないのだ。

 一応何らかの形を表現してはいるようだが、人でも動物でもない。もしかしたら作った本人には人や動物のつもりだったかもしれなくとも、第三者が見る限り抽象的過ぎてよくわからない代物でしかないのだ。


 昔の記録をこれでもかと引っ張り出して調べた結果、本当に当時の王族の一人が作っただけの、しかもその王族が芸術的な権威を持っていたとかでもない、本当にただの趣味か暇つぶしで作られただろう物。

 せめて、誰が見ても感銘を受けるくらい素晴らしい物であれば価値をつけるのも容易いが、流石に昔の王族の一人が作っただけでは下手に価値をつけるわけにもいかない。

 そんな事をしてしまえば、いつか未来でどうしようもない王族が適当なラクガキを馬鹿みたいな価値があるとのたまって何も知らない者から大金をせしめるかもしれないし、そうとわからずに悪徳貴族に利用される可能性もあり得るのだ。


 そりゃあ王家とて何もかも清廉潔白であるとは言えないが、いくらなんでも詐欺の片棒担ぐような真似を率先してやるわけにもいかない。今はやるつもりもないが、未来でうっかり愚かな子孫がやらかすような事になってしまえば。しかもやろうとした切っ掛けが今、この石像に下手な価値を付けた事になってしまえば。

 先の事を考えると下手な前例を作るわけにもいかない。


 だって誰の目から見てもゴミにしか見えないのだ。この石像。


 普段から様々な美術品を見ている者たちからも、そういった物にこれっぽっちも詳しくない者も。

 正直誰が見ても同じような感想しか出てこなかったのである。



 だが、そんな誰が見てもゴミにしか思われなかった石像に、一人だけ。

 たった一人、魅了された者がいた。


 それがセリシスである。


 彼は一目見た瞬間この石像に恋をした。

 最初、それを聞いたメルリアは何を言われたのか理解できなかったし、同席していた者たちも同様だった。


 彼は寝ても覚めてもすっかりその石像の虜になってしまい、他の何も目に入らなくなってしまった。

 周囲がただのでかい置物でしかないと思う石像も、セリシスにとっては最愛の存在なのだ。

 物言わぬ代物であっても。目を合わせる事も言葉を交わす事がなくとも、それでも彼にとっての最愛なのだと力説されてしまった。


 その石像をセリシスの私室にでも置いてメルリアと結婚して……というごく当たり前の説得は、しかしできなかった。セリシスにとってそれは浮気になるらしい。

 愛を語る息子に対し、国王はわけのわからない何かを見るような目をしてしまっていた。

 わけのわからん事を言うんじゃない、とぶん殴ったりしないだけ大分マシだったと思う。


 言葉は通じる。法も理解している。

 けれど、あの石像の事になった途端話が通じなくなるのだ。



 正直メルリアに婚約破棄を申し出た時点で、一応周囲は説得にかかったのだ。

 しかし駄目だった。十時間程の話し合いは結局無駄に終わった。ちなみにそのうち二時間くらいはノンストップでセリシスが石像についての愛を語る時間であった。


 セリシスの気が狂ったとして病気を理由に幽閉しようにも、石像が関わらなければ普通なのだ。かといって、石像を関わらせて頭のおかしくなった瞬間を衆目に晒すわけにもいかない。


 石像を壊せば元に戻るだろうか、と考えた者もいたが、しかしそれを実行するなら刺し違える覚悟でやれとばかりのセリシスに気迫で負けた。

 その時のセリシスはまさしく囚われの姫を守ろうとする騎士のようであった。無辜の民を守らんとする王、と言えば聞こえはいいがしかし実際に守ろうとしているのは誰が見てもゴミにしか見えない石像である。


 もしセリシスを無視して石像を壊していたのであれば。

 きっと彼は愛する者を奪われたとのたまって敵討ちに出るかもしれない。そう思わせるだけの迫力があった。


 念のためあの石像呪われてたりしない? と思って専門家に確認してもらったが、何の変哲もないただの石像だった。いっそ呪われてくれていれば理由がはっきりしたのに呪われていないという事はつまりセリシスが本気であの石像に恋をして愛を捧げるようになってしまっているのである。どうしようもない。



