お料理指南で引きこもれない!③
シモンの話では、ゼリーを作るときに使っているゼラチンに似た効果のある食材はテラースという名前だそうで、湖から取れる海藻「テラス」を使って抽出したものらしい。
ゼラチンは動物性のものだから、どちらかといえば寒天に近いのかも。
食材や特産品の話のほかに、魔法力がないのにどうやって近衛隊長まで上り詰めたのかという話も聞いた。本来はそこにシモンの亡くなった婚約者の話も含まれてくるのだけど、流石にぼやかされてしまった。
もっと仲良くなればそのうち聞かせてくれるかもしれないな。
こうして楽しい時間はあっという間に過ぎて、ゼリーが出来上がったので試食をすることになった。
「流石にこう種類が多いと、試食するにしてもどれを試すか決めかねますわね」
「そうですね、味の感想は試食した者から全て確認します。私としては水ゼリーにかけるきな粉と黒蜜とやらに興味があるので、水ゼリーを試食してもよろしいでしょうか?」
「分かりましたわ。私も上手くできているか気になるので、水ゼリーを試食しましょう。では、器に盛りつけて……」
「透明で美しいものですね」
「ええ、水とテラースしか使っておりませんものね。まずはこのまま召し上がってみますか?」
「そうですね。では」
水ゼリーは、口に入れるとつるんと喉を通って行く。味が無いので物足りない。
「やはり、そのままだと味気ないですわね。病人の方に水分補給をするときは、塩やレモンなどで風味を少々付けたほうが良いかもしれませんわ。
次は、きな粉と黒蜜をかけて……シモン様、お召し上がりください」
きな粉と黒蜜は相性抜群だから絶対美味しいはず。ひと口食べると、幸せが押し寄せてくる。さっきの味気ないゼリーが、満足度の高いスイーツに。
「これは、想像以上ですね。きな粉の香ばしさと黒蜜の甘さがクドくないのに後を引きます」
「気に入っていただけて嬉しいですわ。きな粉はクッキー生地に入れても香ばしくなって美味しいんですのよ。黒蜜はプリンに添えても美味しいですわ」
「本日は、沢山の驚きと発見がありました。クロエ様、大変勉強になりました。ありがとうございます」
にこやかに笑うシモンの時間が切り取られ、花が舞う。
念願だったエプロン姿のシモン(しかも笑顔)のスチルをゲットすることができた。くうぅ!!!
「ごちそうさまです!」
不意打ちのスチルゲットに、思わずごちそうさまが口をついて出てしまった。
一瞬焦ったけど、シモンは食べ終わりましたの意で受け取ってくれたようなので、本意に気付かれずに済んだ。危ない。
他のゼリーも味見をしなくても大丈夫なくらいには上手く出来ていると思う。感想は報告という形で聞かせてもらう約束を取り付けると、キャメル邸から自宅まで送ってもらうことになった。
玄関を出ると、あの可愛らしい馬車が横付けされている。
馬車にエスコートをしてもらう時も、シモンが始終笑顔だったので自然とこちらもつられて笑顔になる。職務中も今みたいに柔らかい笑顔をしていてくれればいいのにと思うけど、仕事の顔とオフの顔を変えたい気持ちは分かる。
私だって、会社の中で友人とオタ活してる時やSNSに居る時みたいな顔をするなんて出来ないもんね。バレたら絶対生きていられない、考えるだけでも無理(血涙)!
