第八話 聖女を敵視する声
しばらくはリーゼルグ先生の授業を、徹底的に受けて。泣いても媚びても、魔力のコントロールを強いられた。
正確に言えば、妄想のコントロール。必要な度合いによって、妄想する内容のコントロールや、ロス様の好みを分析し続けるという事態が起きたの。
「妄想は自分の為のものであって、ひとのためのものじゃないのよう」
妾は半泣きしながら教室を抜け出そうとしても、授業をさぼろうとしても無駄で、リーゼルグ先生に先回りされている。
ひどいじゃない!! こんなの横暴よ横暴、と先生の授業前にストライキを起こした。それが授業を受けて三ヶ月目のこと。
「妾の妄想は自分の為にしているの、神様に捧げるための供物じゃないの!」
「それは判るがね、まあ確かにあんたの身の上を考えると気の毒か……他に策がないか考えるから、その間少しココで待っていなさい」
リーゼルグ先生の掌だけは狡くて卑怯よ、あの大きな手は撫でられると安心するもの。
リーゼルグ先生が微笑んで球体の中に入り込んでいって消えれば、妾はふーっと力が抜けて、眠くなったのでうとうとしはじめる。
教室で眠りこけていれば、いきなり大きな声が聞こえる。
「貴方は新しい候補者に負けたいのですか!」
「押忍! 自分は負けたくないであります!」
「ならばもっと根性を見せるのです! あと外周三十周してきなさい!」
「押忍! 頑張るであります!!」
外から聞こえる大声に元気な生徒さんだと、思わず窓に近寄って外を見つめた。
講師らしき老婆と、碧髪に碧目のスレンダーなお団子頭の狼を連想したくなるような鋭い顔つきをした女性がいる。
女性は体中に紅い文様が巡っていて、時折文様がうねっている。あの背丈は妾より大きそう。
「貴方の名を言ってみなさい!」
「オズ・チェリッシュ・エメラルドであります!」
「貴方の名が世界中に知れ渡る世界を想像しなさい!」
「押忍! まけねえであります!!」
窓を開けてオズを見つめていれば、オズと目が合うと軽く目礼をされた。
あら、いいこじゃない。
本当に三十周走りきって、老婆が満足そうに「休憩にします!」と去って行く。
水もあげないの? あんなに疲れて横たわっているのに。
汗だくでもう全身キツそう。
妾は教室を抜け出し、オズに近づいた。
オズは妾に気付くと制する力も無いのか、ぜいぜいと呼吸が乱れている。
「ちょっと待ってね」
(妄想はそうね、このくらいなら。アシュとサリスの手と手が触れあって、恥じらうサリス。口説きかけるアシュ。あらやだ、アシュには攻めの才能もありそう)
妄想をすればぱああとオズの身体がわずかながら光る。
妾はオズを癒やすとオズは吃驚して身体を勢いよく起き上がらせた。まじまじと掌やおでこの汗を確認しようとしても、もう汗はない。
ハンカチをオズの額にあてて、癒やしの力が残るハンカチを手渡した。
オズは妾を見つめて、言葉をなくしていた。
「もしかして、聖女様ですか」
「ええ、と。まあその、候補です」
「あれだけ、候補を敵視する声を聞いても、尚癒やすんですか」
「……ええと、だって。妾は貴方に頑張って欲しい……事情は分からないけれど、頑張って欲しくなったのよ」
久しぶりだったのよ。
こんな格好でも不愉快な視線を、第一印象で浴びせない女の子が。
見た雰囲気だとすごく規律に厳しそうな印象なのに。
目のなかが、何処か温かったから。
「仲良くなれたらいいなって」
「……いくらですか」
「え」
「幾らなら受け取ってくれますか、何処に行けば貴方を指名できますか! 何処の店で貴方に貢げるんですか!!!」
「ええええ?! ちょ、ちょっと誤解よ、妾はこういう服が好きなだけのお嬢様なの!」
「はっ、すみません! いや、ちょっとご威光がとんでもなくて……あ、自分、オズ・チェリッシュ・エメラルドといいます!」
「妾はイデアローズ・シュルクス。よろしくね」
「自分は……」
「おいこら、ローズ姫! 逃げるな、提案ほかの考えてみたからそれ試すぞ! それで癒えたら例の方法はなしだ」
「例の……?」
「きゃー!!! 先生いまいきます、行きますから内緒にしてくださああい! またね、オズ」
慌てて教室に戻れば先生と話し合うのだけれど、オズが何者だったのかは判るのはもうちょっと先のことだった。
「ねえ、先生」
「なんだ」
「もし思いついた方法が駄目でも、妾、妄想力コントロールで癒やしてもいいとおもったわ」
「お、なんだどういう変化ですか?」
「ふふ、喜ぶ姿が最高のご褒美ってことよ、御菓子より」