もう疲れたので引きこもりたい!②
一旦、アレクの方を先に救出……だよね。
意識はまだ戻らないアレクのすすで汚れた頬を水で濡らしたハンカチで拭い、顔色を観察する。呼吸も穏やかで、顔色が悪いようにも思わない。そのまま抱きかかえてさっきと同じ要領で飛び降り、スタッフにアレクを受け渡す。
もう一度飛び上がって、シモンの様子を見に戻ったけど……意識は戻っていないみたい。
『ウエンディ、私どうしたらいいのか分からない』
脳内でウエンディに助けを求める。こういった場面でウエンディが出てこないということは、多分シモンに命の危険はないのだろうけど……消火はある程度成功しているんだけど、まだところどころ火がくすぶっているし、完全に安全とは言えない状況でもあるのよね。
『クロエ様、どうされましたか?』
ウエンディの声が頭の中で響く。いつもながら、ピンチの時のウエンディはすご~く心強い。
『ウエンディ、シモンを救うにはどうしたらいいのかな? 意識がまだ戻らないんだけど』
『ハイ、シモン様は気道を熱で焼かれています。また、脳へのダメージも少々強かったため、頭から喉を中心にもう一度癒せば意識を戻されるかと……』
『うん、早速やってみる。いつも助けてくれて本当にありがとう』
『ワタクシはクロエ様の為だけに存在しておりますのでお礼など不要です。では失礼します』
ウエンディとの交信を終え、言われたとおりに頭と喉のあたりを中心に回復魔法をかけてみる。すると、シモンが咳き込みだした。
「シモン様! シモン様!?」
「うう、喉が熱い……水を……」
慌てて桶から手に水をすくい取り、シモンの口元に運ぶとゴクゴクと私の手のひらから水を飲んでくれた……のだけど、くすぐったくてちょっとどころじゃないほど照れる。
三度ほど水を飲ませると、意識がはっきりしてきたのかシモンがかすれた声で話し始めた。
「どなたか知りませんが、ありがとうございます。子どもは……子どもたちはどうしましたか?」
うつ伏せだったシモンの視線が私の方に向いていなかったのと、意識の混濁もあるのか誰か分からないみたい。
「シモン様、子どもたちは先に救出しました。二人とも無事ですわ。私、クロエです! 分かりますか?」
「クロエ……様?」
私が名乗ったことで意識がハッキリしたのか、シモンは上体を起こして私をまっすぐに見つめてくる。意識が戻ったのを見てほっとした私の目からは、また勝手に涙があふれてきた。
やだ……もう。今日の私、涙腺崩壊しすぎじゃない? これは精神年齢のせいじゃないからね?
脳内で何度目かの、もうみんな読み飽きたであろう説明を(誰に向けてかはわからないけど)必死にしながら、シモンには力の抜けたへにゃっとした笑顔を向けるくらいしか出来なかった。
起き上がったシモンは、私の傍まで来て騎士らしく片膝をつき、優しく涙をぬぐってくれた。
「私はまた、クロエ様に救われたのですね。ありがとうございます」
まだ涙が乾かない私の身体をギュッとハグするシモン。花が飛び散り時間がフリーズする。
人助けイベント完了の合図、スチルが発生した。今回は流石に人助けイベントだってことに勘付いてはいたから、驚きはあまりない。張り詰めていた気が緩んで、シモンの大きな腕に抱かれたまま、ただ泣くしかできなかった。
ひとしきり泣いて気付くと、もうスチルタイムは終わっていた。それなのにシモンは、まだ私を慰めるために抱きしめてくれていたみたい。スチルタイムを入れなければ時間としては二~三分程度だとは思うけど……これ、超恥ずかしいやつだぁぁ。
「シモン様、ありがとうございます。もう、落ち着きましたわ」
恥ずかしさで絶賛脳内悶絶中なので、そろそろ腕を緩めて欲しいなと思う。シモンの顔を見ると、とても優しい目で見つめ返され、照れて目を逸らす。……ちょっとあからさまに逸らしすぎたかな?