「それではクロエ様。良き週末をお過ごしください。本日はありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ。シモン様、貴重な休日のお時間をいただきありがとうございました」
馬車の中から手を振って、キャメル邸を後にする。
シモンは馬車が門を出るまで手を振ってくれていた。きっと強いだけでなく愚直で優しいところがシモンの人気の秘密なのだろう。
ゲームだと主人公目線からしか相手を見ることができないので、多少なりともフィルターはかかる。アメリア目線でのプレイでは、シモンは強くてカッコイイ大人の男性というイメージだったけど、視点が変わったからか本当は優しくて繊細な人という面が垣間見えた。
そもそもお菓子作りが趣味なんて、公式に書いてなかった気がするし。
シモン様とまたお菓子を一緒に作りたいなあ。
楽しかった今日の出来事を反芻して、思わずニヤつく。馬車の中には私の他に誰も居ないので、我慢できずに窓のカーテンを閉めるとウエンディを呼び出す。
「ウエンディ、お願い! 今日のスチルもう一度見たい!!」
と、お願いする。ウエンディはもう少し我慢できませんかと言いながらも、外にバレない程度のサイズ感で画面を展開してくれる。
今日のスチルを堪能したあと、ついでに細かなステータスのチェックも行う。
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クロエ・スカーレット(17歳)
Lv.23
属性:火・地・風・闇・光
HP(体力)…………… 150
MP(魔力)…………… 6500
ATK(物理攻撃力) … 100
MAT(魔法攻撃力) … 3000
DEF(物理防御力) … 70
MDF(魔法防御力) … 3000
LUK(運の強さ) …… 790
親密度
アメリア(幼馴染)…… 579/999
クロム(婚約者)……… 805/999
ナイル(婚約者の弟)… 785/999
ガイウス(執事|暗殺者) 910/999
ハル(占い師)………… 565/999
ルカ(魔法局長)……… 550/999
ジーン(用心棒)……… 601/999
シモン(近衛師団長)… 650/999
特別スキル
スチル耐性……………… 750
虫の知らせ……………… 825
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「!? シモン様との親密度の上がり方、おかしくない? バグ?」
『本日は一緒にお菓子をお作りになり、スチルイベントもこなされました。更に沢山お話もされていましたのでバグではありません』
「そうなの? 確かに共同作業をしたのはシモン様がはじめてかも。討伐や捕獲より、同じ趣味を共有する方が親密度が上がるんだ~」
『共通の趣味は心の距離が近まります。本日は良く頑張られました』
「ありがとう。ウエンディも帰ったらゆっくりしてね」
機械だけど、いつも気にかけてくれるウエンディに労いの言葉をかけた頃、自宅に到着した。
私を迎えに来たガイウスは、上機嫌の私を見て少しむっとした顔をしている。心配のしすぎで親密度が微減していたことを、私は見逃していない。もしかしたら、今の態度でまた微減してしまったかも。
拗ねているガイウスはちょっと可愛いと思いながら自室に戻ると、着替えもしないでベッドにダイブする。
今日の出来事をまた脳内で反芻して、ウエンディに言われたことを思い出した。
『共通の趣味は心の距離が近まります』
言われてみれば……最初は緊張したけど、お菓子を作っている間はいつもの緊張感が少なかったかもしれない。
他の攻略対象もお料理かオタ活(または絵)をしていてくれたら、変な緊張しなくて済むのになあと思いながら、もっと早くに気付いていれば他の攻略対象とも上手く立ち回れたかもしれないと思うと、ちょっと勿体ない。
誕生日まであと少し。
きっと、ウエンディが誕生日までに全員の親密度を500以上をキープとアドバイスした以上、条件で誕生日に何かのイベントが発生するのだろうと思う。
これを乗り切り卒業まで今の状態をキープできれば、晴れて友情エンディングを迎えることができる。
あれ? 他にも条件があったと思うんだけど……何だっただろう?
おでかけの疲れが出て、思わずあくびが出る。
私の忘れていた条件。
それが「全員の人助け」というなかなかヘビイな内容だということを思い出せないまま、夕食まで数時間の眠りについた。
人助けイベントをクリアしたのは、ガイウス・ナイル・ジーンの三人だけ。
残り五人も人助け……これって何とかなるもの?
ウエンディ、終わったら引きこもって良いって言ったよねー!?
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次話は7時更新予定です。いよいよゲーム終盤突入です。
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