 セリシスが石像を真実の愛としてしまったなんて事実、流石に公表できないし、ましてやお相手が石像ともなればメルリアが誰が見てもゴミ同然の石像に女として負けた、と彼女を悪しざまに言う者も出るかもしれない。


 そうなると事実を公表なんてとてもじゃないができなかった。

 公表したところで、誰も幸せになれない。



 セリシスを処分しようにも、彼は何か失態をしでかしたわけでもない。大勢の前で堂々と真実の愛だとのたまってメルリアに婚約破棄を突きつけていたのであれば、王命を無視したという事実ができるので処分もできただろう。けれどもセリシスはあくまでも関係者を集め、話を持ち掛けてきた。

 婚約破棄だって、自分有責であると理解していたのだ。


 この状況でセリシスを病死という名目で始末した場合、今後の王族や貴族に対する始末のハードルが馬鹿みたいに下がってしまうのでそれもできれば避けたかった。気軽にポンポン処分していては、いずれ誰もいなくなってしまう。



 だからこそセリシスに関しては、病気であるとも何も公表されず、最初からメルリアの婚約者はユーリスでしたけど何か? という態度でごり押すしかなかったのだ。石像が関わらなければ普通に優秀であるセリシスは陰ながら王家を支えてもらう以外どうしようもない。臣籍降下した、とするにも、ではどこの家に婿入りしたのかなんて話題もできやしないし。

 石像に一方的に熱烈な愛を囁いているとか、その石像が本妻扱いともなれば、いくら心の広い令嬢であっても婿に迎えるのは難しいだろう。肩書は正妻でもセリシスの中でその正妻が愛人扱いになるのだから。



「過去の文献を調べた限り、時々いたようではあるんですよ、人間以外に異常なくらい愛を捧げる人」

「まぁ、それは」

「自分の子以上に猫を可愛がる猫狂いだとか、髪の長い人に愛を捧ぐ人だとか。でも大抵は生き物なんです。今回の件は石像で無機物でしょう?

 だから、新しいケースでもある」

「……あぁ、つまりは、彼は監視対象になってしまったのね」

「えぇ、今後、また彼のような人が現れないとも限りませんから」


 気が狂ったとされる王族を幽閉する場所はある。

 けれどもセリシスは石像が絡まなければ普通であるため、幽閉するには理由が薄い。

 しかしそのままにしておくわけにもいかない。


 故に、人の少ない領地に追いやられ、そこで監視されていくのだろう。今後、また同じような人が出た時にちゃんとした対処ができるようにするために。石像から引き離して幽閉するにしても、それで正気になればいいが本当に気狂いになられては困る。それならば、次が出た時のために少しでも情報を集めておくべき、と考えるしかなかった。セリシスの両親も、片割れであるユーリスも。

 それこそ苦渋の決断だったのだな、と思えばメルリアからは何も言えない。


 国王陛下があの時宝物庫の中の物を検めようとしなければ、セリシスは石像に真実の愛なんて見出さなかったかもしれない。そうすれば、あのまま何事もなくセリシスはメルリアと結婚し、ゆくゆくは次の王となっていたはずだ。



「……それでも、幸せは人それぞれですから。

 あの人が今幸せであるのなら、それで良いのだと思う事に致しましょう。

 私とあの人とでは、きっと幸せの形が違ったのです。そう、思う事にしました」

「メルリア……なんていうか、その、ごめん。セリシスが……

 その、えっと、双子だから見た目ほとんど同じだけど、大丈夫かな?」

「いやだ、と私が言えばユーリス様はどうなさるおつもりなの? どうにもできないでしょう? いいんですよ別に何もしなくても。セリシス様はセリシス様、ユーリス様はユーリス様。顔立ちが同じであっても中身は別なんですから。それとも」


