第十話 商人は理解したので妾へ笑いかけた
サリスの愛用しているお店へと向かい、お茶を注文した。
ワインじゃないのかって視線が物言っていたけど、サリスが凄んで黙らせた。
サリスは一生懸命心配しているのでゆっくりと個室で、妾はサリスに耳を貸して貰いこしょこしょ打ち明ける。
その間のサリスの擽ったそうな顔は愛らしい。鋭い眼光の男なのに愛らしいなんて不思議な人ね。
「つまり、偽装結婚……」
「そう、アシュは妾に好きな人が出来るまででいいって仰ってるけれど、できない気がする」
「そんなことねえっすよ!! そっか……そっかあ……!!」
サリスはでれーっと笑った後に、はっとして頬をもちんもちんとたたき直した。
ハムスターみたいに触り心地の良さそうなほっぺだから、気になってふにふにと両手で弄れば、サリスが目を白黒とさせる。
はっとして妾は手を引っ込めようとすると、サリスは手を重ねて意気込んだ。
「このままでお願いします!!!」
「いいの? とってもやわらかいから」
「しかし、コークス様も難題を貴方に与えますね」
「そう? 人妻でも手をだしてきたら、そういう趣味の方か、本気のひとか見分けしなきゃいけないけれど。楽しそうよ」
「最初に言っておきますけれど、俺はそういう趣味の方ではないですからねっ」
「あら、サリスには関係ないお話しでしょう?」
「うううう、お嬢、お嬢の無邪気な言葉は今日も胸に刺さる……!!」
サリスが胸をおさえて泣き真似するものだから、お茶を飲んで、サリスにそっとお願いする。
「このことは誰にも内緒よ」
「俺とお嬢の秘密ですね!」
「いいえ、アシュと貴方の秘密」
「大丈夫、実質俺とお嬢だけの秘密です!! 任せてください、商売人なんです、口は固めですよ!」
「お金が絡んだら軽くなるでしょう?」
「それも商売ですから、でもお嬢が悲しむなら言わないっす!」
サリスは真剣な目をして両手を握る。両手を掴まれて、妾は胸の奥がとくん、と少しだけ疼いた気がしたけれど。
なかったことにして、笑いかけた。
「ここのお店、素敵ね」
「有難う御座います! 商談によく使うんですよ。お嬢も大変ですね、偽装結婚にもうすぐ聖女の試練があるでしょう?」
「ああ、もう確定に近いけれど他の候補の子のためにも、試練を行うんですって」
「他にも候補いるんすか、お嬢より強い力なんすか?」
「いえ、ロス様の加護はないみたいだけれど。それなら逆に加護なしで、候補になるほうが正当な候補者じゃない? 力の持ち主よ。妾は一時的なんだから」
「どうしてですか」
「物珍しいだけなら、いつか神様だって飽きちゃうでしょう?」
それもそうか、とサリスは納得して拳を作って力説し始めた。
「何かあったら言ってクダサイ! 俺が力になるっすから!!」
「ありがとう。少しだけ気持ちが楽ね。嘘をつかない相手がいるというのもいいものね」
妾がにこりと微笑めば、サリスはそうっすね、と頬を掻いてでれーっと笑っていた。
*
邸宅へ帰宅すると置き手紙があった。
どうやらアシュは愛しの君のもとへ会いに行ってる様子だ。
そのほうが助かる。妾だって活動に励めるし、好き勝手できる。
自分だけの時間がたくさんつかえるなんて贅沢でとてもいい。
置き手紙にはサリスはとてもいい支援者になってくれると期待が込められている。
「いったいどうして、そこまで気に入ってるのかしら。好みだったりする?」
そうだとしたらとても絵になるし、貴族と商人の身分違いもいいなあ。
妄想が捗る。
そうだ妄想の訓練をしておかないと。
明日は――聖女の正当な試練があるのだから。




