黎明っ!我ら水面組!
ビルの高層階から耳を劈くような爆発音と共に火花が散った。
部屋は熱風で赤く燃え、割れた窓の外からは煙が立ち込める。
「うわぁっ!?」
魔獣の素早い攻撃をギリギリのところで避けて転がる少女。
その危なっかしい戦い方に、私は思わず呆れてしまう。
残念なことに、非常に残念なことに、この少女こそが私の相棒──ナツキだ。
ナツキはこのビルの中で突如として出現した魔獣を相手に、何とも素人くさい激戦を繰り広げている。
「おっとっと……」
フラフラとおぼつかない足取りで魔獣の攻撃を回避するナツキ。
見るからに危なく、いつ直撃してもおかしくない挙動だ。
「ごめんミナミ! 大丈夫だった?」
ナツキが心配そうにこちらを見るが、私はムスッとした態度で沈黙を貫く。
元々口数は少ない方だったけど、今のナツキには沈黙を突きつけたいほどご立腹だ。
敵の攻撃はちゃんと予想してから回避に徹する。見てからじゃ遅いってあれほど言ったのに、まーた見てから避けた!
この調子じゃそのうちただの銃弾にもやられそうで、私はとても心配なのですよ。
「あーははは……だ、大丈夫! ミナミが何を言いたいのか分かってるよ! 次からは気をつけるね!」
そう言ってナツキは親指を立ててグッドサインをこちらに向ける。
はぁ、本当に分かっているのかこの子は……。
「グォオオオオオッ!!」
「ぐおおおお!! 私だって負けないもんねーっ!」
謎の張り合いを見せながら、襲い掛かってくる魔獣の間合いを無視して再び突撃をかますナツキ。
腰に携えた刀に手を掛け、少しばかり真面目な表情を浮かべたナツキは一瞬にして魔獣の背後を取る。
「後ろだよっ!」
「──ッ!?」
魔獣は声がした方に振り返るが、そこにナツキはもういない。
彼女の戦闘は確かに危うい場面がよくある。
だが一度やる気を見せたナツキは凄まじく、こと戦闘において右に出る者はいない。
瞬時に引き抜かれる抜刀から、見えない速さで的確な間合いを詰める達人のような動き。
その居合は幾多もの研鑽を積み重ねてきたからこそ放てる、ひとつの極致のような攻撃だ。
割れたガラスの破片に映る四方八方のナツキの姿に魔獣は標的を完全に見失う。
彼女がいるのは──上だ。
「ほいさぁ、どぉおおおんっ!!」
到底女の子の出す声とは思えないほどの濁音を張り上げ、魔獣の脳天を真っ二つに両断する。
斬られた衝撃によって魔獣の体は爆発し、本体は霧のように霧散していった。
「やった! 倒したよミナミ!」
はいはい。倒しましたね。
なんともひやひやさせる戦闘だ。しかも毎回大体こんな感じなのが困る。
「もぉ……そんなに怒んなくてもいいじゃん。次はもっとうまくやるよ!」
うまく、ねぇ……。
いくら戦闘面では天才肌のナツキでも、相手はあの魔獣だ。
Bestial Evolver Ascended from Subsidiary Trans-dimension.