 一度言葉を切ってユーリスを見れば、彼はおのずと背筋を正した。元々姿勢が崩れていたわけではないが、それでもだ。


「私ではご不満? 言ってしまえばセリシス様の婚約者だったのだから、おさがりみたいなものですものね」

「そんな事はない! 冗談でも言っていい事と悪い事がある!」


 咄嗟にユーリスはテーブルに手をついて立ち上がっていた。声を荒げた自覚はある。それでも。

 おさがりだなんて思った事は一度だってない。

 むしろ、逆だ。


 勿論言葉に出した事はないが、ユーリスはメルリアの事を想っていた。慕っていた。

 いずれ自分の義理の姉になる相手。望んだところで自分のお嫁さんにはならない相手。

 自分と同じ顔をしているセリシスが、彼の方が兄だと定められてしまっただけで、メルリアと将来結婚をすると知った時、どれだけセリシスを妬んだか。

 自分が王になれないのはまだいい。セリシスが将来王になるためにとユーリスより優遇されていたのだって、まぁそういうものだよな、で納得していたのだ。

 けれど、好きになった相手が、そのせいで決して結ばれる事がないと知って。


 どうしようもない理不尽に慟哭しそうになったのは、後にも先にもそれだけだった。


 けれども、ユーリスにとってセリシスは嫌な兄でもなかった。だからこそ、メルリアを任せておけると思っていたのだ。きっと、メルリアも幸せになれるだろうと信じて。


 ユーリスはそんな恋心を封印して、二人を祝福しようと思っていたのに。


 邪魔なあいつがいなくなれば彼女は自分のものに……なんて考えた事もなかった。

 いや、一度だけちょっと考えた事がないわけではないけれど、メルリアを手に入れるために兄を殺すような事はできなかった。ユーリスにとってのセリシスがとてもいけ好かない兄であったのならば、もしかしたらとは思うけれど。


 顔で笑って心で泣いて、そうして二人を祝福するつもりだったのに。


 あまりの棚ボタ展開にユーリスも最初は夢でも見ているのかと疑ったが、しかしセリシスの代わりに自分が次の王になるのだと一気に増えた教育で、早々に現実だと認めるしかなかったのだ。


「……幸せの形が違うなら、それはこっちだってそうだ。双子で片割れだけど、自分の幸せはきっと君と同じだよ、メルリア」

「ユーリス様……」

「一緒に、幸せになろう」

「……はいっ」


 そう言ってどこか照れくさそうに笑い合う二人を。


(すっかり二人の世界ですわね……)


 なんて。


 王妃ジュディットはすっかり自分が空気になった実感をしつつ眺めていたのである。


 ディアロ国に幸あれ。

 基本的に短編は書いてからそこそこ時間をおいてから投稿してるんですが、この話は正月早々出来上がったものです。じ、自分は一体正月に何を……!?

 無駄に忙しかった記憶はあるけど何をしてたか全く覚えてないのって、怖くないですか……?


 あと今月短編多めの更新になると思います。


 次回短編予告

 かなり前に巻き爪の呪いとかいう言葉からうっかりできた短編があるんですけど。

 今度は逆さまつげの呪いで話ができてしまいました。過去の短編との話のつながりはありません。

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― 新着の感想 ―
まだ人間の形してるならピグマリオンコンプレックスかぁ……とも思えるけど、 これは周囲の人間も宇宙猫になるわ……
実は双子の弟が自分の婚約者を慕っていたのに気づいた兄王子が、何とかして王位と婚約者を譲ってやれないものかと思案していたところに石像を見て『コレだ!』となったのではなかろうかと、思ってみたりw 兄王子も…
「言わぬが花」と聞いて どうせ男なんだろうな→「あんな物に負けた」ん?動物かな?犬とか猫とか、なんなら馬とか?→生き物じゃない?石像?まぁ、ヴィーナスとかダビデとか、なんなら絵画にってのもあるしね。…
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