シモンの緩めた腕からするっと抜けて、涙の痕を消す……ううん、顔のほてりを鎮めるために桶の水で顔を洗ってごまかした。
「クロエ様、ご心配をおかけしました。回復魔法をかけてくださったんですね」
「私は医学の心得はありませんので、念のため回復魔法をかけましたわ。身体のどこかに痛みなどはありませんか? 魔法より回復薬の方が良いかもしれないのですけれど……」
「はい、この通りどこも不具合はございません」
シモンは動きを確かめるように、肩を回したり足の曲げ伸ばしをして見せてくれた。
私は、そんなシモンに一番早くかつ確実に下に降りる方法……壊れた窓から飛び降りる方法を提案して、OKを貰えたので建物の壊れた部分からシモンと一緒に飛び降りた。
体重のあるシモンの落下速度を計算して……なんてやっていられないので、最初から小さなトルネードを足元に発生させておいてクッション代わりにしたので、さっきと同様に華麗な着地ができた。
アレクの意識も戻ったみたいで、とにかく全員無事だったことに胸を撫でおろす。
「おねえちゃああああん! ちゃんとシモン様助けてくれてありがとうぅぅぅ!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をしたメイアが走ってきて、私の足に抱き付いた。くぁぁ! かわいい!!!
メイアに視線を合わせるために屈んで、笑顔で「どういたしまして!」と言うと、メイアは照れたみたいで、今度はシモンの足にくっついてしまった。う~ん、残念!
でも、その様子がまた可愛くて。その場は和やかな雰囲気に包まれたし、もう何でもいいよね。
そういえばバッグを預けていたことを思い出した私は、孤児院スタッフからバッグを受け取った。バッグの中にはウエンディ本体、預かった報告書、スケッチブックと筆記具、お財布、そして誕生日パーティーへの招待状が入っている。
シモンも念のためメディカルチェックを受けるとかで場所を移動するみたいなので、別れてしまう前にと招待状を手渡した。
「お仕事もおありでしょうし、無理強いは致しませんわ。けれど……」
周りに人が沢山いることもあって『できれば来てほしい』の一言が、どうしても出てこない。
シモンはそんな私の気持ちを見透かしたように、私をまっすぐ見つめてこう言った。
「どんなことがあっても、必ず伺います」
まだ後片付けで騒然とする現場でシモンを見送る。時間にすればたった十数分の出来事だったのに、何時間も経過したような疲労感がある。
まだ時間は早いけど、今日は水をかぶったから濡れてるし、火事現場に潜入してすすだらけだし、もう家に帰ろうかな。ガイウスが時間より早く迎えに来てくれるといいんだけど、このまま歩いて帰ってもいいか。
そんなことを考えていると、タイミングよく知っている声で名前を呼ばれる。
「クロエお嬢様!!!」
なんと、ガイウスが迎えに来てくれた。待ち合わせ場所じゃないのに。やっぱりなんか変なストーキングアイテム使ってるでしょ?って思ったんだけど、私が救助をしている間に騎士団の誰かが連絡をしてくれたみたい。ごめんガイウス、疑って。
騎士団の誰か、グッジョブ!!! ……なんて軽口を言える状況はもう無かった。
延々と、危ない事をなぜするんだとか、一応お嬢様は良家の子女なのだからとか、いっぱいガイウスからお説教を受けてしまった。
私、ガイウスの主人のはずなのに。数値的に明らかに好意を寄せている相手にこの仕打ち……ガイウスの性癖はやっぱり歪んでるんじゃないかな。
「あなたのお説教はもう良いですわ。私、疲れました。早く帰りますよ?」
そして説教するガイウスの横を通り過ぎ、ぼそっと呟く。
「もう少し心配してくれても良いのではなくて?」
これは、ガイウスの属性を知った上でのツンデレを演出してみたのだけど、効果がありすぎた。
「俺が心配していないとでも? そんなわけあると思っているのか!?」
なんだか逆方向に火が付いてしまったみたいで、無理やりお姫様抱っこをされて馬車まで連れていかれてしまった。こんなに沢山の人が見ている中で、これは恥ずかしい……!
無茶したことへの最大級の罰を受け、私は家まで戻ってきた。
誕生日パーティーの招待状を渡すだけで波乱万丈ありすぎじゃない? あと数日でこの生活ともおさらば、レッツ引きこもりライフが始まるはずなんだけど……。
残りの招待状はあと一通。
もう疲れたので引きこもりたい!
ここまで読んでくださってありがとうございます。
土曜日なので次話はゲリラ公開とします。
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