通称『副次変位次元発祥獣的進化体』と呼ばれる未知の生物。
私達はこの頭文字である"BEAST"を取って『魔獣』または『ビースト』と呼称した。
奴らは空間を隔てて突如として出現し、人間を標的として襲い掛かる恐ろしい相手だ。
そしてそんな魔獣達を駆除するのが私達──『水面組』の仕事である。
「あー!! まーた先輩一人でビーストを倒しましたね! 私の分も残しておいてっていったのにぃ!」
先の戦闘で消灯してしまった暗がりの室内に、大きなバッグを背負った桃色の髪の少女が現れる。
彼女は後輩のモモ。『水面組』の一員だ。
モモは魔獣を先に倒されたことを悔しがって、小さな頬をぷくーっと膨らませる。
「ひとりじゃないもん♪ ミナミいるもん♪」
「ずるいですー!」
何とも微笑ましい光景。彼女達が各々の武器を持っていなければ、どこにでもいる女の子たちの会話だ。
いくら平和のためとはいえ、魔獣を相手にするばかりの人生とは本当にもったいない限りだろう。
ま、それを達観したように眺めている私もどうかとは思うけど。
「ひとまず大物はこれで最後。あとは小型の魔獣が下の方に残ってたはずだけど……」
「残党ならナキっちが下で抑えてますよ!」
「えっ、まさかナキさんを放っておいてこっちに来たの?」
「だってドデカいビースト狩りたかったんですもん!」
「えぇーっ!? と、とりあえずナキさんと合流しよう! ほら、ミナミもぼさっとしてないでいこっ!」
そう言って、ナツキは足早に下の階層に降りていく。
私とモモもその背中を追って薄暗いビルの中を突き進んでいった。
──私達の住む世界は今、危機的な状況に直面している。
魔獣と呼ばれる外敵の出現により、街では絶え間なく人々が襲われているのだ。
そして私達『水面組』が属するアイゼンドラッヘ社が、対魔獣用の画策を必死に推し進めてはいるものの、政府との折り合いが上手くつかずに膠着状態。
その間にも魔獣の出現は絶え間なく続き、戦闘手段を持たない一般市民は奴らの脅威にさらされる日々を過ごしている。
そもそも、魔獣には通常兵器での攻撃が効きにくい。
今は政府直轄の研究部が開発した特殊貴金属を特定の武器に加工することにより、なんとか魔獣を倒す術を身に着けている。
しかしこの特殊貴金属の生産も現在は追いついておらず、剣や槍といったすぐに消耗しない近接武器に加工することで生産スピードを間に合わせているのが現状だ。
まぁ、モモの武器はそこに矛盾をはらんでいるのだけど……。
「そういえば、ミナミ先輩は今日も口数少ないんですか?」
無言で移動するのが耐えられなかったのか、モモが私の話題を振ってきた。
「うん、私が危ない戦い方ばっかりしちゃうから怒っちゃって、あはは……」
「それはダメですよ先輩! モモも先輩にはもっと安全に戦ってほしいです、ミナミ先輩の意見に同意です!」
「ごめんって! ──あっ、あそこ!」
話しているうちに私達はビルの一番下へとたどり着いた。
ナツキが指差す先を見ると、そこには魔獣に囲まれた一人の女性が目に入る。
ナツキと同様に刀型の武装を手に持っているものの、多勢に無勢の様子だ。
「──ナキさん!」
「ナツキか!? 上にいた魔獣は倒したのか?」
「はい! 今助太刀します!」
そう言ってナツキは魔獣の方へ駆け出した。
刀に手を添え、静かに目を瞑った彼女の間合いに魔獣達が襲い掛かる。
だがその瞬間、ナツキの姿はまるで風に煽られたかのように一瞬にして掻き消えた。
次の瞬間には彼女が残した一閃が軌跡となり、魔獣達に刃の後が刻まれる。
再び姿を現したナツキを前に、群がっていたはずの魔獣達は微塵切りにされて霧散した。
「大丈夫ですかナキさん!」
「ああ、だがまだ奥に結構残ってるぞ……!」
ナキの視線の先には即興で作られたバリケードがあり、それを今にも壊さんとするほど暴れまわる魔獣達の姿があった。
「ここはモモにお任せあれですー!」
そう言って、モモは背負っている大きなバッグを地面に落とす。
すると、ズシン! と地面が揺れるほどの音が響き、その中からは巨大なミニガンが現れた。
モモはバッグの中に大量に埋もれている弾倉を取り出すと、ミニガンに装填して構え始める。
そして次の瞬間、二ヤリ笑みを浮かべたモモとともに魔獣の群れに弾丸の雨が降り注いだ。
