第九話 休憩して頑張りましょうと応援する声
邸宅にてリーゼルグ先生からの宿題で、世界名作本を読んでいれば、ノック音。
アシュが目を見開き、本の一冊を手に取る。百冊の内の一冊。
アシュはしげしげと眺めてから、一緒に隣で少しだけ読み始めた。
「魔法の方はどうだ」
「お陰様でしごかれてるわあ、嫌になっちゃう」
「でも良い先生じゃないか、君の特性を理解している」
「そうね、神様に祈りを捧げなさいって言われないだけマシかも、いえ。ある種祈りなのかしら?」
「はは、面白い経験を次から次へとくれるよ、君って奴は」
アシュは笑ってから、席を立ち上がると妾の頭を撫でて視線をかがめてあわせてくれる。
「疲れ気味だろう、君に差し入れがあるんだ。しがない戦友への」
「あら、何かしら。筆記用具?」
「ドレスかな、って聞かないところが君らしくて愛らしいよ」
アシュは笑ってから、一室に妾を連れ出して待機していた人を見つけると和んだ。
サリスだ。サリスがいつもの商人めいた出で立ちではなく、オシャレして待機している。
サリスは妾を見つけると、飲んでいたお茶を噴き出した。
「お嬢!! なんでここに!」
「ココは妾の家でもあるもの」
「そりゃそうですけど! コークス様、どういうおつもりですか!」
「なあに、君たち二人で出かけてくるといい。メイドも一人つけておけば、ただの買い出しに見えるだろう。普段の商人の顔を利用してしまえよ」
「コークス様!」
「焦れったいのだよ、君たちは。……私の所為でもあるだろうが。内情を、お話ししておきなさいローズ。この者にならば構わぬ」
「……そうねえ、理解して味方してくれる人は一人でもおおいほうがいいし」
「それにきっと、君の一番の味方だ」
「うん? そうねえ、サリスならいいかも。サリス、時間ある? あるなら着替えてくるわ、この格好だと貴方が何か言われちゃう」
「いえ!! あの、お嬢」
サリスはサングラスを外して、じっと妾の目を熱視線で見つめるのだから少し照れちゃう。
「その格好、とてもお似合いで、俺は好きっす! だから、その。アンタのお好きな格好で、一緒に……いたい、です」
「サリス……娼婦連れだと思われるかもしれなくてよ?」
「大丈夫です、そんなの勝手に思わせておけばいいんですよ。そんなのより、お嬢が好きな格好をして喜ぶほうが大事だ」
サリスの言葉に少しだけ胸が温かい。
それでもかち、と何か心に壁ができそうになる。
多分これは、傷付かないように、って自衛が働いてるのだろうけれど。ばかね、サリス相手に傷付くなんてないのに。
サリスは、慈愛にみちてるのだから。
妾は笑いかけて、サリスに手を伸ばした。
「それじゃあエスコートお願い。内密な話が出来るお店に、連れて行って?」
「お任せを!」
妾とサリスの遣り取りを見つめてにやにやしていたアシュは、うんうんと頷いた。
「さて、私も恋しい人のもとに向かおうとしよう」
「えっ、何だよてめえ! お嬢というものがありながら!!」
「サリスよ、そのへんもようくローズから聞いてみると良い。きっとお前にとっても未来のある話だ」
アシュはくつくつと笑って、そのまま去って行った。
残されたサリスは不思議そうに妾に近づき、手を取り。恭しく手の甲に口づけ、顔を真っ赤にしてサングラスをかけ直す。
「貴族さまの振る舞いは慣れてませんよ、俺は。だから店もきっと、そういう店。それでもいいんですか」
「構わなくてよ。お前の好きな店がいい、ね?」
さっきサリスが言ってくれたように、と思い出させればサリスは顔を赤らめこくこくと頷いた。
リンゴのように真っ赤な顔はとても可愛らしくて、新刊で出す構図が思いついたので。あとでメモを取らなくちゃ、と必死に覚えておく。