異世界転移した当日に、女神様に告白した
「やれやれ……」
延々と続く街道を歩くのにも飽きてきた。
幸いにも道は石で整えられ、しっかり踏みしめれば転ぶ心配もなく、迷子になる不安もない。
だがしかし、一人でただひたすらに歩くのは飽きる。
この世界にやって来たのは今朝のこと。
物語ではよくある異世界転移というやつらしい。
落ちたのか死んだのか、そのへんはわからないが、とりあえず五体満足で、この世界に降り立った。
世界を渡る途中で女神に解説を受けることもなく、気付いたら長閑な村の広場に居た。
言葉はわかる。村人と話が通じたのは助かった。
村長によれば、異世界から来た人間は王都で登録を受けねばならないという。
とりあえず、このあたりを治める領主に相談するのがいい、と送り出される。
いや、荷車でいいから送ってくれよと思わなくもなかった。
または、道案内とか?
だが、女神様の加護があるから大丈夫と謎の気休めを言われただけで、そこからは一人で街道を歩いている。
石畳はずっと続いていた。
石なので硬く、足が疲れやすいかと思ったがそうでもない。
ひょっとすると、その辺が女神の加護なのかもしれない。
『ピンポーン! その通りよ』
頭の中で声がした。
「?」
『お待ちかね! あなたの麗しの女神様よ!』
声はすれども姿は見えず。麗しさの判定は不可能だ。
『ちょっとノリが悪いわね。まあいいわ。
遅れちゃってごめんなさいね。よそ見していたら、貴方の魂を捕まえそびれたのよ』
「はあ」
『貴方も全然、戸惑ってないわね。昨今の転移者は、可愛げがないわぁ』
「すみません」
『責めてるわけじゃないわよ。
で、わたくしの説明聞く? それとも自分で一から切り開く?』
「……一応、お聞きしたいです」
『OK! じゃあ、まずは大事なことから。
残念ながら元の世界には帰れません。
死んだり召喚されたりしたわけじゃないけど、様々な条件が重なって出来た世界を繋ぐ穴に吸い込まれてしまったのよ。
世界を渡るために、一度物質は分解され、こちらで再構築されました。
しかも、最適化されたので、向こうにいた時より調子がいいはずよ』
確かに。僕は会計士として働いていたが、最後の記憶によれば丁度、繁忙期だった。クタクタのヘロヘロ状態だったはずだ。
街道をずっと歩いて来たが、飽きはすれども疲れたというほどではない。
『絶対に帰れないとは言い切れないけど、帰る方法を研究するとしても、寿命が尽きるより前に完成することはないと思うわ』
それは、あまり現実的ではなさそうだ。
『人の生き方は自由だけれど、何かに執着して幸福のチャンスを逃すのもどうかと思うわ。
余計なお世話でしょうけれどもね』
「いえ、貴重なアドバイスです、ありがとうございます」
『貴方は大人だし、仕事で得た経験や知識はこちらでも生きるでしょう。
後は自分の目で見て判断するのがよさそうね。
わたくしからの説明は以上よ』
「はい」
『そうそう、それからわたくしは、この世界を司る愛の女神。
愛することを第一にね』
「相性の悪い相手を嫌ってはいけませんか?」
『相性のことは仕方ないのよ。真実の愛があれば、真実の憎もまた存在するものよ。そういう時は憎に執着しないよう、距離を取ればよろしい』
「なるほど。さすが女神様」
『うん、いいノリになってきたわね。
じゃあ、最後に祝福しちゃうわよ。
……はい、出来ました!』
特に何も起こらない。
『ふふ、必要に応じて貴方が望んだスキルが発現する祝福です』
「それは、素晴らしいですね。お気遣い痛み入ります」
『使うかどうか、わからないものをたくさん持っててもねぇ』
「あの、スキルというのはどの程度、例えば何個とか決まっているんですか?」
『いいえ。貴方の愛の道が正しければ、いくつでも。
全ては貴方の生き方次第よ。この世界を楽しんでね!』
女神は去った。僕は心の中で、感謝の祈りを捧げる。
すると。
『ピンポーン! 女神への敬愛を認めます。
スキル マッピングを取得しました』
女神様の声をAI音声に変換したようなアナウンスが、頭の中で流れる。
「マッピング」と唱えれば、目の前に地図が現れた。
今のところ、最初に落ちた村と、そこから歩いて来た道のりが示されている。
僕の行動につれて、だんだんと地図が埋まっていくのだろう。
この先が少し楽しみになって来た。
「ありがとうございます、女神様」
思わず口にしていた。
『ピンポーン! 女神への敬愛によりマッピングがレベルアップしました』
地図には次々と、街や都市の名が現れ、道が繋がっていく。
一気に便利になった。
それによれば、目指す領都までの道のりは、あと三分の二ほどだ。
なんとなく距離と時間が掴めたことで、足取りは軽くなる。
そのまましばらく歩いていると、何やら、布の塊のようなものが道の上にあった。盛り上がった中身には生き物の気配がする。
ここまでは、ほとんど何も無かった道だ。
警戒心が湧いてくる。
万一、何かモンスターのようなものが隠れていて、それを僕が起こしてしまったら不味いかもしれない。悪くすればこの世界の人たちに危害が及ぶかも。
どう対処したものか……
『ピンポーン! 人類への博愛を認めます。
スキル 鑑定を取得しました』
凄いな、女神様の祝福は。なんという的確なスキル選び。
もう感謝しかない。
『ピンポーン! 女神への敬愛により鑑定が四ランクレベルアップしました』
どうやら、初期レベルの鑑定スキルがどんなものか経験する機会を逸した。
ともかく、布の塊を見据え「鑑定」と唱えてみる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
元大聖女
王太子の婚約者という身分で縛り付けられ、無給で働かされた挙句、王太子の浮気により追放された。
ひたすら聖女の仕事に追われていたため、生活力皆無。
奴隷のような扱いが長かったため、交渉力皆無。
総じて人間力皆無。
自棄になって全魔力で転移した結果、道端で昏倒中。
親切な人が拾ってくれなければ、人生ここで終わりか?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
とりあえず助けなければならない。
だが、聖女ということは女性だ。むやみに触れていいものか?