「どっせぇえええい!!!」
ドドドドドドドドドッ!! と重たい連射音が鳴り響き、辺りにいた魔獣達を蜂の巣にしていく。
弾丸の嵐に見舞われた室内は所々に風穴が開き、資料や書類が巻き上がり、モニターやパソコンが粉々に割れる音が響き渡る。
特殊貴金属の生産云々の話はどこいったのか、モモは容赦ない攻撃で魔獣達を一網打尽にしていく。
「んーーーっ重たいですーーっ!!」
「任せて!」
ミニガンの重量に引っ張られそうになるモモの横を潜り抜け、ナツキは弾丸の雨を背に逃げ回る魔獣達を間合いに入れる。
「──よっこらどーーんっ!!」
ナツキの掛け声とともに繰り出されたその一撃は、壁を破壊する威力で魔獣達を一刀両断に斬り伏せた。
それによってビル内にいた魔獣は一掃され、ナツキとモモは互いにハイタッチを交わす。
「さっすが我ら『水面組』! 三人寄ればもんじゃ焼きですー!」
「いえーい!」
二人は頭悪そうに仲睦まじい様子で喜び合う。
冷静なのは私一人か。
「おいまて、我らは『無名組』だ。そこを間違えるんじゃない」
「えーやですよカッコ悪いもん。『水面組』の方が絶対いいですー!」
「おいモモ、お前が途中で先行しなければここの魔獣も早めに掃討できてナツキの支援に行けたんだぞ。そこは分かっているのか?」
「まぁまぁ! 二人とも落ち着いて、ね? 全部倒せたんだし結果おーらいだよ!」
そう言ってナツキは二人の仲裁に入る。
チームの輪を乱さないようにするのはいつもナツキの仕事だ。
彼女の天真爛漫な笑顔が、周りの争いを鎮めてくれる。
「そうですよ、ナキっちは先輩を見習ってくださーい」
「おい、その呼び方はやめろと言ってるだろ。お前より私の方が年上なんだぞ」
「でもモモはナキっちより古株ですもーん」
「ぐっ……」
モモの言葉にナキは口をつぐむ。
この『水面組』……今は『無名組』として活動している私達だが、その戦歴は長きにわたる。
対魔獣討伐企業のひとつであるアイゼンドラッヘ社に入った私とナツキは同期で、ナツキは既に5年も魔獣討伐を担っている。
モモは後輩として後から加入し、その討伐歴は3年。ナキは年齢こそこの中で一番上だが、まだ討伐歴1年の新人だ。
そして実力でもマウントを取れるモモは、よくナキのことをからかって遊んでいる。
「もしもーし、こちらミナ……じゃなくて『無名組』。セイバー社の高層ビルに住み着いてた魔獣は全滅させたよー。例のやつは影も形もなかったー」
ナツキはオフィスに設置された適当な通信機を使って自社との連絡を取る。
通信手段はしっかりとナキが持っているというのに、相変わらず自由な子だ。
そして今回の仕事内容は、ここ数年間ずっと討伐できていない魔獣の調査。
しかし、調査の途中で突如出現した大量の魔獣によって退路を絶たれてしまい、やむなく戦闘となったのが今回の顛末だ。
「はいはーい、りょうかーい。──それじゃみんな、ご帰宅の時間だよー!」
「やったー夜ごはんですー!」
通話を終えたナツキが明るい声で皆に伝える。
モモはそれに応じて元気よく返事をするが、ナキは何故か暗い顔を浮かべたままだった。
「ナキさん? どうかしましたか?」
心配そうに覗き込むナツキにナキは睨みを利かせると、その手に持っているものに視線を向けた。
「ナツキ、お前まだ『白夜冬南刀』なんて使っているのか」
「ちょっ、ナキっち!」
ナキの一言にモモは慌てふためく。
ナツキはというと、少し気まずそうな表情で苦笑いをしていた。
「その刀はお前のものじゃない。使い手に合わなければ威力が下がるのも道理だ。お前には専用の刀があったはずだぞ」
そう、ナツキが使っている刀は元々はナツキ自身のものではない。
それは借り物の力。誰かに合った、誰かのための刀だった。
「それでも、私はこれがいいんです。使っていてとっても力が出るから」
「……いつまで死人の幻影を追っているつもりだ」
「ナキ先輩ッ!」
ナキの言葉を遮るようにモモは大声を出す。
普段の彼女からは想像できないような、怒りと悲壮に満ちた声色で。
その剣幕に圧されたのか、ナキは思わず口籠ってしまう。
ナツキは困ったように笑っているだけで、何も言わなかった。
「……いいか、これだけは覚えておけ。私達は『無名組』だ。……お前達の言う『水面組』は、もうないんだ」