この世界、セクハラとかないのか?
『ピンポーン! 自己防衛のための自愛を認めます。
スキル 物体移動を獲得しました』
え? 愛ってそういうのでもいいんだ。
『己を大事に出来ないものに、愛を語る資格なし!』
なるほど。勉強になります。
『ピンポーン! 愛に対する真摯な姿勢にボーナスが入ります。
スキル 物体移動が、スキル 転移に進化しました』
目の前の物を、手を触れずに動かすスキル、物体移動が転移に変わった。
転移になると、自分自身を遠い地に移動させることも出来る。
マッピングと組み合わせれば、地図の範囲内ならどこへでも瞬時に行けるのだった。
僕にすれば、何かを貰った時に感謝の気持ちを口にするのは癖みたいなものだ。
ところが、それが全て愛としてカウントされる。
初めての異世界で好奇心と想像力が膨らみ、プラス思考でいればスキルが生まれる。
そして、スキルを貰って感謝すれば、そのスキルが進化という具合。
とにかく、一人で歩きながら、いろんなことを考えた。
得たばかりのスキルを使ってもみた。
スキルはどんどん増え、そしてどんどん進化した。
判断基準にモノ申したい気もするが、決定権が自分にない以上、ありがたく頂くしかないのだ。
「あーやれやれ、今日はなんだか忙しかったわぁ」
領都が遠くに見えてきた頃、聞き覚えのある声が耳に入って来た。
「女神様?」
振り向けば、ナイスバディな美女がすぐ側にいた。
間違いなく麗しい。誓ってもいい。
「うふふ。やっと直接会いに来られたわ。
どう、うまくやれてる?」
「お陰様で。スキルをたくさんありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして。
あら、転移もあるのに、ここまで歩いて来たのね」
「ええ、ゆっくり考えながら世界に馴染もうかと思って」
「そっか。……今更だけど、やっぱり帰りたい?」
「いいえ、あんまり。なんだか、この世界に愛着が湧いてきました」
「それは良かったわ。
ぶっちゃけると、わたくしには世界を繋ぐ権限が無いので、帰還用のスキルが作れないのよ。
ところで、聖女を拾ったんじゃ?」
「確かに拾いましたけど」
「聖女と会ったとこまでは確認したんだけど、その後、他の用事が入っちゃって。
彼女、どこにいるの?」
女神様はキョロキョロと辺りを見回した。
「ここにはいません。
知り合って介抱して、と一連の流れを考えたら、時間の無駄だと思ったんです」
女神様がキョトンとする。
「あれ? 異世界に来て、捨てられた聖女を拾ってラブラブしながら、チートスキルで無双するんじゃないの?
そう思って、転移の着地点をちょっといじったんだけどな?
彼女、可愛いし、胸大きいし、いい子だと思うわよ」
顔も身体も、よく見てないがそうだったんだ。でも。
「鑑定の結果、若干面白みに欠けるかな、と。
それで、彼女に相応しい場所を知りたいと思ったら、仲人スキルが発動したんです」
部族から国を興したばかりの小国に、彼女の運命の相手がいた。
今後、困難を克服していかねばならない若き国王は、聖女を大切にしてくれるだろう。
疲れて一休みしようとした国王の下に降り立つ聖女。
まあ、僕がタイミングを見計らって送ったわけだが。
恋がドラマティックに始まったのを確認済みだ。
あとは、彼等が紡ぐべき物語。
「うーん、面白い聖女とかいたかな?」
「何ですか? 転移者は聖女と出会わないといけないんですか?」
「そういうわけじゃないけど、そこまでスキル持ってたら、人間で見合うのは聖女クラスかな、と」
思い切って言ってみた。
「僕は貴女の話し相手になりたい。駄目でしょうか?」
「……え、わたくし?」
「これだけスキルを貰ってしまったので、たぶんもう、普通の人間として暮らしても面白くないと思うんです」
「間違いなく、わたくしのせいね」
「そうです。
だから、責任取って、僕を話し相手として側に置いてください。
あと、仕事が忙しいんでしょう?
僕に出来ることがあれば、手伝います」
女神様と僕は、正面から見つめ合った。
目を逸らしたほうが負け、という勝負でもしているように。
しばらくすると、女神様の頬が桃色に染まり、やがて、真っ赤になる。
「……しょ、しょうがないわね。
じゃあ、とっておきのスキルを授けるわ」
『ピンポーン! 女神よりの愛情を確認しました。
スキル 神格化を獲得。スキルマスターは、神に進化しました』
いつの間にやらスキルマスターになっていたらしいが、既に過去の称号だ。
僕は女神様に手を差し出し、女神様は僕に手を預けた。
「貴女と一緒に、空を飛びたい」
そう願えば、身体が浮き上がる。
もう、スキルの助けは要らなくなった。
空は茜色に染まり、眼下では到達しなかった領都が小さくなっていく。
「うふふ。誰かと一緒に飛ぶなんて初めて。
こういうのって、楽しいものなのね」
「どこまでも一緒に飛べるように、頑張ります」
「うん、よろしくね」
返事の代わりに頬にキスすると、固まった女神様が落下しそうになる。
慌ててお姫様抱っこし、そのまま暗くなるまで、二人してずっと飛び続けた。